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2012年4月27日更新        

小沢無罪の行方

 

 政治資金規正法違反に問われた小沢一郎元代表に、4月26日東京地裁は「無罪」を言い渡した。裁判長は、検事による虚偽の捜査報告が検察審に提出された事を「決して許されない」と強く批判。「特捜部が事件の見立てを立て、取調べ検事はその見立てに沿う供述を獲得することに力を注いでいた」とまで言い切っている。

 検察の立てた見立てとは、陸山会で購入した土地代金のうち現金4億円を、元代表が用立てながら、同額の銀行融資を受けたのは、現金4億円を隠すためであり、その理由は「後ろ暗い」カネであるからだろう、というものだった。
 つまり数ヶ月の違いで04年度の収支報告に載せなければならないのを05年度に載せたという形式犯にすぎない政治資金規正法違反(虚偽記載)は「別件」で、あくまで狙いは収賄などの巨大な疑獄事件であった。

 しかし、捜査の過程で収賄や汚職で蓄財したという証拠は何一つ出てこず、逆に4億円は元代表の投資信託が満期になり現金化されたもので、何ら犯罪にはかかわりがないこともわかってきた。

 検察が選んだのは、「立証はできなかったけど、小沢はクロに近いグレー。だって4億円ものお金を簡単に右から左にできるなんて絶対ズルイことしてるに違いないもんね。」

と世間にイメージだけ残して「嫌疑不十分」で不起訴にすることだった。


 検察審による強制起訴は、こうした検察の違法捜査と世論誘導の手口の一端を明らかにした、という点においては意味があったと思いたい。

 ところが、同じ日の地元紙夕刊、一面の真ん中「解説」の見出しは大きく「有罪すれすれ灰色判決」の文字。
 本文そのものは記者の文責において書かれているのだろうが、見出しの要旨は、判決理由からではなく(もちろん弁護側のコメントでもなく)、「ある最高検幹部」の「陸山会に不透明な資金の流れがあると指摘しており、元代表は限りなくクロに近いグレーと言ったに等しい」との苦し紛れの捨てゼリフの内容に沿ったもので、公平なジャーナリズムの姿勢とは思えない。

 翌日の読売新聞に至っては、社説で「消費税への影響避けよ」と主張。

 検察の強引な捜査手法と証拠の捏造によって、全く無辜の市民が「ある日突然」犯罪者にされてしまうかもしれない。その危険に警鐘を鳴らすのがマスコミの使命ではないのか。

 多くのマスコミが「上から目線」で「政治家には高い倫理性と説明責任が求められる。判決は無罪だが完全潔白ではない」とご立派なコメント。

 小沢嫌いの人からは反発があることを承知で書く。

「立証責任は検察側にあり、被告には自らの潔白を証明する義務はない」

 このことが完全に遵守されていたなら、多くの冤罪事件は生まれなかった。

 マスコミが、無罪判決が出た後も、ある目的を持って世論誘導により特定の個人を断罪できると思い上がっているとすれば、それはもはや言論の自由などではなく、暴力であることを知るべきだ。


<ごあいさつ>
「ふるさと南国市をよくしたい。」
そんな想いで南国市での活動をはじめ、多くの仲間の温かい協力に支えられて、政策提言に議会改革に、と走り続けて、気がつけば四年が過ぎました。
その間に、私たちを取り巻く情勢は大きく変化しました。時代のうねりの中で政権交代を果たし、いつしかそれが失望にかわり、振り返るいとまもなく、大災害に見舞われ、それに続く原発事故は収拾のめどさえたっていません。
しかし、この国のかたちがどんなに変わっても、中山研心の原点は、
生活者のために
働くもののために
苦難を生き抜いたお年寄りたちのために
子育て一所懸命の若者たちのために
未来をささえる子どもたちのために
であることに変わりありません。
そして、これからも
人が、人として尊敬される社会の実現のために
中山研心は、全力で走り続けます。
この街は、もっと、もっと よくなれる。さあ、なんこく市の第二章へ。