キューバの生活

キューバを理解するた めに

キューバのDificultades(困難)

解説と実例(出産、農業)など

Casi todo está escrito en japonés pero hay algunas fotos que puede ver.
Las dificultades están aquí


キューバ人がどのように生活しているのかは、普通の観光客にはなかなか分かりづらい。一見明るく楽しそうなキューバ人が実はかなりの割合で精神安定剤を飲んでいるというのは、キューバ人と一緒に住んだ事のない人には想像できない事です。これから普通のキューバの田舎の生活を元に、キューバを分析してみましょう。

 
 普通の観光客でも空港に着いてイミグレーションを通過する時に、何か他の国とは違う雰囲気を感じ取れる人がいるでしょう。これが何回かキューバに来てキューバ人の友達ができ、キューバの事について知ってくると、税関を通った時に “これが共産主義のやり方か!” と思うようになる。実際キューバが本当の共産主義を実行しているのかどうかは別にして、所謂共産圏に行った事のある人なら、この独特な雰囲気にはピンと来るはずです。そしてキューバ人の友達や家族を持つという事は、キューバでは手に入らない物を持って来て欲しいと言われるという事で、これが税関で問題を引き起こす。
 荷物はターンテーブルに出てくる前にX線か何かでチェックされ、バゲージクレームの札にペンで書き込みをされる。しかも、問題のありそうな荷物は一番最後にまとめて出しているようだ。最後に残された怪しげな面々はお互いに顔を見合わせて、「お前は何を持ち込もうとしているのだ?」 「俺のは問題ないと思うけど」 などと心配そうに話し合うのは、何時もの事。しかし私の場合、税関で働いている人達に対して悪い印象はなく、逆に助けられた事が何回もある。“助けられる” というのはつまり厳密に言えばキューバ国内に持ち込めない物も大目にみてもらったり、税金を安くしてもらったりという事。これが良い事なのか悪い事なのかは別にして、非常にキューバらしい。
  よくキューバに行く人達に何がOKで何が駄目なのか聞くけれども、本当に人それぞれです。あまりにも所謂グレーゾーンが多いし、税関の人によったりもします。キューバではこのいい加減で誰に聞いても誰もはっきりと答えが帰ってこない状態に、最初のうちはイライラしてくるけれども、次第にキューバ人の様に “まっ、そのうち解決できるだろう” と考えるようになり、何年たっても解決できない事が沢山あってもあわてないようになる。 ここまでくれば後は力を抜いてヤル気をなくし、慣性だけで生きていければ、キューバで長くやっていけるのではないでしょうか。

 とにかくキューバでは何かをやろうと思った時に、すべて政府に計画を潰されます。でも、殆どのキューバ人は適当に何か理由をつけたり、ドキュメントをインチキしたりして、生きる最低限の事はやれるようにしている。キューバで走っている古いアメ車やトラクターを観察すれば分かるように、すべてINVENTO(発明)であり、それが芸術の域にまで達しているのもあれば、適当に作られていて走っている時にハブごとタイヤがすっぽ抜けて、火花を散らして走って行く様な車もある(ちなみにこれは私が乗ったタクシー)。そしてこの物不足を政府はアメリカの経済封鎖のせいにしているが、毎日Inventoをしながらどうにか生きているキューバ人と、黄色ナンバーのアウディやメルセデスでCayo Coco に行けるキューバ人の差を一体どう説明するのか? やりきれない。キューバに居ると理想と現実の差が大きすぎていつも考えされる。

キューバを理解するために

通貨

 ペソクバノ(モネーダ・ナシオナル)、CUC(ペソ・コンベルティブレ又はチャビート)
この2種類が現在キューバで使われている通貨だけれども、呼び方が沢山あるので、ややこしい。しかも以前US$も普通に使えたので、その名残りで今でもCUCの事をドラレスで呼ぶ人もいる。2006年の時点で1CUCが公式の両替屋Cadecaで24ペソクバノ。道端では25ペソクバノ。
 ショッピングは全部CUC払いで、その他は普通キューバ人がペソクバノを使い外国人がCUCとなっている。しかしLaHabanaなどのお金を沢山持っているキューバ人がいる所では、メルカドでもCUCを受け付けている。以前バラデロでアメ車のタクシーを拾って、言われたCUC料金をペソクバノに換算して払おうとしたら、「こんなのは金じゃねえ」と突き返されてしまった。しかし田舎の方では逆にCUCを受け付けてくれないキューバ人も結構多い。
 1ペソクバノや1CUCの下はセンタボス。100センタボスが1になる。ペソクバノの場合はセンタボスがキロと呼ばれる事もある。

仕事

 キューバでは共産主義ということもあり、全ての人は国と働かなければいけない。競争もないからいい加減に働く人達が多く、消費者の立場で物事を考えられる人はいない。しかし働く人達にしてみれば、「俺は客だぞ!」と言って来られても「だから何?」とはっきり言えて、上の人から怒られるような事はないので非常に楽。くちゃくちゃガムを食べて仕事していようが、爪を直しながらだろうが関係なしで、時間どうりに仕事を始めず、時間が来なくても家に帰りたければ帰る。もちろんそうではない人もいるけれども、それは稀。

 キューバでは親達は自分の子供が医者になるのをすごく誇りに思っているし、実際医者は何かと優遇されているので良い職業だ。外国から比べれば給料は全然低いけれども、何かあっても責任は取らなくてもいいし、外国にいける可能性もある。詳しくは医者の生活を参照してほしい。それに比べて農業は辛い。キューバ人の若い人達は誰もやりたがらないし誰も勧めない。私が米の収穫を手伝った時には久々に死ぬかと思ったぐらい疲れた。しかしながら食べ物を買うお金がなくて大学を出た医者や技術者が仕事を終わった後にキャラメルを家で作り、土日にバス停の近くに売りに行くというような事は農民にはない。米と豆は殆ど何時も食べられるからだ。農民にもUBPC(国の共同農場)のような所で働いている人もいれば個人所有の土地で収穫している人もいる。どちらの農民も楽ではなく、例えば田舎のUBPCを見てみれば分かるけれども、よく壊れたトラクターや脱穀機などの農業機械が長い間放って置かれていて、国に直すつもりはないし、もちろん全部の農機具は自分の物ではないから、直す人もいない。個人所有の農地を持っている農民は自由に農作物を売っていいわけはなく、隠れて物々交換したり自分達で消費したりするのが普通だが、政府にコネがあれば結構稼げる人もいるようで、私の村でもニンニク億万長者と言われる人がいた。
  普通にまじめに働いていては、どんな職業に就いていてもお金持ちには成れない。これはどこの国も一緒だ。

 キューバといえばタバコ産業も有名だ。国も重要だと考えていて、タバコ工場で働いている人達の環境は悪くない。例えば工場には発電機があり、停電の時にはすぐにエンジンをかけてくれる。

 キューバには金持ちの商売人もいる。私の居た小さな村にもお弁当(Cajita)と炭酸ジュースを売って、月に10万ペソクバノも稼ぐ人が居た。US$4000ぐらい稼いでいるわけで、この人の家は田舎には珍しくガラスを使った窓があり、エアコンも全部の部屋についているようだ。この人がどうやってこんなに稼いでいたのか分析してみよう。まず、何よりも先に警察や政府関係者の人達と仲良くなる。1つの町で露天が出せる数は決まっているので、コネを使いその資格を取る。トラックの運転手と仲良くなり、タダで飯をあげるから、何時も自分の店の前に車を止めてもらうようにする。これで、トラックの後ろに乗っている沢山の人(キューバでは交通手段としてトラックの荷台に乗るのが普通)も店で休憩して何か食べる事になる。店の前で客の数を勘定していたわけではないけれども、毎日平均100人以上食べるようだ。いくら客が沢山来ても出費が多ければ儲けは少ない。しかしこれも心配することはない。国に900ペソクバノを払えばそれで終わり。材料費? Fidelも以前MesaRedondaという討論番組で怒っていましたが、「いい加減に国から盗むのはやめなさい!」ということです。試しに田舎の方の4ペソクバノのパン屋で何でそんなに中が空洞なのか聞いてみよう。でも職権?を利用するのは当たり前のことで、パン屋が小麦粉盗むの位は大目に見ましょう。腐りきった役人よりまだましです。

 Trabajadores Sociales.この仕事は正確に何時からできたのか知らないけれども、政府が無料で電気を沢山食うフィラメントの電球を節約蛍光灯に換える作業をする時に村に現れました。赤だの紺だののTシャツを着て、他の町から来たようです。誰もが良い印象を持つはずはなく、泊める場所を提供してくれと言われた時も皆嫌がっていました。この職業は失業者を減らすために考えられたようにも思えるし、Chibato(密告者)の換わりとも思われます。よくガソリンスタンドでは盗まれないように色々とチェックしていましたが、未だにCalle(そこいら)でガソリンが安く手に入るところを見ると、彼らが横流しに関係しているようですが、以前に比べればガソリンに関しての盗みは減ったと思います。この人達は2〜3ヶ月毎に他の地域へ行く事になり、馴れ合いの見逃しをなくそうという事らしいが、何十年間も国から盗み続けた人達には、“盗む”という感覚はないようで、簡単にはなくなりません。  

大凡の給料

 2005年の終わりの電気代と物価を上げる前に少し上がりました。
*医者-500ペソクバノぐらい詳しくは医者の生活を。 *役所で働いている人-265が385ペソぐらいになった。 *タバコ工場で働いている人-1250ペソ(これは知り合いの人で、毎日休まず遅れず、しかも残業していた人の給料で、普通はもっと低い) *高速道路の横で草刈している人−300から350ペソぐらいに。 *Trabajadores Sociales-300ペソぐらい。
 ちなみにコーヒーは2オンス45センタボスだったのが、いきなり5ペソになるなど、喜ばせてどん底に突き落とす。しかし、そのトリックに気付かない幸せなキューバ人も結構居た。

配給

 共産主義では給料が極端に低い代わりに配給制度があり、生活必需品は政府が配給をするという事になっているが、キューバでは砂糖、塩、食用油、コーヒー、石鹸など殆どの物が足りません。特に油は決まったときに決まった分量だけ来た験しがないく、しかも全てまるっきりの無料という事ではない。例えば朝食の直径5センチぐらいの配給パンは1つ5センタボでした。しかし、まったく配給が役に立っていないかと言えばそうでもなく、妻がキューバで出産した時には、この配給の有り難味が分かりました。何故キューバの新生児の死亡率が低いのか? 妊婦や赤ちゃんにはやたらと親切なキューバ政府。プロパガンダだろうがナンだろうが、これは良い。詳しくはキューバで出産を。
 誰でも生活必需品を買えるぐらい経済が好くなれば、90%もの税金を取り配給をするシステムは必要なくなるけれども、他の中南米諸国で赤ちゃんや子供に食べさせる物がない国や、子供を持つお母さんの栄養が足りない国などに比べるとキューバの方が良くやっていると思う。このおかげで、日本の子供よりも子供が丈夫で太っている。8ヶ月なのにもう歩き出しそうだし、力が非常に強く、タイヤにロックの付いたベビーベッドを押して動かす。この異常なパワーの出所は明らかに日本人の私からではなく、キューバの優れた妊婦と新生児に対してのシステムが効いているからだ。

連帯

 キューバで暮らしていると、この連帯感というものが非常に重要だと気付く。日本と違って、お互いに助け合わないと生きていけないので、必然的にそうなったのだけれども、キューバ政府が敵をわざわざ造って見方をまとめるという、アメリカ合衆国のような方法を意図的にしている時もある。もちろん何か災害が合った時にお互いが協力し合って助け合うのは良い事だけれども、それは皆が経済的に同じレベルの場合で、少しでも他の家より裕福な所はあまり参加したがらない。というのは“有る所から出る”のは当たり前だからで、Mi casa es tú casaの原理は皆が貧しい所で成り立つ。だから田舎の人達がハバナの人達を冷たいと感じるのはそういう事だと思う。
  外国との連帯はベネズエラのチャベス、ボリビアのエボ・モラレスなどをはじめ、社会主義を目指している国や反米感情を持っている国と仲良くやって行こうと言うことで、キューバからはよく医者を派遣する。そしてSolidaridad, Misión miraglo, Alfabetizaciónなど、これらのフレーズはキューバに居れば嫌というほど聞かされる。もちろん悪い事ではないが・・・。

英雄  キューバには沢山の英雄がいて、何かと出てくる。例えばJosé MartíやCheが有名だけれども、キューバ人が本当にその人達の事に詳しいかといったら、そんな事はない。偉い人とは聞かされていても、実際に何をやった人なのか? そしてどのような思想を持ていたのかを聞いても、私の周りで答えられたキューバ人は殆どいない。
  5Héroe(マイアミで現在スパイ容疑で捕まっているキューバ人)に関してはキューバ人もうんざりぎみだが、Posada Carrilesは許せないし、かと言ってMesa Redondaが延びてノベラが遅くなっても嫌だし、色々ある。
Camiloの命日に花を川に流したり、 心から所謂英雄を慕っている人と、押し付けられてそれが習慣になった(洗脳された)人とが、キューバでは混ぜこぜになっているようだ。
CDR  よく家にCDR#***とか書かれていたり、“今見張り当番は此処”の看板が玄関口に合ったりするので、知っている人も多いと思うけれども、これはComités Defenza de la Revolciónの頭文字で、小さい頃から参加させられ、これに積極的に参加するのとしないのとでは色々と違いが出てくる。もちろん積極的に参加していたほうが政府の受けは良いわけで、仕事やその他で優遇される。実際に何をやっているのかと言うと、地域の安全を守るために、見張りをしたりするわけだが、本当にこれが意味を成しているのかは疑問だ。まず、嫌々やっている人達が殆どで、順番が回ってきても「歯が痛いから」とか、「胃の調子が・・・」とか「お母さんが危篤状態です」などと言って、見張り似つかない人達が沢山いる。それに、例えば昨日夜畑の方で怪しい人が作物を盗んでいるようだったという情報があっても、そこに行って見張りをしようなんて事はしない。
教育

 子供が生まれて、立って歩けるようになるとまず保育園に預けることができる。その後5〜6歳で小学校6年間、中学校3年、高校3年で日本と殆ど同じ。教育費は無料なので行きたい人はお金の心配をせずに大学にも行ける。但しやはりキュ−バは所謂貧しい国なので教科書はお下がりを使う。でも、皆きちっとカバーをして大切に使うので良い事かもしれない。ノートや鉛筆はある程度は学校で配られるようだが、それでは足りずに、何時も買いに行かなくてはならない。それからレベルはどうかと言えば、田舎に関して言えば低いといわざるを得ない。学校では競争をなくし、分からない人に合わせるようになっていて、学校が終わってからも、誰かの家に集まって、できる人ができない人の面倒を見なければならないようになっている。日本のように受験戦争などないし、“人に教えると自分が損をする”という考えもないので、良い事かもしれないけれども、伸びる子供も延びなくなる可能性もある。それから一番重要なのは日本のようなイジメはキューバにはないという事。日本に帰ってきて何が流行っているのかと思ったら、なんと自殺だ。キューバでもサメに食われて自殺のような事をしている人が沢山いるけれども、子供が陰険なイジメに遭い自殺するというのは聞いた事がない。

 9月に新学期が始まった時のMesa Redondaでキューバの教育について、「Patria(愛国)が一番重要である、そしてFidelに感謝しなければならい」と言っていたけれども、他の国と戦争をしないならば"Patria o muerte! Venceremos!!"と小さい頃から教える必要は無いと思う。だからキューバ人と映画を見ていると「これは見方で良い人か? それとも悪い人か?」と短絡的な事を聞いてくる。まぁ、最後まで見て、それで自分で判断しなさいと教えてあげたけれども、このような教育を受けていれば、全て敵か見方かで判断するようにならざるを得ない。
 最近はやたらとパソコンを学校に置いて、キューバが進んだ国であると宣伝しているけれども、これはやりすぎで、他のインフラ整備を放っておいてこれはない。それに普通のキューバ人が家にパソコンを持てる可能性は殆どないし、インターネットの接続も許されていない。(地域差があるみたいだけれども、少なくとも私が住んでいた所ではインターネット接続は不可能)にもかかわらず、学校の論文はパソコンでないと受け付けないと言っている。学校のパソコンは何時も人が沢山いるし、よく壊れていることもあり、知り合い関係はよく私の家にパソコンをやりに来ていた。
 授業は教育番組を教室にあるテレビで見させるだけで、教師が直接教える時間がかなり少なくなってしまった。以前はこの様な事はなかったのだが、交通の便が悪くて教師が学校に何時も遅刻してくるからなのかもしれない。
 Alfabetizaciónに関しては他のラテンアメリカの国やアメリカ合衆国(かなり低いらしい)と比べても良くやっていると思うけれども、それで終っていては駄目。字も書けて本が読めるようになったら、今度はどんな事を書いてどんな本を読むのか、が問題になってくるわけだけれども、キューバでは昔よりは良くなっているとは言え、まだ検閲が激しく、ハバナに行っても色々な本が売っていないし、著作権など関係なしに本に注釈が書き込まれたりする。例えば私が借りたZapataの本には、この著者はNorteAmericanoだからあまり信用できないと最初の部分に印刷されてあった。確かにその本は少しアメリカ合衆国贔屓だったけれども、そんな事が許されるのか?

 子供達は小さい頃から政治思想を押し付けられて、洗脳されている部分もあるけれども、恐らく北朝鮮や他の共産圏の国と比べても、ラテンという事で良い意味でいい加減だからまだ良い方かもしれない。しかし、自分達の方が他のラテンアメリカの国の人達よりもよりも優れていると思い込んでいるのはいただけない。以前余にもイギリス、フランス、ドイツそしてアメリカ合衆国や日本と比べている人が居て、「キューバはまだまだ発展していない」と言っていたので、「メキシコやグアテマラと比べたら?」と言ったら、「そんなレベルの低い人達と比べないでくれ!」と言われてしまった。

政治

 本当は此処に一番力を入れて書かなければならないのだけれども、余にキューバ政府を批判すればキューバは酷い国だと思われてしまうし、批判しなければキューバ人の苦しみを分かっていないと言われそうなので、難しいところだ。しかし実際に現状では殆どのキューバ人(特に若い人達)はキューバから出たいと思っているわけで、“嫌なら出てけば?”で済ますのもどうかと思う。キューバで生きていくにはTenemos que tener Fe と言うジョークがあるけれども、本当にFeなしで生きていくのは辛いと思います。因みにこのFeはCreenciaのFeではなく、Familia Extranjeraの頭文字です。

 キューバは一応共産主義だと言われていて、アメリカ合衆国から敵国扱いを受けているわけだけれども、本当にキューバが共産主義を採っているのかどうか、そして本当の共産主義とは何なのか考えさせられます。革命当事は共産主義だの社会主義だのとは言っていなかったわけで、そんな事を言っていたら農民は革命に協力しなかったでしょう。革命が終って“この国は共産主義に向かって行き、とんでもない事になる”と思った人達は何回にも分けてだけれども、できるだけ早くキューバを離れていってしまった。共産主義をある程度支持していた人達にも、これは自分達の理想に向かっているのではなく、Fidelismoに向かっている、つまり独裁の方向に行っていると気付き、反革命敵になって刑務所行きになった人達も沢山いる。そして確かにキューバはFidelによる独裁国家だけれども、ではそれがまったく悪いのかと言えばそうでもない。結果として独裁で良かった、と言うか独裁でしか達成できなかった事が色々とある。問題は確かに山積みだけれども、他のラテンアメリカの国々と比べても"Hay pobreza pero no hay miseria en Cuba"と言われるように、道端でボロボロの服を着たホームレスがお金をねだる光景はキューバではそれほど見られない。(決してまったく居ないわけではない) しかしキューバに居て誰もがウンザリするのは政府の嘘、プロパガンダ、偽善で、これらを50年近く続けていれば、いくらアメリカのハリウッド映画やインチキ民主主義に対抗するためだとしても、逆効果だ。そして、この民主主義についてだけれども、キューバ政府はキューバでは革命後に民主主義が達成されていているので、今キューバで民主主義を唱えて改革が必要だと思っている人達は反民主主義者だと言っている。アメリカ合衆国政府もキューバ政府も民主主義がそんなに簡単に手に入ると思っているのか?

 Fidelは「私にとって政治は芸術だ」とテレビで言っていたけれども、これは見る人と作者の意図は必ずしも一致しないと言う事で、評価する事は難しいという事でしょう。

 

 キューバのDificultad(困難)

 キューバには色々な困難が待ち構えているが、今日本で考えてみると、大した事はなかったかな?と思うような事もある。しかし実際向こうに居ると耐えられない。自由気ままに暮らしているようなキューバ人も何か得体の知れない物に押し潰されながら生きている。外に居てはなかなか想像できない重たい空気。恐らく此処に上げた停電、交通手段、住居、物資調達、食事、単調な暮らし、外国人ならではの辛さをクリックして、説明や写真を見てもこの雰囲気は分からないと思う。しかし殆どのキューバ人は何故キューバを出て行きたいのか、を考えてみよう。

 

  解説と実例など

   キューバの医療全般

  他のラテンアメリカの国と比べて確かに医療が発達しているし、田舎の方にでもウルトラソニードがあったり、町に行けば気軽にCTスキャンも受けられます。診察はもちろんタダで手術をしてもお金は原則的には払わなくても良い。私が虫歯を治した時も、妻も子供を生んだ時も、お爺さんが白内障の目の手術をした時も、全て無料。そして薬も安い。私の居た小さな村にもあちらこちらに診療所があり、この区画に住んでいる人はあの診療所という様に振り分けられている。病院も小さいのが1つと中規模のが1つあった。何時も気軽に健康相談に行ったり、処方箋貰いに行ったり、すごく身近に感じる。実際小さな村だと親戚や友達に医者がいるのも珍しくありません。それから国内だけではなく、国外からもキューバに手術や治療を受けに来る人達が結構いるし、沢山のキューバ人の医者が海外で活躍しているという事もよく聞きます
。しかし良い事ばかりではありません。
 まず第一にタダより高いものはないとよく言う通りに、医者がとんでもない判断をして、患者が死んだとしてもその医者が罰せられる事もなく、誰も責任を取らない場合もあります。日本でも診断ミスや注射を間違えて患者を誤って殺してしまう事件がよく新聞に載っているが、キューバでは新聞に載ることはない。間違ってもない。そして、医者を訴えたというのも、聞いた事がないので、恐らくできない事になっているのだろう。看護婦についても、いい加減な教育しかしていなさそうだ。この間まで床を掃除していたおばちゃんが看護婦になる研修を3ヶ月受けて、生後22日の女の子に間違った薬を間違った量を打とうとしていた。これは私の目の前で起こった事であり、もし私たちの知り合いの医者がこの事に気が付いていなかったら、とんでもない事になっていた。(因みに新生児が死んだ時だけ大問題になる)
 薬が安く簡単に手に入るというのも問題で、薬に頼りすぎになり、Dosis exactaという番組で勝手に間違った薬を間違った分量飲む人が多すぎると注意を促している。しかも日本の薬と比べるとかなり強力で、眠り薬なんかは1粒飲むと次の朝起きられないくらいだ。処方箋も患者から医者に「〜頂戴!」と言えばもらえるので、薬漬けになっているキューバ人は多い。例えば家の引き出しや冷蔵庫に入っている薬は数えたら25種類にもなり、Dipirona,Paracetamol,NitrazepanやDiacepanなどは何時も
かなりの量の蓄えがある。

 キューバでは当たり前の事だけれども、医者との繋がりのない家族はいくら医療費が無料でも、かなり苦労しなくてはなりません。私たちも信用できるかどうかも分からない医者や看護婦に見てもらうのはなるべく避けるために、まずは親戚に相談して、その次に妻の友達で医者をやっている人に相談していました。手術してもらう場合には、貢物(農家なら米や豆などの野菜、それがなければ石鹸やシャンプー、歯磨き粉などの日常消耗品)を頻繁に持って行き、順番や行っ長い列に並ばなくても済む様にしてもらったりします。これをやっても、「今日は電気がないから駄目」とか「水がないから」、「必要な薬品がない」などと言われて、かなり待たされる場合があるので、普通に待っていたら何時になる事か。それでもキューバには沢山の外国人が来てキューバ人よりも優先的に手術が行われているようです。最近では今までホテルだった所(例えばBayamoのHotel Sierra MaestraやGuantánamoのHotel Guantánamo) を病院の替りにして、ハイチやベネズエラ、グアテマラなどの外国からの患者を受け入れたり、TransCarのバスを使って患者を移動させたりしている。もう少しキューバ人の事を考えても良いのでは?

日本との比較

 日本に帰ってきて子供に予防接種をさせたり、熱が出たり、体中に蕁麻疹ができたりして、最近よく医者に連れて行っているのだけれども、キューバの知り合いの医者では色々聞けた事も日本の医者にはなかなか質問できない。時間がないのか、とにかく医者は一人の患者にかける診察時間を短くさせて、次々に仕事をしている。キューバのように世間話をして、他の患者を待たせても平気な医者もどうかと思うけれども、日本はやっぱり冷たい感じがした。キューバの方が信頼関係(キューバ人同士に限る)が患者とでき易い環境だ。しかしながら日本も地域によって違うようだけれども、5歳までは殆どの医療費が無料みたいだし、出産費用の援助金の他に月々5000円貰えるようだ。難病についても、一部負担はあるものの、かなり援助されるようなので(2006年現在、患者負担量が上がるらしいという噂)、アメリカに住んでいる私の姉の話しを聞いても、日本の医療制度はかなり良く出来た方なのかもしれない。


  医者の生活

 ここでは実際に知り合いの医者を例にとってキューバで医者になるということはどういう事なのか、見ていきたいと思います。

 職業は医者ですと言えば、大抵は何処の国でも“お金持ち”というイメージが湧くけれども、キューバの場合はまったくそんな事はありません。職業による差別が少しでもなくなり良いという考え方もあるし、外国が単に金を儲け過ぎているという事も考えられます。しかし、人の命を預かる仕事なので、それなりのお給料は貰えて当然でしょう。月給が500ペソ(US$20)ぐらいで、他のキューバ人よりも多めですが、日本と比べると・・・比べてはいけません。芸能人や野球選手の給料もキューバと他の国を比べてはいけません。彼らはお金のために働いているのではないからです。と言うのを信じる人は、まずいないでしょう。では、優遇されていないのかと言えば、やはり国にとっても大切なプロパガンダに役立っているので、政府は他の人達と差を付けています。
 キューバは医者をMisión Miragloなどの海外で地震や台風などの災害にあった地域や、医者の足りないアフリカなどの国々に送り、所謂発展途上国の中では珍しく外国に援助をしている。もちろんそれがプロパガンダになっているのだけれども、キューバ人と付き合えば分かる事なのだが、元々彼らは人のやる事に対して直ぐに頭を突っ込みたがる、
かなりのおせっかい屋です。時には自分のやらなければいけない事も放っておいて、人の世話をしたりするわけで、その様なキューバ人の性格も手伝って、このMisión Miragloは成り立っています。
 これらの海外に派遣された医者は最初の1〜2年ぐらいで1ヶ月200CUCぐらい稼ぎ、3年目に入ると月に300CUCぐらい稼げるようになり、、5年ぐらいのミッションが終るころには8000CUCぐらいの貯金ができるらしい。それから何人かのキューバ人とお金を出し合ってコンテナに電化製品や洋服、所謂キューバのご禁制の品などをキューバに送ったりできるようです。そしてキューバに帰ってくれば地位はさらに上がり、車を買う権利が与えられたりもする。さらにミッション期間中は残された家族に月々50CUCが配給される。これは他のキューバ人から見ればかなり優遇されている。そして これだけ差があると、どうしても問題が出てきます。例えば 医者の中で誰が何処に派遣されるかという問題が出てきて、賄賂を払ってでも海外に派遣されたい医者が出てくる。それから普通のキューバ人は外国に行く事を制限されているので、一旦出ると帰ってこないキューバ人が沢山います。これは医者も例外ではなく、ベネズエラやグアテマラだけでなく、なんとパキスタンでも脱走者が出ました。一体あんな所で逃げてどうしようというのか? 恐らく直ぐにスペイン語圏の国に逃げ込むのだろうと思うけれども、本当にそうするしかなかったのか? サメに食われるのを覚悟イカダでマイアミに行くよりもましという事なのか? 私の居た小さな村でもグアテマラに行ったきり帰ってこない医者が居たけれども、その人のお父さんがCDR関係の人で、その事がみんなに知れ渡った時にすごく恥をかいていて「とにかく帰って来い!」と怒っていたらしい。その人はキューバに帰る直前、空港でチェックインして、荷物も預けてから、いきなりグアテマラ人と駆け落ちして逃げてしまった。でも、チスメはさておき、一番重要な問題はキューバで医者が足りないという事です。田舎の村から何人も医者が海外派遣されてしまったので、私の友達の医者は隣の村やもっと田舎の診療所にも行かなくてはならず、しかもバスはなくヒッチハイクで行かなければならない。当直も続く。本当にかわいそうだ。これで派遣組みが逃げずにキューバに帰ってきたら、その人達の地位や給料は上がって、キューバでがんばっていた医者には何の報酬もない。これでは良い医者も腐ってしまう。

  海外派遣組みの医者の家族について
 両親が医者で二人とも海外に派遣されてしまった場合、子供たちはお爺さんお婆さんや親戚の人達に育てられる事になる(今では小さい子供が居る家庭は派遣から外されるらしい)。そうなると、金や服には困らないが、キューバ独特のあの家庭の雰囲気がまったくなくなり、しかも話し始めるのが遅くなるようだ。普通キューバの子供は日本と比べると口達者だと思うけれども、ある医者の子供で5歳になってもまだ話せない子供がいた。これではいくら家にパソコンや電子レンジがあっても、子供がかわいそうだ。そうして育った子供は自分が大きくなって子供が生まれても、うまく育てられない。 というケースが身近にありました。もちろんこの様なキューバ人が沢山居るかどうかは知らないけれども、外国人から見て、ここの家族はキューバ人としての魅力がなく、しかも他のキューバ人、特に農業をやっている人達を見下しているような感じがした。
 医者に限らず、 外国に行ったキューバ人が帰ってくると、金のネックレスをジャラジャラ下げて、成金趣味の派手な服を着て来たりで、牛と馬の糞だらけの田舎の村にはまったく合わない。でも媚を売ってビールや食事を彼らから奢って貰おうとする人達も沢山居るわけで、何だかな〜と思う。

 


キューバで出産

 キューバの雰囲気に呑まれてしまったのか? 生活が安定するまではイカンと思っていたが、結婚生活7年目で遂に出てきてしまった。はてさて、どうしたものか?。日記風にその当事を振り返ってみます。

1)様子が変?

 朝、いつものように口喧嘩をしながら洗濯をしていると、妻の様子が少し変だ。「¿Otra vez estás inventando algo? 」 「No, esta vez es la verdad. Me siento mal」 妻は負けそうになると何時も他の事に気を引かせて、テーマを変えようとするので、またそうかと思ったら、今回はどうやら違うようだ。妻の母親が、「妊娠しているんじゃないの?」と冗談のように言ったが、あの時はまさか本当だとは思わなかった。早速病院に行ってウルトラソニードをやってもらおうと思ったら、アパゴン。この時はまだ停電が沢山あったので、何時Sancti Spiritus(以下SS)迄行くのか決めるのが難しい。しかもウルトラソニードをやる前にはトイレに行っていけないらしく、一晩我慢してその後1時間かけてSSに着いたら“停電のためできませんでした”では厳しい。Ciego de Avilaに親戚の医者が居るので、何とか頼んでやってもらおうと言う事で、早速やってもらったら、なんと妊娠2ヶ月だ。写真を見てもどれが何だかちっとも分からない。17ミリか・・・。分かるはずもない。

2)イライラ開始

 キッキリクックー! 夜の12時半にいつも寝ぼけた隣の家のキケレが鳴く。一羽が鳴くと次々に鳴き出すから困る。妊娠中はストレスを溜めないようにしないといけないと言われているが、ここには動物が沢山居て寝れない。寝れないとイライラするわけで、これではいけないと思い、少し離れたお祖父さんお祖母さんの家に泊まる事にする。が、こっちはこっちでトラクターの音と隣のハバネロの叫び声が夜中まで騒がしくて眠れない。蚊もこっちの方が多そうだ。多そうだどころではない。耳の近くに来た蚊のプ〜ンという音にイライラするのなら分かるけれども、遠くに居る何百匹の蚊の音が五月蝿くて眠れないというのは、日本では考えられない。

 水がない。正確には井戸の中のパイプの一部が壊れて水が上まで上がらなくなってしまった。これでは生活できないので、井戸掘り屋に来てもらって新しい井戸を掘っていたが、途中でTrabajadores Socialesによるガソリンや軽油の闇販売を取り締まりが厳しくなり、掘削機ごと政府に没収されるのを恐れそのままにして何処かに行ってしまった。何時来るのか、このまま一生来ないのか? 仕方なく下の実家まで水を汲みに行く。
 妻が妊娠している時に、何て事だ!。妻もイライラしているけれども、こっちも大変だ。日本ならまだしもキューバでは何をどうしていいのかまったく分からないので、いつも主導権はキューバ人側。ただ命令に従うのみ。

3) 手続きの問題

 妻は外国に居住できるPRE(Permiso de Residencia Extranjera)を持っているので、3ヶ月に一回それをイミグレで更新しなければならず、1年に出国しなければならないと、SSのイミグレの人に言われた。キューバ人なのに、外国人と結婚しているとキューバ人ではなくなるのか? もちろんPREを捨てれば良いのかも知れないけれども、これを取るのに苦労したし、日本に帰るかもしれないので、仕方がないから更新することにする。
私たちがキューバに入国したのは5月末で、この時は9月末。産まれるのは4月の末ぐらいだから、今の内に一回出国しておいた方がよさそうだ。
 後から色々な人に聞いてみたところ、手続きまったくなしで、PREを失わずに外国人と結婚しているキューバ人も居たので、キューバは本当にわけが分からん。

 普通外国人と結婚しているキューバ人でも配給を貰えるはずなのだが、なかなか渡そうとしない。噂によると、自分らの取り分が減るかららしい。こうなると子供の配給もなくなるのか? イミグレの人に聞いても、妻と子供はキューバ人だから配給はもらえるはずだと言う。妻のお母さんが何回も文句を言いに行くと、渋々配給の手続きをした。これで赤ちゃんの分も貰えるのは確実になった。

4)配給関係(Cuota para embarasada)

 貰える配給は普通の人が貰える物と、それプラス妊娠している人専用に貰える物、それから所謂配給とは別に妊娠している人が貰える物。子供が生まれれば子供用に大人と同じ分の普通の配給と子供用に250mlの赤ちゃん用ミルクが毎月20パックと衛星無菌布、布オムツセット、タオル2枚、Tシャツとパンツ、靴下、赤ちゃん用石鹸とローションなどが貰える。とにかく色々貰えたが、貰えると言ってもまったくのタダではなく、**センタボか1ペソぐらいは払わなくてはいけない。

 とりあえず今回手続きをしてすぐに貰えた配給が以下の写真の物の他に妊娠配給用になんとキューバでは御法度の牛肉!そして子供が生まれた後は250ml位の赤ちゃん用ミルクが18パックとOsitoという熊印のフルーツピューレ4〜5本が毎月貰えた。

豆frijores
塩sal
砂糖azúcal
コーヒーcafé
妊娠している人用の配給粉乳leche en polvo
配給の豆 配給の砂糖 配給の塩 配給のコーヒー 配給の粉乳

配給とは別の粉乳
leche en polvo(fuera de la cuota normal pero para embarasada)
赤ちゃん用ミルクleche para bebé
OSITOグアヤバ?ジュースjugo de guayaba
Materno粉乳 Mateジュース

 

5) 健康管理  

 キューバでは新生児の死亡率に関して非常に神経質になっている。何処まで本当なのか調べる事はできないけれども、政府の発表通りだとすると、かなり低い値になっていて、実際妻がキューバで子供を生んでみて、この数字はまんざら嘘ではないかもしれない。妊娠中の健康管理にはラテンとは思えないほどの気配りがされていて、ビタミン剤や鉄分補給の薬を山ほど呑まなくてはいけないし、妻の場合も出産予定日の1ヶ月前から赤ちゃんの頭が下に来過ぎているということで、絶対安静と医師から言われた。ヘモグロビンの値も低いということで、驚いた事に日曜日にも鉄分の注射を家まで打ちに来てくれた。おかげで元気な赤ちゃんが生まれて、世話になった人達には本当に感謝してます。ちなみに新生児が死ぬとそこの病院の人はハバナまで呼ばれて説教されるらしい。
 キューバでは偏った食事しか普段できないので、サプリメントは多少多めに呑んでも良いのかもしれない。ちなみに薬の殆どはキューバ産で、よくキューバのニュースで見るけれども、かなり立派な設備が整った製薬工場がある。

呑んでいた薬の写真

水質汚染によるバクテリア対策contra bacteria
ビタミンC鉄分補給
鉄分補給注射用(強力)hierro
中国産ビタミンC
くすり1 くすり2 くすり3 くすり4

母子手帳(カード?)

Unicefマーク付きの母子手帳で、子供が生まれるまで使った。
この様なチェックシートから始まり、妊婦の環境と状態、おなかの中の赤ちゃんの状態などを書き込む欄が在る。この母子手帳は子供が生まれるまで使って、産まれてからは他のカードが渡される。さらに「ノートを買って来てくれ」と医者に言われ、それに細かく予防接種や新生児の状態が書き込まれる。面倒見は日本より良いのではないか?
母子手帳1 母子手帳中

5)SSでウルトラソニード(Ultrasonido)

これがウルトラソニードだ。キューバの田舎に居ると、この機械がすごく発展した文明の製品だと錯覚を起こし、とても感動してしまった。そしてキューバでは全て無料。 これが妊娠5ヶ月目ぐらいの赤ちゃんだ。このくらい大きくなれば頭や体もハッキリ分かる。 これが今日の交通手段。妊娠している人専用に貸切られた箱付き軍用トラック。普段もSSまでのバスとして使われているけれども、バスとは間違っても言えません。しかし、ちゃんと医者も乗り込んで安心できる。か?
SSウルトラ1 SSウルトラ2 SSウルトラ3

6) 出産準備(Preparación)

キューバの窓は殆ど右の写真のようにPersianaというガラスも網戸もないものなので、木を買ってきて自分で木枠を作り蚊が入ってこないように網を張る事にした。これは丸太を電気かんなで角材にしているところ。赤ちゃんが生まれる前に網戸を完成させなくてはならない。
Haciendo el marco para ponerle maya a la ventana.En cuba hay muchos mosquitos sin embargo en casi ningina casa tienen puesta maya en la ventana. Antes de nacer el bebé tengo que terminar el trabajo.

親戚から貸してもらったCanastillaという赤ちゃん用のタンスの引き出しが壊れていたので直そうと思ったが、小さな釘が手に入らず、自分で削って小さくしていたら、目に鉄くずが刺さってしまった。病院に行ったら、新米の看護婦がこんなにしてくれた。鉄くずを抜かずにテープをベタベタ張られて悪化したので、その後SSの病院へ行く羽目になった。Me entró una limadura en mi hojo y la enfermera me lo tapó con esta manera.

 

これが出来上がりの網戸。因みに網はキューバでなかなか売っていなかったので、メキシコに行ったときに買ってきた。結構作るのに時間が掛かってしまって、木が沿ってきてしまった。乾燥させたはずだけれども、早く組上げて壁に取り付けなかったからか? これがCunaと言われるベビーベッド。伯父さんが出産祝いに作ってくれた。SSのショッピングでも80CUCぐらいで売っていたけれども、すぐに壊れそうなプラスチック製だったので、喜んでこれを貰った。が、中に入れるマットの大きさが後から問題に。La cuna que nos regaló Tito.
網戸1 目が 網戸2 Cuna

7) 出た!Cocolinto1号

 午前2時ごろ陣痛が酷くなり、親戚の車を呼んでSSの病院まで行く事になった。しかしこの時事件が発生。家も明かりも何もない所で車がパンクした。キューバではよくある事だけれども、まさかこんな時にパンクするとは! 皆の顔が青ざめ、誰も言わなかったが、もしかしたら映画のように車の中で出産という事態になるのではないかと、この時は全員思っていたらしい。スペアタイヤは持っていると言う事で安心していたら、ジャッキが壊れていて車が上がらない。この運転手は親戚でメカニコをやっているのに、何たる事だ! しょうがないので皆で車を少しずつ持ち上げながら下に物をかましていって、何とかタイヤ交換ができた。悪夢だ。しかし妻は文句の1つも言わずに必死に我慢している。もしかしたら文句を言う元気もなかったのかもしれない。
 何とか4時半ごろ病院に着いたら、妻がぶち切れて「今すぐ先生の家に行って、起こして連れて来てくれ!」と言うもんで、行って起こしたら案の定「あんたら一体何を考えているのだ! ちゃんと診察してもらって、産まれる時に呼びに来てくれ!」と怒られてしまった。で、診察してもらったら、まだ産まれないと言うので、妻は病室へ運ばれ、他の人達は外で待つ事になった。暫くすると、出産に立ち会う人(妻の母と私)が病院内に入る事を許可され、妻の居る待合室のような所で様子を見る事になった。妻は結構落ち着いていて、赤ちゃんの鼓動が聞こえる地震計測器みたいな機械をつけていた。午前8時頃、そろそろだという事で他の部屋に移り、点滴のような物を付けて(促進剤らしい)、暫く待つ事になった。よくテレビや映画で、「スースーハー!スースーハー!」と旦那が奥さんの呼吸を整えるために叫んでいるのを見た事があるので、私もそれをやったら、「静かにして!」と妻に一蹴されてしまった。以前からResabiosaな人だとは思っていたが、まぁこの時はしょうがない。本当に辛そうだ。この痛みは男には分からない。そして8時半には分娩室に移され、2踏ん張り目ぐらいで医者がマタを切り、頭が出て来たと思ったら、ポコンと引っこ抜かれて赤ちゃんが出てきてしまった。こんなのでいいのか? と疑問もあったが、赤ちゃんの後からトロトロした血の塊がデロンッと出て来て、助産婦や医者も忙しくなってきた。「ちょいとアンタ!それ取って!」「今度はこっちを手伝って!」 俺も手伝うのか? 色々と疑問もあったが、とにかく大変だ。麻酔なしで切った部分をグサグサ縫っている。妻の痛がるを見ると子供を産む時よりも辛そうだ。
  キューバで「子供は何人欲しい?」なんて、よく聞かれたけど、これを見たら誰でも「一人で十分でしょう」と言うのではないか?。

この状況に耐えられない男の人が多いらしいと、以前聞いた事があるが、確かにすごかった。なんと、へその緒は螺旋状だ!

とにかく大変だった。でも、出てきた赤ちゃんは何と言うか・・・。しかし心配する事はなく、少し時間が経ったら、すごく可愛くなった。

可愛くなった赤ちゃんと身分証明書。お母さんそっくりにもかかわらず、「Ahi, chinito」と言って来る人が沢山居た。

子供が産まれる頃にはカードは書き込みでいっぱいになる。
cocolinto1 cocolinto2 calabasitotarjetamenor 母子手帳2

8) 総括

 色々と大変な事が多かった今回の出産だけれども、結果としてキューバで産んでよかったと妻も私も思っている。確かに病院はきれいで立派だとは言えなかったけれども、限られた中でよく皆がんばっている。日本では体験できない様な事を沢山体験して、キューバ人からも色々学んだ。
しかしながら、もう懲り懲り、と言う気持ちも勿論ある。辛いのは分かるけれども、あの我儘な人が妊娠中はさらにすごい事になっていたわけで、あれを日本で私一人が面倒を見るのは・・・・と考えると、やはりキューバで良かった。


 

キューバで農業

キューバをある程度知っている外国人で、キューバの田舎に住み、農業をやろうと思う人はいないと思います。特に日本の都会で育った人はキューバの田舎をなめてはいけません。工場で重労働をした事がある人もキューバの農業をなめてはいけません。20世紀始めに日本の九州や沖縄からキューバに移民した人達の本に、キューバのサトウキビ収穫ほど辛い仕事はないと書かれていました。Zafraと言われるサトウキビの収穫は元々奴隷の仕事であって、言い換えれば奴隷でなければできないような仕事です。こんな仕事を現代でもしているキューバ人の農民の手を見みると、皮手袋より硬く丈夫で、マラブーの棘が刺さっても平気で針を刺して取り除いていきます。この様な人達に混じって、果たしてどれだけ仕事ができるのか?

La mano de un campesino
農民の手


  1)家から畑まで(De la casa hasta la tierra)

玄関を出た所。写真のようにQuitrínを初め、トラクター、トラックなど、裏道なのに結構交通量は多い。

これは近道で、真ん中あたりにうねって見える道を進むと道に出る。 この坂は急なので殆どの車(quitrínを含む)は通らない。右側にタバコの畑があり、坂の上にタバコ小屋がある。 キューバの田舎では殆どの家に家畜が居るので、それを守る番犬も必ず飼う。この犬は比較的安全だ。
家畑1 いえはたけ2 家畑3 家畑5

 

タバコを収穫した後にこの小屋の中に吊るして乾かす。 この犬達は非常に危険で、犠牲者が後を絶たない。必ず石かmacheteを持って、アキレス腱を噛まれない様に後ろに気をつけながら通る。 左の番犬は前にある豚小屋を守るために居る。 3年ぐらい前は政府のタバコを植えていたが、トウモロコシを植えた方が儲けがあるらしい。
家畑6 家畑7 家畑8 家畑9

 

牛や馬の後ろは男の大人の人でも気を付けて通らなければならない。 この井戸はこの先に畑を持っている人達にとって非常に重要な最後の井戸。しかもここの水はうまいので皆利用する。 家からここまで歩いて15分ぐらい。井戸を過ぎて畑までは20分ぐらいかかる。 この線路が問題だ。政府はここは危ないので通らないように何回も柵を作ったが、ここを通らなければ畑にどうやって行くのだ?
家畑23 家畑11 家畑12 家畑13

 

この先に最初のページの写真“Monumento del fracaso” がある。 道が乾いている時は歩きでもQuitrínでも問題なしだが、一回大雨が降ると大変だ。 Después de llover. こうなってからQuitrínやトラクターが走ると深い轍が出来て、収穫したものが運び難い。 乾いてからでもQuitrinの腹が擦り、馬にも負担がかかるので、人は降りなくてはならない。
家畑14 家畑16 家畑21 家畑18

 

この人が使っているのはMochaと言ってMacheteより幅が広く、Cañaを切るのによく使う。因みにこの人はマラブーで柵を作っている。 このBaqueroは冗談ばかり言って牛乳は分けてくれない。でも仕事はよく手伝ってくれた。 やっと畑に着いた。仕事でクタクタになると、家まで遠く感じる。 道の終わりにある1件の家。妻もここには住みたくないと言っている。
家畑22 家畑19 家畑15 家畑17

 

 問題点(Problemas)

 農作業をやるにあたって、一番重要なのが体です。体力はもちろん皮膚の強さが無いと仕事になりません。私は肉体労働出身なので体力には自信がありましたが、日本には無い暑さと、棘のある草や木、虫、米やトウモロコシの粉にやられて、仕事は他のキューバ人の半分ぐらいしか出来ませんでした。
 その次に物事の考え方が非常に違う事。私が思うに、これは日本人とキューバ人の違いではなく、工場労働者と農民の違いだと思う。工場で働く人達は常に周りの人達に合わせて働き、責任も連帯で取る。しかし農民は家族単位の自己責任で、マニュアルも無いから人に物事を教えると言う事を知らない。コツがあるはずなのだが、自分達も誰から教わった事でもないので、聞いても教え方が分からないようだ。見て覚える時間があれば良いのだが、働き手が少ないので、それぞれが皆違った仕事をしなければならず、その時間も無い。彼らの専門用語?を分かりづらい発音で遠慮なくベラベラ話された事もあり、暫くはまったく噛み合わなくて、畑の中を駆けずり回っていた。
 それから 声とChiflidoの大きさが大切で、とにかく皆デカイ声で叫びあったり、口笛でコミュニケーションをとる。「フィチ〜!」「フィ〜ウ」 これが出来ない私は中南米を旅している時にも大きな声が出せず、バスが止められなかった事があったりして、以前からの必修科目であったが、未だに出来ない。

Marabú. El enemigo de todos los campesinos de Cuba.
キューバの農民に一番嫌われている木、マラブー。
花はきれいだが、枝が四方に伸びて種が落ちる範囲が広いので繁殖力が強く、土の栄養も取ってしまうため、土地が使い物にならなくなってしまう。おまけに長くて太い棘があって、長靴のかかとに刺さっても貫通してくる。棘の先が細く折れやすくなっていて、それが皮膚の中に何時までも残って痛い。
それでは何で全部切らないのか? まず根こそぎ取るにはブルドーザーでなければ無理で、お金がかかるのと、Trabajadores Socialesのおかげで、トラクターやブルドーザーをUBPC以外の所で使うとチクリが入り、面倒くさい事になる。それから、この棘のある木を回りに植える事で、他の家畜が畑の中に入り辛くなるので、マラブーを柵の代わりに皆使っている。
その他のマラブーの使い道として、火持ちが良いのでReña(薪)によく使う。キューバではPeriodo Especial (貧困時代?)の時の思い出として語られるが、田舎ではまだまだ現役です。最近はイタリア人がピザを焼くのに非常に適していると言って、自国に輸入しているらしい。本当か? でもこれを聞いて沢山の農民が「俺ん所から持って行ってくれ!しかも金になるのか?」と言っていた。 

マラブー1マラブー2

 

これはマラブーの次に嫌われている棘のある草で、PendejeraとかPendejoとか言われていたけれども、本当の名前は知りません。小さいトマトのような実がなっていた。
この棘はマラブーのよりも細くて小さいので、刺さると厄介で、背が低いので気付きにくく、雑草を取っている時によく手に棘が刺さった。

私は皮手をやって仕事をしていたのだけれども、日が昇ると暑くてしょうがなかった。早くキューバ人みたいに、手袋なしで仕事が出来るようになりたいと思っていたら、そうなる前に日本に来てしまった。

 

ペンデホ1ペンデホ2

 

Garrapata。キューバでダニと言えばこれ。血を吸って丸々太っているこのダニはベッドの上にいました。畑から帰った後は要注意。

Alacrán
あまり畑にはいないけれども、時々石の下に居るので、気を付けなければいけない。

Majá 水を撒いていたら、ホースの中から出てきた。Macheteでぶった切って家に持ち帰り、記念撮影。

Calor.夏も冬も日が昇ると途端に暑くなる。暑くなると人も牛も動きが鈍るので、11時前にはひと段落つけたい。午後は4時ぐらいから仕事が出来る。
ダニ さそり へび tierra

 

 畑の紹介

ここでは今まで畑の半分を使い米、もう半分でトマト、豆、トウモロコシ、をやっていた。日本の農業は知らないけれども、素人目に見てもゴロゴロバサバサの塊がすごく、土地が肥えているとは言いがたい。元々ここはマラブーが生い茂っていた所を義父が開墾して、タバコのカス(カスと言っても、吸殻ではない。キューバではタバコ工場から出てくる使えない葉や茎を肥料として撒く)を使い、何とか農業できるようにしたようです。

農業と言えば水です。以前は他の人達と共同で溜池を使っていましたが、乾季の時には枯れて、雨季の時にも土手が崩れて水なし状態。そして誰も直すお金が無いので、どうしようもなかった。そこで、1998年当時US$300位だったかな?(外国人払い)で、ブルドーザーを借りて自分達の溜池を作りました。そこからTurbina(ポンプ)で水を畑まで送ります。

Antes del huracán Katrina
池は何処だ?確かこの辺に・・・。無いではないか!あの時せっかく造った溜池に水が一滴もなく、草が生えてる。2年間の水不足で干からびてしまったようだ。
Después de pasar el huracán
しかしカトリーナやデニスといった台風が通過して、この通り。ニューオリンズでは酷い事になっていたが、こっちは大助かりだった。
このTurbinaで水を100m先の畑まで汲み上げる。油断すると振動で滑ってモーターが池に落ちるので、時々見に来なくてはならない。 Regando el agua.手撒きです。いちいちパイプを付けたり外したり大変だけれども、この様に沢山撒かないと、すぐに干からびてしまう。
溜池 溜池1 ポンプ 水撒き

 

 

 トウモロコシの収穫

Mi suegro y yo.
これが私とMacheteが似合う妻の父。
Los miembros de hoy.
今日のメンバーは左の二人と隣の家のCurro、義父の弟のJorge、伯父さんのHumbeの6人。
Chismeando y caminando.
「暑くならねえうちに、とっとと終らすべ!」など、仕事の話は一切しない。Chisme(噂話)が主なテーマだ。
La entrada de infierno.
地獄の入り口。
トウモロコシ1トウモロコシ2 トウモロコシ3 トウモロコシ4 トウモロコシ5

 

Resistieron a los efectos de los ciclones.
.台風にも負けずに一回倒れてもまた起き上がったトウモロコシ。半年で収穫できる。
La forma de racoger las mazorcas.
隊長(義父)が適当な所に穴を開け、そこに皆トウモロコシを投げ込む。
El calor ya está insoportable. 暑くなってきたから少し休憩。しかし一日で終らせて家に持ち帰らないと夜中に盗まれるので、がんばるしかない。 Separando las mazorcas y despajando la paja.
Quitrinでここまで持ってきて後は手で殻を取る。ビニールシートを付けても、この暑さでは大変だ。
トウモロコシ6 トウモロコシ7 トウモロコシ8 トウモロコシ10
picamai Alergia.
トウモロコシの収穫をしたら、手も足も何かの虫に刺されたようだ。この後皮剥きの作業でも腕にトウモロコシのカスが付きこれより小さいぶつぶつが沢山できた。一回これが始まると、ちょっとした刺激でも次々に発生しだす。キューバの蚊に刺されただけでも時々水ぶくれができたので、私はキューバアレルギーなのかも知れない。

 

私達は手でトウモロコシの皮を剥きましたが、お金のある人や政府関係の穀物はこの様な脱穀機を使います。
因みにお米は手ではやってられないので、私達も脱穀屋に頼まなくてはなりません。

上からトウモロコシを入れる ガッチャンガッチャン物凄い音を立てながら上からカスを吐き出す。 横殻出てくる粒をSaco(袋)に入れる。 何に使うのか知らないけれども、粒以外の物が沢山入っている。
脱穀機4 脱穀機3 脱穀機2 脱穀機1

 

 苗床作り

私は日本での農業経験がまったくのゼロなので比較も何か言う事も出来ませんでしたが、何かもっと効率の良い方法があるのではないか? Buey(牛)頼みなので仕方がないのか? う〜ん・・・。

溜池からTurbianaで水を入れながら三角形で棘が付いたものをYunta(牛を2頭?げたもの)に引かせる。 傍から見ていると面白そうだけれども、やってみるとそんなでもない。私の体重だと軽すぎて雑草が巧く引っかからなかった。 1往復ごとに三角形を引っくり返して絡まった雑草を取り除く。水中にマラブーがあると足に刺さり、そこからネズミの小便が入り、死ぬ人もいるという。 いかにもGuajiroって感じの2人です。今日はあまり疲れてなさそうだ。
苗床1 苗床2 苗床3 苗床4

 

ちょっとビビリながら記念撮影。牛をコントロールするのは私には難しくて出来ませんでした。 これを使って2頭の牛の頭をしっかりと固定する。 この三角形のやつは雑草を取り除くのに良く使うけれども、名前を忘れてしまった。
苗床5 苗床6 苗床7

 

 米の収穫

この仕事は相当金に困っているキューバ人か、いつも世話になっていて、しょうがないからご近所の仕事を手伝うとい人で無いと出来ない。兎に角厳しい。集まったのは私と隊長(義父)とその弟、Gatillo(隣のうちの人)、Boracho(酒飲む金が無いからしょうがなく働く)、何故か若者1名、妻の弟(後から遅れて来て、しかも2時間ぐらいやって越が痛いから帰っていってしまった)と7人でした。本当はもっと来る筈だったらしい。働いてくれた人達には報酬としてある人は収穫したお米の一部である人は40ペソクバノ(これが相場らしい)を渡します。あの仕事でUS2ドルいかないわけで、一方では違法に商売している他のキューバ人で月にUS$4000を稼いでいる人がいる。クキート! 貴様だ!畑仕事手伝わんかい!と怒る人は私しかいなかった。これは諦めるしかない。

この時はまだ仕事の辛さを知らずにふざけてこんなポーズをとる余裕があった。前回のトウモロコシで体中が痒くなってしまったので、暑いのを覚悟でこんな格好をしたら、やはりバテた。 「おいおい、あいつ来れないのかよ! 約束違うじゃねーか!男なら自分の言葉に責任持てよ!」と隊長が怒ってました。米の収穫はキツイから、土壇場でキャンセルする人も多いらしい。 またしても地獄の入り口 トウモロコシ畑は雑草で一杯になっていた。
米1 米2 米3 米4

 

日本の稲より丈が短いような気がする。 まだ朝早かったので朝露で濡れていた。 レンズの内側に蒸気が付いてしまってボケてしまった。 奥から手前に向かって、一人で一回に運べる位に分けながら刈っていく。
米5 米6 米7 米8

 

この時もまだ余裕があったが、暫くすると頭がふらふらして、吐き気を催し、他の人より先に休憩する羽目になった。 右が妻の弟で左は隣の家の人。 全部刈り終わったら、トラクターが入っていける所まで持って行き、まとめて置いておく。 人によって担ぎ方が違うけれども、私の場合はどんな持ち方をしても滑ってしまい、それに加えて足場も悪くてこけたりして、何回もぶち撒けてしまった。他の人の半分ぐらいしか持って行けなかったと思う。
米9 米10 米11 米12

 

脱穀機を連結させたトラクターが入って来て、この場で脱穀してもらう。日本のように、田んぼで乾かす事はしない。もしそんな事をすれば、恐らく次の日には何も残っていないだろう。 これにて今日の仕事は終わり。朝の6時から3時まで昼飯抜きで働いた。 一刻も早く家に帰ってシャワーを浴びたいのだが、こんな時に限ってディーゼル機関車が通過。 次の日には笑顔も戻る。しかし今年は普段に比べて三分の二ぐらいの収穫だったらしい。この量だと家の消費分だけになってしまい、他の物と物々交換はできない。
米14 米15 米16 米17

 

キューバではよく家の前で米を乾かしているけれども、隣をトラクターが通ったり、鶏が突いたりで、これだから石が沢山入るのだ。“Escoger arroz” この米を研ぐ前に石やMacho(米穀付き)を取り除く作業について、以前は親子の会話の場があってよい事だなどと勘違いをしていたが、キューバに住んでいると非常に面倒くさい。本当に他の方法は無いのかね?
米18

 

Maní(落花生)

キューバではよく公園やバス停で円錐状の白い紙に入れたマニを売っている。しかし家の中で食べるのはDulce de maníの方だ。Sillónに座りながらこれを摘まんでコーヒーを飲む。心が落ち着く一時だ。
  以前から試してみたかったマニをいよいよやってみる事にした。しかし・・・。

種と言っても身です。これを蒔くためにはもちろん殻を取らなくてはいけません。 朝から晩まで近所の人を巻き込んでの作業。だんだん指が痛くなってくるけれども、Polo montañezを聞きながら気長にやります。 YuntaにAradoを引っ張らせて Surcoを作る。その後を2〜3粒ずつマニを蒔いて足で土を被せる。暑くなると牛がだらけるので、なるべく早く済まさなければならない。 Yuntaを操っている人はBaqueroなので牛をコントロールするのが上手い。「てめ〜そんな方引っ張ってると飯くわさねーぞ!」などと、仕事をしている間は常に怒鳴っていないといけない。
mani3 mani2 mani4 mani5
一ヶ月ぐらいで結構出てきた。もっと間隔を詰めて蒔けばよかったと後悔している。 始めてみましたが、こんな感じです。日本では千葉が有名なのかな? 一応収穫できましたが、完璧な失敗です。土がマニに合っていなかったようで、普通の豆には適していても、地面の中にできるマニは駄目でした。もう二度とやらないでしょう。
mani7 mani6 mani1

 

 

 

キューバの有機農業について

 キューバには有機農業を研究しに日本から来た人達もいるようですが、キューバの考え方が進んでいると思って勘違いしている人が中にはいるようです。キューバ政府を通さず、田舎の農民を片っ端から尋ねてみて欲しい。殆どの農民は農薬が高いので買えないだけで、買える様になれば進んで使います。誰が好んでタバコ工場から出るカスを這いつくばって拾いますか? 彼らはトラクターではなくて牛を使って農作業をしなけらばならない人達です。UBPCなどに属している農民も貧しくて有機農業で野菜づくりなんて考えている場合ではなく、生きていくのが精一杯なのに健康なんて二の次です。体がボロボロになるまで働いてもジーパン一枚買えないキューバの農民に「有機農業は世界中でブームなので見学させてください」なんて言ったら、Macheteで追い払われると思います。少なくとも私が働いている時にそんな間抜けな日本人が来たら直ぐに追い払います。宣伝のために政府が特別に指導している所はあるでしょけど、他を見なくては“キューバの有機農業”とは言えないでしょうし、平気でその様に書いてある本やインターネット上での記事を見ますが、私には全く理解できません。嘘だと思うなら、キューバに行って田舎の農民の生活を体験してみればよい。絶対に健康なんて考えてられないし、買う方だってそんな事を考えて生活できるようなキューバ人は殆ど居ないでしょう。有機農業などの発想は、健康のために朝ジョギングを出来るような余裕のある人達から出てくるものです。キューバではインフラの整備も全然出来ていないのに、パソコンを小さい時から勉強させて、それを海外にアピールするという極端な事もやります。もちろん悪い事ではないけれども、いきなり先進国の真似をしないで、もっと普通の人の生活基盤を作ってあげないと、そのギャップに国民は耐えられなくなると思います。見せ掛けだけの騙しは2〜3週間しかいない人には通用しますが、長くキューバに居る人達の誰もが気付く事なので、やらない方がマシ。