******************************* リンカーン演説集 高木八尺、斎藤光訳 岩波文庫  *******************************  1980年代にアメリカのおよそ2000人の歴史学者を対象に、歴代アメリカ大統領の業績評価アンケートが行 われました。トップはリンカーン。次いでF.ルーズベルト、ワシントン、ジェファソンの4名が「真に偉大」と いう評価でした。  優れた演説によって国を指導した大統領というと、ドイツのヴァイツゼッカー大統領やチェコのハベル大統領 が思い浮かぶびますが、思弁的、想起的な両者に比べ、リンカーンの演説はより信仰的、実際的、そして政治的 です。政治的というのは、アメリカの大統領が、大統領と別に首相のいるドイツやチェコと違い、行政の長とし て大きな実権を握っているからです。  リンカーンの大統領としての任期(それは暗殺により突然の幕切れを迎えたのですが)は、南北戦争という、 アメリカがそれ以前にも、以後にも体験しなかった内乱と重なっています。そのような暗い時代に、真に偉大な 大統領が備えられたのは神さまの摂理であると言えるでしょう。  本書に収められている演説や書簡をすべて理解するには、南北戦争とその前史についての専門知識が必要です が、歴史的な背景は知らなくても、リンカーンが、内乱の危機の中で常に公平であろうと努め、知恵と勇気を もって正義と平和を求めたことは、ここに選ばれたことばの端々から伺うことができます。彼のことばは、見せ かけの信仰のことばの裏に稚拙な世界観と貪欲を隠し持った現代の政治家のことばとは雲泥の差があります。リ ンカーンの単純なことばの重みをかみしめてほしいと思います。あ、でもこの本、ただいま品切れ中です。古本 屋さんで見つけたら、即ゲット! ******************************* わたしたちと世界  人を知り国を知る 武田清子著 岩波書店 819円(税込) *******************************  著者は、近代日本思想史を専門にしておられるクリスチャンの学者です。この本は、中高生向けに書かれた 岩波ジュニア新書シリーズの一冊ですから、決して読むのに難しい本ではありません。しかし、その中身は深 く、私も何度も読み返しながら、そのたびに感動させられ、今も教えられ、考えさせられることがあります。  ここにはいろいろな国で、人を愛し、人のために捧げ、生きた人たちのことが書かれています。  第二次世界大戦で良心的兵役拒否を貫いたアメリカのクェーカー教徒たち、彼らを評価しつつも現実主義に 立ち議論を尽くした同じクリスチャンのニーバー博士。日本のクリスチャンが是非とも知っておかなければな らない韓国の堤岩教会事件とそれを報じた柏木義円牧師。沖縄や韓国の美を愛し、彼らのために嘆き、差別や 圧制と戦った柳宗悦。ガンジーやマーチン・ルーサー・キング。自由な心をもって官憲にも接した東ドイツの ハーメル牧師。アイヌを愛し、福音を伝えつつアイヌ語研究の扉を開いた宣教師バチェラーなど。  国や世界が戦争や憎しみ、差別や偏見という影に覆われていた時代に、彼らは、深まりゆく闇に抗して、小 さくとも決して消えない光を歴史の中にともし続けてくれた人たちです。クリスチャンとして、また日本人と して、人を、国を、そして世界を考えるために、必読の書です。 ******************************* 最初の海外伝道者 乘松雅休覚書 大野昭著 キリスト新聞社 1000円(税別) *******************************  自らも朝鮮伝道に生涯をささげた織田楢次牧師は「朝鮮伝道では私は三代目。初代は乘松先生、二代目 は渡瀬先生」と言い、朝鮮の人々から「渡瀬先生のようにではなく、乘松先生のように伝道してください」 と言われて肝に銘じたと言っておられます(『チゲックン』織田楢次著)。  二代目と言われる渡瀬恒吉が、日本政府の肝いりで国策にそった布教をしたことについては当時から批 判がありました。彼の布教活動は主のためでも、朝鮮の人々のためでもなく、日本帝国のためであったと いうのです。柏木義円は、渡瀬と同じ組合教会に属しながら渡瀬の最も痛烈な批判者のひとりでした。 柏木は「日本人で朝鮮人伝道のために身を与えた者」に「骨は必ず朝鮮に埋めて呉れ」と遺言して死んだ 乘松雅休がいることを知って感謝をささげています。  本書は乘松雅休にゆかりの深い著者が、できるかぎりの史料を集めて書き上げた伝記です。乘松雅休の 純粋で熱い信仰が行間から伝わってきます。 ******************************* J.R.R.トールキン 或る伝記 ハンフリー・カーペンター著 菅原啓州訳 評論社 2718円(税別) *******************************  2002年の春に映画「ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)」の日本上映を控えて、トールキンへ の注目度もアップしているようです。本書はトールキン関係者の全面的な協力と広範なリサーチをもと に書き上げられた「いわば“公認”の伝記」です。しかし、単なる年表と資料の切り張りから生まれる ような無味乾燥な伝記ではなく、著者のトールキンへの熱い思いが伝わってくる、血の通ったものに なっています。  トールキンの生涯を語ろうとするとき、C.S.ルイスの存在とその影響を避けて通ることができません。 彼らはオックスフォードでインクリングスというクラブをつくり、いろいろな原稿を読んでは議論し合 いました。そのような中から「ナルニア国物語」や「指輪物語」が生まれたのです。  この伝記を読みながら、彼の作品の様々な場面にいのちを吹き込んでいたものが、まさに彼の人生の 生きた体験であったことに気づかされました。トールキンやC.S.ルイスのファンには必読の伝記です。 ******************************* 日本で最初の音楽伝道者 三谷種吉 ただ信ぜよ 榊原正人・三谷幸子著 いのちのことば社 2000円(税別) *******************************  本書は音楽伝道者・三谷種吉の伝記ですが、この音楽伝道者の歩みは日本の初期プロテスタントの歩 みを省みる上でまことに興味深いものです。新島襄の同志社に学び、後に松江でバックストンやウィル クスに仕え、やがて教会建設のビジョンをもって日本伝道隊と袂を別かつその足跡には、日本教会史の 重要テーマである海外ミッションからの自立自給と教会形成のビジョンをもった伝道者の姿があります。  また種吉は、先の大戦中の困難な時代に四重の福音(新生、聖化、神癒、再臨)の信仰をもって歩み ましたが、彼の生涯には中田重治や菅野鋭(すげの とし)といったホーリネスの教職たちの歩みが交差 しています。菅野鋭は種吉の妻の弟に当たりますが、大戦中、再臨信仰を標的にしたホーリネス弾圧に 遭い横浜刑務所で殉教しています。 (参「殉教 菅野鋭牧師尋問調書」HANA出版) 種吉は鋭の殉教後も、臆せず再臨信仰を語り続けたということです。  「ただ信ぜよ」「神はひとり子を」など花鳥風月や美辞麗句に依らない単純率直な伝道の歌を作った 種吉の信仰の歩みは、日本の福音的プロテスタントの初期の歩みと大きく重なり合っているのでした。 ******************************* 植村正久 その思想史的考察 武田清子著 教文館 2500円(税別) *******************************  日本の初期プロテスタントの大きな流れは3つあると言われています。  クラークに導かれた「札幌バンド」の代表格は内村鑑三、新渡戸稲造らで、彼らは日本の教育界、思 想界に大きな足跡を残しました。ジェーンズに導かれた「熊本バンド」の面々は後に同志社に学び新島 襄の指導を受けますが、その社会活動には見るべきものがあります。ここに取り上げられている植村正 久はバラ、ブラウン、ヘボンなどに導かれた「横浜バンド」の代表格です。彼は内村、新渡戸、新島な どと比べると一般の知名度はあまり高くありませんが、日本のプロテスタント教会の創成期に重要な役 割を果たした思想家で、教会的な視点で見るならば他の誰よりも重要な存在であるとさえ言えます。  彼の思想には福音に根ざしているが故に時代を経てなお古びない永続性があります。本書第6章「近 代科学摂取の道」において、福沢諭吉や加藤弘之など当時第一級の学者・大学人と比較されながらも、 その新しさを失わないところなどは信仰者植村の面目躍如と言うところでしょう。  本書は、教会に根ざしつつ当時の社会に深く広い感化を与えた植村の思想を明らかにしながら、現代 の課題にも応えようとする著者の意欲作です。 ******************************* キリスト教 2000年史 井上正巳監訳 いのちのことば社  6930円(税込) *******************************  いったいどれほどのクリスチャンが、ユスティノスやエイレナイオス、ベーズやクランマー、ツィン ツェンドルフやウィルバーフォースの名を知っているでしょう。彼らは、どちらかというと教会よりは 歴史の教室でなじみのある人達かもしれません。しかし、そうだとすればクリスチャンにとっては大き な損失です。彼らは何百年、千何百年の時を隔てて、私たちの信仰に、そして私たちの社会に大きな影 響を与えている信仰の巨人たちなのですから。  本書はキリスト教の2000年の歴史を、一流の学者による小論と美しい写真や図版で綴ったハンドブッ クです。もちろん、人物だけでなく各時代の概観や様々な歴史的事項についても簡潔で的を射た論述が なされています。本書はきっと「キリスト教の歴史という複雑な迷路を通り抜ける助け」(ニューヨー クタイムズ評)となるでしょう。  実は日本でも20年ほど前に旧版の翻訳が出版されています。この新版では必要に応じて旧論に加筆さ れている他、いくつかの新しい論考が加わっています。印刷は美しく、装幀は堅牢になり、レイアウト も一新して読みやすくなりました。   ******************************* 日本における福音派の歴史 もう一つの日本キリスト教史 中村敏著 いのちのことば社 2310円(税込) *******************************  私たちは日本の福音派に属するクリスチャンです。では、福音派とは何かというと、まだ定まった 定義は無いのです。中村氏はそれを「聖書は完全に神の霊感によって書かれ、誤りなき神の言葉であ るという、聖書の十全霊感を信じるすべての教会を指す」と定義します。  本来ならばその定義そのものの妥当性がまず検証されなければならないのですが、本書は、まずこ の定義に立って福音派の歴史を描ききってしまうと言う、一種力業的な取り組みをします。しかし、 それは決して粗雑な業ではなく、むしろ全体像の捉えがたいものを、いちど描き切ってみるという開 拓者の業であると言えるでしょう。  今まで、歴史の訓練を受けた手で日本の福音派の通史が書かれたことは無いのですから、本書は、 今後、日本の福音派について論じるために欠くことのできない一つのスタンダードとなるはずです。 ただ一つ残念なのは、この種の書物に不可欠な索引がないことです。索引があれば本書の価値はさら に増し加わったことでしょう。 ******************************* 横浜のヘボン先生 イラスト歴史人物伝 文・絵=杉田幸子 いのちのことば社1600円(税別) *******************************  本書は、明治学院の中山弘正先生が紹介しておられるように「版画家・イラストレーターである著 者が・・・ヘボン伝を文と絵で表現したとてもおもしろい本」です。  ヘボン(正しい発音はヘップバーン。彼がアメリカの女優キャサリン・ヘップバーンと同じ一族だ ということを本書を通して初めて知りました)は、日本に来た最初のプロテスタント宣教師の一人で す。彼は医者として、日本語の研究者として、聖書翻訳者として、教育者として、豊かに与えられた その才能を日本宣教のために捧げました。彼の多彩な働きの中で、明治学院、横浜指路教会、ヘボン 式ローマ字などは、今でも私たちの身近に生きて残っています。もちろん私たちが使っている日本語 聖書も、彼の働きを抜きにして語ることはできません。  私たち日本のプロテスタントの起源とも言うべき歴史と人物について、読みやすく信頼できる本が 出版されたことを喜びたいと思います。  内容だけでなく本としての作りを見ても、本書は良くできています。目を引くけれどうるさすぎな い表紙、見返しの手書き地図、文字と絵や写真のレイアウト、目に優しく暖かい文字色などです。 ******************************* 「外人墓地に眠る人びと 」 −日本の土となった初代宣教師の働き− 太田愛人 編著 キリスト新聞社 1700円(税別) *******************************  昨年10月から今年の1月まで4回に渡って「主の祈り」の「汝」ということばについて本誌に連載し てきましたが、そのことを調べる中で日本における聖書翻訳とプロテスタント宣教の歴史についても多 くの事を教えられました。  本書は、日本で働き、日本で死んで横浜外人墓地に葬られている宣教師とその家族たちのことを綴っ たものです。その中にはジョナサン・ゴーブルやネーサン・ブラウンなど日本の聖書翻訳に大きな足跡 を残した宣教師たちも含まれています。  宣教師が海外の宣教地で一生を終えてその地に葬られるということは、今日ではあまり考えられない ことです。しかし、今から百数十年前、日本に福音を伝えた初代のプロテスタント宣教師たちにとって は、宣教地で一生を終え、その地に葬られるということは、さほどめずらしいことではありませんでし た。さらには、幾人かの宣教師とその家族は、宣教地とそこに住む人々を愛して、その地に葬られるこ とを熱心に求めさえしました。  ゴーブル夫人エリザは、日本に着いたとき本国の友人に次のように書き送っています。 「私たちはとうとう日本の地を踏みました。…この国民の魂の救済こそ私たちの仕事です。ここ日本に 私が生き、日本に働き、日本に死に、日本に骨を埋めるのをお許しくださるように」  このような初代宣教師たちの主にある熱心と犠牲の上に、私たち日本の教会の「今」が有ることを覚 えさせられています。 ******************************* 「田中正造の生涯 」 林竹二著 講談社現代新書 *******************************  政局の混迷、政治家の腐敗が叫ばれて久しいが、そもそも近代日本の政治風土の中に「人民」とい う視点がどれだけあったかという問題こそ問われなければならないと思う。  田中正造は日本最初の公害問題といえる足尾鉱毒事件で谷中村に入り、人民と共に歩み、人民に仕 え人民と共に戦う道を選び取った。そのために彼は「議会は、人民の権利を守るために、徹底的に戦 う能力もなければ、その意志さえもない、こう言い切るだけのことをして…弊履を捨てるように」10 年に及ぶ衆議院議員としての地位を捨てたのである。  彼の国会質問「亡国にいたるを知らざればこれ即ち亡国の儀について」は、戯言(たわごと)として 斥けられたが、今日の日本にもこの言葉はこだまし続けている。これを戯言とした政治家たちの末裔 もまた絶えてはいない。  社会正義にようやく目覚めはじめた私たち福音派の教会は、彼の厳しい視点と生きざまから多くこ とを教えられるはずである。 【附 記】  著者の林竹二は定時制高校などでの授業で優れた実践をしてきた教育者。著者の伝記として日向康 著「林竹二・天の仕事」(講談社)がある。これにはアメリカの福音的な神学者メイチェンからの影響 なども記されており、たいへん興味深い。  また日向氏による田中正造の伝記「果てしなき旅 上・下」(福音館)は、若い読者のために書かれ た読みやすく優れた作品。林氏の著書と併せ読まれることをお勧めする。 ******************************* ハドソン・テーラー キリストに生きた人 ロジャー・スティーア著  栗原督枝訳 いのちのことば社  2625円(税込) *******************************  中国は今、キリスト教の外国人宣教師に対して門戸を閉ざしていますが、かつてこの国には、当時 としてはユニークな、けれども現代の宣教師の模範となるような宣教活動を展開したイギリス人宣教 師ハドソン・テーラーがいました。  イギリス人の彼が、中国で中国服を着、弁髪にしたとき、彼の同国人たちは「優越した民族(イギ リス人)の品位を落とした」と反対しました。しかし彼は「着ることにも話すことにも生活すること にも、いつでも中国人のようにすることで、彼らに敬意を表したいと願った」のです。  彼の働きは彼の死後95年を経て、なお生きています。彼の創設した中国奥地伝道団(CIM)は海外 福音宣教会(OMF)と名を変えて、今も世界中に多くの宣教師を送り続けているし、ドイツのリーベ ンゼラミッションもハドソン・テーラーの影響を受けています。  本書は、彼の生涯と生活と言葉とを、深い尊敬をもって丁寧にたどった伝記です。私たちは、宣教 師として海外に立つことはなくても、ここに信仰の生き方の素晴らしい実例を見ることができるので す。