Pipeline  surfboards

 

 

     

                                                         Noboru   Sakamoto

     

    東京都 八丈島在住 現在65歳

 

 

    この記事は、1981年発売サーフィンワールド6月号 特集に掲載された

    貴重なストーリーです。

    現在2015年として、34年前の貴重な文章

 

 

    坂本昇は今31才になるサーファーだ。

    S 24年8月16日生、東京に生まれ小学5年の時に神奈川県片瀬に移り住んで来た。

    高校生で見様見真似でサーフボードを作ったことが縁で、サーフボード工場を修行し

    て歩いた。

 

    約10年前(1971)「PIPELINE SURFBOARDS を設立。

    シェイパー兼オーナーの生活を続ける。

    ちょうど6年前(1975)に自らシェイパーとしてのボード制作を止めた。

    サーフショップと工場は社員に任せて、「再度、サーフィンを追求する旅」に出た

    ハワイのノースショアと、バリ、日本の新島を拠点に一年中波のある場所(TUBEの波)

    を旅をして回る。

    日本に、まだプロ組織ができる前より、かつてはプロサーファーとして日本国内のコン

    テストにも出場していたが、目立った成績は残していない。

    今、日本のサーフボード・メーカーの中で最も優雅な生活を送っているのが彼かも知

    れない。

    カメラマンの柴田満之も彼のファクトリーでアルバイトをした事もある。

 

    彼とサーフィンの話を始めると止まる事は無い。

 

    波乗りは彼、坂本昇の生き様なのだ。

 

                                      

 

SURF TRIPPER

NOBORU  SAKAMOTO

 

 

昨年より今年のほうが、

波のウォールの中に留まる時間が

少しだけ

ほんの少しだけ

長くなったような気がする。

 

坂本昇

 

 

    1976年(サーフィンワールド創刊号発売当時)、冬の Northshoreで俺は1本のサーフ

    ボードを手にした。

    ライ二ング・ボルトのシェイパーとしても有名なトム・パリッシュがシェイプした7'2"のウイン

    タースウェル用。

    そのボードを見た瞬間、俺はあまりの素晴しさに驚くというより全身を打たれてしまった。

    高校の時、おもしろ半分に見様見真似で作ったサーフボードから始まって、サーフボー

    ド工場を修行して歩いいたこの10年は「俺にとってなんだったんだろう?」

 

    俺の夢のサーフボード作りは、そのパリッシュのボードを見て一気に挫折してしまった。

    だが、このNorthshoreの波を見ていると、今迄の自分の見ているものが余りにも「小さい

    世界」のような気がした。

    「もう1度、生まれ変わろう。」   Northshoreの波を知れば、もしかしたら・・・・・・・・

 

    俺の新しいドラマはそれから始まった。

    そして、5年経った1981年。

    今、俺は1年間の約半分を Northshoreで生活するようになった。

 

    波のエナジーと俺のライディングのエナジーが少しづつ違って感じているのに気がつい

    た。

    特にTUBE RIDE のシークエンスを感じた時から波乗りのスタイルとマニューバーは大き

    く変化していった。

    それはすべて身体が持っている自分の最も自然な形へと成っていったのである。

 

 

 

    

 

 

    それぞれの力(パワー)にはすべて限界があり、波と自分の力が反発しないようサーフィ

    ンする事を心がける。

 

    もっとリラックスし、身体のすべての力を抜いて波に乗った。波のエナジーがサーフボー

    ドに伝わって感じ取られ、かつて感じた事の無い別の世界へ俺は入っていった。

 

    「ある時、Northshore で波に乗っている自分と、ゆったりとして夕陽を見ている俺が一つ

    になった気がした。」

 

                               

                                  

                                  次ぎに続く