******************************* イエスを十字架につけた人たち 池田博著 いのちのことば社/1300円(税別) *******************************  十字架はクリスチャンにとっては、かけがえもなく大切な出来事であり、信仰の土台でもあります。私た ちは聖書をくり返し読み、十字架の意味を深く、また正しく知る努力を続けなければなりません。  けれども、知的な理解だけでは十分ではありません。自分のすべてをかけてイエスさまの十字架を信じる 信仰こそが最も大切です。もちろん知的な理解と信仰とは対立するものではなく互いに補いあうべきもので す。良く知るのは、良く信じるためであり、信仰による理解こそ、最も正しい聖書理解です。  著者は、堅実な聖書理解に立ちつつ、それを読む者一人一人の信仰に深く結びつけようとしています。こ れは求道者や信じて間もない人たちだけの問題ではなく、信仰生活の長い人にとっても大切なことです。私 たちは、いつもさらに深い信仰の深みへ招かれているからです。そして信仰の深み、高みは、自らの罪を深 く自覚するところからはじまります。「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれ」(ローマ5:20)る のです。 ******************************* 英語の名句・名言 ピーター・ミルワード著 別宮貞徳訳 講談社現代新書 680円(税別) *******************************  あのミルワード神父が、数多くあるイギリスの名言の中から100を選び、それらを16の章に分けて、コ メントをつけたのが本書です。翻訳は名訳者の別宮貞徳。特に全体の5分の2を占めるシェイクスピアの せりふは七五調の名調子で訳されています。例えばあの有名な モTo be, or not to be.モ は「しかあるべきか、 しからずか、それが思案のしどころぞ」と言う具合です。  さて、ここに選ばれている名句・名言の多くは散文ではなく詩から取られています。それは詩が物事の本 質を集中的にずばりと核心をついて表現するからです。そして、それらの詩の背後には聖書があります。 ジョン・ミルトンのようなピューリタン詩人でなくてもシェイクスピアの中にも聖書の思想が息づいていま す。それらが文化の深いところで生きているイギリスの奥深さを感じると同時に、聖書のメッセージが持つ 普遍性−−つまり普通の人が読んでも共感できるひろがりと豊かさ−−にもあらためて気付かされます。 ******************************* 思いがけないところにおられる神 フィリップ・ヤンシー著 斎藤登志子訳 いのちのことば社 1300円(税別) *******************************  本書はヤンシーの新しいコラム集である。別のコラム集が以前『深夜の教会』(あめんどう、1997) と題して出版されているが、二冊を読み比べてみて思った。問い続ける彼の姿勢に変わりはないけれども、 その立つ所が微妙に変わってきたのではないかと。誤解を恐れずに言うなら、以前のヤンシーは、人の現 実の中から神について問うていたが、今は神の確かさに拠りつつ人や教会の現実について問うているので はないか。  「思いがけないところ」とはどこか。それは本書の6つの章のタイトルに表れている。「おぼろげに見 いだされる神」「仕事の中に見いだされる神」「社会(Fractured Society)の中に見いだされる神」「ニ ュースの中に見いだされる神」「ひずみの中に見いだされる神」「教会の中に見いだされる神」がそれで ある。  最後の教会を除いて、どれも人が神を求めようとするところではないだろう。その教会にしても「鉄格 子の中」つまり刑務所、それも人権など一顧だにされない南米やアフリカの刑務所の教会であったりする。 実はこの部分は他のコラムの2〜4倍の量になっていて、ヤンシーの視線が中心にではなく周辺に、上層 にではなく下層に向けられているのが分かる。  しかし、ヤンシー自身は世界の「中心」アメリカに住む「上層」の人なのだ。彼の読者たちの多くもス ラムよりは郊外に住み、刑務所よりは書斎にいて彼の本を読む。彼は自分と対象とのギャップに悩みなが らも、その両方を同時に抱きしめてくださる神のひろさに信頼している。周辺と下層におられる神はヤン シーの神であり、私たちの神でもある。この神のひろやかさの感覚が本書の基調をなしている。  さて、ヤンシーは本書の中で(筆者にも関係のある)一つの重大な疑問を呈している。「いったい、温 かくて人当たりがよく、それでいて細身になることは可能なのだろうか」(64頁)と。カバーの著者近影 を見るとヤンシーはどうやらその域に達しているようである。 ******************************* 来てください沈むことのない光 初期キリスト者たちのことば テゼ共同体編 打樋啓史訳 サンパウロ 1200円(税別) *******************************  テゼ共同体の創始者ブラザー・ロジェの祖母はよくこう言ったそうです。「新たな戦争を防ぐために、 キリスト者たちだけでも互いに和解することができたら」。  ブラザー・ロジェがテゼ共同体を始めたのは1940年。第二次大戦のただ中で、彼はひとりブルゴー ニュ地方の寒村テゼに住み、ナチの手から逃れてきたユダヤ人たちをかくまいました。今、テゼは和解と 霊性に渇く人たちにとって強い郷愁を感じさせる場所になり、多くの若者が世界中から集って生活と奉仕 を共にしています。  本書は、キリスト教が一つであった時代のキリスト教指導者(教父)たちのことばをテゼ共同体が編纂 したものです。今よりずっと聖書の時代に近い時代。今ほど世界が広くなく複雑でない時代。教会が一つ であるということが、求めるべき理想でなく保つべき現実であった時代。その時代のことばは純粋で力強 く、確信に満ちていて謙遜です。これらのことばは、現代が知識や技術の代償に忘れてしまった良きもの の手触りを感じさせてくれます。これらのことばが、私たちの心を潤し一つに結び合わせてくれることを 祈ります。 ******************************* 小説 聖書 旧約篇・新約篇 ウォルター・ワンゲリン著 仲村明子訳 徳間書店 旧約篇1900円(税別) 新約篇2900円(税別) *******************************  今、一般書店で聖書関係、イエス関係の本がよく売れているようです。中にはミステリーまがいの題 材に聖書やイエスを使っただけのものや、はじめから奇跡や神の存在すら認めない人たちが書いたもの もあって、真面目に聖書を学びたい人には、お勧めできない本が多かったのですが、本書は違います。  著者のワンゲリンは小説家であり、同時に福音的な神学者です。彼は聖書についての深い洞察を小説 という形に書きとめました。小説という形を取ったことによって、彼は自由な想像力を、聖書学の枠を 越えて発揮することができ、聖書物語に人間的な息吹を吹き込むことに成功しました。私たちは本書を 通して聖書の時代、聖書の世界を身近に感じることができます。そして聖書の教えに−神学用語ではな く小説の言葉遣いを通して−わかりやすく生き生きと近づくことができます。  もちろん、わかりやすいからといって、これが聖書の代わりになることはありません。しかし書店に よれば、本書を読んでから(本物の)聖書を買い求めるようになった人も少なくないとのこと。聖書が より広くより深く読まれるために、本書が用いられるなら、それは喜ばしいことです。 ******************************* 「キリスト教は初めて」という人のための本    ヨハネの福音書3章16節から 内田和彦著  いのちのことば社 500円(税別) *******************************  キリスト教に関心はあるけれども、聖書は難しくてよくわからない。いわゆる信仰書はクリスチャン 用語や特殊な言い回しが多くて読む気になれない。書店でキリスト教関係の本を探しても「・・・のミステ リー」「・・・の謎」「・・・の暗号」と興味本位のタイトルを見るだけで敬遠してしまうという人。つま り、まじめにキリスト教のことを知りたいけれども、どこから取りかかったらよいかわからないという 人のためにこの本は書かれています。  副題にあるヨハネの福音書3章16節は「聖書全体が私たちに伝えようとしている福音(喜びの知ら せ)を、ひとことにまとめた」とも言える一節です。  新約聖書の研究者であり教師でもある著者は、この一節をていねいに取り扱いながら、聖書全体が語 ろうとしている福音を、普通の人にもわかることばで説明してくれます。また、要所要所で、初めての 人がぶつかりやすい疑問や質問にも、わかりやすく答えてくれています。  聖書そのものに基づいた、安心して読めるキリスト教入門の本です。 ******************************* 愛と自由に生きる 本田弘慈著 教文館 952円(税別) *******************************  福音の中心をしっかり押さえながら、信仰全体に目配りが行きとどき、読みやすく、分かりやすく、 字が大きくて、サイズと値段は手頃な本。銀座の教文館で、ご高齢の方々が集う家庭集会用のテキスト にこんな本を探しながら、良いものが見つからず、あきらめて帰ろうとしたとき、ふと、目にとまった のが本書です。  誰にでもすんなり分かることばで信仰について語ることにかけては、本田弘慈師は日本の第一人者で あると言って良いでしょう。巡回伝道者としての47年の奉仕の中で、あらゆる立場、あらゆるタイプの 人に福音を語り続けてきた著者の経験が、本書にも確かに生きています。  本田師と並ぶ伝道者の羽鳥明師も「・・・短いながら寸鉄の切れ味の一言一句が、心を溶かす暖かさを 持って魂に迫ります。『愛と自由に生きる』ために一億の日本の皆様にぜひお推めしたい一冊です」と 推薦文を寄せておられます。  本書は、クリスチャンにとっては、自分の信仰をもう一度見直す機会になるでしょう。また家族や友 人に自分の信仰について証ししたいときにも、きっと助けになると思います。求める心のある方なら、 聖書や教会は初めてという方でも本書から信仰についての確かな手応えを得ることができるはずです。 ******************************* 迷っているけど 着くはずだ 塩谷直也著 新教出版社 2100円(税込) *******************************  とても大切なことをひねりを利かせながら伝えるのは難しい。伝えるべき大切なことがら自体が、ひ ん曲がってしまったり(百万人の福音にちょっと前まで連載していたの「信仰の半歩前」はそんな感 じ)、ひねったことだけが残って、肝心のことがらが伝わっていなかったり(神学生の時にチャペルで 聞いた、ひねりの利いた例話を今も覚えている。説教の中身は忘れたけれど)ということがままある。  だけど、聖書の中にはひねりの利いた箇所がたくさんある。福音そのものが、神の子が人となってく ださったり、罪の増すところに恵みも増したり、パラドクスだから、自分はまっすぐ立っていると思っ ていると、なかなか理解できない。そんなとき「だれもまっすぐ立ってなんかいないんだよ」と教えて もらうと、神さまの愛のすごさが「ふっ」と分かったりする。  この本はひねりがとても利いているのだけれど、カーブの上手なピッチャーみたいに、収まるべきと ころに「すっ」と収まっているところがすごい。特に肩の力がなかなか抜けない人にお勧めです。 ******************************* 「だれも書かなかったイエス」 フィリップ・ヤンシー著 山下章子訳 いのちのことば社 2400円(税別) *******************************  アフロヘアーのクリスチャン・ジャーナリスト、フィリップ・ヤンシーの邦訳第三弾。 昨年、日本 に紹介された「神に失望したとき」は、紋切り型でない新鮮な語り口で多くの読者を獲得しましたが、 今度の新刊でも、その語り口は健在で、ヤンシーはそれをもって私たちの信仰の対象であるイエスとい うお方に肉薄しています。  本書のテーマは、誤解を恐れずに言えば、イエスというお方についての「とまどい」でしょう。聖書 を初めて読む人は、そこにたくさんの刺や落とし穴があることに「とまどい」を感じます(山上の説教 を虚心に読んで、心刺されない人がいるでしょうか)。しかし、多くのクリスチャンは、長い間に、我 が身をさす刺を抜きとり、落とし穴を上手に避ける聖書の読み方を身につけています。悪いことは全て パリサイ人に負わせ、厳しい要求は比喩的に解釈しておけば、傷つかずに良いお話を聞けるのです(こ れはほんの一例)。  聖書を読んでとまどいを感じ、それでも踏み込んで心刺され、しかしそこに、そしてそこにこそ神さ まの恵みが注がれるような、聖書との生きた関係が回復されなければなりません。本書はそのための得 難いガイドです。  それにしても、本書には誤記や固有名詞の表記の不統一が目立ち、せっかくの内容が大いに損なわれ ています。出版社、編集者の良識と誠意が問われます。一日も早く改訂第二版を出していただきたいも のです。 ******************************* 「自分自身と出会う 人間学ノート」 山口昇監修 いのちのことば社 1900円 *******************************  本書は、自由が丘にあるミッションスクール、玉川聖学院高等部の「総合科・人間学」のテキストと して書かれたものです。  しかし「自分自身と出会う」ことは、高校生だけの問題ではありません。例えば、日本の高度成長を 担ってきた中高齢者層にとっても、これからの高齢化社会を生きていく上でこれは大切な問題でしょ う。  家庭・老い・労働・国家・自然・宗教・死といった具体的な問題に、聖書がどのような指針を与えて いるか知りたい方に、ぜひ読んでいただきたい本です。