原爆症認定集団訴訟を支える青年の会・PEACEBIRD
"Peace Bird"は、おりづるのこと。ハートと鳥をあわせた形は、人と人とのつながり、そして未来へ向かう意志を表しています。

●みんなで支えよう、ヒバクシャの勇気
●みんなで受け継ごう、ヒバクシャの想い
●核兵器のない未来、いっしょにつくろう!
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原爆の被害は、続いている

 広島・長崎で原爆被害にあった被爆者たちは、ガンなどの病気や差別や偏見に、今もなお苦しめられています。その被爆者たちが、「国は原爆被害を認めろ」「これ以上世界のどこにもヒバクシャをつくるな」と、自らの病気の体をおし、命がけのたたかいにたちあがりました。
  私たちは、被爆者たちのこの想いを受け止めたい、核兵器のない世界をつくっていきたいという思いで、会を結成しました。たった一度きりの人生を奪い、変えてしまう核兵器は、私たちの未来にはいりません。ぜひ一緒に被爆者を支え、被爆者と一緒に、原爆被害の実相と、「ふたたび被爆者をつくるな」の声を日本中、世界中に広げていきましょう!

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2011.7.20更新

お知らせ: 事務局メンバーの就職など生活環境の変化から集まることができなくなってしまい、活発な活動ができなくなったまま、東京の集団訴訟の終結を迎えました。サイトも長らくこの「News」だけの更新(それも長い空白期間がありました)となっていました。メールニュースだけは不定期ながらに発信していましたが、 集団訴訟の終結に伴い、すべての活動を終了しました。

■第3次集団訴訟 勝訴判決  東京の集団訴訟は終結

 2003年5月27日からはじまった原爆症集団訴訟・東京訴訟が、8年の歳月をへていよいよ7月5日に終結しました。
 未認定の16名のうち4名をのぞいて認定却下処分を取り消す勝訴判決となりました。4名の方々の却下は、被爆者援護法の趣旨に照らしても誤った解釈であり、極めて遺憾です。
 それでも判決全体では、被爆者援護法について「実質的には国家補償的配慮をも制度の根底にすえて」いるとしたこと、この間認定を却下されている条件・疾病について認定したこと、法廷で国が生活習慣や加齢などをあげて放射線起因性はないと主張したことに対し、それらの要因のみで切り捨てることなく総合評価が必要であるとしたことなど、大きな前進面もあります。今後の認定行政にも大きく影響を与えると思われます。

2010年3月30日、東京高裁で判決

 積極認定疾病であるがん、心筋梗塞はもちろん、脳梗塞、先例のない甲状腺機能亢進症についても認定の範囲を広げるものになりました。また、被爆者の証言について、「原爆被害を身をもって体験した者による第一次的な証拠」として「その重要性を適切に評価することが必要」と判断しました。さらに、5日後入市のガン、そして、未だに厚生労働省が却下し続けている直爆2キロの心筋梗塞の放射線起因性を認めました。

集団訴訟終結へ 政府・自民党と日本被団協、「確認書」をとりかわす

 2009年8月6日の広島市平和祈念式典の直後、広島で原爆症集団訴訟についての「確認書」が、日本被団協代表と麻生太郎総理大臣との間で交わされました。これを受けて首相官邸では、河村官房長官が「談話」を発表。これらは集団訴訟の一括解決と原告全員の救済への政府の決断と、裁判長期化への陳謝、核兵器廃絶についての政府見解を盛り込んだ文書です。
 一方、日本被団協と全国原告団、全国弁護団は共同で、この決断と見解を歓迎する「声明」を発表。ここまで政府を追い込んだ広範な国民の支援に感謝し、「確認書」で示された「道筋」にしたがって、残された課題の全面解決に力をつくす決意を明らかにしました。
 東京では第2次訴訟の12人が11月に結審し、来春に判決が予定されます。今秋から審理がはじまる第3次訴訟の16人をふくめ認定されていない原告を1人でも多く勝訴させること、これらの原告の条件を今後の厚生労働省との「協議」の場で認定基準にさせることが、集団訴訟の成果を全被爆者に広げていくうえで重要な課題になります。

被爆者は6月9日より、再度の座り込みを行いました

 2009年6月2日の厚労省と被爆者・弁護団との交渉で、厚生労働省の担当者は「上告もありうる」と発言し被爆者の怒りをかった上、全面解決の中身については何一つ発言しませんでした。添厚労相も判決直後には「できるだけ早く原告のみなさんとお話をして要望をお聞きしたい」と述べていましたが、「面談は上告期限の11日以降に」と言い出しました。これをうけて、被爆者・原告は、まず面談して声を聴くことを要求して座り込み再開を決めました。
9日、厚生労働大臣は急遽被爆者との面談を行い、その直前には東京高裁判決の上告断念を発表しましたが、原爆症認定問題の全面解決への道筋はいまだ明確ではありません。
今回の東京高裁判決をはじめ18の勝訴判決があり、この間の新聞報道等を見れば明らかなとおり国民世論も被爆者を支援しています。 国会は野党はもちろん、与党プロジェクトチームも私たちの要求を大幅に受け入れ、原告全員救済の方向性を打ち出しています。原告全員救済と裁判の判例にしたがった認定基準の改定を勝ち取る決意です。
ページをごらんのみなさんにも、厚いご支援をお願いします。

集団訴訟東京・第一次訴訟控訴審 5月28日、被爆者勝利の判決! 6月9日、国は上告断念

 この判決は、以下のように画期的な内容でした。
未認定原告10名及び認定原告1名の未認定疾病について、1名を除いて却下処分を取り消しました。
原爆症認定を、「単なる社会保障的観点に基づくものではなく、戦争遂行主体であった国の国家補償的措置として行われるもの」としました。
DS86と原因確率による認定基準は欠陥があると認めました。
肝機能障害と甲状腺機能低下症の放射線起因性を無条件に肯定しました。
4キロメートル、5キロメートル及び120時間以降の入市のがんについても放射線起因性を認めました。

■5月15日、近畿二次訴訟大阪高裁判決 認定対象をおおきく広げうる勝利判決 5月28日、国は上告を断念

 C型肝硬変や、「新しい審査の方針」で積極認定の対象とされているにもかかわらず認定範囲が厳しく制限されている心筋梗塞について入市被爆者の場合にも放射線起因性を認めたこと、またかつては認定対象とされながらその後認定が制限されている体内異物についても放射線起因性を認めたことなど、 「新しい審査の方針」の問題点を明らかにするうえで大きな意義を持つ判決となりました。

■3月27日、高知訴訟判決 「虚血性心疾患」に放射線起因性を認める 4月7日、国は控訴

 最大の争点は、厚生労働省が昨年4月から見直した「新しい審査の方針」でも積極認定の疾病に入っていなかった「虚血性心疾患」に放射線起因性を認めるか、ということでし た。判決では、「入市被爆者である卓助の放射線起因性を判断するに当たっては、審査の方針の基準によるのではなく、放射性降下物による被曝の可能性や内部 被曝の可能性をも念頭に置いた上で」放射線起因性を判断するのが相当であるとし、本件でも上杉さんが内部被曝した可能性は否定できないと結論づけていま す。

■3月18日、広島二次訴訟判決 初めての国家賠償責任を認める 3月25日、国は控訴

 広島での二次訴訟 の判決は、原告のうち5人の疾病を原爆症と認め、3人について国家賠償責任を認めました。国家賠償責任が認められたのは原爆症認定集団訴訟全体を通じて初 めてです。原爆症認定行政のいくつかの具体的事例をあげ、厚生労働大臣は「職務上尽くすべき注意義務に違反している」としています。
3月25日、国は千葉の東京高裁判決への上告とともに国は不当控訴。

■3月12日、千葉第一次訴訟控訴審でも勝訴 3月25日、国は集団訴訟では初の上告

 東京高裁は、千葉地裁判決に対する厚労省の控訴を棄却しました。判決は肝機能障害について放射線起因性を認めており、これは集団訴訟では高等裁判所における初めての判断です。国は原爆症認定集団訴訟において14連敗となりました。
3月25日、国は不当にも上告しました。

■2009年1月23日、鹿児島地裁で被爆者勝訴 2月3日、国は控訴断念

 鹿児島の原告は、全員が「新しい審査の方針」の下で認定されていますが、認められなかった疾病2件について認定をもとめて裁判が続けられていました。判決はこの2件も認定。
2月3日、厚生労働省は控訴を断念。原爆症認定集団訴訟で、地裁判決に対し国が控訴しなかったのは初めてです。

■千葉地裁でも被爆者完全勝訴 関連行動、東京高裁証人尋問にご参加を

 札幌地裁判決の控訴を断念させる被爆者・支援者のとりくみは、厚労省が甲状腺機能低下症と肝機能障害を原爆症認定の「積極認定」に盛り込むかどうかの検討を開始させるという新しい展望をひらきました。しかし、その検討は従来の「原因確率」でコチコチに固まっている厚労省医療分科会ですすめられます。このため、原告団をはじめ被爆者は、10月14日の千葉地裁の判決もひとつの契機として世論をひろげ、政府・厚労省に強く訴えていこうととりくみをつよめています。
 千葉地裁判決は、「新しい審査の方針」でいわゆる積極認定の対象となっていないC型肝炎ウイルスによる肝硬変について、放射線起因性を認めました。また、積極認定の対象ではない脳梗塞についても、放射線起因性を認め、さらに、積極認定の対象とされながら、わずかしか認定されていない心筋梗塞についても、放射線起因性を認め原爆症と認定しています。全国原告団は声明で『判決は、「新しい審査の方針」について、待ったなしの抜本的見直しを迫るものである。』としています。

■原爆症認定集団訴訟・仙台高裁、大阪高裁で勝訴 国は上告断念、しかし他の裁判は継続 被爆者の要求は無視

 今回の判決も、「新しい審査の基準」の見直しを迫るものとなりました。勝訴判決を受けて、原告団などは厚生労働大臣に対し以下の5点の申し入れを行いましたが、10月3日、国は控訴しました。

  1. 札幌地裁判決に対する控訴を断念すること。
  2. 仙台・大阪両高裁判決及び長崎・札幌両地裁判決の趣旨を踏まえ、「審査の方針」を原爆被害の実態に即したものに再改訂すること。
  3. 全国の原爆症認定集団訴訟を一括解決すること。
  4. これまでの被爆者切り捨ての認定行政を反省し、被爆者に謝罪すること。
  5. 厚生労働大臣が私たちと面談して、この申し入れに回答すること。
■6月23日、長崎地裁でも被爆者が勝訴、 6月27日、国は原告10人に対し控訴

 長崎地裁は、国が放射線との因果関係を否定し続け、新認定基準の積極認定の対象としていない肝機能障害についても放射線起因性を認めました。4月から運用されている「新しい審査の方針」の抜本的な見直しを改めて迫るものになっています。
一方、棄却された7名については、被曝線量や原爆放射線の影響に対する評価を誤ったものというほかありません。

 判決要旨や原告団などの声明は、下記の仙台および大阪高裁のものとあわせて東友会(東京都原爆被害者団体協議会)サイトに掲載されています。

■原爆症認定集団訴訟・仙台高裁、大阪高裁で勝訴 国は上告断念、しかし他の裁判は継続 被爆者の要求は無視

 5月28日に仙台高裁が、30日には大阪高裁が、原告全員の病気を原爆症と認定すべきだという判決をおこないました。新しい認定基準が発表された直後に、ふたつの判決はこの基準見直しを求めるかたちとなりました。6月10日に舛添厚生労働大臣が仙台・大阪高裁判決の上告を断念すると発表しました。しかし、私たちの要求は無視し続けています。私たちは引き続き福田総理に「305人の原告の全員の救済」「これまでの被爆者行政への謝罪」「原爆症認定制度の根本的改善」の3点を求めています。

■原爆症認定集団訴訟・仙台高裁、大阪高裁で勝訴

 5月28日に仙台高裁が、30日には大阪高裁が、原告の病気を原爆症と認定すべきだという判決をおこないました。新しい認定基準が発表された直後に、ふたつの判決はこの基準の見直しを求めるかたちとなりました。

■集団訴訟・東京 控訴審第1回弁論日程きまる

昨年8月安倍首相(当時)が被爆者代表と会い、原爆症認定制度のあり方を見直すことを厚生労働大臣に指示して以降、政党や政府でも様々な動きがあります。
厚労省の「原爆症認定の在り方に関する検討会」は12月17日に「報告」をまとめましたが、
これまでの審査は妥当であるとしています。
一方12月19日には「認定問題のとりまとめ」を、与党「原爆被爆者対策に関するプロジェクトチーム」が発表、 これを受け1月17日に厚労省は与党プロジェクトチームに対し「新しい審査のイメージ(案)」を提示。その中身は検討会の「報告」の内容は一切無視。「これまでの原因確率による審査を全面的に改め、迅速かつ積極的に認定をおこなう」としています。しかし被爆状況により認定するかしないかを機械的に線引きする内容であり、また訴訟の解決には全く言及していません。日本被団協は田中事務局長名で即日談話を発表。
12月20日には東京の集団訴(第一次提訴)訟控訴審第二回口頭弁論がおこなわれましたが、国側はまたも「原告は被爆していない」旨の暴言。
また厚労省が「新しい審査のイメージ(案)」を示す一週間前、1月10日に初めて全国の原告が集まり原告団会議を開催、「原告の決意と訴え」を発表。11日には舛添要一厚生労働大臣への原告の直接要請が実現、大臣は「与党の先生方としっかり手を組みながら、問題解決のために努力することをお誓い申し上げる」と言明しましたが、その結果が「イメージ(案)」ならばお粗末というしかないように思います。
各種文書などは東友会サイトで読めます。

東友会と東京おりづるネットが連名で「緊急100万人署名」の呼びかけをおこなっています。被爆者が求める認定基準の実現のために、署名を集めてください。自分の名前だけでも構いません。呼びかけを転載します。
***転載ここから***
 2003年以来、被爆者の原爆症認定基準の抜本的改正をもとめて、集団訴訟をおこしたり、国会議員へ働きかけた結果、今年から厚生労働省はようやく従来の基準の改定作業にはいりました。3月末までに新しい基準をつくって4月から審査に使用するといっています。新しい基準のイメージは、従来のものよりは前進していますが、ほんとにわたしたちがもとめている基準にはなっていません。そこで、3月までにあらゆる手段をつかってわたしたちが望む基準に近づけるよう運動を続けています。
 それにはなんといっても国民の世論が大切です。
 そのために昨年来「緊急100万人署名」をお願いしており、昨年末で、すでに37万人余から署名をいただいています。これからも3月末を目途にさらに署名を積み上げて国に提出したいと思っています。
***転載ここまで***
署名用紙は東友会またはおりづるネットサイトから。PDF形式。

■3月22日(月)、集団訴訟・東京の第1次訴訟の判決

03年5月に18人の提訴ではじまった第1次集団訴訟の判決を迎える原告は30人。しかし提訴から3年半の間に、10人がなくなられました。判決日を知った原告や家族は、「裁判で勝っても、みんな1週間で控訴されている。私たちは、国に見殺しにされるのですね」「生きて判決を聞きたい
。でも、ガンが転移し限界がきています」「3月までもちそうにありません」などと話されていたそうです。
 原告30人中21人が勝訴という判決は、被爆の実相を正確にとらえたものとはいえない気がしました。厚生労働省は3月20日に出された仙台地裁の判決と合わせて、3月30日に控訴しています。

■12月18日(月)、集団訴訟第二次提訴

 今年の3月に第2次集団申請がはじまり、東京では累計で100人を超える被爆者が原爆症認定申請をしてきました。
 これに対し、国・厚生労働省は大量に却下してきました。却下された被爆者の中で提訴を希望する人も増え、10月の第1陣につづき、第2陣として21人(予定・うち2人は遺族)が、東京地裁に原爆症認定を求めて提訴を予定しています。 東京の被爆者は、さらに79人(本日現在)が、原爆症認定を求めて集団申請に参加しています。この方たちの却下が続けば、春には、東京だけで100人を超える原告団(第1次集団訴訟の30名含む)になると思われます。
 来年1月31日には名古屋地裁の判決、年度内には東京地裁(年内には日程が決まります)、3月20日には仙台地裁の判決が予定されています。 一方で、東京選出の国会議員50人のうち、23人が「原爆症認定制度を抜本的に改めることについての賛同署名」に応じています。23人の中には、現在、厚生労働省の大臣政務官に就任した菅原一秀議員(就任前に署名)、大臣経験者の伊藤公介議員、菅直人議員など党派を超えた支持が広がっています。

■10月17日(火)、原爆症認定集団訴訟・東京、第二次提訴

 東京地裁に東京在住の被爆者10人が集団提訴をおこないました。
提訴したのは下記の方々です。

  1. 病名:前立腺がん、足立区在住 男性、1935年9月27日生、長崎直爆2.0キロ
  2. 病名:卵巣がん、世田谷区在住 女性、1922年9月17日生、広島直爆2.0キロ
  3. 病名:前立腺がん、杉並区在住 男性、1929年7月21日生、広島直爆4.5キロ
  4. 病名・膀胱がん、豊島区在住 女性、1928年2月29日生、長崎直爆2.7キロ
  5. 病名・心筋梗塞、北区在住 男性、1930年8月27日生、長崎直爆1.4キロ
  6. 病名・S状結腸がん、北区在住 男性、1927年11月26日生、長崎入市8月14日
  7. 病名・大腸がん、北区在住 男性、1928年7月29日生、長崎直爆4.1キロ
  8. 【欠番】病名・肺がん、練馬区在住 男性、1917年8月1日生、広島直爆2.0キロ 橋 一(たかはし はじめ)さん提訴の一週間前に亡くなられました
  9. 病名・前立腺がん、西東京市在住 男性、1940年6月25日生、広島直爆1.5キロ
  10. 病名・小腸間膜間質性腫瘍、狛江市在住 女性、1920年9月30日生、広島直爆1.6キロ
  11. 病名・有棘細胞がん(皮膚がん)、多摩市在住 男生、1916年10月13日生・広島直爆2.0キロ
東京地裁での第1次原爆症集団訴訟(原告30人)は、年末から今年度中に判決が言い渡される予定です。

■8月4日(金)、原爆症認定集団訴訟・広島、全面勝訴 11日、厚生労働省は控訴

 今年5月12日、9人の原告全員が勝訴した大阪地裁判決につづいて、広島地裁の判決が8月4日に言い渡され、41人の原告全員を原爆症と認定する全面勝利となりました。被爆距離、病名とも大阪地裁判決よりもさらに認定の幅を広げる形になりました。大阪地裁の判決と同様、内部被曝によって引き起こされる疾病や、非被爆者と比べて治癒がおそいということを以て原爆症と認定すべきとしています。
 8月8日、厚生労働省は控訴をしないで認定行政を檢めてほしいという要請書を渡そうとした被爆者らを門前で追い払うという暴挙に出ました。8月9日の「ナガサキの日」にも同様で、雨の中要請書を受け取ってほしいと訴える被爆者・支援者・弁護団に対しても「係争中だから」の一点張りで、見かねた警備の方がロビーまで通してくれたそうです。11日には厚生労働省は控訴。 裁判では負け続けているのに、被爆者の声にも司法の判断にも耳を貸さない厚生労働省の態度はあまりにおかしいと言わざるをえません。
行動の様子や厚労省の動向など、速報は全国弁護団のブログ
原爆症認定集団訴訟@被爆61年
をごらんください。

■7月12日(水)、原爆症認定集団訴訟・東京 結審

 東京おりづるネットサイトに、最終弁論と最終準備書面が掲載されています。

■「被爆者の声」Webサイトが開設されました

 「被爆者の声を記録する会」が作成した被爆者の証言CD(9枚組)が、平和団体や博物館、大学や高校の教職員等に寄贈されました。同会代表で元長崎放送記者の伊藤明彦さんが40年かけて収録したもので、284人分の証言が収録されています。伊藤さんによれば、証言してくれた方の8割は亡くなられているだろうとのことです。「若い世代に核兵器の不再使用、核兵器廃絶の思いをつたえてほしい」と作成されたものです。
  このCDに収録されたすべての証言がWeb上で公開されました。インターネット接続環境さえあれば、誰でも被爆証言を聞くことができます。証言は一人分ずつになっているのではなく、「原爆投下前日から当日の昼」「当日の昼から夜」「終戦前まで」「終戦後」「メッセージ」にわけられ、それぞれ短い証言が次々に語られています。つまり「その人ひとりの証言」ではなく「そのときのヒロシマ・ナガサキ」のありさまが浮き彫りになるような編集です。英語版も用意されるようです。リンクは以下。
「被爆者の声」

■原告全員勝訴の原爆症認定集団訴訟・近畿、厚生労働省が5月22日に控訴

 5月22日、厚生労働省は、原爆症集団訴訟大阪地裁判決に対して控訴しました。
 担当課長補佐の話によれば、全国から上京した原告、弁護団、被爆者と核兵器廃絶を願う人びとが厚労省前での座り込み要請行動を始めた午前11時には、控訴手続きを終えていたそうです。しかし窓口ではそれには一言もふれず、夕方になってからマスコミに発表させるという卑屈で卑劣なやりかたをしました。「控訴するな」「厚生労働省は原告と面会せよ」という要請を相手にしないと決め込んだのでしょうか。この暴挙に対する原告団・弁護団などの声明と、原告の声を掲載します。 また、抗議先も載せます。
原爆の生き証人として命をかけて原爆被害の実相を訴えている被爆者たちは、被害を国に認めさせることで核政策を転換させたいと願っています。被爆国日本こそ、核廃絶の先頭に立つべきだと。
被爆者とともに、ぜひ、声をあげてください。
 この記事は、転送・転載歓迎です。

2006年5月22日

抗議声明

原爆症認定訴訟近畿原告団
原爆症認定訴訟近畿弁護団
原爆訴訟支援近畿連絡会
日本原水爆被害者団体協議会
原爆症認定集団訴訟全国弁護団連絡会
原爆症認定集団訴訟を支援する全国ネットワーク

  厚生労働大臣は、5月12日に大阪地裁第2民事部が言い渡した判決(原爆症認定申請却下処分取消等請求事件)に対して、本日控訴した。
  われわれは、全国26万余の被爆者とともに厚生労働省に断固抗議する。
  大阪地裁判決は、全国13の裁判所で171名の原告が提起した原爆症認定集団訴訟の先駆け判決として、原因確率の機械的適用を排し、遠距離・入市被爆を認めてこなかった原爆症認定行政を厳しく批判するものであった。
  厚生労働大臣は、これまで、長崎松谷原爆訴訟、京都小西原爆訴訟,東京東原爆訴訟の7判決で連続敗訴しており、今回の大阪地裁判決は8度目の敗訴である。判決を受けて各紙は「国は認定基準を改めよ」(朝日新聞)、「血の通った審査方針に改めよ」(毎日新聞)、「早急に基準の見直しを」(東京新聞)等の社説を掲げ、控訴の断念、被爆者の早期救済を国に訴えかけている。
  にもかかわらず、厚生労働大臣は、原告らと会おうともせず、被爆者の切実な声に耳を傾けようともせず、控訴の暴挙に至ったもので、断じて許すことができない。
? 控訴は、被爆者の切なる願いを踏みにじり、被爆の苦しみをさらに増大させるものであるばかりか、核兵器廃絶を願う国民を裏切る行為である。
  被爆者には時間がない。全国の原爆症認定集団訴訟原告のうち、すでに26名もの原告が死亡している。今、厚生労働大臣がなすべきことは、控訴ではなく、問題点を指摘された認定行政を根本的に改めることである。
  私たちは、国が全ての原告を直ちに原爆症と認定し、認定制度の抜本的に改めるまで、あらゆる運動を展開し、断固として闘い続ける。
以上

抗議先
厚生労働大臣 川崎 二郎
〒100-8916 東京都千代田区霞が関1-2-2 厚生労働省
TEL 03-5253-1111(代表)
FAX 03-3502-3090(被爆者担当の健康局総務課)

関連サイト
原爆症認定訴訟(集団訴訟の全国弁護団が運営)
http://www.genbaku.jp/

控訴を受けての原告のコメントを紹介します。

近畿原告・木村民子さん(68歳)
控訴されたことは非常に残念です。私たちは、最後までがんばります。

近畿原告・小高美代子さん(82歳)
5月12日に9名全員勝訴の判決を頂き、涙で喜び合ってわずか10日もたたないなかで、控訴されたとの知らせを受けて耳を疑いました。アメリカからも日本国からも61年という長い年月冷視されて、その中で日本の貧しさのなかで私達が一生懸命に頑張って栄えてきた力になったこと・・・もう82歳という年を迎えようとしている。このまま裁判を続けて一人一人日の目を見ないで死んでいくのを待たれるのかとかんぐりたくもなります。同じ日本人同士でしょう。特別無茶を言っているとは思いません。優しい心で接していただきたい。今の心境は以上ですが、といって、又ない力を振り絞って被爆者のために戦います。よろしくお願いいたします。

東京の原告・梅園義胤さんのコメント(66歳)
筋書きができていたんじゃないんですか。ムシャクシャしています。被爆者はみんな年をとっているんですから。生きているうちに、原爆症と認められるのは無理なんでしょうか。

東京の原告・田アアイ子さんのコメント(71歳)=原告・故小西アカネさんの実妹(小西さんは昨年6月に逝去)
私たちは厚生労働省の前で要請をしていたのに。その間に控訴していたんですか。言葉がありません。くやしい。国は、人間を、被爆者をどう思っているのでしょうか。私たちは負けられません。

■原爆症認定集団訴訟・近畿 5月12日、9人全員勝利の判決

 原爆症認定集団訴訟・近畿(大阪地裁)で、9人の原告全員が勝利。被爆状況や病名によっては全員は勝てないということもあるのではないかという不安も持っていましたが、裁判所は全員について「国の認定却下処分を取り消す」と判決しました。
  被爆者の病気が原爆被爆に起因するものかどうかを判定するために国が用いている基準についても、「原爆被害はまだ完全に解明されていない」「機 械的にあてはめるのでなく、一人ひとりの被爆状況(判決大要には、「被爆直後の行動経過、活動内容、生活環境、…とひとことではなくわざわざ細かく、いくつもいくつも 列記されている)に基づいて判定すべき」としています。放射性物質(ちりや煤など)を水や食べ物と一緒に体内に取り込んだために長期間おこり続ける内部被曝を考慮すべきとした結果のようです。
  本当に、本当に画期的な勝利。「原爆症」は現在のところ、国の基準によれば近距離直接被爆の被爆者の、しかも種類の限られたガン以外はほとんど 認定されていません。あとから市内に入った人や、遠距離直接被爆だとそれだけで却下なのだ。たとえ原爆投下当日に爆心地付近まで入っていたとしても。けれど も今回の判決はそれをくつがえす内容です。根本的に認定の幅をひろげることを求めた判決に見えます。原爆の被害が60年たった今も広範に現れ続け、被爆者を苦 しめ続けているという事実は、核兵器を「使える兵器」にしようとする勢力への大きな打撃となるものだと思います。
  厚生労働省は、もう法廷で争うことなんかやめて、原告の病気を原爆症と早く認めてしまったらいいと思いました。そのためにも今、よりたくさんの人に知らせていきたいと思いました。(文責:ワダツミ)

厚生労働省前キャンドル行動、5月12日18:30〜19:00。厚生労働省に向かって。
厚労省へ向かって訴える原告を初めとした被爆者、そして支援者。