【所在地】山口県山口市滝町

■JR山口線山口駅から徒歩20分。
またはバス県庁前停留所下車すぐ


山口県庁の前に建つ藩庁門
山口藩庁(山口屋形)跡

■1863年(文久3)、萩藩(長州藩)13代藩主毛利敬親(たかちか)は、幕命を無視して藩庁を萩から山口に移す。日本海に面する萩城は、領土の北端に位置することから、本拠の移転は長州藩の長年の悲願ともいえた。幕府に対しては、「山口の政庁は城ではない」と伝えてはいたが、堀によって守りが固められるなど、山口城の名に恥じることがない施設が建設された。

■この新しい藩庁は、よそからは山口城とよばれたりしているが、当の毛利家では山口城とはよばず、あくまで山口屋形と称していた。つまり、居城は萩城のまま、藩主が政務をとる場所を山口にうつしただけといういい分である。

■山口藩庁(山口屋形)跡は、今では山口県庁となっており、藩庁門の脇門付き薬医門形式の表門と、堀の一部のみが、往時の姿をとどめている。

旧藩庁表門 幕末に萩城から山口に移転された藩庁は、「山口屋形」「山口城」ともよばれた。

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国指定重要文化財
            山口県旧県庁舎
(写真左)と旧県会議事堂(写真右)
山口県庁構内にあるこの建物は、大正初期(大正五年竣工)の煉瓦造公共建築物として、また、本館と議事堂が一体で保存されている数少ない遺構。両棟の建築様式は、中央部を高くする中心尊重や階層ごとに窓の形を変えるといった基本デザインにみられるようにルネッサン式。60数年間県政の府として使用されてきたこの建物は、現在山口県政資料館として生まれ変わり一般公開されています。

県指定 有形文化財
旧山口藩庁門 一棟
 この門は、元治元年(1864年)時の藩主・毛利敬親が、藩政の本拠地を萩から山口へ移すため建設した山口政事堂の表門として築造されたものと言われています。
 築造当時は、幕末の動乱期にあたり、高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文等の藩士が足早にこの門を往来したことと思われます。 門の構造は、切妻造・本瓦葺の薬医門であり、主材はけやきと松を用い、木割は大きく豪快で、いかにも城門らしい風格を残しています。
 明治4年(1871年)の廃藩置県までは、藩庁門として使用され、その後は山口県庁正門として、さらに、新県庁舎(現県政資料館・国指定重要文化財)が完成した大正5年(1916年)からは、西口の門として利用され、現在に至っています。
(現地説明板より引用)


■藩庁門
 薬医門(やくいもん)は、鏡柱と控柱を、まとめて一つの切妻造・本瓦葺の屋根で覆った城門。武家の邸宅の正門に本来は使われた格式の高い形式。防備よりも格式を重んじる場所にわずかに建てられた。

藩庁門(内側)

藩庁門(外側)


山口藩庁跡石碑

堀の一部

後方は山口県庁

堀と藩庁門