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ワールドワークについて

(日本トランスパーソナル学会ニューズレターへの寄稿 2006年)

  20世紀を代表する神秘思想家の一人、ジッドゥ・クリシュナムルティはかつて「あなたは世界だ」と言った。世界であり自分であるものに取り組む方法として、ワールドワークと呼ばれる方法がある。このエッセイでは、ワールドワークというのは何かということを中心に、気の向くままに書かせて頂こうと思う。

  ご存じの方もいらっしゃるかと思うが、ワールドワークとは、広義にはプロセス指向心理学の3人以上のグループを対象とした実践のことである。企業や学校、病院、地域の集会など特定のグループで行うこともあれば、紛争地帯のような場所で不特定の人たちが集まって、その場にある問題に取り組むこともある。また狭義にはGlobal Process Institute が2年に一度主催する1週間程度のワークショップを指すこともある。そこでは戦争や差別、民族問題など世界の問題についてプロセス指向心理学を用いた数百人規模のグループワークを行っている。会場は毎回変わり、次回は今年の4月末にシドニーで行われる。ワールドワークについて日本語で読める本としては、「紛争の心理学」アーノルド・ミンデル著 講談社現代新書("Sitting in the fire"抄訳)がある。

  プロセス指向心理学(その実践はプロセスワークと呼ばれる)は、アーノルド・ミンデルが創始した臨床心理学のひとつで、その場で起こっている出来事=プロセスに寄り添うことの臨床的な意味を追求しているものだ。論じる切り口によってかなりとらえ方が変わるので、ここで取り上げるのは、プロセスワークについての説明の一つと思って頂きたい。ミンデルがトレーニングを受けたユング派の目的論的な視点や、老荘思想、シャーマニズム、禅や上座部仏教、20世紀物理学などの影響を受け、実際のワークでは起こりつつある出来事が十分に表現されるのをサポートする。起こりつつある出来事とは、身体症状や対人関係のパターン、共時的な出来事、その時の姿勢や身振りなど、何でもだが、ここでは粗っぽくまとめて「問題と捉えられている出来事・注意をひく出来事」くらいに思って頂いてもいいかと思う。

  プロセス指向心理学は、「それが本来の意義を表現できないときに、問題のようにみえる現象として表れる」あるいは「そこに起こりつつある出来事を排除すると、存在を主張するかのように暴れ出す」というとらえ方を提案している。そして、問題として表れていることに気づきを向け、その意味を捉えなおし、より有効活用できるように全体を捉え直すことが大まかな目標になる。個人に対するワークでは、心の中にあるあらゆる部分に気づきを向けていき、その全体のあるがままをリアライズ(発見/実現)するということになる。その結果、トラブルとして現れる可能性のあるものまでをも栄養にして、より自分自身に一致して生きられるようになるわけだ。   


  さて、一人一人の心の中にはいろいろな気持ちがあるように、人が何人か集まった集団の中にはいろいろな声や立場がある。個人セッションでのセラピストという名前の代わりに、ワールドワークの進行役を通常「ファシリテーター」と呼ぶが、ファシリテーターはその集団の中にあるいろいろな声や立場にできるだけ気づきを向け、それらの声を拾い上げ、表現されるのをサポートする。プロセス指向心理学ではこうした態度を、多数決を基本とした従来の民主主義に対して、深層民主主義(Deep Democracy)と呼んでいる。普段は隠されたり抑えつけられている声を、多数派の声でかき消してしまうのではなく、それらに耳を傾けることで、その集団全体がより本当の姿を現していくことになる。

  しかも、集団自体に存在するいろいろな声と、構成員の心の中にあるいろいろな声の間には、一般的にフラクタルな関係があり、個人の内面への取り組みと、個人の外の世界(集団)への取り組みが並行して進むことになる。つまり自分の中にある複数の部分間の葛藤が、集団のワークと同じ構図になり、集団のワークの展開が個人の内面での葛藤解決に結びついたり、個人の内面の変化を表明することがグループの変容の契機になったりする。さらには参加者がその場で気づきを自分の生活に持ち帰ることで、会場の外側の世界へも気づきの波紋は拡がっていく。ミンデルはこの、ワークの影響の外の世界への拡がりと、先に述べたフラクタルな関係などを、量子力学における非局所性/非局在性のメタファーで語ることもある。(本当の意味での量子物理的現象ではありません。念のため。)   


  さて、具体例があったほうがわかりやすいかと思うので、ワークの実際についていくつかの例を紹介しよう。旧ソビエト圏、とくに学校占拠事件のあった北オセチア共和国周辺は、隣接するイングーシ共和国、さらにその隣のチェチェン共和国などと歴史的に難しい問題を抱えていることもあって、ワールドワークへの期待が最も高い場所の一つだ。そこで行われたワークについて、紛争の心理学の原著Sitting in the fireの、邦訳時に省略された「善良な社会はいかに戦争を始めるか」という章には、以下のようなワークの話が載っている(会員特典ということで本邦初公開です、たぶん)。

  北オセチア側とイングーシ側で激しいやり取りが行われたのち、静まりかえったところでアーノルド・ミンデルが黙っていたある人に水を向けると、その人は「…私は殺し合いが大っ嫌い…」といった。そこでミンデルは、「もしよかったら殺し合いが大嫌いな人は、この方の周りに集まってみませんか」とファシリテートすると、北オセチア人、イングーシ人双方の大多数の人が、部屋のまん中にいたその人の周り集まった。

  つまり実際にその場に起こっていたのは、「殺し合いの大嫌いだが何も言わない(言えない)大多数の人と、激しく衝突する少数の人がいる」という状況だったが、グループ全体に気づきを向けるまでは、あたかも「激しく衝突する両陣営」があるだけのように見えていたのである。そのギャップに気づいているか気づいていないかは、例えば紛争停止を目指す活動にとって大変な違いになっていることだろうし、隣人に対しても警戒しながら生きなければいけないようなプレッシャーの下にある人々の安心感にとっても全然違った状況を作り出すことだろう。このように、一見そのように見えている状態をそのまま承認するのではなく、見えなくなっているものに気づきを向けることで、本当は何が起こっているのかに気づいていくことをサポートするのが、ワールドワークの一つの意義になる。


 もうひとつ別の例を紹介しよう。私自身がファシリテーターとして参加していたワールドワークでの1コマだ。その場では戦争と関連して(何かを)恐れているという感情が語られた。このとき場には、おびや脅かすものとおびや脅かされるもの、という構造があると推測できる。この「脅かす者」のように、実態としては存在しないのに、亡霊のように影響力を持つ役割をワールドワークではゴーストロールと呼ぶ。場の構造を見抜いてゴーストロールを見つけることもファシリテーターの重要な役割だ。そのワークでは、脅かすものと脅かされるもの立場を参加者の誰かにとってもらうことで演劇風に疑似体験しながら深めることにした。そうすることで場に起こりつつあることが十分表現され、それは参加者の気づきになっていく。

 両者がヒートアップしてきて、あるとき銃を突きつけるような動作と、それに対して身構える姿勢とが顕著になったため、言葉のやりとりを一度やめて「動作」に従うことをファシリテーターが提案した。ひとりは銃口を少しずつ相手の眉間に近づけていく。もう一人は無意識にこぶしを握りしめ、鋭い視線で相手に訴えかける。銃を持つ人は冷徹な表情を崩さない。やがて、銃口は額にあたり、撃たれた方は顔を背けて崩れる・・・。

 この例のように場が加熱するような局面では本質的なことが起こっている。それを取り上げ、気づきを用いて丁寧に進めることはファシリテーターの最も重要な仕事の一つだ。もし加熱したまま放っておくと、しばしば本当に傷つけ合うような痛ましいやりとりにまで突き進んでしまう。上の例では、二人が非常に豊かな感性を持っていたこともあって、見ている参加者の誰もが息を殺してしまうほどのリアルな場面が展開された。プロセスが展開することで、なんらかの解決のようなことが自然と起こることもあるし、そうならなかったとしても、体験を分かち合うことで多くの気づきが得られる。

   この例では、のちほどそれぞれの体験を分かち合う時間を持ち、銃を持っていた側も相手のこぶしを見て大きな恐怖を感じ動揺を見せまいとしていたこと、反撃されないうちに何とかしてしまい気持ちになったこと、撃たれた側は相手も怖がっているとは思いもよらず、ただただ自分は無力な人間であるような気がしていたことなどがシェアされた。こんなふうに参加者一人一人の心を大切にし、そこに気づきを向けていくことで、参加者はより地に足着いた世界像を手に入れ、自然とより地に足着いた解決法を模索することができるようになってくるのだ。


 この一見社会活動のようなものが、なぜトランスパーソナル心理学と関係があるのか、ということについても少しだけ触れておこう。ワールドワークが劇的な展開を見せる場面では、しばしば極端な意識状態が現れる。超自然的な存在や、過去にその土地で生きた(あるいは死んだ)人物などの声を参加者がリアルに体現することがあり、そうした声を活せるとワークが一気に深まることが多い。また、現代社会ではスピリチュアリティへの関わりが難しいこと自体、ある種の社会問題でもある。こういった意味で、一見社会活動のようにも見えるワールドワークは、トランスパーソナルの領域に対する理解に支えられており、逆に言えば一般の多くの社会運動ではカバーしていない、スピリチュアリティやトランスパーソナルな体験をも含んだワークが可能になっている。

 現在の世界は、実にたくさんの問題を抱えている。未消化な過去の戦争、今起こっている戦争やテロリズム、社会的少数派/弱者に対する差別や虐待、経済のグローバリゼーションに伴う諸問題、地球規模での環境問題などなど。そしてそこには一人一人の人間存在が関与し、それ自体世界とも言えるような「心」を一人一人が持っている。筆者は「正しい」何かを押し通すよりは、一人一人の人間を大切にしていくアプローチに希望と可能性を感じている。しかし同時に、問題に対する取り組みには様々な形があっていいと思っている。みなさんがご自身を心から大切にすること、その結果、世界がもっと素晴らしいものになっていくことを心から祈っています。


<参考文献:アーノルド・ミンデル「紛争の心理学」、Gery Reiss「Beyond War and Peace in the Arab Israeli Conflict」など>


著者紹介 二子 渉:都内精神科クリニック、大手企業内相談機関などで働くカウンセラー。米国オレゴン州ポートランドにあるプロセスワーク研究所のディプロマプログラム後期課程在籍中。日本国内で戦争をテーマにしたワールドワークなども行っている。もとは太陽電池材料などの物質工学/物性物理研究者。ここ数年はアメリカ先住民の地球と共生するための知恵と技術も学んでおり、持続可能なコミュニティづくりに物質面、精神面、両方からアプローチしている。

webサイト「風使いの小屋」http://www.geocities.jp/processworkwf/

 

 


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E-mail: windshamanwf@yahoo.co.jp