土星の環は安定?
 土星探査機カッシーニから送られてきた土星の環の構造には驚かされます。同心円状の構造は土星をフライバイしたボイジャーからの画像で以前から判っていましたが、今回の写真には、考えられないような構造が写っています。
特にエンケ空隙の内側の波打った構造やらせん構造(写真1)、F環の刷毛で掃いたような構造(写真2)は、現在の天体力学では再現できそうにありません。なぜ再現できないのか、また今後も安定なのかを考えてみることにします。
写真1(左)と写真2(右) NASAの画像より

2体問題

 母星Aとその周囲を公転する天体Bについて考えてみます。AはBに、BはAに重力を及ぼし互いに引き合います。他に天体が無いときAとBは互いの共通重心の周囲を楕円軌道を描いて公転します。そしてその関係は永遠に続きます。このように天体が2個しかない場合を2体問題といい、天体の動きは最初の位置と速度を知ることができれば、永遠の未来までその位置と速度を知ることができます。また過去に遡ることもできます。
 過去と未来の位置と速度を計算することを位置推算といい、2体問題は解析的に解くことができます。
 図は共通重心の周囲を公転する2天体を示しています。

多体問題

 次に母星Aに2個の衛星BとCがある場合を考えます。AはB、Cに、BはA、Cに、CはA、Bに重力を及ぼします。するとこれを解析的に解くことは特殊な場合をのぞいてはできなくなってしまうことが証明されています。3つの星の未来の位置や速度がどうなるかは計算できないのです。3つの天体ですら解けないのですからもっと多くの天体がある場合はどうしようもありません。これが多体問題(n体問題)です。
 図は3個の天体の動きを示しています。
 特殊な場合だけというのは、ラグランジュポイントとよばれる位置関係にA、B、Cがある場合だけで、現実的ではありません。(小惑星のトロヤ群など例外的に存在するものはあります)
 太陽系には多くの惑星があります、また惑星も多くの衛星を持っていて互いに引き合っているので、これらの軌道が将来どうなるかは全く予想できません。とは言っても地球は過去46億年ほぼ同じような軌道を公転していることがわかっているので、惑星の位置が全くバラバラになってしまうわけではなさそうですし、惑星の位置推算も可能です。どのようにして計算しているのでしょうか。

摂動

 実際の太陽系では、質量の99.9%が太陽に集中していて、惑星の質量は無視できるくらい小さいのです。地球の軌道に他の惑星はほとんど影響を与えないとすれば、太陽−地球の2体問題だと考えることができます。ケプラーの法則は太陽に対して他の惑星の質量がゼロのとき成立しています。
 太陽の次に大きいのは木星ですが太陽質量の1000分の1以下です。そこで2体問題として解いた地球の未来位置に木星が少しだけ引力を及ぼしたと考えて修正を加えます。この修正を摂動といいます。修正した未来位置にさらに摂動を加えてもっと未来を予想します。
 図は主星Aの周囲を公転するCが、Bの引力によって軌道が変化することを示してしています。
 現在ではコンピュータを用いて多くの惑星の引力を考慮して次々と摂動計算をおこない惑星の位置推算をしているのです。最新のスーパーコンピュータでは何万もの天体の位置を数値積分法を用いて相当期間追うことができ、銀河の星の運動や構造を理解することもできるようになってきました。それでも上にも述べたように解析的に解くことはできないので、どんなに精度を上げたところで所詮は近似計算に過ぎず、現在から遠くなるほど計算精度は悪くなってしまいます。
 2003年の火星最接近が5万7千年ぶりというのもおおよその傾向として示されているだけで誤差は数千年くらいはあるかもしれません。ましてや数億年といった長期にわたる摂動計算は不可能なのです。

土星の環

 本題の土星の環について考えてみます。土星の環は無数の氷を主成分とした微小天体(粒子)の集合です。(探査機カッシーニの観測では周辺ほど大きな天体が分布しているようです) 天体間に働く力には重力と電磁気力が考えられますが、電気的には中性だと考えられるので電磁気力は無視できます。すると環の粒子に働くのは土星と衛星、粒子間の重力しかありません。
 土星の輪を地球から見ると写真のように3つに分かれています。実際にボイジャーが接近して撮影した写真には昔のLPレコードのような同心円状のたくさんの輪が見られますが、輪全体の構造は外側からa環、b環、c環とよばれています。
 そしてa環とb環の境界(写真のY)に環を構成する物質のない部分があるのがわかります。ここを発見者の名前をとってカッシーニの空隙とよびます。この空隙は環のすぐ外を公転する衛星ミマスの公転周期の2分の1、エンケラダスの3分の1 テティスの4分の1の公転周期にあたります。さらにb環とc環の境界(マクッスウェルの空隙:写真のX)はミマスの公転周期の3分の1にあたります。このことは環の構造が衛星の重力に大きく影響されていることの証明になります。
 最初の写真にあるエンケの空隙はA環の中にある大きな空隙です。(写真のZ)
 詳細については土星の環は誰が見つけたのか?をご覧ください。

粒子の運動

 ここで土星の周囲を公転する衛星Aと、環を構成する粒子B(円軌道を描いている)の動きを考えてみましょう。粒子の質量は非常に小さく無視できると考えます。
 粒子Bのほうが内側にあるので公転周期が短く速く動いています。粒子が後ろから衛星を追い抜こうとするとき、衛星の引力により加速されます。しかし追い越した後は減速されます。何度も繰り返すうち加減速によって軌道は円軌道を外れしまいます。その後の粒子の軌道は4つに分かれます。
1.土星に落下する
2.衛星に落下(衝突)する
3.土星軌道からはじき飛ばされ永遠に戻ってこない
4.共鳴軌道に移動する
1〜3では環は形成されませんから、環があることはそれぞれの粒子が衛星と共鳴する軌道にあるということになります。
 本来なら衛星と衝突すると両者は結合して大きく成長するはずですが、ロッシュ限界内にあるため衛星は成長することができません。ロッシュ限界とは、衛星の表面での重力が衛星中心へ向かうより土星へ向かう力の法が大きくなる領域ですから、衛星が衛星でいられるのは重力ではなく巨大な岩塊自体の結合力のみなのです。
共鳴軌道が公転周期の簡単な整数比になることを尽数関係といいます。
 詳細については尽数関係をご覧ください。

 ところが、衛星がたくさんある土星では、どのような軌道が共鳴軌道なのか計算することができないのです。現実の環をみれば濃い部分と薄い部分が交互になっています。またその間隔にも一定の法則があるようです。見方を変えればこれは複数の衛星から粒子に働く重力が干渉しあった模様だと考えることができます。重力の干渉によって重力ポテンシャルの高いところと低いところが波状に交互にあらわれ、粒子が存在を許される場所(低ポテンシャル部分)に吹き溜まったということだと考えられます。
 図は縦軸に重力ポテンシャル、横軸に土星からの距離をとった概念図です。最初の図は衛星の無い状態、ポテンシャルは土星からの距離の2乗に反比例します。ところが衛星(S)が1個あると共鳴によって凸凹ができます。波の凹部に粒子が溜まり、凸部にある粒子は凹部に追いやられます。大きな空隙(G)は干渉の大きな山で、小さな衛星ははみ出した粒子を凹部に戻す役割を担っていると考えられます。
 さらに衛星が増えるとこの干渉模様の波は小刻みになり、環の同心円状構造が形成されると考えられます。
 ポテンシャルの凹みをポテンシャル井戸といいます。井戸の位置は衛星の位置によって動的に変化するので粒子軌道も遷移するはずです。1個の粒子の運動だけを見れば、内側の円軌道(離心率小)から楕円軌道(離心率大)へ移り、さらに外側の円軌道へ遷移するはずです。そして逆パターンで元の内側の円軌道へもどるような周期的運動をしているので、遷移軌道に移ろうとしている状態がらせん模様として見えるのでしょう。

 太陽系全体を見ても、小惑星帯にあるカークウッドの空隙のような木星の重力による共鳴軌道がたくさんあります。小惑星帯を太陽の環と考え、小惑星が今よりずっと多ければ木星による小惑星帯の縞模様が出現していたことでしょう。

環は安定か?

 探査機カッシーニからのデータにもあるとおりで、環の構成物質は氷を主成分とした微小天体で、その存在範囲(環の厚さ)はわずか数百メートルしかないようです。当然微小天体同士の衝突が起こり長年月(数億年程度)の間には環は消えてしまうはずです。  現在の環は比較的新しい時代にできたもので、粒子の数が多く環も大きいとすれば、木星や天王星、海王星にも過去には大きな環があったが消えてしまい、現在は消えかけた小さな環になってしまっていると考えることができます。
 あるいは土星には常に他所から氷の天体が供給されていると考えることも可能ですが、土星だけにそのようなメカニズムがあるとは考えられないため、やはり土星の環は新しいと考えた方が合理的です。
 可能性としては木星では太陽に近すぎて氷が供給されない、天王星や海王星は土星に比べて小さく供給源の彗星やEKBO(エッジワースカイパーベルト天体)を捕獲できないということもありますが、あまり説得力があるとも思えません。

 なおボイジャーが撮った連続写真のなかに、スポークとよばれる構造がありました。今回のカッシーニの写真は、あまりに接近しすぎているためかスポークは写っていません。興味のある構造なので 今後新しい知見がカッシーニからもたらされることを期待しています。そのときはこの項目を書き直す必要があるかもしれません。

関連サイト

土星探査機カッシーニ

NASA 土星探査機カッシーニからの写真集

2004.7.5
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