ロシアの戦勝記念日
 5月9日はロシアでは「戦勝記念日」の祝祭日になっている。この日、市内の東側にある「勝利広場」には戦車、装甲車、重火砲などが並び、一般市民、特に小さな子供達は親に戦車や装甲車の上へ上げてもらっていた。「国を守れる一人前の大人になって欲しい。」という親の思いなのであろうか、あるいはただ単に子供が上に上がってみたいと親にせがんでいたのか僕には確認出来なかった。兵器は人殺しの道具なのだろうが、それがわかっていながら、僕も上に乗ってみたくなり、這い上がろうとした。しかし、なかなか一人で這い上がれず、兵隊さんに尻を押していただき、やっと這い上がった。上がってみたところで、別にどうという事も無かったが、今度は降りるのにまた兵隊さんの世話になり、笑われてしまった。機会があっても来年はもう野次馬根性を発揮するつもりはない。日本の場合は徴兵制が無く、僕には軍隊(自衛隊)は国家の為に日々厳しい訓練を積み、そこには一般社会人とは全く別世界の人々がいるという印象があり、兵器など触ることはおろか、近づく事さえ想像できない。だが、ロシアではこうして子供の時から戦車に触ってみたり、軍人も一般市民に溶け込みやすい雰囲気がある。ロシアには徴兵制があり、軍隊生活の経験の無い男性はほとんどいない。徴兵が終わった市民のほうが新兵よりも軍隊や兵器に詳しい場合もあるだろうし、おのずと軍人と一般市民との間には近づきがたいバリアは希薄なようで、風通しも良さそうだ。

 永遠の炎が燃える「栄誉広場」へ行ったら、ご年配の男性が写真を貼り付けたパネルの前で何やら説明をしていた。聞いてみると、自分の家族がいかにドイツ軍と戦ったか、あの時代をどう生きたかというような事だった。自慢するような声の調子ではなく、一般市民に説明することで、家族やあの時代の記憶を風化させたくないようであった。

 その近くで二人の年配者が笑顔で挨拶していた。一人はもう歩けないようで、家族が車椅子を押しながらここまで連れてきてくれたようだった。二人は生死を共にした戦友という雰囲気であり、この日、この場所に来る事に大きな意義があるようだった。もうだいぶ年を重ねながら、今年もまた来る事が出来たと言っているようだった。

 永遠の炎の四隅には高校生ぐらいの少年が立ち、献花台には多数の花が並んでいた。このそばの勇ましい彫刻は良く出来ていると思うが、犠牲者や遺族の悲しみを思うならば、英雄主義的銅像に何故か違和感を禁じ得なかった。僕には英雄達の勇ましい彫刻よりも、広場の裏手にある悲しみに満ちたこの女性像(下の写真)のほうが違和感なく受け入れられる。

                                   2008年5月・ロシアの戦勝記念日
                                            Samovar・記