小学館コミックス1967年7月号には、パーマンのまんがとは別にこのタイトルの記事が掲載されている。
「構成・絵・はらしま卓三」と記されているが、管理人はこの人物を知らない。(だれか知ってますか。)

この記事に藤子氏が関与した証拠はどこにもないが、内容から推測すると関係者からかなり本当の事情をヒアリングしているようだ。

例えばパーマンの力が6582倍になったのは電話帳から、といった記述や、まんがに登場する車のナンバーがフジコ・スタジオ関係者の番号であるとか、いろいろ興味深い記述が多い。
また、信頼できるかどうかわからないが、みつ夫の成績表といったものも示されている。

とりわけ興味深い話題が、スーパーマンの星についてであろう。
この記事そのものは1967年6月に発売された雑誌に掲載されているので、当然週刊少年サンデーのパーマン連載最終回の4ヶ月ほど前であり、このあたりのことはそれまでの連載中の話には示されなかったはずだ。
にもかかわらず、この記事では「スーパーマンは、ケンタウル星座のアルファ星からきた。」と記されている。
これは週刊少年サンデー1968年正月の増刊号に掲載された、通称「帰ってきたパーマン」の中でパーマン1号が説明している「ケンタウル座の、アルファ星で・・・」という記載と一致している。

ということは、パーマンの設定の中では比較的早期にスーパーマンの星が決められていたのではないかと推測することができる。

ちなみに、週刊少年サンデーの連載の最終回の中では、みつ夫の留学先が「ケンタウル座のプロキシマ」となっていて、スーパーマンのふるさとと、みつ夫のいく星が異なる星となるが、近隣の複数の星がスーパーマンたちの主な活動場所であると考えれば、決して矛盾した設定ではないだろう。

さらに、この記事には、みつ夫の住んでいるところが万賀野市であり、みつ夫は万賀野小学校にかよっている、と記されている。これも後に週刊少年サンデー1967年37号(8月26日発売)の話(悪人名簿でギクリ)に示されている「満賀野町」という住所と類似性を持っている。したがって1967年のパーマンの設定では、やはりみつ夫の住む町は、虫コミックスのカバー裏に記されている「三鷹市横連雀」ではなかった可能性が高い。




パーマンのひみつ50
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