日本写真史一覧年表


<黎明編>
1843年 天保十四年
●銀板写真(ダゲレオタイプ)器具一式がオランダ船に因って長崎に
持ち込まれる。
※器具は何かの事情で持ち帰られたが長崎御用商
人 上野俊之丞常足が図を写し取る。

1848年 嘉永元年
●再び銀板写真器具一式がオランダ船に因って長崎に持ち込まれ
上野俊之丞常足から薩摩藩嗣子 島津斉彬の手に渡る。
※写真渡
来年に関しては天保十二年説有り。

●箕作阮甫著 「改正増補蛮語箋」で銀板写真が印象鏡と訳される。
象鏡と訳される。

1851年 嘉永四年
●蘭学者 川本幸民、薩摩藩士 市来四郎等が銀板写真を実験研究
し始める。

1852年 嘉永五年
●飯沼慾斎、大鳥圭介、佐久間象山が銀板写真を研究し始める。

1854年 嘉永七年
●川本幸民著 「遠西奇器述」で銀板写真が直写影鏡と訳される。

●ペリー提督率いる東インド艦隊に同行したダゲレオタイピストの写
真家 エリファレット・ブラウン・ジュニアが銀板写真で日本各地を撮
撮し始める。
※現存確認されている写真は1854年(安政元年)下
田で撮影された浦賀奉行所与力 田中光儀、下田奉行所支配組頭
黒川嘉兵衛、横浜で撮影された長崎通詞 名村五八郎、函館で撮影
された松前藩家老 松前勘解由、勘定奉行 石塚官蔵、用人 遠藤又
左衛門と各従者達の写真のみ。

●プーチャン提督率いるロシア艦隊のディアナ号に乗り込んでいた
海軍大尉 アレクサンドル・フョードロビッチ・モジャイスキーが日本
各地を撮影し始める。
※現存確認されている写真は下田玉泉寺住
職 眉毛和尚の写真のみ。

1856年 安政三年
●福岡藩が銀板写真を研究し始め藩士 古川俊平を長崎に留学さ
せる。
※後に銀板写真撮影に成功、藩主 黒田長溥に写真を献納。

1857年 安政四年
●市来四郎等が島津斉彬を銀板写真で撮影、成功する。
※日本人
撮影に因る現存最古の写真。

1858年 安政五年
●上野彦馬が医学伝習所に入門し舎密学を学び始める。
※当初は
津藩士 堀江鍬次郎と共に写真を共同研究。

1859年 安政六年
●前田玄造、古川俊平、上野彦馬等がフランス人写真家 ロシエか
ら湿板写真術を学ぶ。

1860年 万延元年
●一月 幕府が遣米使節団を派遣。
※現地で数多く使節団等の写
真が撮影され、一部が日本に持ち帰られる。


●津藩の命で堀江鍬次郎が江戸に赴き津藩関係者を撮影する。

現存確認されている写真は同行した上野彦馬の写真のみ。

1861年 文久元年
●九月 堀江鍬次郎、上野彦馬津に向い藩校有造館で舎密学等を
教える。
※文久二年講義に必要な「舎密局必携」を刊行。

●十二月 幕府が第一回遣欧使節団を派遣。※現地で数多く使節
団等の写真が撮影され、一部が日本に持ち帰られる。


●玉川三次(鵜飼玉川)が両国薬研堀で影真堂を開業、日本営業
写真師開祖となる。

1862年 文久二年
●11月 アメリカ大使 ブリュインと老中との会見が行われ、それに
同行したイギリス人写真家 ウィリアム・ソンダースが水野和泉守、
板倉周防守、小笠原図書頭、3名の老中達、江戸城、江戸、横浜、
鎌倉等の名勝風景を撮影する。
※後に、これらの写真はステレオ写
真として海外で販売される。

●下岡蓮杖が横浜野毛で写真業を開業、やや遅れて長崎に帰国し
た上野彦馬が長崎中島で上野撮影局を開業、両者とも実質的な日
本営業写真師開祖となる。

1863年 文久三年
●六月 フェリックス・ベアトが横浜に来日、日本の風景風俗を撮影
し始める。

●十二月 幕府が第二回遣欧使節団を派遣。
※現地で数多く使節
団等の写真が撮影され、一部が日本に持ち帰られる。

●下岡蓮杖が弁天通り五丁目に写場を移転する。

1864年 元治元年
●七月 横山松三郎が横浜で開業中の下岡蓮杖の門に入る。

●八月 フェリックス・ベアトが四国連合艦隊の攻撃に因って占領さ
れた長州藩の砲台と英国水兵達を撮影する。

●木津幸吉が函館船見町で写真業を開業。

1865年 慶応元年
三月 堀与兵衛が京都寺町通りで西洋伝法写真処を開業。

●六月 蘭学者 明石博高が蘭学者 辻礼輔を撮影、成功する。

●守田来三が大阪高麗橋通淨圓寺境内に仮写場を設け写真業を
開業。
※後に新開港地の神戸二つ家西本町に移る。

●内田九一が大阪天満、上町鎗屋町で写真業を開業。
※幕士の間
で有名であった。

1866年 慶応二年
●内田九一が江戸に移る。

●富重利平が筑後柳川町で写真業を開業、熊本営業写真師開祖と
なる。
※後に営業不振で肥後高瀬町に移る。

●上野彦馬が坂本龍馬、高杉晋作等を撮影する。※坂本龍馬の立
像写真に関しては実際に撮影したのは当時、上野彦馬の許で写真
術を研究していた土佐藩士 井上俊三による。

●鈴木真一が横浜で開業中の下岡蓮杖の門に入る。

●吉川治兵衛が大阪博労町で写真業を開業。

1867年 慶応三年
●七月 木津幸吉、田本研造が松前を撮影する。

●フェリックス・ベアトが将軍 徳川慶喜の写真を販売しようとするも
許されず。
※後に其の写真はパリの万国博覧会でトリック写真とし
て販売される。

●柳川春三が「写真鏡図説」初偏を著す。※翌年、二編を著す。

1868年 慶応四年

古資料を参考にしている部分が有り一部内容に誤り、異説がある場合が有ります。
上記内容に関して誤り、新事実が有りましたら情報の提供を宜しくお願いします。


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