******************************* 『指輪物語』の真実 マーク・エディ・スミス 斉藤兆史=監訳、三谷裕美=訳 *******************************  『指輪物語』の映画化のおかげで、多くの人が指輪をめぐるホビットたちの冒険を知り、エルフの美し さやドワーフの実直さに感嘆しました。しかし、その中で文庫本で全9巻の『指輪物語』を読み通した人 はどれぐらいいるでしょう。ピーター・ジャクソン監督の現代的でひ弱な人物描写に物足りなさを感じて いる映画化以前の指輪ファンとしては気になるところです。  本書は、『指輪物語』を12回以上読んだという熱烈な指輪ファンであり、クリスチャンである著者が、 『指輪物語』の背後にある聖書の思想について取り上げたのもです。  本書のカバーには「『聖書』のエピソードを知ることで、物語はいっそう輝きを増し、私たちの胸にせ まってきます」とありますが、そのような意味ではまさに相応しいガイドブックであるといえるでしょう。  ただし『指輪物語』を読まずに本書をいきなり読んではいけません。『指輪物語』のストーリーやキャ ラクターを知らなければ、本書の展開についていけないでしょう。『聖書』も『指輪物語』も、まず原書 を読むことが大切です。 ******************************* 私はだれ? 自分さがしのヒント キャサリン・パターソン著 中村妙子訳 晶文社 1500円(税別) *******************************  キャサリン・パターソンは「優れた児童書に贈られるニューベリー賞と全米図書賞をそれぞれ2度受 賞・・・1998年、国際アンデルセン賞受賞」という輝かしい経歴を持つアメリカの児童文学者です。  以前、この欄で紹介した『クリスマスの短編』(中村妙子訳、すぐ書房)もそうでしたが彼女の小説 の多くは、普通の家庭や職場を舞台としていて、登場人物もごく当たり前の人たちがほとんどです。け れども、そのような現実のごみごみした世界も、パターソンの手に掛かると、そこにある天国の輝きが 見事にすくい取られて、読者を静かな感動で包んでくれるのです。  実は、彼女は長老教会の宣教師として日本に来たこともあるクリスチャンで、深い信仰の持ち主です。 同時に、豊かな感性と深い洞察の持ち主でもあることは、彼女の小説を読めば納得できます。本書は、 そんなパターソンが、自分の信じるところを素直な心で書き留めたエッセイです。小説とはまた違った 彼女の一面を見ることができます。 ******************************* Beat Kids II 風野潮著 講談社 *******************************  先月紹介した『ビート・キッズ』の続編。高校生になった英二は、伝説のロッカーをめざすヴォーカ ルのゲンタらと共に、ロックバンドを組んだ。その名も「Beat Kids」。  レッド・ツェッペリンの『ロックン・ロール』をひっさげ、ビジュアル系インディーズ・バンドの野 外ライブをジャック。それがきっかけで相手のバンドから全国コンテスト「ロック・ファイト」での勝 負を挑まれる。予選での大失敗にもかかわらず、プロをもうならせる名演奏で、どうにかこうにか全国 大会まで行くことが決る。  いろんなバンド、音楽好きの友だち、先生たち、そして家族が絡み合いながら話はぐんぐん前に進ん でいく。  しかし「ロック・ファイト」全国大会を目前に控えた英二の前に、厳しい現実の壁が。夢を追うか、 現実と向き合うかの厳しい選択。。。でも、夢は遠のいても消えてしまうわけじゃない。それに、新幹 線の切符を棒に振っても、遠くなった夢を一緒に追いかけてくれる友だちがいる!  予定調和的ではないけどどこか明るいエンディングに、さわやかで深い感動が残った。 ******************************* Beat Kids 風野潮著 講談社 *******************************  久しぶりに、純国産のめちゃおもしろい本を読んだ。主人公は中学生ドラマーの横山英二、ルックス はそこそこだが、リズム感は天才的、けどアホで運動神経ゼロという設定が効いている。平均すると普 通の男子。だから感情移入がしやすい。それに舞台が大阪というのもいい。この人間くささとノリは関 西、それも大阪以外では考えられない。  話は、英二がもう一人の天才中学生ドラマー菅野七生(かんのななお:こっちは成績も音楽も優秀な エリート、ついでに超美形)に引っ張られて吹奏楽部で大太鼓を叩くところから始まる。みんなで万博 公園でのドリルフェスにでるところが見かけ上のクライマックス。  実は英二には、気はいいけど酒飲みの父ちゃん、美人だけど病弱な母ちゃん、生まれたばかりなのに 心臓に病気を持った妹がいる。そんな家族の中で、ドラムは英二の「心の花火」になっている。ビート を叩きだすことと、生きることとはもう切り離せない。だから、生きるのがつらくなったときにはドラ ムが支えになる。本気で生きなきゃいけないときには、叩けなくても心で花火が見える。 講談社児童文学新人賞、野間児童文学新人賞、椋鳩十児童文学賞受賞作品 ******************************* 指輪物語 The Lord of the Rings J.R.R.トールキン著 瀬田貞二・田中明子訳 評論社 *******************************  3月に日本でも映画公開される「ロード・オブ・ザ・リング」は文庫本で9冊におよぶ壮大なファン タジーです。トールキンは『シルマリル物語』『ホビットの冒険』『指輪物語』という三つの物語を通 して「中つ国」の創世から第三紀に至る歴史を辿りながら、そこに生きる生き物、草木、空気のにおい にいたるまで克明に書き上げ、登場人物の系図やエルフやオークが使う言語とその文字まで創作しまし た(単行本の追補編に収録)。  「旅の仲間」「二つの塔」「王の帰還」の三部から成る『指輪物語』は他の二つの物語を受け継ぎ伏 線としながら書かれています。  ホビットのフロドは、冥王サウロンの強大な力が込められたひとつの指輪を手に入れます。彼は「そ の力で」冥王を倒すのではなく、悪の力である指輪そのものを破壊するため「旅の仲間」とともに、指 輪が作られた場所、「滅びの亀裂」へ向かいます。  『指輪物語』はベトナム戦争、東西冷戦、そして核の恐怖と、いろいろな状況の中で読まれてきまし た。トールキンのことばによれば、『指輪物語』は「(寓話ではなく)・・・読者の思考と経験に応じてさ まざまの適用可能性のある歴史」ということになるようです。  私たちも、今、この時代の中で『指輪物語』をどう読むかが問われています。 ******************************* 「ほんとうにたいせつなもの」 マックス・ルケード文 セルジオ・マルティネス絵 松波史子訳 Publisher/フォレストブックス \1600(税別) *******************************  ルケードとマルティネスのコンビによる日本で第 3 作目の絵本。前々作「たいせつなきみ」の続編 で主人公はやはり木ぼり小人ウイミックのパンチネロ。  あるとき、小人たちの間で、きれいなはことボールをあつめることが流行し始めた。パンチネロも 流行に乗って、たくさんのはことボールを集め始めた。そうするうちに、それが人生の目的になって しまい、持ち物を売り払い、友達も忘れ、ついには家まで売ってしまった。  そうやってみんなからの称賛を手に入れたのもつかのま、すぐにルールが変わって、また一からや り直す羽目に。そんなパンチネロだったが、ひょんなことで自分を作ってくれたエリの仕事場に転が り込んでしまう。パンチネロはそこで「ほんとうにたいせつなもの」をもう一度みつけだした。 ******************************* 「トールキン小品集」 J.R.R.トールキン作 評論社 1553円 *******************************  この本には、「指輪物語」の作者トールキンの小品の中からナンセンスなもの、ファンタスティッ クなもの、シリアスなもの、そして詩集が一編づつ収められています。  本書の中で、ただ一つ宗教的な主題を扱った「ニグルの木の葉」は、カトリック色の強い作品では ありますが、黙示録14:13「彼らはその労苦から解き放されて休むことができる。彼らの行ないは彼 らについて行くからである」の御言葉に、かつてない光を当てています。  ポーリン・ベインズの手による表紙と挿絵も「すばらしい」の一言 !!! ******************************* 「風の谷のナウシカ」1〜7巻 アニメージュコミックス・ワイド判 宮崎駿 著 徳間書店 各340-490円(税別) *******************************  この作品は、月刊アニメージュに連載途中で映画化されたので、そちらをご覧になった方も多いと 思います。しかし、スケールの大きさ、人物の深み、問題の多様性と深刻さからいってコミックの方 が格段に優れています。  宮崎氏は、キリスト教には特にシンパシーを持っておられるわけではないし、この作品には宗教批 判という意図が込められているようにも思います。それでも、私にはナウシカがキリストの姿のある 面を非常によく映し出しているように思えるのです。  第七巻に、クシャナ軍に国を滅ぼされたアスベルの独白があります。「ナウシカがみんなをつなぐ 糸なんだ。僕らも土鬼(どるく)の人々もクシャナや蟲使いまで。ナウシカがいなければバラバラに いがみ合うだけだった」。ここに私は、隔ての壁を打ちこわし、敵意を廃棄されたキリストの姿を思 います。  この作品では、単純な善悪二元論や安易なカテゴライズは、あらゆる場面で拒否されています。人 々の生活を脅かす腐海には浄化の機能が秘められており、破壊の最終兵器である巨神兵はオーマ(無 垢)と名付けられ、飽くなき権力欲に憑かれた王が最後にナウシカの命を守ります。  終盤ナウシカは、希望を否定して滅びにまかせようとする「虚無」と、悪を否定して人為的に善を 生み出そうとする「教団」宗教をともに斥け、善と悪をともに抱えた人間のありのままの姿を肯定す る道を進みます。ここに、硬直し歪んだ目でしか他者を見れなくなった「宗教」への批判を読み取る ことができます。しかし、真摯な宗教批判は、それが受けとめられ克服されるところに宗教の真の再 生をもたらすはずです。(その点で、教団を否定する者として本来ヒューマンであるはずのナウシカ が、予言された使徒という宗教的役割を引き受けなければならなかったことは、象徴的な意味を持っ ているように思います。)  キリストが2000年前になされたことも、まさに宗教批判であり、真の宗教の再生でした。そのこ との意味を、今、改めて考えています。 ******************************* 沈黙の艦隊  全16巻 かわぐちかいじ作  講談社漫画文庫 各巻740円(税別) *******************************  マンガ家の中にも明確な思想を持って、それを伝える道具としてマンガを効果的に用いる人たちが 増えてきました。マンガで社会や思想を語ることは、もはや特別なことではありません。しかし、こ の世界にも現実の世界と同じく技術と思想と人間性のアンバランスという問題があります。例えば 「ゴーマニズム宣言」の小林よしのりはマンガ家としての技巧と伝えたい思想を持っていますが、人 をあまりに手軽に正邪に切り分け、自分と違う立場の人を巧みに悪者に仕立てあげます。彼は、人間 理解において今一つ深みを欠くが故に右翼の煽動家になってしまいました。  さて、かわぐちかいじは、精緻で躍動的で海を描かせては芸術的と言っていいほどの技巧を持って います。また海江田四郎という強烈な個性をもった艦長と、「やまと」と命名された一隻の原子力潜 水艦を通して、日米の政治と国連を描き、世界政府と核兵器廃絶の夢を描くその思想の広がりは、右 か左かという手軽な分類を拒んでいます。ここに登場する人物たちは、保守も革新も、軍人も政治家 もジャーナリストも、みなが自分の守るべき分と確かな個性をもっていて、作り手や読み手からの単 純な割り切りを赦さないほどにリアルに生きています。  品のない政治家の暴言よりも、よほど読み手に自ら考えることを迫る作品です。 ******************************* クリスマスの短編 キャサリン・パターソン著 中村妙子訳 すぐ書房 1050円(税別) *******************************  北半球ではクリスマスは冬です。寒く夜の長い冬は、寄る辺なさや寂しさがひときわ身にしみる季 節でもあります。  本書に収められている6つの短編はどれも現代のアメリカが舞台で、登場するのは、平穏に暮らし ている中流階級の家族(あるいは家族の思い出を大切に持ち続けている人たち)と、一人暮らしの黒 人男性、自分を性悪だと思いこんだ少女、養家をたらい回しされたあげく施設に入れられた姉弟、ス ラムに住む母子、家出した青年などです。  いろいろな壁で隔てられ本来なら出会うはずのない彼らの道は、クリスマスの時期に不思議な仕方 で交差します。彼らの出会いは、まるでエイリアンでも見るかのような「恐れ」から始まります。恐 れのゆえに人は相手を黙殺し、自分の殻に閉じこもろうとします。恐れのゆえに人は攻撃的にさえな ります。けれども、何かが彼らを本当の出会いにまで導きます。隔ての壁はなくなり、恐れは喜びに 代わります。人と人が本当に出会うとは感動的なことです。  人の心の闇を描いて救いのないストーリーが多い昨今ですが、ここに収められた短編は、闇の中に 小さくてもはっきりと輝きつづける光があることを描いて、読む者の心を喜びの予感で満たしてくれ ます。