「海事科学館」の呉市への申し入れを、下記の通り行いますので再度お知らせします。
開館してしまったのですが、展示内容に対してまっとうな意見を出していき、やりとり
をしていくことが重要だと思います。色々な思いを持っている方もいると思いますので、
是非ともご参加ください。

     5月11日(水) 午前10時
       ところ; 海事歴史科学館(大和ミュージアム)
            呉中央桟橋そば(呉駅から南へ徒歩5分)。 

 呉市側は、何を思っているのか、申し入れの後、自由に見学していって欲しい
と言っています。



とき : 5月11日(水)       午前10時から(約1時間) ところ: 海事歴史科学館会議室 参加者:藤井、松藤、西岡、小河、新田、中村、湯浅。山上、大野呉市議。対応 :戸 高館長、伊牟田観光課主幹  報道:中国、読売、朝日、毎日、NHK,TSS,RCC。 社民党の山上市議を通じて場を設定してもらった。初めは、連休前に設定をお 願いしていたが、市側が嫌い、11日ということになった。明らかに、開館前にイチ ャモンをつけられたのではたまらないと言うことだったと思われる。  事前の連絡が不確実だったので心配したが、報道の関心は高かった。10時4 5分頃、正門前に行くと、既にTSS,NHKなどが来ている。アメリカ行きの直後 で、山上さんとの連絡も不十分で、誰が対応するのかの事情もわからないままの申し 入れとなった。初めは、伊牟田さんだけとのことだったが、会議室に行ってみると館 長も来ていた。 要請書を読み上げ、手交し、詳細はあとでと言うことに。  両者が紹介しあったところで、僕の方から項目ごとに趣旨を説明し、館長から の対応を待った。   戸高氏の意見は、それなりに理解できる範囲のことが多かった。「言われるこ とはよくわかる。」「狭い容量の中で、できることはかぎられる。」「自然史博物館 も意義あることだ。」「海事歴史科学というと、確かに幅広い。江戸時代以前につい ても、少なくとも論文や資料として整備していきたい。」「技術には両面性があり 、同じものが、使い方を誤れば、悲劇そのものにもなる。物事は一つの面だけではな い。そう言うことを理解してもらえればいい。」「呉で、海事と言えば、海軍工廠の ことが中心になることは避けられない。そのシンボルとして大和はある。」等々。 伊牟田:アンケートでも、「今の平和を大切にせねばならないことがよくわか った。多くの犠牲の上に成り立っているかよくわかった。」というのが多く、「兵 器はすごいとかの意見はない。」 「確かに、スミソニアンを見たが、1周して戻り、アンケートに答えると、原 爆投下は正当だったという展示になっている。しかし、それはそれで、アメリカはそ う考えているのかと言うことを知っても出ればいいこと。」「エノラゲイと大和とは 別のこと。幸か不幸か直にはかかわっていない。」 藤井;「被爆者の母は、エノラゲイの話など聞きたくもないし、ましてや実物 を見るなんて考えられない。そう言う人の思いはどうなるのか? 大和が、どう見ら れるのか想像しないのか?」  しかし、「大和は、連合艦隊の象徴であり、日本軍国主義の象徴である。それ を過 剰に位置づけて展示するのはどうか?」これにはきちんとした答えなし。 「趣旨がそうであったとして、館長の思いと、現実の展示には大きなギャップ があるのではないか。とにかく大和が大きすぎる?」(後で、売店コーナーの販売物 を見て、その想いは一掃強まったが=とにかく全てが、大和絡みのおみやげなのだ) 。戸高さん曰く、「私が来たときには、既に構成は終わっていた。地域の歴史を知っ てもらうためには、人を集めるための目玉が必要で、インパクトのあるポイントとし て大和を選んだことは自然なこと。とにかく来てもらわないと始まらない。」といい わ け。 戸高氏は、「色々な意見を聞いて、必要に応じて展示は見直しをしていくつも りである」と話した。  色々なやりとりをしたが、11:15分を過ぎ、今後、逐次、やりとりをして いく ことを確認して終了した。  終了後、パスをもらい、館内を見学した。入り口から進んでみて、館長が言う 「技術の二面性」を考えるキッカケになるような展示方法がとられていないことを改 めて実感した。 改めて、より詳細に僕らの視点でチェックし、具体的な提案をしていくことが必 要であると思った。展示の内容や方法に多くの問題を抱えており、これを放置するこ とは、呉市が、アジアの人々に対して、戦争を支えた町であることを何ら反省して ないことを表明するようなものであり、容認できないとの立場を変える必要は感じな かっ た。

要請書 最終案

呉市長        2005年5月11日  小笠原臣也様   要  請  書 戦争への反省がなく、軍事的色彩の強い「海事歴史科学博物館」 の展示内容や、そもそもの設置目的などの再考を求めます! 呉市の健全なる街づくりのために、ご尽力いただいていることに感謝いたしま す。 今年は、空襲・被爆60年の大切な年で、私たちは、戦争を支えた街としての呉 の近現代史を心に刻み、二度と戦争に関わる街にはならないという決意を新たにすべ き年だと思います。その年に、「歴史科学」をテーマにした博物館が開館したことは 、時宜を得たものにも思えますが、展示内容からは逆効果しか果たさないものに見え ます。一見した第1印象は、とてもグロテスクな博物館だということです。どこか らでも「大和」の巨大模型が見える構成で、まさに戦艦大和の模型、回天、零戦など 軍事技術に偏った「軍事ミュージアム」そのものです。「海自歴史科学」とは、民俗 学的な面も含め、より幅広いもののはずですが、それがなぜ軍事技術中心なのか納得 いきません。結果として戦争技術を賛美し、戦争を支えた街であることを誇る博物館 が、税金を使って建設されることを黙認することができず、以下の理由より展示内容 の抜本的な見直しを強く要請するものです。 1)展示の中心は、戦艦「大和」の巨大模型や零戦、そして巨大戦艦の遺品ばか りです。どれも大量殺人のための装備を備えた建造物です。にもかかわらず大量殺戮 のためにつくられたものであるという兵器の本質に関わる記述が、どこにも見あたり ません。更に展示されている兵器が使われた「15年戦争」で、日本軍は、アジアの 各地で資源や食料を略奪し、おびただしい数の市民を殺戮し、日本人自身も300万 人という人々が死んでいることへの心からの反省、決して同じことはくり返さないと いう決意がどこにも展示されていません。つまり、戦争へのきちんとした整理が示さ れないまま、そこで使われた軍事技術だけが大きく、いかにも誇らしげに展示されて いるのは、軍事技術を賛美し、あの戦争を美化することしか結果しない危険性があり ま す。 2)呉の歴史については、かなり詳細な展示になっていますが、「海軍と海軍工 廠の造船技術が呉を作った」という一面だけを取り出しており、戦争を支え、多くの アジアの人々の血を流してきた軍事拠点であり続けたこと、それが敗戦まぎわの連続 的な空襲被害をもたらしたことに対する反省の意識がほとんど感じられません。また 海軍の進出による住民の強制立ち退き、朝鮮半島からの強制連行を含めた人々に対す る強制労働などの展示も見られません。戦後、呉市民が、自らの意志で旧軍港市転換 法を選び取り、海軍の街から「平和産業港湾都市」として歩もうとしたときの思いが 伝わってくる展示は全くありません。そして、今も、米軍弾薬庫や海上自衛隊と言 った軍事施設が街の各所にひしめいている現実については、全くと言っていいほど展 示がないことも奇妙です。 3)呉市は「戦艦大和や空襲など事実を展示しているので、全体を通して平和の 尊さを理解してもらえる」と考えておられるようですが、これが詭弁であることは、 海外、特にアジアからの来訪者にどう映るかを想起しただけでもわかるはずです。 海軍工廠で作られ、アジアへの侵略戦争を遂行した軍艦の模型を、誇らしげに展示し ていたのでは、呉市が戦争の反省もないまま、再び軍事基地として動こうとしている と理解されることは必至です。アジア太平洋の人々は、日本が近代化の前半において アジアを戦場として起こした戦争に対し、日本が戦争責任を明確にすることもないま ま、自衛隊という「軍隊」を膨張させ、海外に出ていける政治体制を築きつつあるこ とに強い危惧を抱いています。そのような折りに、軍港である呉市が、旧海軍の色合 いを強く持った博物館を建設したことは、自らを国際的に孤立させてでも、軍事化を 推進させようとしていると思われても仕方がありません。国際交流を促進し、国際社 会で相互に信頼していくためには、呉市の近代史を心からの反省の気持ちで総括する 視点を示さねばなりません。海事歴史科学博物館の開館は、まさにその逆のことを自 治体として行おうとしているのです。 4)原爆を投下したことに対する謝罪や反省が示されないまま、原爆を投下した エノラゲイをスミソニアン博物館に展示したとき、被爆者や広島市民が絶対に容認で きないと言う思いを抱くのは当然です。展示する側が、主観的には事実を展示するだ けと主張しても、被害を受けた日本側の不信感は消えることはありません。15年戦 争で日本がアジアを侵略し、多くの人々を殺害したことへの心からの反省を、まず入 り口できちんと表明することが必要です。当時の日本政府が、富国強兵政策に基づい て軍国主義を貫き、人々もそれを担ってしまったことを反省する展示が、どこにも見 られないのです。それでいて、当時世界最強をめざした「戦艦大和」の模型を誇らし げに展示しているのでは、呉市が、アメリカが広島の人々の思いを無視してエノラゲ イを展示したのと同じことを今、やりはじめていると見られても仕方ありません。 5) 「大和」の乗員の信条に関する受け止め方も、一面的です。ヤマトが沖縄に 出撃したときは片道切符であり、死んで帰れという命令が下されたも同然でした。 いわば「ヤマト」全体が「特攻」兵器にされたわけで、乗員の無念は計り知れないこ とには余り触れずに、「特攻」を覚悟で、それでも皆で出撃しようとの説得をした文 が大きく展示されていることは問題です。生命そのものを軽く見た、無駄死にを強い られての出撃であったことへの配慮がない一方で、「技術のすばらしさ」だけが賞賛 されているのです。  博物館と直接関係ないかもしれませんが、開館に合わせる形で制作中の映画「 男たちのヤマト」は、矛盾のなかでも「国のため」に死んでいった思いを美化するこ とで、まさに矛盾をごまかしていく役割を果たしてしまうのではないか危惧します 。 6) 今、自衛隊がアフガンヤイラクなど海外に出て、アメリカの戦争の一部を 担う時代が始まり、呉はその重要な拠点となっています。自衛隊員とその家族は、「 憲法の平和主義のもとで、水際で守る」のでなく、なぜ海外に出て行けるのか疑問を 持ちつつ、「仕事だから命令されれば行くしかない」との意識の狭間で揺れているの です。彼らの意識を鼓舞する機能を果たしていくことにもなりかねません。再び、 「戦争ができる国」になろうとする力がうごめいているときに、戦前の戦争を賛美し ていると受け止められかねない博物館をつくったことは、市民の意識を変えていくた めに悪用されていく可能性もあります。 7)建設に関わる財源の多くが、防衛庁や防衛施設庁に依存していたことは重大 です。 建設中にも、日本政府は、特別立法をつくることで、アメリカによるアフガン、 イラクの戦争に自衛隊を派遣・派兵できる体制を整え、その重要な一部を呉の海上自 衛隊が担う時代が始まっています。実態は戦車揚陸艦である大型輸送艦が、空母のよ うな形をして、呉港内に3隻も停泊し、つい先日も、補給艦「とわだ」が5回目のア フガン派遣のために呉港を出たばかりです。「自衛」隊の本来の意味から言えばして はならない、海外派遣が「普通のこと」になる時代が始まり、更にその先に憲法九条 すらも変えてしまおうとする政治勢力が国会で大手をふるう時代になる情勢を考える と、防衛施設庁などからの資金に頼って、軍事的なものを全面に立てた博物館を今作 ることの危険性は明白です。最近の中国や韓国民衆からの日本政府や日本社会に対す る批判の声は、まさにそのような動きへの警告として出ていることは明らかであり、 呉市の当該博物館は、まさに軍国主義の象徴として批判の的となるでしょう。 8) 科学技術と生活の展示も、公害や核兵器を中心とした近代兵器など科学技 術の進歩が自らの生存基盤をむしばんでしまったという現実を直視するのでなく、い たづらに空虚な夢をばらまくだけのものになりかねない印象を与えます。21世紀は 人間と自然の関わり合いが問われる時代であり、呉市は海をテーマにしていることを 考えれば、例えば海を中心テーマにした自然史博物館の方がよほど意義がありますし 、小中高校生も含めた子どもたちを中心としてくり返し訪れる施設になるでしょう。 これらのことより、以下、要請します。 1)展示内容については、様々な見解がある問題が多く、海外、特にアジアの戦 争被害者の立場を考慮する見地から展示内容について再考すること。 2)呉の海上自衛隊が、海外派兵の拠点として動きつつある中で、戦前のアジア 侵略を 支えた軍事色の強い展示の再検討をする期間、博物館を閉館すること。 ┌─────────────────────────────────── ───┐ │  入れるな核艦船!飛ばすな核攻撃機! │ │     ピースリンク広島・呉・岩国(28団体) │ 参考1:  申し入れ文は追って検討しますが、参考のため連休前に作っていた案を示しま す。 :  呉市長             2005年5月11日  小笠原臣也様   要  請  書  戦争の反省がなく、軍事的色彩の強い「呉市海事歴史科学博物館」(大和ミユ ージアム)の展示内容や、そもそもの設置目的などの再考を求めます! 呉市の健全なる街づくりのために、日々、ご尽力いただいていることに感謝い たします。私たちは、呉市民として被爆・空襲60年の大切な年に、戦争技術を賛 美し、戦争を支えた町であることを誇るような博物館が、私たちの税金を使って建 設され、運用されることを黙認することができず、以下の理由より、展示内容の再考 を強く求め、それまでの一時閉鎖を要請するものです。 1)海事博物館の展示の中心は、戦艦「大和」の巨大模型や零戦、そして巨大戦 艦の遺品ばかりです。これらは、どれも、大量殺人のための装備を備えた建造物で あり、そのようなものを誇らしげに展示することは、呉市が侵略戦争の歴史を反省 していないことを露骨に示すものであり、絶対に容認できません。呉の歴史について 、「海軍工廠での造船技術が呉を作った」という一面だけを取り出しており、戦争 を支え、多くのアジアの人々の血を流してきた軍事拠点であり続けたこと、それが敗 戦まぎわの連続的な空襲被害をもたらしたことに対する反省の意識がほとんど感じら れません。 旧軍港市転換法に基づいた「平和産業港湾都市」にあるまじき展示内容となって います。 2)建設に関わる財源の多くが、防衛庁や防衛施設庁に依存していることは重大 です。 建設中にも、日本政府は、特別立法をつくることで、アメリカによるアフガン、 イラクの戦争に自衛隊を派遣・派兵できるという体制を整え、その重要な一部を呉の 海上自衛隊が担う時代が始まっています。実態は戦車揚陸艦である大型輸送艦が、空 母のような形をして、呉港内に3隻も停泊し、つい先日も、補給艦「とわだ」が、5 回目のアフガン派遣のために呉港を出たばかりです。「自衛」隊の本来の意味から言 えばしてはならない、海外派遣が「普通のこと」になる時代が始まり、更にその先に 憲法九条すらも変えてしまおうとする政治勢力が国会で大手をふるう時代になる情勢 を考えると、防衛施設庁などからの資金に頼って、軍事的なものを全面に立てた博物 館を今作ることの危険性は明白です。最近の中国や韓国民衆からの日本政府や日本社 会に対する批判の声は、まさにそのような動きへの警告として出ていることは明らか であり、呉市の当該博物館は、まさに軍国主義の象徴として批判の的となるでしょう 。 3) 呉市は「戦艦大和や空襲なども展示するので、全体を通して平和の尊さを 理解してもらえる」と話ているようですが、これが詭弁であることは、海外、特に アジアからの訪問客を連れていったとしたとき、どのように映るかを想起しただけで もわかるはずです。海軍工廠で作られ、アジアへの侵略戦争を遂行した軍艦の模型を 、誇らしげに展示していたのでは、呉市が戦争の反省もないまま、再び軍事基地とし て動こうとしていると理解されることは必至です。アジア太平洋の人々は、日本が近 代化の前半においてアジアを戦場として起こした戦争に対し、日本が戦争責任を明確 にすることもないまま、自衛隊という「軍隊」を膨張させ、海外に出ていける政治体 制を築きつつあることに強い危惧を抱いています。そのような折りに、軍港である呉 市が、旧海軍と海上自衛隊の色合いを強く持った博物館を建設することは、国際的 に見て、自らを孤立させてでも、軍事化を推進させようとしていると思われても仕方 がありません。国際交流を促進し、国際社会で相互に信頼していくためには、呉市の 近代史を心からの反省の気持ちで総括する視点を示さねばなりません。海事歴史科学 博物館の開館は、まさにその逆のことを自治体として意志表示することにしかならな いことは明らかです。 4) 他方で、採算が合わないで、大きな赤字を残すことになる可能性が高いと 考えられます。維持費に見合うだけの収入が確保できる見込みがあるとは思えませ ん。呉ポートピアの苦い体験をもつ呉市であればこそ、同じ過ちをくり返さないため に、慎重に慎重を期すべきです。  科学技術と生活の展示も、公害や核兵器を中心とした近代兵器など科学技術の 進歩が自らの生存基盤をむしばんでしまったという現実を直視するのでなく、いたづ らに空虚な夢をばらまくだけのものになりかねない印象を与えます。21世紀が人間 と自然の関わり合いが問われる時代であり、呉市は海をテーマにしていることを考え れば、例えば海を中心テーマにした自然史博物館の方がよほど意義がありますし、 小中高校生も含めた子どもたちを中心としてくり返し訪れる施設になるでしょう。 これらのことより、以下、要請します。 1)呉の海上自衛隊が、海外派兵の拠点にとして動きつつある中で、戦前のアジ ア侵略  を支えた軍事色の強い展示を中心とした博物館の建設・開館は見合わせ ること。 2)展示内容については、様々な見解がある問題が多く、海外、特にアジアの戦 争被害  者の立場を考慮する見地から展示内容について再考すること。 参考2:4/26,一度見た時の感想: 「呉市海事歴史科学博物館」(大和ミユージアム)の展示 (1) 第1印象は?   とてもグロテスクな博物館だと思う。「海自歴史科 学」というのは、幅広いものだと思うが、それがなぜ戦艦大和の模型、回天、零戦と 軍事技術に偏った「ヤマトミュージアミュ」なのか、納得いかない。被爆・空襲60 年の大切な年に、戦争技術を賛美し、戦争を支えた町であることを誇るような博物館 が建設されたことは残念です。呉市民として、恥ずかしいです。 (2)問題点は? a) 大量殺戮のためにつくられたものであるという兵器の本質に関わる記述が 、どこにもない。あっても、ほとんど目立たない。 b) 展示されている兵器が使われた「15年戦争」で、アジアの各地で、資源 や食料を略奪し、おびただしい数の市民を殺戮し、日本人自身も300万人という人 々が死んでいることへの心からの反省、決して同じことはくり返さないという決意が どこにも展示されていない。つまり、戦争へのきちんとした整理が示されないまま、 そこで使われた軍事技術だけが大きく、いかにも誇らしげに展示されているのは、ま ずいのではないか。 c)「事実」を見せているだけと言うが、見に来る人の立場に立っての展示でな ければならないという視点が希薄なのではないか。特に、中国、朝鮮半島、インドシ ナなどの人々が来たとき、どのように見えるかという点については、慎重であるべき 。この展示のままでは、戦争に対する反省が見えず、戦争を賛美しているようにしか 受け止められない。 cf:原爆を投下したことに対する謝罪や反省が示されないまま、原爆を投下 したエノラゲイをスミソニアン博物館に展示したとき、被爆者や広島から見れば、絶 対に 容認できないと言う思いを抱くのは当然で、その日本側の不信感を理解できれば 、今回は全く同じ問題であることがわかるのではないか。呉市は、アメリカが広島の 人々の思いを無視して、エノラゲイを展示したのと同じことを今、やっているのでは ないか。 d) 「ヤマト」の乗員の信条に関する受け止め方が、一面的である。「遺書」 が展示されているが、それは表向きのものであって、本心は書けないのが当時の時 代性である。ヤマトが出撃するときは、片道切符であり、死んで帰れという命令が下 されたも同然でした。いわば「ヤマト」全体が「特攻」兵器にされたわけで、乗員の 無念は計り知れない。生命そのものを軽く見た、無駄死にを強いられての出撃であっ たことへの配慮がない一方で、「技術のすばらしさ」だけが賞賛されている。  映画「男たちのヤマト」は、矛盾のなかでも「国のため」に死んでいった思い を美化することで、まさに矛盾をごまかしていく役割を果たしてしまうのではないか 危惧する。→自衛隊員の意識形成への影響 e) 今、自衛隊がアフガンヤイラクなど海外に出て、アメリカの戦争の一部を 担う時代が始まっており、呉はその重要な拠点となっている。自衛隊員は、その狭間 で揺れている。彼らの意識を鼓舞する機能を果たしていくことにもなりかねない。再 び、「戦争ができる国」になろうとする力がうごめいているときに、戦前の戦争を賛 美していると受け止められかねない博物館をつくったことは、市民の意識を変えてい くために悪用されていく可能性もある。