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1910年3月3日

 去る一月下旬、突然現われたる大彗星は欧米諸国でも非常な評判で、専門家は競って研究をしていたが、ついに一学者は破天荒にも、当時仏国巴里に非常な損害を与えた大洪水は、畢竟此大彗星の影響であるといいだした。学者の名前をアンリーデランドルといい、かつてムウトン天文台長を勤めた人である。氏の説によると彗星は地球から遠距離にあるけれども、その尾の長さは七千五百マイルから一億五千万マイルもあるから、これが地球を取り巻く雰囲気に触れることがあるのは当然である。そして、彗星の尾は太陽の陰極線の作用でエッキス光線を作る源となり、そのエッキス光線は水蒸気を凝結さす性質のものであるから、彗星の尾が地球の雰囲気に触れ大気を擾乱すると、エッキス光線の作用で水蒸気が凝結し為に大雨を降らすようなことになる。すなわち巴里の大洪水もちょうど大彗星の現われた時であるから、これと結びつけて考えても決して不合理なことではない。むしろ有り得べきことであると。

国民新聞 明治43年3月3日 

解説
 いつの時代にもこのような荒唐無稽な珍説を言い出すものが現れるようです。このような説を科学の仮面をかぶった非科学=疑似科学といいます。エッキス光線とはもちろんX線のことです。地球の「雰囲気」は現在では使いませんが「大気」と同義語と考えてよいでしょう。アンリーデランドルはアンリ・デランドル(Deslandres Henri 1853-1948)で1908年パリ郊外にあるムードン天文台の台長になりました。分光学の研究者としても有名でコロナが月ではなく太陽の周辺にあることを発見した人でもあります。このような一級の研究者でも珍説を述べるのですから他は推して知るべしですね。
 さてここで話題になっている彗星はハレー彗星ではありません。1910年の1月に出現した大彗星で、昼間でも見えたことからDaylight Comet(昼間彗星)とよばれています。これをハレー彗星と勘違いした人も多かったようです。



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2002.8.20