473. 2006.4.18 『大鏡』 岩波文庫
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『大鏡』の成立は、平安時代後期、作者は、歴史や仏教に関する深い知識があり、豊かな教養と高い批判精神を持った男性ではないかと推定されている。 構成は、中国の『史記』に倣った紀伝体。語り手のいる場所と語り手の紹介をする「序」、第五十五代文徳天皇から第六十八代後一条天皇までの天皇の履歴を語る「帝紀」、藤原冬嗣から道長にいたる20人の大臣の伝記や逸話を語る「列伝」、藤原鎌足からはじまる藤原氏の繁栄について語る「藤氏物語」、和歌や技芸、神仏に関する話が語られる説話的な「昔物語」から成っている。 内容の語り手は、190歳という高齢の大宅世継が中心となっており、彼は「公の歴史を語る者」として昔語りをし、180歳の夏山繁樹が、その話に合いの手を入れたり批評を加えたりしている。 夏山繁樹は、藤原道長の限りない繁栄を象徴する名前で、その名の通り、『大鏡』は、藤原道長を頂点とした藤原氏繁栄の軌跡を語ることを主題としている。 『史記』でもそうだが、帝のことを記した「帝紀」よりも、大臣たちの権力争いについて生々しく記された「列伝」の方が、おもしろい。 100年以上にも及ぶ長い歴史の流れの中で20名もの人物たちを語るのだから、さらりと語り流されてしまっている人物が多い中で、唯一藤原氏ではない菅原道真に関する語りの部分は、なかなかに興味深い。 菅原道真びいきで道真に対して同情的な大宅世継の語り方は、当時の知識階級の一般的な考え方だったのだろうか。 「帝紀」の花山院をたばかって出家させる藤原道隆、伊周親子に関する記述でもそうだが、藤原氏の繁栄を語りながら、それでも藤原氏の横暴に対しては、確固とした批判を下しているところが、『大鏡』の大きな特徴といえるだろう。 藤原兼家の三人兄弟である道隆、道兼、道長、中でも特に道隆と道長の権力争いは、これでも血の繋がった兄弟かと驚くほどのすさまじさで、権力に執着する人間の業がまざまざと見えて空恐ろしいほどである。 道長の発案による肝試しや、伊周と道長の弓比べなど、道長の性格の豪胆さは、いかにも大人物らしく、その豪胆さを「人間の意欲」「倫理観」「心意地の強さ」として、作者は讃美している。 なぜなら、この豪胆さと理知的な面を持った道長に、作者は人間の理想的な姿を見ているからである。しかし、そうやって権力をものにしていく意志力はすごいものであっても、その横暴な振りにはやはり批判的にならざるをえない。 また、その道長がいて、だから藤原氏の繁栄は今こそが頂点である、(つまり、あとはもう下り坂となるしかないのだ)ということを、言外に秘めているところに、この『大鏡』の冷徹な批評精神が見えてくる。 |