月をやめよう
 ここでは1年を12ヶ月に分けている現在の暦を廃止して、新年を1日、大晦日を365日(うるう年は366日)とする通日を用いる方がよいという主張をします。
 現在の日本で用いられている暦(こよみ)は太陽暦です。明治5年の太政官布告によって、それまでの旧暦(太陰太陽暦)から太陽暦に改めれれました。実は太陽暦といってもいくつかの種類があり、日本も含めて世界の多くの国はグレゴリオ暦という暦を採用しています。

太陰暦と太陽暦

 太陰暦と太陽暦はどのように違うのでしょうか。
太陰というのは月のことです。月は約29.5日で地球の周りを公転しその間に新月(:さく)から上弦、満月(:ぼう)、下弦、また新月と変化していきます。この周期を日数を数える手段として用いたのが太陰暦です。現在ではイスラム諸国で用いられているヒジュラ暦(イスラム歴)が太陰暦の代表です。太陰暦では「月」という概念はありますが「年」という概念はありません。太陰暦では29日の月と30日の月が、朔からずれないように調整されており、1ヶ月が31日ということはありません。
それに対して太陽暦は地球が太陽の周囲を公転する365日あまりを基準に1年として日数を数えます。現在多くの国が太陽暦の一種であるグレゴリオ暦を採用しています。
つまり、太陰暦は月の公転周期、太陽暦は地球の公転周期を基準に日を決めていることになります。

太陰太陽暦

 ここで旧暦についてもう少し詳しく述べておきます。
 日本や中国で用いられていた旧暦は太陰暦の一種ではありますが正確には太陰太陽暦といいます。太陰太陽暦は純粋な太陰暦ではなく、1年という太陽暦の概念があるからです。
太陰暦の良い点は、月の形を見ればその日がわかると言うことです。逆に日を聞けば月の形がわかるということにもなります。七夕(たなばた)は旧暦の7月7日です。この日の夜8時頃には上弦の月は南東の空に出て、天の川がボンヤリと見えることが想像できます。中天にかかる半月を見ながら夏の夜を 織姫と彦星の伝説に耳を傾けるのが風流なのでしょう。
 しかし太陰暦には欠点もあります。それは農業には適さないということです。東洋の稲作地帯では、いつ苗を植え収穫するのかは大切なことです。29.5日を12倍しても354日にしかなりません。季節は地球と太陽の位置によって決まりますから、地球と太陽の関係である太陽暦の方が農耕には都合がよいのです。「年」という概念がないと農耕はできません。
 そこで、太陰暦と太陽暦の折衷が考えられました。それが旧暦(太陰太陽暦)です。太陰暦の12ヶ月は約354日ですから、太陽暦の1年である約365日と毎年約11日のズレが生じます。太陰暦12ヶ月=1年とすると数年も経つと季節とのズレが激しく役にたたなくなります。1月1日が年によって春になったり夏になったりします。(現実にイスラム歴ではそうなっています)
そこで考え出されたのがうるう月です。19年に7回 うるう月を挿入することによって季節のズレを修正しているわけです。うるう月がある年は 1年が13ヶ月あります。
うるう月を入れるタイミングは「中なき月をうるうとす」というルールによって決まります。1年を24等分したものを中気、節気といい、合わせて24節気といいます。中気と節気は交互に置かれているので中気は1年の12分の1=30.4368日となります。月の公転周期(朔望月)=29.530589日ですから、ときどき中気が含まれない月があります。中気が無い月を「うるう月」とします。19年に7回うるう月を挿入するとうまく修正できることは古代中国やバビロニアで発見されていましたが、BC5世紀のギリシャの天文学者メトンの名を取って「メトン周期」といいます。
19年の日数は 365.2422日×19年=6939.602日 です
また235朔望月(=12×19+7)は 29.530589日×235月=6939.688日 となりほぼ等しくなります。19年後の1月1日はほぼ同じ月齢になるというわけです。
 日本の旧暦は「天保暦」とよばれ江戸時代に改訂されたものでした。当時のカレンダー(こよみ)には月日とともに春分・清明・処暑などといった節気が書かれています。これは太陽の位置を示す黄経によって決まっているので、種を蒔いたり収穫するときの指標になりました。また立春から数えた八十八夜や二百十日なども現在では5月2日、9月1日頃と決まっていますが当時は何月何日なのか分からなかったのでこよみに書かれていたのでした。(太陽暦を使っていれば知らなくても困りません)
 なお現在カレンダーに書かれている「旧暦の日付」は「天保暦」をそのまま延長したものではなく、天保暦の考え方を現代の観測技術で補ったものですからあくまで「天保暦もどき」ではあります。

太陽暦

 つぎに太陽暦について考えてみます。
現在、世界で用いられているのは「グレゴリオ暦」とよばれるもので、1582年にローマ教皇グレゴリオ13世の勅令によって決められました。
そのルールは
(1)1年を365日の平年と366日のうるう年にわけます。
(2)西暦年数が4で割り切れる年は、原則としてうるう年。
(3)ただし、4で割り切れても、100で割り切れれば平年。
(4)ただし、100で割り切れても、400で割り切れればうるう年。
西暦1900年や2100年は平年ですが2000年はうるう年になります。
これ以前の暦は「ユリウス暦」とよばれ4年に一度うるう年をいれるという単純なものでしたが、それでは長い年月のあいだに季節にズレが生じてきたため改められたのです。(別の話題で詳しいく説明予定です)
ヨーロッパでは「ユリウス暦」以前には「ローマ暦」というものも用いられていましたが、これは太陰暦で月を基準にしていました。もともとローマ暦の月は10ヶ月しかなく、後に2ヶ月増えたので、年末が2ヶ月ずれて2月が28日という変則的な日数になっています。その名残が現在の英語の月名と月の日数です。

グレゴリオ暦の欠陥

 さて本題に戻ります。
 ローマ暦の時代に作られた不合理な暦をいまだに使い続けているため1月は31日、2月は28日か29日、3月は31日・・・・というように1ヶ月の日数に一定のルールがありません。奇数月が31日というわけでもありません。また、太陰暦のように実際の月齢(新月や満月のような月の満ち欠け)を示しているわけでもありません。
 3月3日のひな祭りから5月5日のこどもの日まで何日あるのでしょう。すぐに計算できる人は少ないはずです。3月は31日ありますから残り28日 4月は30日 5月が5日ですから 28+30+5=63 日と計算できますが、月と日を使うとこういった計算が非常に面倒だということがわかります。
「月」という概念がグレゴリオ暦を含む太陽暦にあるのは、過去の遺産を引き継いでいると言えば聞こえは良いのですが、古い考えを改められず今だに引きずっていると考えることができます。その意味で現在の暦は真の太陽暦ではなく太陽太陰暦というようなものなのかもしれません。

月をなくそう

 そこで真の太陽暦を考えました(もちろん私以前に多くの人が考えているはずです)、現在の1月1日を月無しの1日とします。2月1日は32日、3月1日は平年なら60日です。3月3日は平年なら新年(=1月1日)から数えて62日目、5月5日は125日目です。その差は63日ということになります。簡単ですね。
このように365日(または366日)を新年からの通算で数えていくというのが私の主張です。それでは季節感がなくなるという人もいますが、これは慣れの問題です。どうしても季節が必要だという人には24節気を復活させればよいのです。
「200日(旧7月19日)になった さすがに暑いね」などという会話が日常になれば、誰も「月」を意識せずに生活できます。そして立春や啓蟄、春分といった節気をカレンダーに書き加えておき、現在のカレンダーの隅に小さく書いてある旧暦のようにグレゴリオ暦2月3日と隅の方に書いておけば良いのです。
「月」は古典の授業で習うという時代が来ればよいと考えています。

 月を無くすと記念日はどうなるでしょう。春分や秋分などはもともと太陽暦に由来するもの(春分は太陽黄経0度、秋分は180度)ですからそのままです。成人の日や緑の日などすべての祝祭日も何日とか第何週の月曜日とか決めておけば問題ありません。
現在6月4日は「ムシ」で「虫歯予防デイ」などと語呂合わせで決めています。虫歯予防デイは64日にすればいいですが、23日の「文の日」は年12回あるのに4回しかありません。語呂合わせ記念日は変更しなけれなりません。
しかし、294日は「フクシ」で福祉の日 など3桁の日も決められるのでそれほど困ったこともおこらないでしょう。また決め直せばいいだけです。

 経済活動はどうなるのでしょう。決済が月極の場合は30日毎決済にかえるとか、給料が月給制のところは30日ごとに支給すれば問題ありませんしこの際、週給(4週ごとなど)や50日給にしても問題なさそうです。要するに年間計画が立てられればよいわけです。1年のうち360日は働く可能性のある日として、年末の5日(うるう年は6日)は完全休日とすれば30日×12、60日×6、72日×5、90日×4 などの組み合わせをつくり経済活動をおこなうこともできます。

 週はどうでしょうか2001年1月1日は月曜日でした。2002年1月1日は火曜日です。毎年の新年が第一日が同じ曜日になるように考えた人もいますが、52週=364日となり、その場合は「曜日のない日」か「うるう曜」を1年に1日ないしは2日作らなければならないので、現実的ではありません。これは慣習として使い続けなければならないでしょう。
 改暦によって同じ日が別の日付になったことはありますが、七曜は一度もその順が変わったことはありません。  

関連サイト

あばやま研究所 暦法と紀年に関するベーシックな話題が載っています。
月光天文台 「暦あれこれ」に基本的な改暦の歴史があります。

2002.05.04
2003.01.02改訂
2007.10.28追補


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