認知度の低い広汎性発達障害に関する研究

〜ICD10とDSM−検TRの対比分類分析および諸外国の現状から〜


1 はじめに

 ICD10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)によると、広汎性発達障害は、コードF84に上位分類され、その中で最も有名なのは、古典的自閉症(F84.0)およびアスペルガー症候群(F84.5)であるが、このアスペルガー症候群は、近年、急速に注目されてきている障害であり、その話題性に気を取られがちになるためか、これらの症状ないし診断基準の表面(表層)をなぞるかのような診断法を取る医師が全国的に増えており、それが近年のアスペルガー症候群の診断およびその可能性が高いといった告知の急増につながっているようにも思える(*1)。
 しかしながら、ICD10によると、広汎性発達障害には、古典的自閉症(F84.0)、アスペルガー症候群(F84.5)のほかに、非定型自閉症(F84.1)、レット症候群(F84.2)、小児期崩壊性障害(F84.3)、知的障害を伴う過動性障害(F84.4)、その他の広汎性発達障害(F84.8)、広汎性発達障害,特定不能のもの(F84.9)があり、その中でも、F84.1、F84.8、F84.9の理解や認知度が低いため、それが上記のような状況を助長しているのではないかと私は考えているところである。
 広汎性発達障害者医療において重要なのは、診断基準の「深層の理解」と、認知度の低い広汎性発達障害などとの慎重な鑑別であり、それが患者の「理解」と「社会適応への適切なサポート」につながっていくともに、また医師全体をもってして認知度の低い広汎性発達障害についての認知を進めていくことが、広汎性発達障害者医療の発展および全体的な医療倫理の向上につながり、僻地医療も含め全国的に質の高い医療の提供に結びついていくのではないかと考え、本論文を執筆するにあたった。

2 F84.8、F84.9において定義される広汎性発達障害

ICD10によると、「その他の広汎性発達障害」(F84.8)とは「自閉性精神発達遅滞」を意味し、「広汎性発達障害,特定不能のもの」(F84.9)とは、「残遺診断カテゴリーで、広汎性発達障害の一般的記載に合致するが、十分な情報を欠いたり、矛盾する所見があるために、F84の他のコードのいずれの診断基準も満たしえない障害に対して用いられるもの」と解説されている。

3 F84.1の非定型自閉症(Atypical Autism)

ICD10では、F84.1の非定型自閉症について、発症年齢のみの非定型性、症候上のみの非定型性、発症年齢および症候上の両者の非定型性の3つに分類しており、「発症年齢および症候の両者の非定型性」の診断基準(F84.12)としては、A)自閉症の基準A項を満たさないこと、B)相互的な社会関係やコミュニケーションの質的異常、または行動や興味及び活動性のパターンが制限され反復的・常同的であること(自閉症の診断基準のうち、異常な領域の数についての基準は満たさなくて良い)、C)自閉症の基準C項を満たすこと、D)自閉症の基準B項のすべては満たさないことと記載されている。

 「ド・モルガンの法則」により、これを言い換えると、すなわち、非定型自閉症(発症年齢および症候上の両者の非定型群;すなわち高機能型)とは、

機縫▲好撻襯ー症候群の基準A項(表出性・受容性言語や認識能力、身辺処理などに臨床的に明白な遅延がなく、かつ、2歳までに単語を発し、3歳までに意思伝達のための2語文が使えること)を満たし、
供砲修領彎価が、別の広汎性発達障害や小児愛着性障害、ごく早期に発症した統合失調症などによっているものではなく、
掘房閉症の基準B項のうち、「1)、2)、3)から6つ以上、なおかつ、1)から少なくとも2つ、2)、3)からそれぞれ少なくとも1つが存在する」を満たさない、つまり、
「1)2)3)から合計6つ以上存在するか否かにかかわらず、1)2)3)のうち1つまたは2つの満たし方が基準に適合しない」
という臨床像および
「1)から少なくとも2つ、2)から少なくとも1つ、3)から少なくとも1つ存在するものの、1)2)3)から合計6つ存在しない」
という臨床像を指すといえ、ここで重要となる自閉症の基準B項、つまり下記の、

1)
a)視線、表情、姿勢、身振りなどを適切に使用して、相手とのやりとりを調整できない、
b)興味、活動、情緒を相互に分かち合うような友達関係を十分に発展させることができない
c)相手の感情に対する反応が乏しかったり、異常だったりすることによって示される社会的・情緒的相互関係の欠如、あるいは社会的文脈に沿って行動を調整することの欠如、あるいは社会的、情緒的、意思伝達的な統合の弱さ
d)喜び、興味、達成感を相手と自発的に分かち合おうとしない(たとえば、自分が関心を持っているものを相手に見せたり、もってきたり、あるいは指し示すことがない)
2)
a)話し言葉の発達が遅れているか、あるいは話し言葉が全く無い、なおかつ、それに変わるコミュニケーション様式として身振りや手振りを用いようとしない
b)言語能力がどのような水準にあろうとも、相手からのコミュニケーションに対して互いに反応しあうものである会話のやりとりを自分から始めたり、維持することが、その言語能力に見合わないほど下手である
c)常同的、反復的に単語をつかったり、あるいは単語や語句の特有の言い回しをする
d)ごっこあそびや、(低学年であれば)相手との模倣あそびを色々なやり方で、自発的に行なうことがない
3)
a)1つまたはそれ以上の常同的で制限された興味のパターンへの没頭が見られ、なおかつ、その内容や焦点の当て方が異常であること。または、1つあるいはそれ以上の興味への没頭が見られ、内容やその焦点の当て方ではなく、その強さや限定された性質の点で異常であること
b)特定の機能的でない手順や儀式的行為に対して、強迫的とも見える執着の仕方を示す。
c)手や指をひらひらくねらせたり、全身を複雑に動かしたりするなどの、常同的で反復的な運動上の奇妙な癖がある
d)遊具の一部分や機能とかかわりのない要素に没頭する

 が、上記掘砲乏催すれば、アスペルガー症候群は否定されるということができ(∵ICD10におけるアスペルガー症候群の診断においては、上記12項目について古典的自閉症と同様の基準を用いているため)、また、同様に、ICD10の診断基準F84.11により、症候上のみの非定型群(すなわち低・中機能型)についても、上記掘砲謀合すれば、古典的自閉症は否定されるということができる。

4 F84.1の診断ガイドラインについて

 ICD10におけるF84.1の診断ガイドラインには、「非定型自閉症はしばしば重度の精神遅滞のある小児で認められるが、これは機能水準が非常に低いため、自閉症の診断に要求される特異的に偏った行動を示す余地がほとんどないためである」との記述があるため、これが、非定型自閉症が主に知能指数が計測不可能な患者に対して分類されている根拠となっているようであるが、そうすると、F84.12において「発症年齢および症候の両者の非定型群;すなわち高機能型」の診断基準が記載されていることと背理法的な矛盾が生じるため、F84.1の診断ガイドラインの同記述を妙に簡単に解釈するべきでないことはいうまでもない。

5 DSM--TRによる広汎性発達障害

 DSM--TR(精神障害の診断と統計の手引き)における、広汎性発達障害には、古典的自閉症、レット障害、小児期崩壊性障害、アスペルガー症候群、特定不能の広汎性発達障害(非定型自閉症を含む)があり、ここで、アスペルガー症候群(Asperger Syndrome)とは、周知のとおり、
 A 以下の少なくとも2つで示される社会的相互作用の質的障害
1 視線を合わせること、表情、体の視線やジェスチャーなどの多くの非言語的行動を社会的相互作用を統制するために使用することの著しい障害
 2 発達水準相応の友達関係を作れない
 3 喜びや、喜び、興味、達成感を相手と自発的に分かち合おうとしない(たとえば、自分が関心を持っているものを相手に見せたり、もってきたり、あるいは指し示すことがない)
 4 社会的または情緒的な相互性の欠如
 B 以下の少なくとも1つで示されるような、制限された反復的で常同的な、行動、興味および活動のパターン
 1 1つ以上の常同的で制限された、程度や対象において異常な興味のパターンのとらわれ
 2 特定の機能的でない日課や儀式への明白に柔軟性のない執着
  3 常同的で反復的な奇妙な運動の習癖
 4 物の一部への持続的なとらわれ
 および随伴項目C〜Eによって定義され、A、Bのいずれかを満たさなければ、高機能の非定型自閉症になり、アスペルガー症候群は否定されるということができ、実際、DSM--TRでは、特定不能の広汎性発達障害について、「このカテゴリーは、対人相互反応に重症で広汎な障害があり、言語的または非言語的コミュニケーション障害や常同的で制限された興味や行動、活動を伴っているが、他の特定の広汎性発達障害や統合失調症、統合失調症型人格障害、回避性人格障害の基準を満たさない場合に用いられるべきものであり、たとえば、このカテゴリーには“非定型自閉症”−発症年齢が遅いことまたは非定型の症状、またはAQ指数が33に満たさない症状−が入れられる」と解説されている。

6 F84.1とF84.9の区別およびDSM-検TRとの対応関係

そうすると、ICD10におけるF84.1の非定型自閉症は、DSM--TR(精神障害の診断と統計の手引き)における「特定不能の広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder Not Otherwise Specfied)」に該当するものということができ、ICD10におけるF84.9(広汎性発達障害,特定不能のもの)とは、その解説上(*2)、おのずから、多少異なる概念であるということができる(*3)。
もっとも、概念は多少異なるとはいえ、ICD10のF84.9もDSM-検TRの「特定不能の広汎性発達障害」に定義上含めるべきものといえる。
また、DSM--TRの同カテゴリーの冒頭において「特定不能の広汎性発達障害(非定型自閉症を含む)=Pervasive Developmental Disorder Not Otherwise Specfied(Including Atypical Autism)」と記載されていることもその根拠となり、そうすると、ICD10には記載があるが、DSM--TRでは記載のない、知的障害を伴う過動性障害(F84.4)、自閉性精神発達遅滞(F84.8)も、DSM-検TRでは、定義上、特定不能の広汎性発達障害に含めるべきものといえる。

7 小括

上記2〜6をまとめると、広汎性発達障害の臨床例は、レット症候群、小児崩壊性障害、知的障害を伴う過動性障害、自閉性精神発達遅滞を除くと、
1)古典的自閉症
2)アスペルガー症候群
3)高機能の非定型自閉症(いわば非定型アスペルガー症候群)
4)低・中機能の非定型自閉症
5)広汎性発達障害,特定不能のもの(1)〜4)のいずれにも特定・分類できないもの)
に大別され、これらが広汎性発達障害の臨床例の大半を占めており、1)2)のみが臨床例の大半を占めているとはいえないと私は考えており、また、高機能広汎性発達障害者の多くは、上記3)5)であると私は考えている。

8 諸外国の現状

 ここで参考となるのは、東京大学名誉教授(医学博士)の栗田氏の見解である。
彼は、記念講演の席上で「海外ではPDDNOSとして診断される障害者がPDDの2分の1であるのに対して、日本ではPDDNOSはほとんど診断されず、アスペルガーとして診断されている。実際、信頼できるイギリスの診断結果の報告文によると、比率的にPDDNOSがやはりPDDの2分の1、アスペルガーはPDDの13%(全人口の0.1%)にすぎない。どちらも高機能であり、診断は難しいが、日本でアスペルガーとして診断されている障害者(全人口の0.3〜0.4%)の多くは実はPDDNOS(F84.12、F84.9)ではないか。」と私と同様の疑問を呈している(*3)。

9 診断基準の深層面に関して

 ICD10やDSM--TRにおいては、たとえば「適切に使用」「調整」「常同的」「制限された興味」「限定された性質」「機能的」「著しい」「異常」「明白」などといった形式的な語句によって診断基準が定義されているため、その「幅」をどこまで取るかは、当然ながら医師によって分かれるものであり、これは医師個人の価値基準や専門性に照らし合わせてやむをえないことではあるものの、例えば、悪化している患者に対して、あるいは、快方に向かっている患者に対して、これらの診断基準の表面をなぞるような診断法で、これに当てはまると意地を張り続け、患者の状態を悪化させていくようなことも好ましくない。
この点は、非常に難しいことではあるが、認知度の低い広汎性発達障害の周知を進めること、および下記のような医療倫理の全般的向上によって、ある程度は解決することが可能ではないかと私は考えるところである。

10 おわりに

 身体の疾患と同様、精神の疾患も、当事者にとっては、極めて重要な問題であり、「自殺大国」「抑鬱大国」などとも揶揄されるわが国の現状に照らせば、場合によってはその医療行為が患者本人の人生を左右することさえありうる。
 そうであるからこそ、精神科医療にも、他の診療科目と同様の水準ないし脳神経外科並の水準の「慎重」さおよび患者の「尊重」が求められ、その医療行為は、決して尊大的・固定的・画一的であるべきではなく、むしろ融和的・柔軟的・個別的であるべきと私は考えている。具体的には、常に患者の立場に立って考えることや、患者に対して独善的になっていないか気を配りつつ、それぞれの患者の価値観、世界観、人生観、個性、弱さ、強さなどを尊重しながら、患者の心の痛みを理解すること、さらには重度の慢性的統合失調症の患者であっても「廃人」のように扱うのではなく、尊厳と人格をもった「人間」として扱うこと、患者本人の良い面や意外な面、変化などをよく見てみることなどが必要であり、たとえば「それは違う」といった決め付けや威厳をもって患者の反応を試すような態度、「これがこうだからこれもこうだ」といった態度をもってして、特定の「枠」にあてはめたがるような姿勢もあってはならないことである。そうした医療は、「20世紀の精神医療」であり、21世紀に突入して10年が過ぎた今、大袈裟な言い方かもしれないが、「心の通った精神医療」へと転換していくことが求められており、それが間接的に、「精神科への信頼向上」「自殺者の減少」「抑鬱患者の減少」「一部の医療機関への集中の緩和」などにつながっていくとともに、患者の社会適応への潤滑油ともなり、広汎性発達障害者や人格障害者に対する「他者の気持ちの推測力」の回復・改善・形成、ひいては精神病・発達障害・人格障害に起因する「犯罪やその被害者の減少」にもつながっていくものと私は確信しており、また、そのような医療の実現を願ってやまない。
 もちろん、各医療施設の性格や現場経験により異論も大いにあろうことはいうまでもないが、本論文が、わが国の精神医療の発展において、少しでも役に立ち、また本論文から何かしら少しでも思うところがあれば幸いである。

* 脚注
(*1)たとえば、主に若年者が特異な犯罪に及んだ場合、刑事裁判や少年審判に係る手続において、「アスペルガー症候群」と診断され、限定責任能力者として、減刑あるいは特別な取扱いがなされているケースがしばし見られる。
(*2)上記ICD10による解説。
(*3)つまり、F84.9とは、矛盾した所見の存在または本人情報不十分またはF84.12に近いがF84.5の基準A項を少し満たさないなどといった事情のために、F84の他のコードのどれにも特定ないし分類できないものを指すと考えられる。
(*4)記念講演「発達障害をめぐる理解と課題」による。http://www.geocities.jp/johnhealing/JDDNET/jddnet1.html