820.     2007.3.31     『遠い声 遠い部屋』  トルーマン・カポーティ  新潮文庫

 1948年に出版された『遠い声 遠い部屋』は、行き詰まった自然主義、ないしは写実主義に沈滞気味のアメリカ文壇に、救世主の到来ように迎えられた作品である。

 母がなくなり叔母に育てられていたジョエルは、父からの手紙を持ってアメリカ南部の小さな町へとたどり着く。 まだ見ぬ父が住むというランディングの館は荒れ果て、外界との連絡は絶たれている。    館は、少年がこれまで住んでいた世界とはまったく異なる世界を作り上げている。 気味の悪い物音、暗い階段、体が歪んで映る鏡、聞こえてくる足音、どこからか転がってくる赤いテニスボール…。 少年の目には、何もかもが異様に見える。館も、館に住む住人たちも。 彼らは、「いつになったらパパに会えるの?」という少年の問いにも、なかなか答えてくれない。そして、彼らの間には意味ありげなひそひそ話がかわされる。

 ランディングは、時が止まってしまった館である。 その館の主であるランドルフは、自分を捨てて出て行ってしまった恋人にあてて、世界中の郵便局に向けて、局留めの手紙を書き続けている。青カケスの羽根を並べて厚紙に貼り付け鳥を作るが、その鳥はとぶことができない。 エイミイは、華やかだった南部全盛時代の思い出だけに生きている。 そして、ジョエルの父サンソムは、すべての時を止められて、ベッドの上に釘付けにされている。                                         ランディングは、実際の館でもあり、ジョエルの心象風景でもある。 少年という少しいびつなレンズに映された大人の世界。 それがランディングである。 ジョエルは、ランディングの館に閉じ込められているのと同時に、出口のない心の密室に閉じ込められてしまっているのだ。

 なんとかしてそこから逃げ出そうと、ジョエルはアイダベルとともに脱出を図る。しかし、巡回ショウを見学していて雷雨に打たれ、高熱にうなされる。 そして、高熱からさめたジョエルは、もう、少年ではなくなっている。                                                      少年の目がとらえていた歪んだ大人の世界は、魔法の世界だった。しかし、少年でなくなったジョエルにとっては、ランディングはもう魔法の世界ではない。少年の目がとらえた‘恐怖の館’ではなくなっている。                                                            しかし、ものがはっきりと見えるということは、かならずしもいいことだとはいえない。 少年の目では見えなかった新たな恐怖が、彼の目に映るようになってくる。 それは、大人の世界の冷酷さ、か。

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