目(耳)の錯覚と思いこみ
まずは左の図を見て下さい。黒い四角と四角の間になんだかグレーの点が見えませんか? 実際はそんなグレーの点は存在しないにもかかわらずどうやってもそれが見えてしまいます。
今度は極端に目を細めて同じ図を見るとグレーの点は見えなくなります。このような
錯覚と同じ現象は聴覚にもあると思います。例えばお金を掛けてシステムをグレードアップした場合「これだけ掛けたんだから音が良くなるはず」と音を聞く前からその効果を期待したり、事前にハイスペックなカタログ性能をみて音を出す前からこんな音がするはずだと過剰に期待している場合、あるいはすでに雑誌のインプレッションが頭に入っている場合などです。
過剰な期待をしすぎると、グレーの点のように実際には無い物があるように見えて(聞こえて)しまう事は非常に多いと思います。

運転席に友人を座らせて助手席でタイムアライメントの数値を動かした事が多々あります。わざとやったのではないのですが、「じゃあ今からタイムアライメントで音を右に動かしますね」と言いながらも私が操作にまごついてまだ数値を変えていないにもかかわらず「お!右に来た来た!」「おお!右!右!」という人が多いのです。おそらくその人にとっては音が右に動くと言う先入観が強くインプットされているので実際にはなにもいじっていないのに音が右に動いたと錯覚するのでしょう。

では次にこの図を見て下さい。おそらく多くの人は若い女性が向こう側に振り向いている図に見えるでしょう。
しかし、見方を変えると顎が出て鼻の大きな
老婆の横顔にも見えるのです。若い女性に見えるか老婆に見えるかは個人個人違うと思いますが、同じような図を見ても人によってその見え方が違うと言うことです。「馬鹿!この図は若い女だ!」「何を言う!これは婆さんだ!」という二つの主張が対立し、果ては若い女性派と老婆派に分かれて喧嘩をしたとしてもこんな論議はナンセンスです。
これを音に当てはめればその人によって聞こえ方が違うわけで、自分と同じように他人が聞こえているとは限らないので他人の音をむやみに批判するのは間違いです。

左の図は上下とも同じ大きさなのですが誰もが下の方が大きく見えるはずです。このように視覚には目の錯覚があるように聴覚にも耳の錯覚があるようです。左右離れたところから同じ音を出してそれを聞くとき、わずかに早く音を出した方に耳が引っ張られるハース効果も極論すれば耳の錯覚と言えるでしょう。

このようなことから、カタログ宣伝文句の美辞麗句を事前に刷り込まれ「素晴らしいぞ!」と大げさに洗脳されてしまうと試聴したときになんだか確かに音がそのように変わったと錯覚する事は多いことが予想されるし、実際錯覚してしまった経験を持つ方は多いはずです。
従って当店では
なるべく美辞麗句を事前に言わないようにしているし、試聴前に車のシステムを見せてしまう事も避けています。まずは聞くのが先で説明や能書きは後からにしていますが、やはり、素直な気持ちで純粋に音を聞いてまずは自分の耳で判断してもらうのが失敗のないパーツ選びにつながるからです。一例を挙げれば、クライオ処理にしても接点処理剤にしても効能?を熟読したり宣伝文句に洗脳されてしまうと、その効果を過剰に期待するのと思いこみで耳が錯覚を起こしてしまう可能性が高くなります。もちろんクライオ処理や接点処理剤の効果を否定するつもりは毛頭ありませんし、あくまでもたとえ話の一例に挙げたに過ぎませんが、いくら店の人に「凄いから」と吹き込まれたとしても自分の耳でその変化が感じられないのであれば「自分には違いが分からない」と正直に言うべきだと思います。

かなり個人の音の聞こえ方に否定的な事を書いてきましたが、それだけでは面白くありません。
今度は左の図を凝視して二つの黒丸が三つに見えるようになるまで頑張ってみて下さい。図よりも30センチくらい奥(向こう)に焦点を合わせるのがコツです。もしうまくいくとある形の図形がはっきりと浮かび上がってきます。
どうです? 見えましたか? つまり普段何気なく見ているだけではそこには何も見えないものであっても、自分の見方を変えて自分を鍛えればそれが見えるようになります
他人の見え方をいつも疑っているのではなく、自分の見え方にも疑問を感じることも必要です。
これを音に言い換えると、自分の耳を鍛えることで今まで聞こえなかった音が聞こえるようになったり、音を見る「」を養うことが出来るのです。そして、音に関しては鍛えれば鍛えるほどどんどん耳が良くなります。生まれつきの絶対音感のレベルまで高めることはまず不可能ですが、非常に耳の良い方は結構いるものです。
音に関しては、他人や雑誌の言葉に対しても自分に対しても常に一歩引いて客観的に聞くことをお勧めしますし、音の世界の中で自分が今どの様な位置にいるかを客観的に知ることが出来るよう常に広い世界を見て(聞いて)おくべきです。井の中の蛙はいけませんし常に自分に謙虚な方の音は常に進歩しています。また、いくつになっても音に感動することを忘れない純粋さはとても大切にしたいです。

また、聴覚視覚に引っ張られることも数多く経験してきました。例えば、ステージがダッシュボード上端に水平に展開していてもヘッドデッキを見て凝視してしまうとヘッドデッキの位置までステージが下がって聞こえたり、その逆にステージが低いシアターシステムでダッシュボードにモニターを付けた場合、モニターに引っ張られてステージが上がったように感じたり、キックにスピーカーが付いているのを凝視してしまうとそれだけでステージに足下への奥行きを感じてしまったりなど、聴覚が見た目に左右されてしまうパターンです。
これを避けるには真夜中の暗いときに試聴してもらうか、試聴前に車のスピーカー位置を見せたりしないで可能なら目をつぶって試聴してもらう方がベターです。

また、客観的な音の判断のためには自分の可聴帯域を把握しておくことも大切かもしれません。20Hzから20KHzまでのスイープ信号を鳴らし同時にRTA測定でRTAのピークを目で追います。これによって自分の聴覚の聞こえない帯域(聴覚のディップ=当店造語)を知ることが出来ます。
超低域はゆっくりと空気を揺るがす空気のゆらぎを体で感じることで、超高域はつーんとした針先のような遠ざかる細い耳鳴りを追いかけることで感じる帯域を訓練することが出来ますが、どうも自分は体調に左右されるようです。

若い女性の絵をなかなか老婆に見ることが出来なかった人が、ひとたび老婆に見えてしまうとその後はいつでも老婆を見ることが出来るし、当初3Dで図形が見えなかった人でも一回でも見えてしまうとその後はすぐに図形を見ることが出来てしまいます。脳が記憶するからですが、視覚で言うこのような現象が音で言う「耳が良くなる」と言うことだと感じています。