******************************* 人間の大地 犬養道子自選集3 犬養道子著 岩波書店 *******************************  本書は、もう20年も前に出た本ですが、飢餓問題、難民問題、南北問題などを考えるための−−そし て、そこから私たち自身のものの考え方や生活様式を省みるための−−最良の入門書として、いまだに その価値を失っていません。統計や数字は古くなり、世界情勢が大きく変わっても、ここに描かれてい る人間の姿、大地の有り様はほとんど変わっていないからです。  著者は、文庫本のまえがきに「飽食と無関心とカネ至上」が飢餓を作り出すと書きましたが、近年マ スコミが作り出す「カネ至上主義」はとどまるところを知りません。実際、私たち自身、貧しい国の子 どもの死亡率よりも先進国の失業率の方が、第三世界の労働者の賃金よりも有名スポーツ選手の年俸の 方がニュースになる世界に生きているのです。  溢れかえる情報の波の中で、人間としての平行感覚を失ってしまいそうになるとき、本書は、もうい ちど、神さまが造られた人間の尊厳と理想、そして大地の恵みと貴さを教えてくれます。 ******************************* キリスト新聞で読む戦後キリスト教史 キリスト新聞社編 原誠監修 ******************************* 『キリスト新聞』は、福音派系の『クリスチャン新聞』、聖霊派系の『リバイバル新聞』とともに、日 本のプロテスタント教会における三大新聞の一つです。賀川豊彦、武藤富雄らを中心として1946年に 創刊されて以来、50年以上に渡って教会の歩みを報道しているわけですから、戦後の日本のキリスト教 会の歩みを見ようとする者にとっては大切な資料になります。  本書は、『キリスト新聞』の記事から1年に1〜3項目を取り上げながら、戦後の日本の教会と社会 の歩みをたどれるように編集されています。  もとより歴史の資料集に決定版のようなものは存在しません。本当の「資料」は文書館の書庫深くや 個人の文箱の底で研究者に見いだされるのを待っているのです。明るみに出され、取捨選択された資料 はすでに純粋な一次資料ではなくなっています。しかし初学者にとっては資料集の利用は不可欠です。 本書も、『キリスト新聞』のポリシーや編者の立場・主張をわきまえて用いるなら、戦後日本を見る上 での有益な資料集の一つとなるでしょう。 ******************************* 泉への細きわだち 元特攻隊員がたどった心の軌跡 井出定治著 鋤間書房 *******************************  優れた自伝は、著者のことを語るだけでなく、著者の人格を形づくった時代の空気についてもよく語 ります。副題からも分かるように本書の著者は、出撃直前に終戦を迎えた元特攻隊員です。戦後の混乱 の中でキリスト教に出会い献身、埼玉県の蕨福音自由教会、東京のキリスト教朝顔教会で牧師として45 年の長きにわたって奉仕し、昨年の6月に肝臓ガンのため天に召されました。  著者は、自らがそれに流されつつ育った軍国主義の激流に対して批判的な目で見ています。しかし、 時代が戦争であれ平和であれ、人間の究極の課題が罪と死の解決にあることを著者は見逃しません。そ して、その解決であるイエス・キリストの福音と教会について語る著者の凛とした語り口とその生き様 は(キリストによって聖められているとはいえ)、やはり「あの時代」の中で育まれたものに他なりま せん。そこにはポストモダンの時代にどっぷり浸かりきってしまった私たちの世代には見いだし難い− −しかしだからこそ傾聴しなければならない−−シンプルで力強い響きがあります。戦後日本の福音派 のルーツがここにあります。 ******************************* 福音を生きる−文化の形成をめざして− 稲垣久和監修 いのちのことば社  *******************************  本書には監修者の稲垣久和による「序 キリスト教世界観と文化」と「現代の科学思想」の他に「信 と美の回復をめざして」(町田俊之)、「小さないのちと教会」(辻岡健象)、「若者の心と現代」 (杉谷乃百合)、「福祉と行政」(井上貴詞)が収録されています。  町田と杉谷は、稲垣とほぼ共通の世界観に立ちつつ、芸術について、若者の心について、それぞれ論 じています。そこにはキリスト教、特に日本の福音派がホーリスティック(全体論的)な世界観を持た ず、人が生きる現場から遊離しているという自覚と反省があります。辻岡と井上は、福音的な背景の中 から「小さな命を守る会」「キングスガーデン」の働きへと導かれた者として、その問題を日本の福音 派の本質的な欠落としてではなく、あるべき姿からの「撤退」あるいは「沈黙」と捉えます。特に井上 は、福音的な流れの「負の遺産に心をとめ」るだけでなく、正の遺産にも目をとめることによって、よ り生産的な仕方で稲垣と同じ問題意識を共有しようとします。  稲垣はまた、「国家と個人の間にある多様な社会領域の実在性(リアリティ)を『神の国』として」 論じる「公共の哲学」を提唱します。ここでも実際に行政や社会との深い関わりの中にある井上の議論 に傾聴すべきものがあります。井上は介護保険制度を、従来の国家主導型の制度に代わって、国家や地 方自治体、団体や個人がそれぞれ「独自の領域を持ちつつ、時には拮抗したり、協働する」新しい可能 性を持つものとして評価します。この部分は公共空間のケーススタディーとして有益です。同時に、井 上はこの空間における「思想」や「哲学」の欠如、すなわち「価値の真空」を指摘し、ここに明確な価 値観を持つキリスト者が、この国で文化の担い手となりうる実際の場があることを指摘します。  本書が、文化についてのさらに深い議論が起こされるための道ぞなえとなることを期待したいと思い ます。 ******************************* 神と法と裁判と 市川昇著 キリスト新聞社  2100円(税込) *******************************  本書はキリスト者であり法律家である著者が、ある教会の機関誌に「法と信仰に関わる問題を、易 しく、深く、面白く」書いた小論をまとめたものです。一読して心を深く揺さぶられ、多くの方に読 んで欲しいと思うと同時に、そこには紹介することにためらいを感じるほどの現実の厳しさ(ある箇 所では酷たらしさ)もありました。  著者は信仰的なこと、神学的なことについても多くの投げか けをしておられます。特に「教会と国家」の章は法律家の公平な視点で書かれており、他にない有意 義なものとなっています。他方、家庭的な問題については聖書的な取り組みが足りないと思われると ころも見受けられました。しかしキリスト教社会でない日本で、社会の病理や闇の部分に最も深く接 しているのは、著者のような法律家や、医師、教師たちです。社会の病理と鋭く対峙している方々の 声に耳を傾けつつ、自らの聖書理解と信仰の歩みをより真実なものにしていくのも教会の大切な務め と言えるでしょう。  聖書を右に、本書を左に置いて、もう一度読み通したい本です。 ******************************* 「戦後を読む 50冊のフィクション 」 佐高信著 岩波新書 602円 *******************************  1960年生まれの私が、様々な社会の動きにようやく目を向け始めたのが、高校生の頃で70年代後 半。戦後の半分がすでに過ぎていた。だから、戦後世代でありながら戦後を知らずに大人になったう しろめたさが今もある。  佐高氏は敗戦の年生まれの切れ味鋭い評論家。著者はこの本で50冊のフィクションを通して「戦後 の問題を政治、経済、社会の様々な角度から捉え」ようとしている。その中には、もう書店で手に入 らない本も多いらしいが、この一冊の新書で戦後日本の問題をとりあえず鳥瞰することはできる。そ してそれらの問題は今の日本にも深く影を落としている。この国でマジメに生きようとしている若い 人に、ぜひ読んでもらいたい一冊。 ******************************* 嵐の中の教会 ヒトラーと戦った教会の物語 O.ブルーダー著  森平太訳 新教出版社 874円(税別) *******************************  この物語は1932-35年に、ドイツのある田舎町でおこった出来事を題材にしています。1933年 に首相になったヒトラーは全国民を支配するために、キリスト教会をも支配しようとしました。真面 目にイエス・キリストを信じる教会の指導者たちの多くが捕らえられ、代わりに政府の圧力によって 「ドイツ的キリスト者」というヒトラー好みの「信仰」を持つ人たちが教会の要職につけられていき ました。  この物語の舞台であるリンデンコップ村でも、平和だった生活の中にナチス党員の軍靴の音が聞こ えるようになり、やがて盗聴や検閲が行われ、反対者は強制収容所に連行されるようなことも起こり ます。そんな中で、村の教会に新しく赴任したグルント牧師は、聖書の教えに堅く立ってナチスの圧 力に屈しませんでした。教会が「ヒトラーと戦った」というのは、そういうことなのです。デモやボ イコットをするわけではない。ただ、どんな暗い時代にも、どんな圧力にも屈せず「自分は聖書に書 かれている神さまを信頼し、イエス・キリストの福音を信じる」と言いきり、最後までそれを曲げな い、それだけなのです。 ******************************* 「愛する人が襲われたら?」  非暴力平和主義の回答 ジョン・ハワード・ヨーダー著 棚瀬多喜雄訳 新教出版社 2000円(税別) *******************************  「たとえば凶悪な男が銃を構えて、君の奥さんを(あるいは娘さんを、恋人を、お母さんを…)殺 そうとしているとする。さあ、君はどうするかね」。  非暴力や平和主義に対して繰り返し突きつけられるこの問いに、真っ正面から応えようとしたのが 本書です。あなたが男を殺すか、男が奥さんを殺すか、他に道はないということを暗黙の前提にした この問いの粗雑さを明らかにしながら、著者はこのような状況においても、非暴力や平和主義には、 合理的で十分な可能性があることを論証します。  けれどもその可能性に賭けることができるのは信仰があればこそです。一方に危険な状況を自分の 力・暴力の支配下に置きたいという誘惑があり、もう一方に銃を構えた凶悪な男さえも支配しておら れる神を信じる信仰があります。「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」という戒めをくださ った神が、全てを支配しておられる主であることを最後まで信じること。そして「最後の手段」を主 におまかせすること。それが、キリスト教的な非暴力平和主義の根底にある信仰なのです。  本書は三部構成で、第一部には著者自身の考えが。第二部にはトルストイからジョーン・バエズま で7人の平和主義者の考えの抜粋が。第三部には非暴力によって実際に窮地を切り抜けた8人の証し が載っています。 ******************************* 「一億の地雷 ひとりの私 」 犬養道子著 岩波書店 1650円 *******************************  私たちは、ボスニアのことをどれほど心に掛けているだろう。そこにはつい先頃まで街角で動くもの を狙う狙撃兵がおり、数え切れないほどの地雷が今も埋まっている。そこで多くの人が命を落とし、不 具になった者も数知れない。民族という虚構にこだわった為政者たちの愚かさが生み出した悲劇であ る。  けれど、そこに「ひとりの」人としてかかわっている多くの人がいる。国連保護軍の中に、民間団体 の中に、全くの個人として。  著者もそのような人たちのひとりである。  日本で牧師をしているこの私は、その人たちの生きざまと彼の地の現実を見つめがら、彼らから多く の重たい問いを受けつつ、日々の勤めにいそしむのです。 ******************************* 「地雷と聖火」クリス・ムーン著 吹浦忠正監修 小川みどり訳 青山出版社 1600円(税別) *******************************  モザンビークで地雷撤去作業を指揮していた著者は、自分のチームが撤去作業をした「安全地帯」 で地雷を踏んで右の手足を失いました。リーダーとしての責任感と生きる決意から、彼は目覚めたま ま周囲を観察し応急処置についても冷静に判断します。正確な知識を持った者が自分の体験として記 した触雷前後の様子は、彼のように語るすべを持たない多くの犠牲者に代わって地雷の恐ろしさを雄 弁に語っています。  しかし、この本の真価は、地雷に対する著者の思いが、広い人間性の上に立っているというところ にあります。半ば落ちこぼれた少年時代に父親の親友のもとで農業を手伝って自分を取り戻し、教会 と家庭で養われた奉仕精神の実践の場として軍隊に志願し、そこで平和とユーモアについて学び、手 足を失って横になっていたベットの上でフルマラソンに出場することを決意する、という具合に、日 本ではちょっと考えられないユニークな経歴が、彼の幅広い人間性を物語っています。  「64ヵ国に11000万個、毎年除去しているのは10万個、全部取り除くには1000年」そして、毎 日800人が地雷で死亡、という現実を痛いほど知りながら、彼は悲壮感に浸ることなく、マラソンを 通して、その現実を世界中に知らせているのです。 ******************************* あなたの小さなやさしさを  障害者への心くばり 荒井隆志/影山範文/桜井実/三浦清重 いのちのことば社 1600円(税別) *******************************  私たちの教会は、物理的な環境から言えば、障害者が礼拝堂のベンチに座るまでに、たくさんのバ リア(妨げになるもの)があります。まず、高い丘の上にあることや舗装されていない道路、玄関の 段差、駐車場から礼拝堂へ、礼拝堂から集会室やトイレへ移動するのに狭い階段を通らなければなら ないことなどです。そのようなバリアをこえて教会に集う障害者がおられることは感謝です。また、 教会の中に、障害を自然に受け止め、その時々にあった対応ができる交わりができつつあることも感 謝です。  ただ、それは10年以上も一緒に歩んでいる障害者の方々については言えても、初めて来られる障害 者となれば話は別です。例えば、その方が視覚障害者で点字の聖書や讃美歌を求められたら、その方 が日ごろ手話を使っている聴覚障害者であったら、その方が(どうにかして)車椅子で玄関までこら れたら、私たちはどうやってお迎えするでしょう。そう考えると教会としての備えの足りないことを 示されます。  けれども、まず大切なのは心のバリアを取り除くことでしょう。障害者にどう接して良いか分から ないと言う「恐れ」(これこそ最大のバリアではないでしょうか)を越えて、主の愛を表せる者にな りたいと思います。 ******************************* si ght 21(月刊) いのちのことば社 420円(税込) *******************************  昨年の10月に創刊された新しいキリスト教雑誌をご紹介します。今までキリスト教の新聞や雑誌は、 −特に福音的な立場に立つものは−政治、経済、ビジネスといった分野に、ほとんど接点をもっていま せんでした。それは、とりもなおさず日本のキリスト教界が、政治、経済、ビジネスを担っている壮年 層に、十分なアプローチができていなかったことを表しています。その欠けを埋めるのが、この月刊誌 「si ght(サイト)21」です。  創刊号は、やや作りの雑な部分が目立ちましたが、2000年の1月号からは、様々な読者の批判に応 えて、手応えのある雑誌に一新しました。これまでのキリスト教雑誌にありがちな、牧師が書いたもの を信徒が読む式の作りではなく、信仰を持って各分野の第一線で活躍している方々が、現場で鍛えられ た信仰者の視点で語り、現場の人たちに届かせようと言う意欲的な作りになっています。妹尾河童、賀 川乙彦、羽田雄一郎と続いた著名人へのインタビューも結構読ませます。ただ、もう一歩、対象に肉薄 する鋭さがあったら、と思うのは生まれたばかりの雑誌には少々酷でしょうか。  これからが楽しみな、そして是非大切に育てていきたい雑誌です。