Pipeline      surfboards

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そして、この1冊から始まった。 もう1度、伝説となったストーリーをここにご紹介

1976年(昭和51年)6月発行。オーシャンライフ臨時増刊号と

して発売 された「サーフィンワールド創刊号」編集人石井秀

明氏。

この1冊からすべては始まった。

California T-shirtsの日本支社が、鎌倉は稲村ヶ崎に出来た

頃、ロングボードが姿を消し、稲妻マークのライトニング・ボ

ルトをはじめ、シングルフィンのショートボード革命期。

 

COSMIC・DUCKS・Dick Brewer・GODDES・TED・JSP・

DROPOUTと、海外・国産のサーフボードが主力となり、日本

のサーフボード産業も基盤が出来はじめ、海外からのTOP

SURFERの来日、日本のプロ組織の誕生と、専門誌を通して、

数々の情報・ドラマが多くのSURFERを虜「とりこ」にした。

   

湘南・東京・千葉を中心に、日本全国にサーフィンは、新し

い文化として広まっていった。

その当時のサーフボードはスティンガースワローテール・ウ

ィングスワローテール・ラウンドピンテールが主流の7ftは

あるシングルフィン。

 

イーグルスの「呪われた夜」がHITし、車のラジオは、いつ

も、FENを流し、カリフォルニア・ウエストコースト・サウンド

を聞きながら海へ向かうのがスタイルだった。                  

余計な話ではあるが、その時代と言えば、

今から32年前。例え東京であれ、巷は暴

走族の派閥争いの絶頂期。

 

BLACK-EMPEROR・SPECTARと、シャコ

タン車・バイクに乗り、毎週集会。男として

の他に遊びと言った楽しみは、他に無か

った日本。

その中でも一部の先輩が、いきなりサーフ

ボードを抱え、髪形をストレートにして真っ

黒に日焼けし現れたのが印象的であった。

 

そして、76年、この上記サーフィンワール

ドの裏表紙に右の写真広告が掲載されて

いた。

この当時のSURFERなら、この広告を見

れば、覚えはあるのではないか・・?

 

創刊号の裏表紙を飾った「Pipeline」の

広告のインパクトは、誰もが絶賛したので

ある。

右はオーナーである坂本氏。

左は添田氏。

2人の抱えるサーフボードは、あのDavid

Nuhiiwa Modelのディケルが入っている。

海外のTEST RIDERの名前には、

 

David Nuhiiwa (California)

Mike Armstrong (Hawaii )

Noboru sakamoro (Japan)

Hiromichi Soeda (Japan )

 

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