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 桃山時代の絵画2 長谷川等伯と狩野永徳

桃山の障壁画
永徳と等伯の位置→参照:今見ることのできる桃山江戸初期の障壁画

長谷川等伯1539-1610
金碧画(水墨+濃彩+金箔・金地)と水墨画の2画風並存は永徳と同様
狩野派と対抗し装飾的明晰な金碧様式を創造
水墨画では「雪舟五代」を名乗る(水墨画の本流を意識)
 雪舟―等春―無文(法淳)―宗清(道浄)―等伯(『等伯画説』)
天文八年1539年能登の戦国大名畠山氏の家臣、奥村文之丞の子として七尾に生
幼い頃、染物業奥村文次を通し染物屋長谷川宗清の元へ養子

能登「信春」時代 20歳代後半〜33歳頃
等春(16C前半の画僧、雪舟の弟子)に画を学ぶ
仏画、肖像画、花鳥画など様々な画題、日蓮宗関係の絵画を描く
26歳落款のある最初期の作品 能登を中心に石川、富山県などに10数点
信春彩色寄進木造「日蓮聖人像」奥村家菩提寺・七尾市本延寺
高岡市大法寺、能登日蓮宗寺院「日蓮聖人像」、「三十番神図」

京都時代 30歳代中頃〜40歳代
33歳元亀二年(1571年養父母の死後、妻子を連れ上洛
 本延寺本山・本法寺の塔頭、教行院に住み制作活動を行う
 一時狩野派に入門し元信が導入した新時代の金碧画の技法を学ぶか
日堯上人像 「父道浄六十五歳…長谷川帯刀信春三十四歳筆」款「信春」袋印
「達磨図」岡山県立美術館、「花鳥図」屏風岡山県妙覚寺「信春」鼎印
日堯を次いだ本法寺の日通上人1551-1608を通じ、堺の千利休らと親交を結ぶ
 等伯の後妻である妙清(先妻の妙浄は、等伯41歳の時に死去)も堺出身
50歳1588年頃大徳寺塔頭、総見院に「山水図」「山水猿猴図」「芦雁図」描く
 大徳寺は古名画の宝庫 とりわけ中国南宋末の禅宗画家牧谿を模倣する

壮年期 金碧水墨様式の完成 50歳代
51歳1589年◎大徳寺三玄院水墨山水襖絵(現在円徳院32面、楽美術館4面)
51歳大徳寺山門に濃彩天井画と柱絵を描く「長谷川等白五十一歳筆」款
52歳1590年仙洞御所障壁画、狩野派の圧力により中止(勧修寺大納言晴豊日記)
 永徳が48歳で逝く
53歳1591年千利休自刃
54歳1592年頃●祥雲寺障壁画(現在智積院蔵)
 秀吉の嫡子、3歳で亡くなった鶴松の菩提寺「日本一番之寺」(家康)
 金碧障壁画 花木図、金地に濃彩、霞を置いた装飾的、明晰な構成
   「楓図
   「松に秋草図」、「松に黄蜀葵図」壁貼付
 久蔵「桜図」 子の久蔵1568-93が26歳で亡くなる
 弟子「雪松図」「松に立葵図
  (等伯「枇杷図」、弟子「竹図」1947年火災のため焼失)
●「松林図」屏風 水墨画 東京国立博物館
 藁筆、墨の諧調 牧谿画学習の成果 能登の松林、遠景に雪山
「松林図」復元
 紙継ぎのずれ、「等伯」印が後印 本画でなく下絵?
 参考作品:長谷川派(宗宅、等周か)「月下松林図」屏風(2007年3月Christies)
「月下松林図」屏風左隻 「月下松林図」屏風右隻
 この頃、◎日通上人『等伯画説』(本法寺)
50歳代◎相国寺「竹林猿猴図」屏風 柔らかい描写、大徳寺牧谿猿図を学んでほどなく
 ◎南禅寺金地院障壁画「老松猿猴図」
 ◎妙心寺龍泉庵「枯木猿猴図」屏風(現在軸装) 粗い筆致(晩年へ)
 ◎壬生寺「樹下仙人図」屏風など

晩年の減筆の抽象化した絵画 60歳代
61歳慶長四年1599年◎妙心寺隣華院(南化玄興の庵居)室中襖絵「山水図」16面
 四方四季の3D山水空間、金泥は後補多 晩年の抽象化したスタイルへ
衣鉢の間
狩野永岳
《紅葉図》
紙本金地着色
仏間 書院の間
狩野永岳
《四季花鳥図》
違棚4面《琴棋書画図》紙本金地着色
檀那の間
狩野永岳
《西園雅集図》
紙本金地着色

室中の間
長谷川等伯
《山水図》
紙本墨画金泥
礼の間
狩野永岳
《松図》
紙本金地着色
1599年◎「仏涅槃図」 本法寺蔵 大幅792.8×521.7cm
 東福寺明兆、大徳寺松栄と共に三大涅槃図 摩耶夫人を描かない図様
 「顧主 自雪舟五代長谷川藤原等伯六十一歳謹書」款
 裏面に久蔵を含む長谷川一門の名、一族の菩提を弔う意図
この頃◎禅林寺大方丈襖絵「波濤図」(現在掛福)鋭角的、結晶状の岩
 水墨画に金雲を初めて導入
63歳1601年◎大徳寺真珠庵襖絵「商山四晧図」「蜆子猪頭図」
64歳1602年◎南禅寺天授庵「商山四晧図」「禅機図」「松に鶴図」など
65歳本法寺において養父母の三十三回忌
66歳「法橋」に叙せられる 「御湯殿上日記」お礼に屏風1双を宮中に持参
 12月高所より墜落し右手が不自由となる(曲直瀬玄朔『医学天正記』)
67歳「法眼」に昇進(長谷川家系図) 普通は4年はかかる
1605以降 ◎「烏鷺図」屏風 川村記念美術館 鴉を描く
68歳「図」屏風 ボストン美術館「自雪舟五代長谷川法眼等伯筆六十八歳」款
69歳1607年「竹林七賢図」屏風 建仁寺両足院 法眼落款 粗く硬質な線
70歳本法寺の日通上人が亡くなる 日通上人肖像
71歳1609年大徳寺塔頭、高桐院住職・玉甫紹王宗肖像 線描の簡略化
 「十六羅漢図」屏風 智積院
72歳慶長十五年1610年2月、徳川家康に呼ばれ江戸へ下向
 長旅の途中、病に冒され、江戸到着後2日目に亡くなる



参考書
日本美術全集 永徳と障屏画 辻惟雄/河野元昭/矢部良明編 講談社 1991年
武田恒夫 近世初期障壁画の研究 吉川弘文館 1983年
土居次義 水墨美術大系8巻 元信・永徳 講談社 1974年
長谷川等伯/源豊宗校註 等伯画説 1592年頃 和光出版社
源豊宗 元和寛永期における幾何学的構図形式 美術史50号 興以について
狩野山雪・永納 本朝画史 1678年序 国会図書館蔵 明治刊本
1総説、上古画録 2中世名品 3専門家族、雑伝 4皇朝名画拾遺 5皇朝名画拾遺
参考サイト
京都の日本建築 京都寺院建築の画像と解説 増田建築研究所のページ
石川県七尾美術館 長谷川等伯の意欲的な企画展と解説
七尾市の生んだ画聖 長谷川等伯
狩野派400年の変遷(リンク切れ) 狩野派主要画家の画像と解説
展覧会
没後400年 特別展「長谷川等伯
2010年2月23日(火)〜3月22日(月・休) 東京国立博物館 公式サイト
2010年4月10日(土)〜5月9日(日) 京都国立博物館 公式サイト
 2007年狩野永徳展に続く大規模な桃山の巨匠の展示
新発見・長谷川等伯の美
2005年3月12日(土)〜4月17日(日) 出光美術館 (終了)
等伯印が発見された「松に鴉図屏風」などの展示




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 日本美術史ノート 水墨画の展開 狩野永徳と長谷川等伯   2002.10写 

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