村上城

JR村上駅前から望む村上城跡
 
【所在地】
 新潟県村上市ニ之町
【別名】
 本庄城(ほんじょうじょう)、舞鶴城(まいづるじょう)
【地形種類】
 
標高135mの臥牛山(がぎゅうざん)に築かれた平山城
       
【文化財指定区分】
 国指定史跡(平成5年6月8日指定)
【沿革】
 築城年代は16世紀初頭と推定され、城主は、室町時代以来この地方の地頭であった本庄時長であり、以降、房長・繁長と戦国期3代にわたる居城となる。
 慶長3年(1598)国替えでこの地に入った村上頼勝(むらかみよりかつ)が大改造を加え、続いて江戸期の元和4年(1618)には、徳川譜代の堀直竒(ほり なおより)が10万石で入封し、縄張を行い、山上の曲輪を拡張し、石垣を築くなど、それまでの中世的な城を近代城郭へと変貌させた。
 その後、慶安2年(1649)、譜代の松平直矩が15万石で入封すると、家臣数の増加に伴い、再び城と城下の改築に着手する。現存する石垣の多くが、このとき積み替えられたものと推定される。3層の天守がその偉容を誇っていたが、天守は寛文7年(1667)に落雷によって焼失し、以後、建立されなかった。
 現在は、臥牛山上の本城の諸曲輪や門、天守、櫓の跡がよく原形をとどめ、とくに300有余年の風雪に耐えた高石垣は、当時の石工技術と力学の結晶である。

      
      本丸の高石垣
村上城跡案内図(現地案内板より転載・加筆)
 総構えの規模は、南北一.四キロメートル、東西二.三キロメートル。山上は本丸、二ノ丸及び三ノ丸から成り、西側山麓には城主居館が配され、東側には大小の曲輪が設けられていた。
 村上城跡は、地形を巧みに利用した戦国期の遺構と、新潟県下最大規模の江戸期の石垣とが共存していることが他に類を見ない最大の特徴であり、中世と近世の両方の遺構を散策することができる。
 ◆村上城跡◆

頂上の本丸への登城口

本丸を目指す道、七曲り道


旧三の丸跡

四ツ門跡
 二の丸と三の丸の間にあった門。


御鐘門跡


坂中門跡
 
埋門跡

 ▼村上城本丸の高石垣

本丸には天守台が残る

 

本丸を囲む石垣

 ▼天守台跡

かつては三層の天守櫓があった

 
村上城の復原予想図(現地説明板に一部、追記)
 

城跡から見た日本海

城跡より見た日本海・岩ヶ崎・三面(みおもて)川の眺め
【村上城周辺図】                                  
【交通】
JR羽越本線「村上駅」下車。
徒歩約20分


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