Pipeline  Surfboards

シェイパーの紹介

 

 

 

 

 

 山崎 市朗

 やまざき いちろう 1947年 静岡県御殿場生まれ。

 4才の時に富士山麓の御殿場から辻堂に引越して

 来た山崎氏 は 、幼少期に、板切れを持ち出し、波

 乗り遊びを楽しんだ。

 60年代に入り、湘南にサーフボード(LONG)が、姿を

 見せ始めた。

 山崎氏が 高校生の時、スポーツ店の同級生の店に

 ロングボードが入荷。

 それからサーフィンの世界へと歩み始めたのである。

 

 ホクレアの林利夫氏が当時、稲村ヶ崎にSHOPを構

 えていた「ハザード」と言うボードメーカーのテストライ

 ダーを務め、マーボーロイヤルの小室氏、PIPELINE

 の坂本昇氏も所属していた辻堂サーフィンクラブ

 「シースパイダー」に登録し、1968年(当時21才)か

 ら競技サーフィンをはじめ、NSA第3回全日本選手

 権大会から出場。

 

 

 結果は69年第4回大会メンクラスで5位に入賞しT

 OPサーファーとして有名になる。今から40年前で

 ある。

 24才からシェイプを始め、坂本氏のPIPELINE・SURF

 BOARDSでシェイプをした時代もある。

 

 1978年に山崎氏は、日本初のプロサーファーとし

 て公認される。

 その後、自らのブランド「イマジネーション」を立ち上

 げ、SHOPのオーナーとして構えた時代には、現在、

 世界のOPである脇田プロが高校生の時に出入りし

 ながら、サーフィンの練習に力をそそいでいたのも

 事実であると言う。

 

 1980年代にはノースショアのサンセットビーチを中心

 に、BIGWAVEにアタックした事でも知られる。プロサ

 ーファーとして、サーフボードシェイパーとして、常にチ

 ャレンジを続けました。

 1981年発売の専門誌では、プロコンテストでは、第

 3回 OSAで3位のタイトルを勝ち取った成績が掲載さ

 れている。

 

 

 

坂本昇氏 & 山崎市朗氏

 

 そして、1992年にフランスで開催予定のロングボード

 のアマチュア世界選手権大会(出場30ヵ国)が転機

 となった。

 

 1990年に2年間プロ活動を辞めアマチュアの資格に

 戻り、NSA(全日本)を戦い抜いて、世界選手権代表

 となり出場し、13位の成績を残した。

 

 40歳後半を迎えていた山崎氏にとってコンペティタ

 ーとしての体力維持がその後の課題になる。

 そして、TOP10までおよばなかった悔しさが新たなる

 目標となり、自らが生み出したサーフィンの練習方

 法の取り組みが始まった。

 

 日本ロングボード界の草分け的存在で、94年東日本

 選手権大会ロングボードクラス優勝。

 グレッグ・ノール・ロングボード コンテスト・AMクラス

 優勝。

 

 NSA・ロングボード全日本チャンピオンに輝く事は4度。

 その後も、世界選手権にも3度出場の経験を残した。 

 また同時に、グレック・ノールの日本専属シェイパーと

 しても、近年まで務めた経験があり、ロングボードのシ

 ェイプは一流の腕である事は証明済み。

 

 40年間に渡り各時代のTOPサーファーと、戦い優勝

 を争って来た。 

 現在、シェイプ歴40年。

 そして、常に自分のシェイプしたサーフボードで大会に

 出場、ボードに関しては改良(リシェイプ)の繰り返しより

 完成度を極める事に従事しています。

 

 一昨年、2007 NSAロングボードマスタークラスでは、

 準優勝、再び、優勝を狙う山崎氏は現在61歳であり、

 1ヶ月の3分の2は常時波のある千葉に滞在し、3分の

 1は地元湘南でシェイパーとして、また、現役コンペテ

 ィターとして、生活送るサーフィン界のパイオニア的存

 在であります。

 

 先日、私がお会いした時も。シェイプの話になり、やは

 り、動かないや、スピードの出ないサーフボードはおもし

 ろくない」と、はっきりと説明を受けました。