サロマ湖〜美幌峠〜屈斜路湖  1997年8月

 今日のルート:サロマ湖キムアネップ岬〜網走〜女満別〜美幌〜美幌峠〜屈斜路湖・和琴半島

 低温続きの1997年夏の北海道。サロマ湖のキャンプ場をあとに再び湧網線跡のサイクリングロードを網走へと戻り、国道39号線で美幌へ。さらに国道243号線で美幌峠を越えます。今回の旅で一番の長丁場でもあり、それなりの苦難を覚悟していたのですが…。

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     キムアネップ岬の朝

 明け方のサロマ湖はまだ色彩を持たぬまま静まっていた。浜佐呂間の漁村には靄が棚引き、背後の低い山々の黒々としたシルエットと相俟って墨絵のような風景を演出している。
 空を覆う雲だけがわずかに赤く染まっているが、それも朝焼けというほどの鮮やかさはなく、日の出を拝むこともできなかった。

 羅臼で寝袋を紛失してしまい、斜里のスポーツ用品店で新たに購入した安物の寝袋(2,980円)は意外に快適で、よく眠れた。まぁ、この寝袋の短所は寝心地ではなく、かさばるという点にあるわけだが。
 とにかく、気持ちよく朝を迎え、ハマナスの赤い実が美しい湖畔を散歩していると、近所のテントの前に見覚えのある自転車が2台。きのう網走刑務所で見かけたコスプレカップルのものに間違いない。あまり見ないデザインの自転車だったので印象に残っているのである。まさかこんなに近くでキャンプをしているとは思わなかった。今日はどんな扮装で登場するのか興味津々だったが、当分起きてきそうにない。まぁ、どうでもいいことなので、さっさとテントをたたんで、6時半頃出発。
栄浦〜気温14℃
     栄浦

 浜佐呂間で国道238号線を右折すれば「紋別・上湧別」方面という標識に心惹かれたものの、ここは「網走・常呂」方面へ左折。きのう来た道を栄浦まで戻る。
 湖畔に電光表示の温度計があり、只今の気温「+13℃」になっていたが、そこで湖をバックに愛車の写真を撮ろうとしたら表示が「+14℃」に変わった。いずれにしても涼しい朝で、混み合った栄浦キャンプ場もまだひっそりとしている。

     ワッカ原生花園

 栄浦から漁港を橋で跨ぐとサロマ湖とオホーツク海を隔てる砂丘へ行ける。ここはワッカ原生花園と呼ばれ、ネイチャーセンターや遊歩道が整備されている。「ワッカ」とは水の湧くところを意味し、砂丘には真水の湧き出す泉があるという。うねうねと起伏のある長大な砂嘴は全長が20キロ以上にも及び、その大部分が草原であるが、林になっているところもあるのは、その生命の泉のお陰だろう。

サロマ湖第2湖口〜水は海へと流れていく。 昔は栄浦から東へひょろりと伸びる入江の先で海と繋がっていたそうだが、流砂の堆積で湖口が閉じてしまい、その後、昭和4年に西部の湧別側に新しい湖口が開かれ、さらに栄浦側にも昭和54年に第二湖口が開削されたとのこと。その第二湖口まで行ってみたが、両岸をコンクリートで固めた水路になっており、湖の水が海へと流れ出ていた。2つの湖口を通じて海水が絶えず出入りすることで、湖が浄化されているのである。ちなみにサロマ湖ではカキやホタテの養殖が盛んなほか、カレイなども獲れるそうだ。

 ワッカ原生花園はまだ人の姿もなく、茫洋としてとりとめのない眺めが果てしなく続くサロマ湖の風景を独り占めしながら緩やかな起伏の多い草原の道を走り回る。
 300種以上の花が咲くという原生花園も大方の花はすでに咲き終わり、名残のハマナスのほかは外来種のマツヨイグサが目につく程度。草原の上をノビタキが飛び回っていた。

 (オホーツク海とサロマ湖の間の砂丘)


     再び湧網線跡のサイクリングロードを行く

 後ろ髪を引かれる思いで8時半にサロマ湖を出発。
 これまで釧路から根室、知床、網走、サロマ湖とほぼ海に沿って走ってきたが、ここから網走に引き返して内陸へ分け入り、オホーツクから太平洋へ道東を縦断して釧路で旅を終えようと思う。

 常呂の街なかにある旧常呂駅の跡地に新しくできた交通ターミナルで小休止してから、湧網線跡のサイクリングロードを網走へ。今日はキツネにもシカにも会わなかったが、能取湖畔の丹頂鶴は昨日とほぼ同じ場所にいた。
常呂付近の畑 全長25キロほどのサイクリングロードはかつての湧網線と同じく利用者は少ないようで、ほとんど人に会うことはないが、能取湖畔では珍しくロードレーサーの兄さんとすれ違い、続いて自転車旅行の女の子とも行き違った。
 卯原内を過ぎて能取湖とも別れ、昨日走った能取岬方面への道を左に見送り、なおも湧網線の線路跡をまっすぐ網走へ向かう。
 なだらかな二見ヶ岡の丘陵地帯を越えれば、すぐに網走湖畔。周囲およそ40キロ余り。山に囲まれて、サロマ湖や能取湖が草原の湖だとすれば、こちらは森の湖という印象である。

 網走刑務所の湖畔農場へ通じる敷地の中を突っ切り、網走湖から流れ出した網走川を渡ると大曲。川がここでS字形に蛇行しているので、そういう地名になっている。ここでサイクリングロードも終点となり、国道と合流。まもなく網走市街にさしかかるが、そちらへは行かずに北見・旭川方面へ通じる国道39号線へ右折。27キロ先の美幌をめざす。

     石北本線

 国道は網走湖を右に見ながら南へ向かう。左には山が迫り、その山裾を縫うように網走と旭川を結ぶJR石北本線の単線が細々と並行している。大地をコンクリートで塗りつぶす国道に比べると、赤茶けた砂利の線路は特急も走る幹線とは思えないほどに自然と同化して見える。
 複雑に入り組む湖水と白樺などの樹林が美しい網走湖畔を離れ、まもなく呼人駅前を通過。網走から8.1キロ地点にある最初の駅である。郵便局に立ち寄り、貯金を下ろす。

     丘の風景を行く

 呼人から先はジャガイモやビートや小麦の畑が一面に広がるすでにお馴染みの風景。その中を幹線国道はアップダウンの連続でまっすぐ進む。
 右側の丘の稜線にカラマツが整然と並んでいる地点で、反対側から来た自転車の2人連れが立ち止まり、男の方がその風景にカメラを向けている。連れの女の子の方は僕に気づいて、ニコニコと大きく手を振ってくれた。
 まもなく、サイクルコンピュータに表示された今回の旅の通算走行距離が1,000キロを突破。それを祝福するかのように雲の間から陽射しが照りつけてくると網走湖南岸に位置する女満別町に入る。空港のある町である。

     女満別駅

 11時45分に女満別駅前に到着。網走から2つ目、15.9キロ地点の駅。駅舎はモダンに建て替えられ、図書館や喫茶店が併設されている。というより、女満別町の図書館に駅が間借りしているといった方が正確なようで、夜間は駅舎は閉鎖されるので、乗降客は脇の通路からホームへ出入りするように、と書いてある。飛行機で女満別へ着いた旅行客はそのまま観光バスやレンタカーでそれそれの目的地へ向かうケースが圧倒的に多いだろうから、女満別駅を利用するのは地元客ばかりに違いない。駅舎は新しくなっても、町の玄関口としての活気はまるでない。道路網がどんどん整備される一方で鉄道の果たす役割というのは限りなく小さくなっているようである。自転車旅行者としては道路整備の恩恵を受けているわけだが、少し寂しい気もする。

     低温注意報

 10分ほど休憩してまた走り出す。ラジオでお昼のニュースを聞いていると、北海道全域に低温注意報が出ているとのこと。これは今日に限ったことではなく、このところずっと10月並みの気温が続いているわけだが、今朝は根室市厚床で8度にまで下がったという。さっき覗いた太陽もまた隠れてしまい、空はまたまた雲ってしまった。

美幌駅     美幌

 北海道東部では珍しく水田もある平坦な土地を走り抜けて、12時半過ぎに美幌の街に入る。いくつもの国道が集まる交通の要衝である。
 とりあえず石北本線の美幌駅へ行ってみた。こちらも時計塔のあるモダンな駅舎で、交通記念館と林業館を併設している。屈斜路湖や摩周湖、阿寒湖への観光ルートの玄関口なのだが、やはり閑散として、天候のせいか寂しい感じである。客待ちのタクシーもヒマそうだ。札幌からの特急列車が到着すれば、それなりに活気が出るのかもしれないけれど…。駅の電光表示の温度計は16度。本当に夏はどこへ行ってしまったのだろう。

 駅前の食堂でチャーハンを食べて、13時過ぎに出発。いよいよこれから美幌峠をめざすわけだが、その前に美幌の街はずれでホーマックという大型日用雑貨店に立ち寄る。広い駐車場があり、鉄道駅とは対照的に地元の買い物客で賑わっている。超俗的な旅をしていると、たまにこういう店の中をうろつくのが妙に嬉しかったりする。乾電池を購入。

     国道243号線

美幌峠へ続く道 さて、ここからは国道243号線を行く。美幌から根室方面へ通じる道で、つまり、別海で暴風雨に遭ったあの日、根室市厚床から別海町奥行まで無人の牧草地帯を走ったのがこのルートの南端部分である。
 その243号線に今日は北側の起点から入り、約25キロ先の美幌峠をめざす。しばらくは緩やかなアップダウンの繰り返しで、さほど苦しい思いはせずに走れるが、国道だから観光のバスやクルマやバイクから牧草を満載したトラックまで交通量は多い。あたりに広がるジャガイモ畑や牧草地の向こうに低い山が連なり、行く手には雲に接するように薄青い山影が遠く見える。あそこが美幌峠だろう。日本一のカルデラ湖・屈斜路湖の外輪山に位置する標高490メートルの峠である。

     美幌峠への道

 峠まであと8キロの地点から両側に山が迫り、いよいよ本格的な上りが始まった。ペダルがグッと重みを増し、スピードもガクンと落ちて、速度計は時速11〜13キロを示している。
 黙々とペダルを踏んでいると、前方に自転車が見えてきた。ポニーテールが揺れているから、女の子らしい。かなりバテているのか、のろのろ状態で、どんどん追いついてしまう。自転車がふらついて、後輪が路肩を踏みはずしたりもしている。追い越すのは簡単だが、あえてそうせずに20メートルほど後方を追走。必死で走っている人の横を軽々と抜き去っていくのはなんとなく悪い気がする、というのも少しはあるが、それよりは自分より苦しそうな人の後ろ姿を前に見て走った方が気分的に楽だという意地悪な気持ちが強い。
 それでも、自然に車間距離が縮まってしまうので、わざと速度を落としたり、時には立ち止まったりしないといけない。いかに追いつかないようにゆっくり走るかということに専念すればよいのだから、精神的にも体力的にもこんなに楽なことはない。
「がんばれぇ!」
 峠を下ってくる対向車から男の子の声援が飛ぶ。彼女はそれに応える余裕もなさそう。一方、こちらはもう頑張る必要が全然ないので、峠道であることすら忘れそうだ。
 峠まであと3キロの地点でついに彼女は限界に達したのか、自転車を降りて止まってしまった。道端で肩で息をしながら振り返った彼女と初めて目が合う。こうなったら仕方がない。スピードアップして「こんにちは。お先に」と声をかけて一気に追い抜く。
峠はもうすぐ そのままグングン上っていくと、今度は男のチャリダーが見えてきた。彼も疲れているのか、どんどん差が詰まってくる。僕も今のところ元気だとはいえ、いつ体力が尽きるか分からないし、一度抜いてまた抜き返されるのは恥かしいから、どうしようかと迷ったが、勢いに乗って彼も追い抜いてしまう。
 やがて周囲は森林から笹原に変わり、視界が開けてきた。峠はもうすぐだ。最後までエネルギーも持ちそう。またまた自転車の青年に追いついた。こうなったら、片っ端から抜いてしまえ。
「お先に」
 彼の脇をスイスイと走り抜けて、どんどん引き離す。峠道で3人抜きとは我ながら自分のすごさ(?)に感心しつつ突っ走って、ついに峠にたどり着いた。時刻は15時15分。

     美幌峠

 美幌峠へ来るのは高校生の時以来2回目である。前回は川湯のユースホステルからクルマに乗せてもらって上ってきた。早春だったからあたりはまだ真っ白で、眼下の屈斜路湖も全面的に結氷していた。蒼黒い針葉樹林と氷雪の白さのコントラストが印象に残っているのと、途中の道路際にミヤマカケスがいたのをよく覚えている。
 あの時は我々以外には人気もなく、ひっそりとしていたが、今日はさすがに観光客が多い。ほとんどが観光バスやクルマやバイクで来た人たちであるから、「ここまで自転車で上ってきたんだぞ」と自慢したい気持ちになるが、こんなことは言うまでもなく物好き人間の自己満足に過ぎず、べつに偉いわけではない。
 とにかく混雑する駐車場に乗り入れると、売店の前で自転車の女の子が笑顔で両手を振っている。誰に向かって手を振っているのかと思ったら、僕に向かって振っているのだった。彼女のほかに青年が2人いて、うち1人は外国人。3人とも反対側から上ってきたそうだ。3人連れで旅をしているわけではなく、途中でたまたま知り合い、一緒に上ってきたらしい。それに比べると、途中で次々と追い抜いてきてしまった僕はずいぶん薄情だな、と思う。女の子は摩周湖ユースホステルから来たというから、僕はサロマ湖からだと言うと驚かれる。
「何キロぐらい走ったんですか?」
「120キロちょっとかなぁ(正確には127キロ)」
 彼女が信じられないというように目を丸くしている。このぐらいの距離なら驚くほどではないと思うのだが、一緒にいた青年も、
「それはクロスバイクだからできる芸当ですよ」
 と言う。彼らのマウンテンバイクではとても無理という口ぶりである。確かに僕の自転車(クロスバイク)はマウンテンバイクよりもタイヤが若干細くて大きいから長距離を走るにはいくらか有利なのかもしれないが、釧路ではママチャリで1日140キロ走ったというツワモノに会ったから、僕が特別スゴイわけではない。

美幌峠から眺める屈斜路湖 これから美幌の街まで下るという彼らを見送ると、駐車場の隅に自転車を止めて、観光客に早変わり。さすがに有名な展望地だけあって、非常に俗っぽいところで、売店の前ではクマ、シカ、キツネの剥製を並べて100円で一緒に記念撮影ができるという商売をやっている。僕は売店でつい熊笹ソフトクリームなるものを買ってしまった。

 それから石段を登ると、屈斜路湖を中心とした大パノラマが広がる。真ん中に原生林の島を浮かべた湖水は白々として、対岸の山々は青く霞み、斜里岳や知床の峰々も雲に隠れている。絶景ではあるが、あまりに有名なお馴染みの風景でもある。夏らしくない天候のせいで、前回の早春の景色の印象とあまり変わらないように思われた。

    美幌峠のライブカメラ(リアルタイムの画像が見られます)


     和琴半島へ

 さて、峠を出発したのは15時半過ぎ。今日の宿泊地は屈斜路湖畔の和琴半島のキャンプ場。峠に「和琴15q」の標識があるが、あとは雄大なワインディングロードを下るばかり。ペダルを踏み出しグングン加速していく瞬間の快感というのは何度味わっても背筋がゾクゾクするほど素晴らしい。
 クルマに注意しながらもヘアピンカーブの連続する急坂を時速40キロ程度でビュンビュン下る。麓までの8キロは全然ペダルを漕ぐ必要がないものの、足を動かさずにいると、風で膝が冷えて硬直してしまった。

     和琴半島

湖畔のキャンプ場は大にぎわい 和琴半島には16時過ぎに到着。屈斜路湖の南部に突き出たしゃもじ形の小さな半島で、ミンミンゼミの生息の北限地として知られるところである。
 駐車場の周辺には食堂や土産物屋が軒を並べ、林間の小道を抜けた湖畔にキャンプ場がある。すでにたくさんのテントが並んでいたが、水際近くに空地を見つけ、レストハウスで料金300円を払って、さっそくテントを張る。レストハウスには食堂もあるので、自炊道具を持たない者としては非常に有り難い。おまけに、ここには湖畔に温泉が湧いていて、無料の露天風呂もあるのだから嬉しい。ただし、脱衣所があるほかは、何の囲いもない正真正銘の露天風呂で、見物人も多いから、明るいうちは水着姿の子どもが遊んでいるばかりである。暗くなったら行ってみよう。

 夕食は食堂でジンギスカン定食、1,200円。量も十分で、美味かったけれど、1人用のジンギスカン鍋で羊肉や野菜を焼いていると、妙に寂しかったりする。
 日が暮れてから露天風呂へ出かける。ライダーやチャリダーの若者から観光のおじさんやおばさんまでがお湯につかっている。ここは混浴なのだ。なかに加わって、富良野からというおじさんと話をしていると、次々と人がやってくる。女性はほとんどが水着を用意しているが、なかには水着ナシで入ってくる若い女の子4人組もいた。女性も集団になると、ものすごい勇気が出るらしい。
 今日の走行距離はこの旅で最長の144.0キロ。明日はここに連泊して、付近一帯を走ってみようと思う。


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