知世 「音楽の美術館『Sound Museum』、今日は鈴木慶一さんをお迎えして、わたくし原田知世がお送りしております。
これまでは、デビューから今までの音楽ヒストリーを振り返ってまいりましたが、次のコーナーでは、わたしの大好きな曲をぜひ皆さんにも聴いていただけたらと思いましてご紹介したいと思います」


Simone White
公式サイト[http://simonewhite.com/]
MySpace.com[http://www.myspace.com/simonewhite]

慶一 「はい、まずは?」
知世 「まずはですね、 Simone White[シモーネ・ホワイト]という方です」
慶一 「これは女性……」
知世 「はい、アメリカの女性ですね」
慶一 「ギターを弾きながら歌うという……」
知世 「そうです、そうです。サウンド的にはフォーキー、ジャジー。それで、声にものすごく特徴があるというか、すごいいい声なんですけど。
昨年ですね、ライブを。フラッと東京にいらっしゃって、恵比寿のすごく小っちゃいBARで、シークレット的なライブをやったんですね。
それでわたし、彼女のプロモーションビデオとか見てまして、すごく可愛らしいセンスのいいビデオというか、洋服とかも可愛くて、どんな人だろうと思って、とっても楽しみに行ったんですけど。
やせていらして、すごくキレイな人なんですね。ギター1本で、すごく細〜いBARだったんですけど……」
慶一 「“細いBAR”?」
知世 「ホソい……」
慶一 「あ。縦長な感じの……」
知世 「ゴメンナサイね(笑)、スゴイ言葉が足りな過ぎて、聴いている人は何が何だか……」
慶一 「(笑)何だろ、細いBARってって……」
知世 「縦長のつくりになってるBARで、その奥で彼女がギター1本で始めたんですけど。
私は何か前の方だったんですね、すごい目の前でちょっとドキドキしながら、あまり前過ぎて、うん、お客さんがどんどん入って来ちゃって前になっちゃって。
小っちゃいこれくらいのグラスにウィスキーを置いて、お水を置いて、で、喉(のど)にシュッシュッってする薬みたいなのありますよね? 日本でも」
慶一 「あるある」
知世 「三つを交互にやりながら(笑)」
慶一 「何だろ、それ(爆)」
知世 「すごくそれで注目して(笑)、面白かったんです」
慶一 「真似してみたら?」
知世 「いや、夜もすごい遅い時間だったから、11時半くらい、遅い時間から始まったので、ああ、お酒とか飲みながらカッコいいなあと思ってたんですけど、シュッシュッって合間に喉のやつをやってるから、すごい面白くって……」
慶一 「何だかいいんだか悪いんだかね」
知世 「でもね、とてもとても、ライブも良かったですし、またちょっとちゃんと大きいライブとか、日本でしてくれたらいいなあーって、すごく思っています。とてもオススメの」
慶一 「じゃあ、聴いてみましょうか」
知世 「じゃあ、聴いて下さい。Simone Whiteで、『I am the man』」
「I am the man」(アルバム『I am the man/2007年』所収)流れる
慶一 「ハイ。お送りした曲は」
知世 「Simone Whiteで、『I am the man』でした」


Jose Gonzalez
公式サイト[http://www.jose-gonzalez.com/]
MySpace.com[http://www.myspace.com/josegonzalez]

慶一 「続いて」
知世 「はい、続いてではですね、Jose Gonzalez[ホセ・ゴンザレス]という方です」
慶一 「うーん、これもまた私のよく手の届いてない……」
知世 「その方はですね、スウェーデン出身のシンガーソングライターで、アルゼンチンのご両親を持ってらして、ボサノヴァとBeatlesを聴きながら影響を受けて、音楽を始めたという」
慶一 「去年来日してますね」
知世 「そうですね、わたしまだライブ見たことがなくて、去年知ったので、ぜひぜひ次に来日されたときには聴いてみたいと思うんですけど。
今日ご紹介するのは2枚目のアルバムなんですけど、そのアルバムを聴いていると、何か旅に出たくなるようなアルバムで。
以前この人のプロモーションビデオを見たことがあるんですけど、コマーシャルでも使われた映像らしいんですが、25万個のカラーボール──こう飛ぶやつ、ボールがブワアァーッて街の中に降ってくる、すごいビデオで印象的。《※コマーシャルは『Sony Bravia』。You Tubeサイトで見ることができる[http://www.youtube.com/watch?v=2Bb8P7dfjVw&feature=related]。》
それで彼のギターとかわいた声がいいんですよね、何だろうな、ギターのフレーズとかもいいですし、声も最高にいいというか」
慶一 「音響的な部分でもTortoise[トータス]やらJoy Division[ジョイ・ディヴィジョン]に影響を受けたという、ね」
《※ちなみに2008年3月には、ジョイ・ディヴィジョンの主要メンバーであり早世したイアン・カーティスを描いた映画『コントロール』が日本で公開される》
知世 「では、そのJose Gonzalezの曲を聴いて下さい。『How low』」
「How low』(アルバム『In Our Nature/2007年』所収)流れる
慶一 「ハイ。聴いた曲は」
知世 「Jose Gonzalezで『How low』をお送りしました」
慶一 「いや、この人の声もすごくいいね」
知世 「ねえ、何かSimone WhiteとかJose Gonzalezもすごく若いのに、人生の経験をたくさん積んだ人のような……」
慶一 「声をしてるね」
知世 「ええ、声をしてる。何ででしょうか」
慶一 「そういう環境に育ったのかも。親がいっぱいレコード聴いてたとか、何かそんなこともあるんじゃないですか」
知世 「で、2つともこのアルバムはずっとずっと長く聴いて10年後とかに聴いてもいいようなアルバムなので、機会があったらみなさん聴いてみて下さい」


Vashti Bunyan
公式サイト[http://www.anotherday.co.uk/]
MySpace.com[http://www.myspace.com/vashtibunyan]

知世 「で、続きましては、オススメの最後の曲ですけども、Vashti Bunyan[ヴァシティ・バニヤン]を選びました。Vashti Bunyanは、これはもう、慶一さん。ね」
慶一 「幻の名盤といわれる1枚だけのアルバムを60年代《※リリースは1970年》に残してね、まあ、フォークシンガーなんですが、リタイアしてしまった。最近、またアルバムを作ったり、去年来日……去年だったと思ったな、来日してね、私見たんですよ」
知世 「ねえー、わたし聴きたかったのに行けませんでした」
慶一 「わあ、これは見てよかったなあって、何がよかったかっていうとね、60年代から非常に年月が経っているんだけども、声がまったくあのままの声というか」
知世 「ねえ。すごおぉーい」
慶一 「天使のような声で、ギターがあって、非常にはにかむ方で、それで何かポソポソってしゃべりながら、いい歌といいギターといいサウンドを聴かせてもらったなあという感じでした」
知世 「うぅーんんん、見たかったですねえ」
慶一 「また来るかもしれませんしね」
知世 「そうですよね。次回、もしいらっしゃったら行きたいと思います」
慶一 「ぜひ行った方がいいですね。すべてのスケジュールをけっとばしてでも」
知世 「そうですね」
慶一 「なかなかそうはいかない(笑)」
知世 「ウフフ。えー、ではその幻の名盤ですね、このアルバム自体が、そうです、1曲1曲が短いんですよね。それで物語──1枚聴くとひとつの映画のような感じでとてもよく、すばらしいアルバムです。
今自分が好きだなって思うのって、こういったまさにエヴァーグリーンなアルバムだなって思ったんです。
Vashti Bunyan自体、わたし知ったのって最近なんですね。もちろんその当時のことはぜんぜん知らなかったですし、ずっとエヴァーグリーンのアルバムって素敵だなっていうか」
慶一 「そういうアルバムの聴き方って非常にいいんですよね、最近知った昔のものっていうのも。また一つ、能力に限りがあるので、(そういうのが)いっぱいあるでしょう」
知世 「はい。感動したので、では、この曲を聴いて下さい。Vashti Bunyanで、『Diamond Day』」
「Diamond Day」(アルバム『Just Another Diamond Day/1970年』所収。2004年にCD化リリース。)流れる
















知世 「さて、ここからのコーナーは、わたしのニューアルバム『Music & Me』をご紹介していきたいと思っています。
それではここでゲストの方をご紹介したいと思います。
今回のこの『Music & Me』をプロデュースして下さいました作曲家でギタリストの伊藤ゴローさんです。よろしくお願いします」
ゴロー 「お願いします、どうも」
──パチパチパチ(拍手)──


Music & 伊藤ゴロー

知世 「えー、ゴローさんのプロフィールを簡単にご紹介させていただきますと。
ゴローさんはまず、Moose Hill……」
ゴロー 「ええ、そうですね」
知世 「……というのを、おこな……、“行う”? 何て言ったらいいでしょう?」
ゴロー 「はい、あのMoose Hillという、ひとり……ぼくひとりでMoose Hillという名前をつけて」
知世 「ソロ・ユニット」
ゴロー 「はい、ソロ・ユニットですね」
知世 「……でもあり、ボサノヴァ・デュオ、naomi & goroとして活躍されていたり、
クラムボンの原田郁子さんをはじめとして、様々なアーティストの方にも楽曲を提供されたり、プロデュースもされています。
最近では、映画音楽のお仕事もね、テレビとかたくさん広いジャンルのお仕事もされています。
ハイ。というわけで、そうですね、まずわたしが最初にゴローさんと出会った……」
慶一 「第一印象」
知世 「はい、あのね、1年2年……3年になりますか。2年?」
ゴロー 「3年ぐらいになるかなあ」
知世 「3年ぐらいになるんですかね、あのー、エドツワキさんの個展がフランスのパリでありました《※展覧会「Merry-go-round」。パリの資生堂LA BEAUTEにて、2004年12月から2005年3月まで開催。》。そのときに、すごく寒い冬のパリで」
ゴロー 「2月くらいかな」
知世 「ゴローさんがその個展の音楽を担当されて、で、わたしはそこに行ったときにゴローさんが日本から……」
ゴロー 「そうです、あの、単に観光というか(笑)、その個展を見に、自分の音楽がそこに流れているのを聴きに行きたいなあと思って、パリに行ったんですよね」
知世 「わたしはまだ……、そうですね、その頃はまだわたしは結婚してなかったんです。で、エドさんが紹介していただいて、ねえー」
ゴロー 「ビックリしましたねえ。あ、ハラダトモヨだと思って(笑)。衝撃がありました」
知世 「それがまず最初の出会いで、その後、ゴローさんのライブとかにもたくさん呼んでいただいて、聴かせてもらったりして。
わたしはゴローさんの……、いつもこういうとっても穏やかな方で、いつも変わらない空気を持っていて……」
慶一 「一定ですよね」
知世 「ええ、一定なんですよね。だからライブとかでも、何十人の前で演奏される時も、何百人何千人になっても、変わらない、んですね。で、物腰というか、音楽をやってる雰囲気がとても好きだなと思って。
で、あ、この方と音楽出来たらきっと面白いなあ、楽しいだろうなあって、うん。
わたしもずっと5年間ぐらい女優のお仕事の方を中心にしていて、音作りをしていなかったので、音楽をやりたいなと思っていたんだけれども、なかなかそういうチャンスがなくて、
次にやるときには、そういう“ラク”な、自然なかたちで音楽に入っていきたいと思ってて、
で、ゴローさんに、Moose Hillにね」
ゴロー 「そうですね、はい」
知世 「久しぶりに出された……、一昨年でしたっけ」
ゴロー 「ええ、2006年ですね。『Desert House』という」
知世 「というアルバムのヴォーカリストとして2曲ほどよんでいただいて」
慶一 「ライブあって、私よんでいただいて見に行ったら、すばらしい感じで」
知世 「そうです、去年ですね、去年の頭?」
ゴロー 「1月かな《※2007年1月20日》
慶一 「そうだったね。で、試作CDも聴かせていただいて、すばらしいと思いました」
知世 「慶一さんとゴローさんの出会いはその日……?」
ゴロー 「うん。そこが初めてですね」
慶一 「そうよね」
知世 「じゃあ、そんなわけで、まずはMoose Hillのこの曲、出会いの曲ですね。(これ)をおかけしたいと思います。伊藤ゴローさんのソロ・ユニット、Moose Hill『Desert House』より『ノスタルジア』をお聴き下さい」
「ノスタルジア」流れる
知世 「ゴローさんのソロ・ユニット、Moose Hillのアルバム『Desert House』より『ノスタルジア』を聴いていただきました」
慶一 「ヴォーカルは知世ちゃん」
知世 「はい」
慶一 「何か揺れるような三拍子のような。チェロとかとても美しい感じですけども。
サウンドといろんなことが混ざっていて、音響的な部分もふくよかというかね、豊かな感じがする」
ゴロー 「あの……すべてが好きなんですね、音楽が。クラシックも聴くし、ロックもボサノヴァも好きで、やってますけど」
慶一 「で、知世ちゃんも2曲参加したりして、そういうきっかけで去年のアルバムに至るわけですかね」
知世 「そうです、そうです。その後ゴローさんと、こんな感じでアルバムを出来たらいいなあーなんて話を、会うたびにね、お茶を飲みながらとか、よくしてはいたんですけれど」
慶一 「私がたぶんこのゴローさんのアルバムのレコーディングの現場にいたら、あ。これはぜひこの感じのアルバムを作ったらいいよって言ったと思う(笑)」
知世
ゴロー
「(笑)」
ゴロー 「ですよね。ぼくもね、一緒にやってて、これは出来るような気が、うん」
知世 「そうやって話してて、たまたま去年の1月に、あれ、25周年だ、今年。
大変です、大変です、ゴローさん!」
慶一 「今年は25周年ですよ!」
知世 「今年出さなきゃいけません! って言って(笑)。
そこからね、急いでいろんな準備をすべて。わたしもずっとやっていなかったので、レーベルとか」
慶一 「5年間ぐらいブランクがあったからね」
知世 「そうです、そうです。だから(つくる)《←この箇所はよく読み取れませんでした》とこから始めて。コツコツ、コツコツやってきて。
で、どんなアルバムにしましょうかっていう、全体をどうしようかっていう中で、やっぱり25周年の記念になるようなものということで言うと、自分の過去を振り返りつつ、さらに今後も予感してもらえるようなものを。
だよねえーって話してて、じゃあ、せっかくだからいろんな方に参加していただけたらうれしいなあと思うんですけど、ゴローさん、どうですかねえ?って言って、ああ、それは楽しいかもっていう……」
ゴロー 「そうそう。他の人と一緒に何かやるって、すごく面白いじゃないですか。自分以外の要素というか、何が出てくるかわからないというのもあるし」
知世 「カバー曲もやろうかというのも、今までカバー・アルバム作っているので、カバー曲もやりつつ、自分のカバーもやって、で、みなさんに曲を書いてもらおう。
じゃ、どなたにお願いしよう? まず絶対慶一さんでしょ! というところから始まって(笑)」
慶一 「ありがとうございます」
知世 「もうこれには立ち会ってもらって、25周年の記念のこの日には立ち会っていただければというのがありまして。
ある意味収穫をして、さらにそこでみんなでお祝いをして種を蒔くっていうような意味もあったので。
で、じゃあ、大貫妙子さんもずっとわたしが子どもの頃からいい曲書いて下さって、大貫さんにもお願いしたい。高橋幸宏さんとかキセルのお二人とか高木正勝さんとか(オニキユウジさんとか)、そういった方がバーッとあがって。
でもよくよく考えたら、みなさんサウンドの世界が違うから、あ、どうなるんだろう? と、ちょっと途中ね、でもやってみないとわからないよっていう感じで。
プリプロダクションのときは二人で、まだ曲もぜんぜんあがって来ない状態だったんで、 ギターと歌だけで、ある曲とゴローさんが先に書いてくれた曲だけを歌ったり」
慶一 「ああ」
知世 「二人でね、ずいぶんリハーサルしましたね」
慶一 「これがマジックが生まれた、最終的にはね。
トータリティのあるアルバムになってしまうわけですけども」
知世
「そうですね。
それでは、その『Music & Me』より、まずはですね、ゴローさんが(作られた曲)。
もともとこれはゴローさんがドラマ《※「きっかけはフジテレビ」キャンペーン5周年記念として製作された「THE SHORT MOVIE」作品#1「identify」、作品#2「metamorphosis」(監督:長澤雅彦/2007年)》のために書かれてゴローさん自身が歌われている曲……」
ゴロー 「そうですね、はい」
知世 「それをカバーさせてもらってるんですけれども、聴いて下さい、『Cruel Park』」
「Cruel Park」流れる



Music & 大貫妙子

慶一 「この新しいアルバムはいろんなアーティストが参加してますよね。で、大貫妙子さんも参加してるということで、『色彩都市』をカバーしたんですよね」
知世 「はい」
慶一 「そのあたりのいきさつを含めてですね、大貫さんからコメントが届いています(笑)」
知世 「わー、ありがとうございます」
慶一 「それでは聞いていただきましょう」
知世 「はい」
■大貫妙子さんからのメッセージ

「原田知世さん、こんばんわ。大貫妙子です。
先日もお会いしたばっかりですけれど、お元気でしょうか。寒いですけど。
今度の新しいアルバムに、最初は新曲を書き下ろして下さいという話だったんですけれど、いろいろ考えて、
新しく曲を書くのもいいんだけれども、わたしが過去にも知世さんのためには何曲も書いているので、
そういうことを考えたら、わたしが今まで書いたアルバムの中でも歌ってもらえそうなのが、知世さんにピッタリなのがあるなあなんてぼんやり思っていて。
で、わたしも自分でとても好きな『色彩都市』というオリジナルが、やっぱり知世ちゃんに歌ってもらいたいなあっていうふうに思って、打ち合わせに参加したところ。
知世さんの方からも、『色彩都市』が歌いたいということで、これは一致したということでこの曲になったんですけれども、ほんとにどうもありがとうございました。
知世さんは、もう何十年も前からなんですけれど、知り合ったときから、もうぜんぜん変わらなくて。今でも、永遠の少女だというふうにわたしは思ってます。
その永遠の少女もご結婚なされて、いつの間に。
それでも、まだまだ少女のままで、お会いしても。
いつまでもそのままでいていただきたいなというふうに思っています。
あ、そうだ、慶一さんも……あ。『そうだ』なんて言っちゃいけない(笑)、慶一さんもいらしゃるんだよね。
慶一さんともね、いろいろなとこでお会いするんですけれどね、
慶一さんも変わらない永遠の少年のままでいて下さい。
大貫妙子でした」
慶一 「ちょっとね、なかなか少年のままはツライですよ(笑)」
知世 「(笑)ありがとうございました。うれしいですね、とても」
慶一 「そんなにピッタリ一致したんですねえ、じゃあ」
知世 「そうなんです。すっごくたくさんある大貫さんの曲の中から、わたしもずっと考えていろんなアルバムを聴いてみて、で。ああ、この曲がいいなあって思って。
で、みなさんにね、今回参加いただくミュージシャンの方々に直接お会いしてお話ししようと思って、ゴローさんと大貫さんにもお会いしに行って。
ゴローさんは初めてでしたか?」
ゴロー 「初めてでしたね」
知世 「とても緊張して……なんか緊張してたんですよね」
ゴロー 「何かわからないんですけど、今もそうなんですけれど、軽く手に汗握る」
慶一 「声が聞こえてくると手に汗握る?(笑)」
ゴロー 「そうなんです、何ででしょうかねえ」
慶一 「実はおれもそうなんだ(笑)」
知世 「そんな(笑)。
それで緊張していて、ちょっと最初に長い時間他の話とかしていて、で、ところでどの曲が?って言って『色彩都市』って言った瞬間に、じゃあ、これでって、あっという間でしたね」
ゴロー 「もう、すぐ決まりましたね」
慶一 「で、そこから今度はアレンジメントに入るんだね」
ゴロー 「そのときね、大貫さんが『どんなふうにアレンジするの?』みたいなことを」
慶一 「いきなり聞かれたの?」
ゴロー 「いきなり。『これはね、サカモトがドラム叩いてるからね』って。サカモトって教授(坂本龍一さん)ですよね、だからね、意外にこの味は出ないというか、そういうことを言われて、いきなりプレッシャーをこう……(笑)」
知世 「アレンジをし直す(というか)、あれがとても完成されているから、あの何とも言えない味わいというか、そうですね、(また別の味を出すの)が難しい曲ではあるけれど。というのは前置きとして(おっしゃってられたわけです)。
で、ゴローさんがもう、どんどん、どんどん固くなっていくのが、横で(わかって)……(笑)」
ゴロー 「いきなりプレッシャーかけられましたからねえ。
だからね、とりあえずドラムやめようかなと思って(笑)。そこだけは決めておこうと思って、うん。弦とか入れてね」
知世 「で、ゴローさんは(アタックする)ことを考えていたので。
わたしは、わりともう、きっとうまくいくってのんびり考えていて、ゴローさんで『色彩都市』──(これは)もう絶対だいじょうぶだと、何かへんな自信というか、きっと大貫さんにも気に入ってもらえる音が出来るんだろうなあと漠然と思ってたので。
ゴローさんはそうなってたけど、(わたしは)横で……」
慶一 「安心してた」
知世 「ええ、安心してましたよ。
それで、ね、ゴローさんが何回も何回も『うう〜ん、ふ〜む』とか言って。
周りは、とってもいいんじゃないですかって言ってたんだけど、最後までやっぱり自分に厳しく、『まだこれは大貫さんに聴かせないでくれ』って、ずっと……(笑)」
ゴロー 「顔が浮かぶんですよね、大貫さんと教授の顔が(笑)」
慶一 「浮かんじゃうんだ(笑)」
知世 「なかなかアレでしたけど、でも最終的にお渡しに行ったん……、あ、ジャケットの中に使うポラロイド写真を大貫さんとは撮ってなかったから、撮りにうかがったときに、CDをね」
ゴロー 「そうですね、渡して。はい」
慶一 「で、その場で聴いたの?」
知世 「それがね、バタバタで。大貫さんが東京駅に行かなきゃいけなくて、それで運転する車に乗って」
ゴロー 「車の中でね」
知世 「で、大貫さんが乗って、ゴローさんとわたしとエドさんと……」
ゴロー 「ぼくは正座して」
慶一 「車の中で正座したの?(笑)」
知世 「(笑)それで、短いね、銀座から東京駅までの間に聴いてもらって」
慶一 「すごいシチュエーションですね」
ゴロー 「そうですね」
慶一 「密室だからね」
ゴロー 「密室ですよ。逃げられないスよ、もう」
慶一 「スゴイな、それは。その話は面白いな。それで、たあ坊《※大貫妙子さん》は?」
ゴロー 「まあ、いいんじゃないの、みたいな」
知世 「気に入って下さって。とても笑顔で帰って行かれて、すごいうれしかったんです」
慶一 「知世ちゃんが最初から安心しきっていたまんま、結論が出たということですね」
知世 「よかったァって思ったんですね。
それではその思い出の曲ですね、『色彩都市』を聴いて下さい」
「色彩都市」流れる
知世 「続いて、大貫妙子さんご本人の曲もご紹介したいと思います。
この曲は、けっこう前にフランスのElsaという方が(歌った)、先ほどかけました『T'EN VA PAS』という曲がありまして。
これを日本語でカバーすることになったときに、わたしが日本語の歌詞をぜひ大貫妙子さんに書いてもらいたいと思って書いていただいたんですが、
それで出来たのが『彼と彼女のソネット』という曲で、
昨年出されました大貫さんのアルバム『Boucles d'oreilles』の中に入っているこの曲を聴いて下さい。
大貫妙子さんで、『彼と彼女のソネット』」
「彼と彼女のソネット」流れる



Music & キセル

慶一 「ええとね、今日はね、大貫さん以外にも知世ちゃんのアルバムに参加されたアーティストの方からメッセージが届いております」
知世 「ありがとうございます」
慶一 「続いてメッセージを寄せてくれたのは、2001年にメジャーデビューした京都出身の兄弟デュオ、キセルですね。キセルのお二人。お兄さんは31歳、弟さんが27歳。──こと細かく年齢まで書いてありますけれど(笑)。
という二人組でございます。キセルのお二人との出会いはどういう感じだったんですか?」
知世 「あ、お二人とは、ゴローさんのライブとかにうかがったときに、いらっしてたりして紹介してもらって、で、アルバムを聴いて、アルバムをすごく気に入ってしまって」
慶一 「ゴローさん経由で知ったということかな」
知世 「そうです、そうです。ゴローさんから始まりかな……です」
慶一 「それでまあ、参加をして下さいと」
知世 「はい、お願いをして『くちなしの丘』という曲を書いてもらいました」
慶一 「この曲には私はびっくりしたね。歌詞と曲が泣けるというか何て言ったらいいか、まあ、とりあえずまずキセルさんのね……。
キセル“さん”ってヘンですね(笑)」
知世 「キセルのお二人(笑)」
慶一 「“キセルのお二人”のメッセージをお聞きいただきましょう」
知世 「はい」
■キセルからのメッセージ

豪文 「ハイ。知世さん、こんばんわ」
友晴 「こんばんわ」
豪文 「キセルです。キセルの辻村豪文(たけふみ)と……」
友晴 「辻村友晴、弟です」
豪文 「どうも。この間、ライブ、行ったんですよね」
友晴 「そうですね」
豪文 「楽曲を提供させていただいたわけなんですけれども、でも、『くちなしの丘』すごい……まあ、何て言うか、気合いを入れて作った作品で。
まあ、ぼくと弟と両方曲は作ったんですけれど、弟の方の曲は蹴落として、ぼくの方が採用されたんですけれど(笑)」
友晴 「たまたま聴いてたんですよ、『くちなしの丘』の。よかったですね」
豪文 「あ、ほんとですか。レコーディングもすごい楽しくてですね、知世さんと写真を撮ったのがもう、ピークやったですね」
友晴 「ピークやった」
豪文 「(笑)。すごい楽しかったんですけれど。まあ、自分的にも、キセルで曲を作るとしたら、たぶんああいう曲は出来てへんかったなっていうのがあって」
友晴 「うん」
豪文 「でも自分的にすごくいい曲が出来たなっていう……。歌詞もそうなんですけど。
というのがあって、知世さんが歌うから、というのに引っ張られて作れた部分とかもすごいあってですね、逆に、ありがとうございました、っていうところもあるんですけれど。
というわけで、あのー、ま、アルバム、おめでとうございます。ということで、キセルでした」
友晴 「はい」
豪文 「では、また」
友晴 「また」
豪文 「さよなら」
知世 「どうもありがとうございました」
慶一 「キセルのお二人でした」
知世 「いいですね。お二人、何かいつもあの雰囲気がいいんですよね」
慶一 「何か聞いてるだけでユラユラ揺れてる気がする」
知世 「そうなんですね。お互いをすごく、何とも言えない距離感のご兄弟ですね。フワンとしているというか、いい空気がいつも流れてて」
慶一 「じゃあその『くちなしの丘』を行きましょうか」
知世 「そうですね、はい。とてもとても、わたしも名曲をいただいたなという気が……。
ずっとこれ長く大事に歌っていきたい曲です。聴いて下さい、『くちなしの丘』」
「くちなしの丘」流れる
知世 「では、ここで続けてですね、キセルのお二人の曲を、ね、お届けしたいと思いますが、今月《※2008年1月》の23日に発表されたばかりのアルバム『magic hour』より、キセルで『ビューティフルデイ』」
「ビューティフルデイ」流れる



Music & 高橋幸宏

慶一 「えー、さらにもうひとりですね、アルバムに参加していただいた方からメッセージをいただいておりませけれども。
えー、まあ、サディスティック・ミカ・バンドやYMOのreunion《※再結成》などでも活躍。現在、HASYMO(ハシモ)ですね、グループとしてね。高橋幸宏さんですね。《※慶一さんは、幸宏さんとビートニクスというユニットでタッグを組んでいたりする。》
ハイ。今回はユキヒロは?」
知世 「はい。洋楽カバーの選曲をお願いしていて、数曲選んで下さったんですけれど、その中からわたしたちがバート・バカラック[Burt Bacharach]の『Are You There?』を選ばせていただきまして、で、アレンジとか」
ゴロー 「そうですね、これ、マリ・ウィルソン[Mari Wilson]というアーティストがカバーしているヴァージョンがあって《※1》
その雰囲気を(元に)いいんじゃないかっていうね」
慶一 「コンパクト・オーガニゼイション《※2》
ゴロー 「そうですね、はい」
《※1=アルバム『Just What I Always Wanted/1983年』収録。このアルバムはCD化されているが、現在廃盤。
が、彼女のコンピレーション・アルバム『The Platinum Collection/2007年』(ファースト・アルバム『Showpeople』のリマスタリングにヒット曲を追加収録したもの)に収録されている。
ちなみに、You Tubeサイトで、同曲を歌っている彼女の動画が見られる[http://www.youtube.com/watch?v=qWqZaqXYgqY&feature=related]。》、
《※2=The Compact Organizationは、Mari Wilsonがアルバムをリリースしたイギリスのレーベル。
当時、幸宏さんやムーンライダーズが注目していたといい、同レーベルのプロデューサー、トニー・マンスフィールド[Tony Mansfiled](アルバム『Just What I Always Wanted』も彼のプロデュースによるもの)は、幸宏さんのアルバムに参加していたりする。》
慶一 「では、高橋幸宏さんからのメッセージをお聞きいただきましょう」
■高橋幸宏さんからのメッセージ

「えー。知世ちゃん、明けましておめでとうございます。
なんつって、とっくに明けてますが。
高橋幸宏です。
元気かな? 今年になってまだお会いしておりませんけれども、きっとツアーで今頃忙しい毎日だと思っております。
今度の追加公演あたりでは、一緒におたつだいが……お“た”つだいじゃなくてお手伝いが出来るといいなあと思ってるんですけれど。
あんまり難しいことは頼まないでね、ボクに。
えーと、とりあえず去年は一緒に仕事が出来て、とても楽しかったです。
今年も何か出来るといいですね。
なんつって、一緒にやるつもりでいるのに、詳しいことはまたそのうち、一緒に口説きに行きます。
そういうことで、今年もヨロシク。
高橋幸宏でした」
知世 「どうもありがとうございました。幸宏さんからいただきました。
今回わたしは実は、幸宏さんとはプライベートでここ数年お会いする機会はあったんですけれども、お仕事するのは……」
慶一 「音楽作るのは初めて」
知世 「ええ、初めてで。
それで昔、わたしが17歳のときに『天国にいちばん近い島』という映画があって、その亡くなったお父さんが幸宏さんだったんですね。
その時以来なんですね」
慶一 「スゴイ昔だな、それは(笑)」
知世 「それで今回、お願いをして、で、ゴローさんも初めてで」
ゴロー 「そうですね。はい、初めて」
慶一 「この曲は、ユキヒロがほとんどアレンジメントを……」
ゴロー 「そうですね、すべておまかせして、オケというかトラックを作っていただいて」
知世 「ね。けっこう細かいところ、歌入れのときも来ていただいて。
やったんですけれど、ではその幸宏さんに選曲・アレンジをしていただきましたこの曲を聴いて下さい。アルバム『Music & Me』より、『Are You There?』」
「Are You There?」流れる
知世 「『Music & Me』より、『Are You There?』を聴いていただきました。
それではここでですね、続けて高橋幸宏さんのご本人の曲もお届けしたいと思います。
2006年に発表されたアルバム『Blue Moon Blue』より、高橋幸宏さんで『Something New』」
「Something New」流れる



Music & 鈴木慶一

慶一 「えー、そろそろ終盤にさしかかってきましたけれども、『Sound Museum』、原田知世さんのニューアルバム『Music & Me』をご紹介していますが、様々なアーティストの方が参加して完成したというこのアルバムですが、鈴木慶一さんも参加している……ようで」
知世 「はい! そうです(笑)」
慶一 「コメントをいただいているようで。
明けましておめでとうございます……」
知世
ゴロー
「(爆)」
慶一 「……こんなくだらないことをやってる場合じゃない」
知世 「なんつって(笑)」
慶一 「えーと、私もうれしいんですけれども、参加させていただきまして、それで打ち合わせもしましたよね」
ゴロー 「しましたね、ええ」
慶一 「あのね、すごい難しかったンですよ、でも。
古い付き合いでしょ。で、いろんな音楽を作って、カバーを作ったり、あとトーレ・ヨハンソンと会ったり、ということがあって今に至っているわけで、何を歌ってもらおうかなというときに非常にね、かなり考え込んだン。
それで何かね、フッと思いついたのが、途中で拍子が変わるといいかなとか。
それは、ゴローさんのCDとか聴いても三拍子もあったりするじゃない。で、三拍子歌ってもらいたいなあ、ワルツ歌ってもらいたいなあ、っていうのがあって、作ったんですよ。
で、もうひとつは、“菩提樹の木”という……いや、間違えちゃイケナイですね(笑)」
知世 「この間わたしも『くちなしの花』って紹介しちゃって(笑)」
ゴロー 「この2曲間違えやすいですね(笑)」
知世 「ぜんぜん違うから、って(笑)」
慶一 「(笑)『菩提樹の家』というタイトルなんですが、んー、何か菩提樹という木がキになってしょうがない。何と言うのかな、生と死の間にあるような木のイメージがあったりして。
ちょうどたまたま、読んでたもので、トリュフォー、映画監督のトリュフォーの言葉で、『生きる人は……、生者はか、生きる人は死者とともに生きていく』という言葉があって、何かそんな副題をつけて、『菩提樹の家』というのを作ってみたんですけどね。
で、そしたら歌詞も頼まれたんで、詞と曲を作らなくちゃいけない。ま、ひとりで全部やるわけで、アレンジメントもね。だからすごく“鈴木慶一”色の強い、濃密感の高い、密度の高いものになっちゃった気がするんですけど」
知世 「わたしも何かあの曲を歌うときに、『こう歌おう』とか『ああ歌おう』とかまったく考えなくてよくて、すぐ、いちばん歌入れ速かった曲なんです、ウン」
慶一 「そうだね。アッという間に終わったね。暗くなる前に終わっちゃって(笑)」
知世 「速かったですよね」
慶一 「そういうことでございまして、その曲を」
知世 「ハイ。聴いて下さい。『Music & Me』より、鈴木慶一さんに作っていただいたこの曲です。『菩提樹の家』」
「菩提樹の家」流れる
慶一 「ハイ。『菩提樹の家』──菩提樹の“木”じゃないですね、『菩提樹の家』です。私が作りました」


Music & You & Me

慶一 「そしてアルバム『Music & Me』より、最後にもう1曲、聴いていただきましょうかね。
原田知世さん作詞、伊藤ゴローさん作曲の『君と僕』という曲ですけども、これはどういう感じでコラボレーションがなされたんでしょうかね?」
知世 「まずゴローさんが曲を、メロディーを書かれて、それを聴いて詞をわたしが書きました」
ゴロー 「いちばん最初に出来たのが(この)曲かな? そうだよね」
知世 「そうです、いちばん最初に出来た曲です」
慶一 「いちばん最初に出来た曲って何かね、そのアルバム全体を決める場合もあるし、ボツになる場合もあるという、2種類が」
ゴロー 「ありますね(笑)。う〜ん」
知世 「結構、悩みながらも」
ゴロー 「そうですね、最初はギターと歌だけみたいな感じで、やってたっていうか」
慶一 「ライブとか出たりCDとか聴いたりすると、二人だけでも成り立ってしまうような気もするんだよね」
ゴロー 「ああ」
慶一 「ギターとヴォーカルでね。
で、そうじゃないところをどうしても、たしたくなるんだけど、その“たし具合”が絶妙な感じ、うん」
ゴロー 「でも、ライブってそうですよね。見てる方は、二人でもいいなあって思いますよね。でもやる……とね、結構キツいですよね(笑)」
知世 「そうですね、緊張感もあって」
ゴロー 「イロイロなことがあるんですけどね」
慶一 「でもそれで、このアルバムですけど、最終的に(私も)参加しているんだが、聴かせてもらってすごく感じたのは、いろんな人が参加していて、いろんな録音のし方をしていて、それが違うサウンドのはずなんだが、1枚のアルバムで非常にコントロールされていて統一感があるというのが、
やはりこれはゴローさんと、プロデューサー原田知世さんの為せるワザなんじゃないでしょうかねえ。
原田知世さんという方は、実はプロデューサーというところに落ち着くんじゃないでしょうか」
知世 「(笑)ホメていただきましてありがとうございます。最後まで、ありがとうございました、アハハ。
ハイ。それでは、ここで『君と僕』を聴いていただきましょう。
じゃあ、ここで、今日はほんとにゴローさん、どうもありがとうございました」
ゴロー 「どうもどうも」
知世 「ライブもありますし、どうぞ今年もよろしくお願いします」
ゴロー 「よろしくお願いします」
「君と僕」流れる







知世 「ハイ。というわけでですね、先ほど、ゴローさんに『ありがとうございました』なんて言ったんですけども、もう少しね、せっかくだから一緒にいてくれたら……」
ゴロー 「いいですか?」
知世 「いいですか? あ、ヨカッタ! すいません。
というわけで、鈴木慶一さんとともに、わたくし原田知世がお送りしてきました『Sound Museum』、そろそろお別れの時間となりましたね」
慶一 「2時間40分、アッという間のような気もしますが」
知世 「そうですね、慶一さんとも久しぶり、たくさんこんなにお話し……ゆっくりお話しする時間がなかったので、とてもとても楽しかったです」
慶一 「私も楽しかったです」
知世 「ありがとうございました」
慶一 「とんでもないです。ゴローさんも」
知世 「ええ、ゴローさんもね、慶一さんとゆっくり話す時間ってなかったから」
慶一 「声、ちっちゃいし(笑)」
知世 「ウフフ!」
ゴロー 「さっき、そこの、フクチョウ(副調整室)っていうんですか、で、聞いてたらすごい楽しいですよ。マニアックな話もしてて」
慶一 「結構こまかい話もしてたからね(笑)」
知世 「時間を忘れて話しちゃいまして……、楽しかったですね」
慶一 「ハイ。ということで非常に楽しかったんですが」
知世 「これからのご予定とか……」
慶一 「あ、そうだね。ゴローさんは?」
ゴロー 「ぼくはですね、今年はnaomi & goro をリリースします。まだ日にちはわからないんですけれど5月くらいかな。アルバムがあって……」
知世 「ツアーとかもありますしね」
ゴロー 「ツアーもありますしね。今回、あの、教授にピアノを弾いてもらった……、坂本龍一さんにピアノを弾いていただいたアルバムがあるので」
知世 「それは楽しみです。みなさんもゼヒゼヒ楽しみにして(下さい)。そして、慶一さんは?」
慶一 「私はね、なんと16年ぶりというか、17年ぶりのソロ・アルバムが出ます、来月ね」
知世 「タイトルは?」
慶一 「『ヘイト船長とラブ航海士』」
一同 「(笑)」
知世 「もう1回お願いします」
慶一 「『ヘイト船長とラブ航海士』。“憎しみ”船長と、“愛情”航海士」
知世 「わぁー、おもしろぉーーい」
慶一 「というね、アルバムが出たり。まあ、ムーンライダーズの方も今年はね、何か作品を出そうと思っております」
知世 「ああ、そうですか、じゃあすごく(忙しいですね)」
慶一 「『ヘイト船長とラブ航海士』で、ツアーもあります」
知世 「はい、これは3月に……」
慶一 「3月から4月にかけて」
知世 「そうですね、14日ぐらいからでしたよね、あ、15日から(ですね)《※3/15(土)より。詳しくは[http://smash-jpn.com/band/2008/03_suzuki_keiichi/index.php]
慶一 「このバンド形態をどうしようかと非常に今悩んでいるところです」
知世 「なるほど、なるほど。あ、それで、3月1日は、わたし、追加公演が恵比寿(ガーデン)で決まりまして、慶一さんにもご協力をお願いしていて、それもすごく楽しみです。
わたしも、まあ、ライブこれから始まりますけど、今年も“Music & Me”な年に出来れば、音楽を出来るだけたくさん(な年にしたいと思っております)」
慶一 「知世ちゃん、音楽をやりだすとね、私と会う機会が増えるという、これまた楽しみなことでございますが」
知世 「そうですね、慶一さんともちょっとイロイロありますからね、また次の作品を楽しみにしたいと思います。
では、次回の『Sound Museum』は2月24日、日曜日にお送りします。
それでは最後にお聴きしていただくのは」
慶一 「えーとね、細野晴臣さんのトリビュート・アルバムVolume2《※『細野晴臣STRANGE SONG BOOK 〜Tribute to Haruomi Hosono 2〜』》が出たということなんですけれども、それに私がよばれまして。
Volume1、何でよんでくれなかったんだということもあるんですが、2でよばれりゃいいやということでございまして(笑)。
2で、しかも『東京シャイネス・ボーイ』《※アルバム『泰安洋行/1976年』所収》という曲があります。それをカバーしてるんですけれど。
それが、なんと 細野さんが“シャイネス・ボーイ”というのが私のことなんですって」
ゴロー 「そうなんですか、ふーん」
慶一 「それで私が『火の玉ボーイ』《※『火の玉ボーイ/1975年』所収。当時はちみつぱいを解散した慶一さんがソロとして臨んだ作品で、“鈴木慶一とムーンライダーズ”として作られた。いわばムーンライダーズのファースト・アルバム。》という曲を作ったんですよ。スタジオで作業している細野さんをイメージしてね。
という2曲を一緒にしちゃった。一緒にするときに、原田知世さんにお世話になって」
知世 「お声をかけていただきまして」
慶一 「その一緒にするところの部分を知世ちゃんに歌ってもらってるんですね」
知世 「はい。なので、慶一さんとわたしのいちばん新しいお仕事……」
慶一 「そうですね」
知世 「音作りでした。では、この曲を……」
慶一 「で、お別れということかな」
知世 「そうですね、はい。ほんとに慶一さん、ゴローさん、ありがとうございました。とっても楽しかったです」
「東京シャイネス・ボーイ」流れる
(了)