
皆様からの旅の情報(パラグアイ編)
06・パラグアイ訪問記
1)FM放送局
イグアスの移住地にはFM放送局があると聞きました。遠くの町から受信レポート来た?と聞いたらそんなの知らないとの事でした。小さいローカル放送局なのでエステの町ではもう聞こえないそうです。農協の青年部?の皆さんが協力して運用しているとか。私も今回初めてこの事を知りましたので、放送は聞いたことがありません。今度イグアスに行く時はFMラジオを持ってゆきます。それともエステの町で買って行くのも良いですね。
2)きれいな花の話題 :ラパチョ
私が行った時、アスンションの町は紫ピンク色のラパチョが花盛りでしたので、
ホテル内山田の新館(ホテル キヨコ)の高い所から見ると街のあちこちに桜の
花が咲いたように見えました。写真はアスンション大学構内のラパチョの並木です。(9月7日撮影)パラグアイのラパチョはブラジルではイペ(ipe)です。赤紫色のイッペはイッペホッショといいます。黄色のイッペもあります。私の住んでいるロンドリーナではアスンションより少し早く咲くようです。

3)サクラソウのようなきれいな花
9月8日は飛行機に乗るまでの時間があったので、チャコに100Kmほど入るド
ライブに行ってきました。道路脇の草地に生えていたサクラソウに似た赤い花が非常に印象的でした。この花に最初に気がついたエンカルナシオンの農業試験場構内の芝地です、それからトリニダードの遺跡の芝生、イグアス、アスンションと、チャコの道路傍でした。パラグアイには普通に有るものらしいですね。ブラジルではまだ見たことがありません。名前を聞いたらMarcelaと言うようですが、確信はありません。どなたか知ってませんか。(9月7日撮影)

4)ポンチョ
今年の7月半ばにブラジルの私の住んでいる地方は25年ぶりの強烈な寒波が来て農作物がだいぶやられました。その時の経験から、ポンチョを買うことにしたのですが、メルカド4の近くの鞄屋では交渉した値段でU$30位で売ってました。模様は地味な感じでこの土地の味わいがある物でした。アスンション空港のチェックインしてからのお土産屋さんにもありましたが、少し高くU$@35ー40でした。デザインは現代調で面白くない代物。空港へ行く途中の楽器屋やルーケの町の衣料品屋を回りましたが見つからず、結局空港で買いました。来年の冬に寒くなったら、ポンチョを着てTVを見ようと考えています。ポンチョは何処で買うのが良いか?値段の水準は?パラグアイらしい模様は?材料は羊毛、合成繊維?
パラグアイでは近頃は流行らないようですね。今回、チャコのドライブ中に見たガウショは本物を着ていました。寒い時には町でも着ている人を見掛けますか?
05・アスンシオン訪問記
(写真)中田健夫さん
アスンシオンのよいところ
1)街にゴミがあまり落ちていない。
今回ブエノスアイレス(2回目)とモンテビデオ(初めて)にも行ったのですが、ゴミと犬の糞が路上にいっぱい落ちていて、両市民の清掃に対する感覚にびっくりしました。アスンシオンはメルカドも含めて掃除が思っていた以上に行き届いていました。東京の渋谷あたりよりもきれいかもしれません。マテ茶の使いかすがたまに落ちていたのには笑いました。
2)空が青くてきれい。
生まれて初めてあんなきれいな空を見ました。他の地域はもっときれいなのでしょうね。南十字星を初めて見て感激しました。
3)貧乏だけど幸せそうな人々。
ブエノスアイレスに比べると格段に田舎で貧乏な街だと思いますが、飢えた人は見かけませんでした。テレレを飲んで、よくしゃべって、よく食べて・・・。悩みはどこ にあるのでしょうか。素朴な心に素晴らしい笑顔はパラグアイの財産でしょうか。本当に日本人は幸せなんでしょうか。物質的な幻想(家電製品、自動車等)で、際の生活の質は高くない(家が狭い、労働時間が異常に長い、物価が高い、税金が高い等)ことをうまくごまかされているんじゃないでしょうか・・・。
4)どこが「南米の危険な街」なのでしょうか。
日本の愚かな報道機関は「南米=治安が悪い、ゲリラ、麻薬、未開の地」としか報道しませんが、ちゃんと見てから言ってほしいですね。安心して歩けました。ショッピングセンターも見かけはきれいで日本と変わりませんでしたね。(田中さんによると、建物の中身は怪しいらしいです。やっぱりラテンですね。)
5)安くておいしい食べ物。
果物に野菜、エンパナーダス、チョリソ、チパ等々、挙げたらきりがありませんが、みな1000グアラニー(1ドル=3500グアラニー)前後と、日本の感覚からすれば本当に安いです。
04・パラグアイ旅行
アルゼンチンからの飛行機からみたパラグアイは茶色い、ってかんじでした。ボリビアににてて、なんか安心したのを覚えています。穏やかそうで、好きになれそうだな、という感じでした。降りてみて、花と緑が多いことと家の塀が低いことに驚きました。 ボリビアは、塀が高く、治安の悪さを感じるのですが 南国のおおらかさのようなものを感じました。
1日目、アスンシオンのテルミナル近くの ホテル2000に泊まりました。 なかなか、親切なおじさんがいて、きれいでした。 そこから、バスでセントロに向かいましたが、なかなかわからず 苦労しました。
セントロの公園で、機内食に出たクラッカーをはとにあげたら むらがるようにたくさんよってきて、びっくりしました。 アルゼンチンのはとは、よってきてくれなかったので 平和の象徴といわれるけど、アルゼンチンははとまでも 飽食なぐらい、平和なのかな、と へんに感心しました。 国会議事堂のある川沿いの公園?では 手すりの向こうは、バラックが並んでいて、 びっくりしました。
エンカルナシオンでは、 日本食を求めて歩いていたら、「広島」 を見つけたけど、高そうだったので テルミナルの真向かいのアミーゴ? とかいう店で、すきやきを食べました。 トリニダ遺跡は、とても感動しました。 時が止まっているようでした。
シウダーデルエステでは 中華料理をよく食べに行きました。 「大阪」とかいう日本食の店は、とてもおいしかったです。 町は、活気にあふれ、ごちゃごちゃしていて 独特ですね。
なぜか、食べものの記憶はいいようで、、、 長距離バスの中で食べた、チーズ入りのパンがおいしかったし、 アスンシオンの公園で食べた 屋台の焼肉も、香ばしくておいしかったです。
でも、アスンシオンで日曜日、行くところがなくて 困っていたら、若い女の子が良いところを教えてくれたので 行ってみたら、テルミナル近くの、巨大なショッピングセンターで こんなの、日本でもあるし、、、、とちょっとがっかり。 そこの中華の店で食べて、食材を買って帰りました。 あと、アスンシオンで、ホテルと思って入ろうとしたら ラブホテルで、あわてたこともありました。 あのときは、びっくり、、、、。
03・アスンシオン家族旅行
2月21-24日の日程で家族でパラグアイのアスンシオンに旅行に行ってきま した。短い期間であり、あまり偉そうな体験談も書けないのですが、今後行かれ る方の御参考なればと思い、思い付くままに書いてみました。
アスンシオン到着 :
空港は思ったより小さく、イミグレーションもいたって簡単。
市内へはタクシーを利用(約30分)。ドルだと20ドル、現地通貨のグアラニ
ーだと35000グララニー。 レート換算すると(私がいた時は1ドル=約2500
グアラニー)。絶対グアラニーで払った方が得なので、空港で若干両替して、タクシーはグアラニーでいきましょう。
ホテル到着 :
ブラジルからは日本人駐在員家族もいくらかいらっしゃいましたが、みなさんア
スンシオン郊外にあるヨットクラブで泊まられたようです。ここは値段は高いで
すが、ゴルフ、テニス等のスポーツがやり放題で、ゴルフ好きな方にはお勧めか
もしれません。
私たち家族は、日本のふるさとの香りを求め内山田旅館に泊まりました (ちょ っと大袈裟かな)。
建物の中に入ったとたん、大きな日本語で「いらっしゃいませー」と言われ、すこしびっくり。ここの受け付けの女性はアットホームで元気がいい。外出から戻ると「お帰りなさいませ」とこれも元気が良い。外出の時は「いってらっしゃいませー」。 私の娘も、大きな声で「いってきまーす」とお返し。
私はあらかじめ "スウィートルーム"を予約していたので、「スウィートを予約していたのですが」と、きざな感じで言うと、受け付けの人が「あー、一泊75ドルですよ」。がくっ。わたしが「それ、何かの間違いでは」と言うと「2寝室、居間、クーラー、テレビ、ビデオ、キッチン、日本式風呂、朝食がついて75ドルですよ」との返答。こりゃ安い。お風呂は熱いお湯も出る。(これ当たり前ですが、以前サンパウロの日系のホテルに泊まって、ぬるま湯しか出なかったという非常に苦い経験が小生にはある)。
因みに、アスンシオンの四つ星以上のホテルは120ドル以上はします。
この部屋は50平米ほどの大きさで、アパートでいったら2LDK。
家族連れや長期滞在の方には打ってつけ。尚、他にもワンルームの部屋もあり、好みによって選べます。
敷地内にテニスコート(バスケットコートと両用)もあり、スポーツも楽しめ(貸しラケット、ボールもあります)、日本語の本がある図書室、日本のビデオライブラリー、コインランドリー、コピー機、インターネットもできるコンピューターもあります。
部屋にはビデオデッキがあり、ビデオライブラリーのビデオが見れるほか、日本語のビデオが2番組テレビに流れています。また、NHKを含む各国のケーブルテレビも見れます。
極めつけは雑誌室にある大型電動あんま椅子。よく銭湯で見掛けるやつです。足の下をぐるぐるする電動竹踏もついている純日本製で、テニスの後久しぶりにあんま椅子にかかった次第。肩のこりが落とせました。
もう一つ嬉しいサービスは、毎夜、朝日新聞のインターネット版のコピーを各部屋に配ってくれることです。
これによってタイムリーに日本、世界の情報が入手できます。
朝食はビュフェ方式で、洋食・和食が選べます。因みに私が泊まった時の和食のおかずは、味噌汁、かぼちゃの煮物、野菜と肉のいため,焼き魚(サケ)、おでん、マカロニサラダ(これは日本のお惣菜屋の味でした)等などでした。3日間です。
ただ、朝遅いと(9時以降等)、ご飯が無くなっているいる場合があり、早起き が良いでしょう。
また、隣にスキヤキという日本料理屋があり、ボリュームある日本食が食べれます。私は好物のカツカレーを頼んだところ、なんとラーメンの丼一杯に入って出てきました。娘がお子様ランチを頼んだところ、日本と全く同じ様な感じでおまけもついていました。旗はなぜかブラジルの旗でした。また、メニューにかき氷があったのも見逃せません。
このスキヤキの隣には中華料理屋もあり、日曜日もあいていて、内山田旅館に宿泊しているJICAの方々には重宝であるようです。味も良いです。五目ラーメンのボリュームはすごかった。
尚、同旅館では観光用の車もチャーターでき、安心出来るドライバー(日本語OK)を良心的な料金で紹介してくれます。
アスンシオンの街並み
以前まではパラグアイというとなぜか貧困、ジャングル、危険といった先入観、
つまり、偽りのイメージでしかみれなかったのですが、これはひとえに情報が不足しているという事に尽きるような気がします。
例えば私が住んでいた中近東でも、レバノン等はとても美しい国で、ここが中東かと思わせる感じです。いまでもドンパチやっていると思っている人もいるとは思いますが、海岸線にホテルが立ち並び、冬にはスキーも楽しめ、また、ベイルートでは少年はスケボーを楽しみ、ハムラ通りという通りにはファッショナブルな製品溢れています。危ないのは南部の一部です。
と言うわけで、パラグアイのアスンシオンの町もイメージとは全く異なっていました。この点は、田中さんのホームページにくわしく書かれています。
町は碁盤上に区画され、緑豊かです。また起伏がなく、町は平坦 (山がない)。この点は意外でした。郊外にあるランバレの丘から市内を見渡すと、アスンシオンの町がいかに緑の田園都市であるのかわかります。柿色の屋根と緑のコントラストが美しく、少しだけ目をぼかして見ると、イタリアのボローニャの北あたり、といった感じです (おーっと、これは大袈裟か)。
また、市内、郊外を含め庭付きの一戸建ての邸宅が多く、この点は他の大都市とは趣を異にしています。(因みに、リオには治安上の事情もあるのですが一戸建てはほとんど無い)。
治安については、南米で1、2位を争うくらい安全と言われているらしく、やはり安全です。同じタイプの街のウルグアイのモンテヴィデオよりは、アスンシオンの方が安全な感じでした。また、町自体もモンデヴィデオより活気があり、電気製品などの外国製品もウルグアイとは比較にならないほどたくさんあります。
観光:
これも良く言われますが、残念ながら観光用見所には乏しいようです。タクシーの運転手に、「どこか、いいとこ適当に連れてって」というと「どこも無いんじゃ」の返事。
行きたいところを指定してくれないかー」というので、こちらから指定して大統領府、ランバレの丘、そしてマカ族(インディオ)の居住地に行きました。ただ、これも田中さんのホームページにもありましたように、、アスンシオンではゆっくり、のんびりと過ごすのが良いかもしれません。
大統領府にはサングラスをかけた私服の警官が数人立っていて、「庭には入ってだめだ」、と言いわれました。かなり厳格な感じです。でも、娘が「チャオ」と言うと、サングラスを取って、日本語で「サヨナラ!」と笑ってみせたのには驚きました。
ランバレの丘は上述の通り、アスンシオン市内が見渡せる丘です。町は、統一された感じで、緑豊かです。またパラグアイ川も見渡せます。
マカ族の居住地は、以前行ったことのあるケニアのマサイ族の村を想像していましたが、伝統的な生活をしているというより、一区画に強制居住させられているという感じで(事実、強制居住させられている)、また、周りは柵で仕切られており、いろいろと考えさせられました。また、アメリカインディアンの居留地のように広大ではなく、敷地も狭いと実感しました。10年ほど前に現在の地区に移住させられ、また近年政府からの援助金も大幅に減らされているとのことで、生活はとても厳しいと住人の代表は言っていました。政府に対する不満は大きいようでした。
家自体は質素な作りで、居住地の中には病院、学校、教会、奥さん達の料理教室(案内人は確かに、料理教室と言っていた)等一通りの施設はありました。学校ではスペイン語、グアラニー語の他にマカ語も教えているとの事です。私が行ったのは夏期ですが、この時期は稼ぎ時とのことで、大人の多くは行商にでており、村には子供と老人が中心でした。子供達は元気で走り回り、また老人達はインデオの民族衣装を着て見せてくれました。
中では写真も撮れますが、一人写すにつき2000グアラニー(0.8ドル)払わされます。従い、6人を写すと12000グアラニーとなります。これ以外に入場料5000グアラニー、駐車代などが必要です。あまり興味本位な対応もしたくなかったため、写真はいいと言いましたが、撮ってくれとしつこく言われ結局撮りました。こういった観光客が落とすお金も重要な生活資金の一部となるわけです。
尚、中には案内人がいて、彼らの生活の事、村の施設、歴史等色々と説明してくれ、いろいろと勉強になります。また、いくつかのコロニアが隣接しており、そちらにも行くことができます。伝統的なインディオの生活には程遠い感がありますが、彼らの生活の現状、考え方と知るという意味では、ここを訪れることはそれなりの意義があるかもしれません。案内人はかなり詳細に自らの歴史や生活について教えてくれます。
ショッピング:
アスンシオンのセントロ、特にPALMA通りには日本製をはじめ電化製品が溢れており、他の南米諸国に比べに安値で購入できます。また、化粧品等のブランド品もかなり売っており、デパートもいくつかあります(Unicentoro等)。
市内は、これら商店で活気があります。お土産はコロン通りで買うと良いでしょう。ニャンドウテェーという繊細なレース編みや皮製品等を中心に売っています。
また、郊外に少し出ると(タクシーで15分位)しゃれたモダンなショッピング・センターがあり、我々も下記のショッピング・センターに行ってきました。
SHOPPING MARISCAL LOPEZ
SHOPPING DEL SOL
共に、タクシーでセントロから4ドル程度です。センターの中には電化製品、化粧品、おもちゃ、服、本、等のたくさんのお店が入っており、品揃えは十分です。
ブラジルは物価が高いこともあり、我々もかなり買い物をしました。ベネトンが50% オフのセールスをやっていたため、私の妻も真っ先に行きました。レストラン(セルフサービス式のファーストフード主体)もいくつかあります。更に中には子供が遊べる小さな遊園地があり、私の娘もそれがとても気に入ってしまい、結局半日もショッピング・センター内で過ごしてしまいました。子供と遊ぶには良いでしょう。
尚、アスンシオンには空港に免税店がなく、必要なものは市内でかっておくと良いかもしれません。
以上、3泊4日間という短い期間であり、一握りの情報に過ぎませんが、 思いつくままに書いてみました。
02・中南米食味紀行(パラグアイ偏)
パラグアイの料理、酒については、残念ながらうんちくを傾ける程の知識はない。
一つは、アスンシォン市内に日本人の経営する食堂が二軒あり、安い値ですき焼きや刺身を食べさせてくれること―もっとも刺身は比較的最近まで、ブエノスアイレスから週一回の入荷で、到着後二日間は刺身で、三日目は焼き魚、四日目は煮魚、その後は次の入荷まで魚なしというメニューだったが、この頃はサンパウロから週二回に増えた由で、アスンシォンも随分日本人にとって便利になってきたものである―、この他、移民の関係でドイツ、イタリア等の各国料理店があること、そして最大の理由はアスンシォンにいる限り、アルゼンチン(パリジャーダという肉のバーベキュー式炙り焼き)やブラジル(シュラスコという肉塊をサーベル状の鉄串に刺して炭火で焼いたもの)の肉料理と大差がないように思えるからである。普通かまどで網焼きした牛肉の切り身(かなり大きい)の上に各自の注文でいろいろなソースをかけ、野菜・米のつけ合わせとともに供されるが、あっさりとした肉そのものの味を求めるステーキを好む我々に対し、「パラグアイ人は毎日肉を食べているのだから、ソースでも変えないことには飽きてしまう」といった通信公社の技師の言葉が、彼等の食生活の一端を明らかにしている。
なお、軽食としてエンパナーダ(これもアルゼンチンほか、中南米諸国ならほとんどの国にもある)というミートパイ(あるいは大型の焼き餃子というべきか)がある。牛挽き肉あるいはとり肉、ゆで玉子をつめたピロシキのようなもので、とてもステーキを食べる体調でない時に、カフェテリアでこれを二つ、三つと濃厚な果物の生ジュースで食事に代えることができる。
酒類は、気候がより暑いためか、ビールが一般的で、ピルゼン、ミュンヘンという名のドイツ系統の国産品がある。以前は品質管理に問題があるのか、ピルゼンは一本毎に味や泡の立ち方が違うように感じられたが、最近は品質も大分向上した。そして何よりも驚かされるのは、パラグアイの輸入ウイスキー、ブランデーその他酒類の種類が多いこと、値段の安いことは南米随一で、ちょっとした町の酒屋でも、有名銘柄のスコッチなら、レギュラー、クォート、ガロン等大きさも種々取り揃えているのに圧倒される。最近は、日本酒まで売っているから、ゆめゆめパラグアイには酒の土産は禁物である。
注:1.このアスンシォンの日本料理店あたりの記述は、今はまったく変わってしまいました。当時は内山田旅館という日本人経営の旅籠の食堂が、まさしくこのような状況だったのですが(しかし主に日本人相手の旅館であったのが、1980年代に入ると、客筋はブラジルや米国に潜り込もうという韓国人や台湾人が多くなり、町の零細小売り店は、短期商売のそれらの人が買い取り、ハングルの看板が多く目に付くようになりました。)、現在はどうなったでしょうか?
2.パラグアイに酒,たばこ,香水や電気製品などが、豊富なのは、自国に工業生産品がなく、関税の低さもさることながら、その多くが密輸品だからです。当時のストロエスネル政権は、軍の懐柔策の一つとして、軍高官の“サイドビジネス”を黙認ししていたといわれ、自由港のパナマにまで軍用機で“買い出し”出動が行われてい たと聞いたことがあります。密輸ビジネスの最たるものが、東端の国境の町の Ciudad de Este(当時は Puerto Pte.Stroessner)で、ブラジルやアルゼンチンからの買い物客相手に、これらの“舶来品”を売る店がひしめいています。因みに近隣諸国が輸入自由化施策に転じたため、以前ほどの希少価値が無くなってきたことに加え、ブラジルの有力週刊誌 Veja の最近号によれば、ブラジルがレアル貨防衛の一環で、そこでの買い物の国内持ち込み無税枠を 250ドルから 150ドルに引き下げたので、このところは閑古鳥が鳴いているようです。
3.パラグアイのビールも、外資が入って銘柄も増え、今や品質の問題はありません。
4.パラグアイに詳しい方、教えて下さい。この国の焼き肉(もちろん牛肉ですが)の料理方法の主流は、次のうちどれになりますか?
@アルゼンチンの流れを汲む、アサード風。すなわちほとんど丸のまま、磔スタイルで焼く。
Aブラジルの影響で、肉の塊を棒に刺し、火の上で回転させて焼くシェラスコ風。ボリビアのサンタクルスな東部の低地は、これだったような記憶があります。
B肉片を1枚ずつ焼く、ステーキ風。
文化人類学的、歴史的、ブラジル・アルゼンチンとパラグアイとの国際関係論的興味からの疑問です。
**ラテンアメリカ研究会・「中南米食味紀行」というエッセイ・シリーズより抜粋させていただきました(作者注)
一昨年の8月に、パラグアイを訪れたました。パラグアイの印象を思い出しながら書いてみます。
* パラグアイの首都アスンシオンは広々として、とてもきれいな街で、広い道路に、沢山の車が、走っていて、その道路脇にはのんびりと、牛や、馬が、草を食べている牧歌的な雰囲気でした。
* その道路には、日本では、もうお目にかかれないボンネットの色とりどりのバスが走っています。見ているだけでとても楽しいです。

(写真)ボンネット型のバス
* 町中に瀟洒な住宅が、沢山建ち並び日本でいえば、田園調布にあるような家が町中に広がっているというような感じで、これが、日本で、最貧国と教えている国なのかと疑問を感じずにいられません。
* 信号で、車が止まると子供の物売りや、窓拭きがお金を稼ごうと寄ってきます。物売りの中には何故かプラスチックの弁当箱の様なものを売っている人もいるのです。何故、車に乗っている人が、「から」の弁当箱が必要なのか、今でも疑問に思っています。
* 街の中を見渡すと鶏を丸ごと串刺しにして、くるくる回しながら焼いているお店がけっこうあります。
チャンスがあれば、買って、食べてみたかったです。残念!
* 道路の分離帯のところでは、大きな袋に、グレープフルーツを入れ、並べて、売っていました。
100個ぐらい入っていて日本円に換算して、200円ぐらいだそうです。
* 南米はどこでもそうらしいですが、驚いたことに、トイレで使ったペーパーはトイレに流してはいけないらしいのです。横に備えてある大きなごみ箱に捨てなくてはいけないのだそうです。
* イタイプダムの完成以来パラグアイは電気の輸出国だそうで、従って、夜になってお店が、閉まっても
ショーウィンドウには、電気がともり続け、とても、奇麗です。お世話になった家ではお風呂も電気で沸かしていました。 日本に帰ってきたら、日本の自分の住んでいる街がとても暗く感じました。
* もう一つ日本と違うところは、学校が、午前と午後の二部制だそうです。 大学生も昼働いて、夜学校へ行くというのはあたりまえらしいです。学費も自分で稼げるし、社会勉強にもなり、一石二鳥ですね。 日本もこのようなところは、見習ってもよいですね。
* イグアスの滝の見学のために、10人乗りの小さなジェット機に乗って、エステ市まで、アスンシオンを
発つときのことです。 その飛行機会社の名前がパラグアイハープつまり向こうでは、アルパという楽器のなまえをとって、「アルパ」だったのですが、朝7時出発の飛行機のお客10人のために、ハープの生演奏をしてくれているのです。 おじさん朝早くからごくろうさま。
* 子供が病気になってしまい、異国で心細く思っていましたところ、幸いにも知人の紹介で、日系二世で、日本の大学病院でも勉強なさったというお医者様に看ていただけました。その時の、病院での経験は、普通旅行者が、遭遇出来ないものです。 パラグアイでは、病院にお医者様がいるのではなく、お医者様が、あちこちの病院ヘ、行って治療するというかたちをとるらしいのです。患者さんは、病院ヘ行くのではなく、かかりつけのお医者様のいる病院を捜して、行くらしいです。
* 珍しい食べ物はいっぱいありました。 食事のデザートに私達は「羊羹チーズ」と呼んでいたのですが、本当の名前はわかりませんまさしく、羊羹の味のするチーズとか、「ポリポリ」という魚のスープこれは、大衆的な料理らしいのですが、とても美味しかったです。その他、バスターミナルの前の屋台で食べたシシカバブーのような、肉の串刺し。チパという、トウモロコシの粉で作ったパンのような、クッキーのような、スナック。これは、街角で、おばさんが、棒にさして、売っています。
* イグアスの滝は絶対行って損しない観光地だとおもいます。アルゼンチン側の「悪魔の喉笛」と呼ばれるところは、是非行ってみましょう。小さな船、でいくのですが、飲み込まれるような滝を目の当たりにして、そのスケールの大きさに圧倒されます。もちろんブラジル滝もすごいです。USAのナイアガラの滝も行きましたが、その何倍ものスケールです。アスンシオンからバスも出ていて、5時間ぐらいで行けると思います。
アスンシオン旅行記気がつくままに述べてみました。