奥穂高岳 2004年10月10日(日)〜12日(火)

データ 【おくほだかだけ】標高:3,190m(本邦第位!)
標高差(上高地から):約1,600m 歩行距離:往復約38km
アプローチ 長野自動車道松本ICから沢渡駐車場まで約40分、沢渡駐車場から上高地バスターミナルまで約30分(タクシーで4,000円〜⇒交渉次第。)
コース 【1日目】上高地〔標高1,504m〕(6:45)→明神→徳沢(8:30)→横尾(9:45)→本谷橋(11:00)→涸沢〔標高2,300m〕(13:30)

【2日目】涸沢(8:00)→涸沢パノラマコース→パノラマ分岐→ザイテングラート取付→穂高岳山荘(11:00)→奥穂高岳(12:45)→穂高岳山荘→ザイテングラート取付→パノラマ分岐涸沢小屋経由→涸沢(16:00)

【3日目】涸沢(7:15)→本谷橋(8:30)→横尾(9:30)→徳沢→明神→上高地(12:10)
天候 【1日目】 【2日目】 【3日目】

【1日目】

●長かった道のり
 2004年の8月から計画していた、2泊3日テント泊での穂高(北穂高〜涸沢岳〜奥穂高)縦走。しかし、なかなか3日間の晴天に恵まれず、常に直前キャンセルとなってきた。9月末には天気予報に踊らされ、10月頭には自分自身が風邪を引いてしまった(1週間も37℃の微熱が続き、登山どころではなかった。)。10月の3連休に向け、体調も回復して準備万端!と気合を入れた矢先に台風発生のニュースが飛び込んできた。「これはもう今年は穂高はやめろということかねぇ。」そして、直前まで天気予報とにらめっこをした結果、台風が予想より早く通過するとのこと。台風一過の晴天を狙い、この3連休(+有休)に奥穂挑戦を決行した。

 台風22号が通過した直後、10日の午前0時過ぎに自宅を出発。事前にインターネットで調べた結果、東富士五湖道路は大雨により通行止めとのこと。自分たちが到着する頃には通行止めが解除になっているかもしれないという淡い期待を抱きながら御殿場に向かったが、結局通行止めのまま。仕方なく一般道で中央道河口湖インターへ向かう。しかし!久々の本格的に曲がりくねった山道で、しかも夕飯のハッシュドビーフを少々食べすぎていたため、まんまと車酔いになってしまう。吐き気と戦い、遠心力に逆らいながら、何とか山道を抜け、中央道にたどり着いた。

●上高地へ
 4:30に沢渡第一駐車場に到着。まだ雨が本降りだった。車内で仮眠を取ってから目覚めると、雨はもう止んでいた。5:45に駐車場を出発。バス停には既に行列ができていたため、タクシーを捜す。すると、バス停の係員のおじさんに、昨晩の雨による通行止めの解除待ちと、釜トンネルの信号(現在工事中で、8分待ちの片側通行)待ちの間、メーターを止めてくれるという親切な運転手さんを紹介してもらう。
 6:45に上高地を出発。3連休に、台風一過の晴天を狙う登山客が行列を作って涸沢へ向かう。梓川沿いの平坦な道を、大きなザックを背負った登山客が足早に通り過ぎていく。しかしこちらはザックの重さに耐えかねて、普段よりペースダウン。このとき、他の登山客とのレベルの違いを痛感した。やはり穂高は初心者には早すぎた。これも勉強と思い、周りの歩き方をよく観察しながら、マイペースで進んでいく。 
人の少ないうちに写真撮影

●徳沢園

徳沢園の紅葉
 明神を過ぎると、梓川沿いの道が続く。梓川は、台風による雨の影響で、清流ではなく激流になっていた。それでも水は茶色くにごらず、きれいだった。

 徳沢園に到着。ここで、新田次郎の小説『栄光の岩壁』の主人公、竹井岳彦の冬篭り生活を思い出す。ここまで凍傷で足先を失った「足でない足」で登ってくるのは大変だと思った。徳沢園前のベンチで小休止し、朝食を取る。

●横尾大橋

少し雲が出てきた。
 横尾では、数多くの登山客が休憩中だった。皆重いザックを下ろし、写真撮影に勤しんだり、木陰で一服したりしていた。

 横尾大橋をわたり、熊笹の生い茂った道を進んでいくと、目の前が開けて屏風岩を発見。新田次郎の岩壁登攀の世界に思いをはせる。ここら辺から本格的な紅葉が始まっていた。しかし、曇り空でイマイチ紅葉が映えない。

つり橋から見下ろす激流

●本谷橋

 本谷橋に着くと、対岸に人の群れが!団体客が休憩中のようだった。こんなに沢山山荘に泊まれるのかと疑問に思う。しかし、すぐにタクシーの運転手さんから聞いた話を思い出す。先週末にはなんと300人ほどの登山客が宿泊したのだとか。畳一畳に3人くらいの雑魚寝状態を想像し、少し気分が悪くなった。

 自分たちも休憩し、団体の後ろから登っていく。ここからが本当の「登山」だった。過去最高の重量を誇る荷物を背負い、肩が悲鳴を上げていた。


団体客発見!


見事な紅葉
 団体客に道を譲ってもらい、自分たちのペースで登っていく。ここまで来ると、紅葉が見ごろを迎えていた。麓では黄色が主体だったが、ここら辺では燃えるように真っ赤に色づいていた。

 登山客は皆カメラを構えて思い思いに写真を撮っていた。そのため、登山道はやや渋滞気味になっていた。しかし、こんな見事な紅葉を目の前にして写真を撮らないわけにはいかないので、先を急ぐ人のために少し道を明けるようにして写真を撮りまくった。

美しい対比

●ヒュッテ直下にて

 涸沢ヒュッテ直下の石畳の登りでは、スポーツジムの階段運動で鍛えた買いあって、健脚者のペースで快調に登ることができた。さっきまで私を追い抜いていった人々を、今度は私が追い越していった。母を置いて、一足先にテント場確保に向かう。

 13:30に涸沢に到着。それと同時に雨が降り出す。風でテントを飛ばされた登山客、一名。

ヒュッテの吹流し

●早めに就寝

我が家のテント
 テント設営後、着替えて涸沢ヒュッテへ。名物のおでんを食べる(うっかり写真を撮ることを忘れてしまった。・・・残念!)。よく味がしみこんでいて、アツアツで美味しかった。

 その後、テントに戻って明日用のアタックザックをパッキングして、夕食第二弾の準備。メニューはピラフ/五目御飯、ホットレモン、(お昼の残りの)サンドイッチ、それとカプチーノ。夕食準備中に、順天堂大学大学院とフェニックス社共同のアンケートに答えてカラビナをもらう。

 17:30に早々と就寝。しかし、隣の関西人ファミリーと向かいの30代(と思われる)カップルのテントがうるさくてしばしば安眠を妨害される。これもテント泊の醍醐味か。。。

2日目