地球の反対側から日本を見て-18 (2017年) 






地球の反対側から日本を見て-18 (2017年)




2016年には熊本で大震災が発生、日本が常にどこでも震災に襲われる事を改めて認識させられました。

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165・NHK「植木等とのぼせもん」  (2017年 9月12日)
日本のドラマは池井戸作品の「半沢直樹」「下町ロケット」以来面白くて毎週楽しみにするような作品が無く物足りなく思っています。お手軽に漫画原作で大手プロダクションの人気が取れそうな俳優を配して手堅い視聴率狙いの小粒な作品ばかりで何か新しい境地のドラマは無いかと期待していたところ、NHKの「植木等とのぼせもん」なる番組が面白そうと正直それ程は期待しないで見ました。以前、黒柳徹子さんの若い時代を描いたドラマ「トットてれび」という、NHKテレビの初期のころ、「夢であいまショー」という人気番組があり、それを現代の俳優がしっかりと再現し、なかなか面白かった事もあり、これの二番煎じと想像していました。

しかしながら植木等は「ハナ肇とクレージーキャッツ」の一員でNHKよりは日本テレビ(NTV)のお化け番組「シャボン玉ホリデー」のイメージが強く不思議に思っていましたが、番組の案内を見るとこれを再現するとあるので少々驚きました。「シャボン玉ホリデー」は小さい時に日曜日に必ず見ていましたがこれを新しいバージョンで見る事が出来ると楽しみにして番組を見ました。NHKが民放の人気番組を再現するなど一昔前では考えられない事です。実際に見て驚いたのは細部に至るまで当時の「シャボン玉ホリデー」を見事に再現、最初に牛乳石鹸の提供で牛がモーと鳴くところまでやり、古いカメラにはわざわざ「NTV」のロゴまで入れてありました。すごいと感心したのは演奏も歌も今回出演した俳優さんが行っているという事で、「ハナ肇とクレージーキャッツ」はジャズのレベルは高いと思っていましたが全く引けを取らないレベルで驚きました、お笑い芸人のパーマ大佐が石橋エータロー役で出ていましたが、あれほどピアノが上手いとは知りませんでした。「シャボン玉ホリデー」には欠かせないザ・ピーナッツはどうするのかと見ていたら本物よりも美人で可愛い澄んだ歌声の双子が登場したのには驚きました。(こっちの方が本物より良いと思った人は多いのではないかと思います)

主役の山本耕史は植木等に全く似ていないのですが程よい程度に声色を似せて植木を演じていて違和感はありませんでした。ドラマの原作者でもう一人の主人公、小松政夫は最初に得意の淀川長治のものまねで登場、コントや電線音頭などでコンビを組んだ伊東四朗が植木の父親役などなかなか凝った作りで楽しめました。まだ二回の放送でこれからも「シャボン玉ホリデー」そして紅白も出て来るようなので楽しみにしています。それにしてもこの企画、「シャボン玉ホリデー」は日本テレビの宝の番組でこの企画をNTVで行わないのか疑問でしたがこのNHKの仕上がりを見ますと相当にお金と時間を掛けている事が分かり、お手軽な企画しか出来ない民放には無理なのでしょうね。







164・将棋ブーム  (2017年 6月15日・ 7月 1日)
ここのところ、将棋の人気が高まっているようです。一時期、数年前には人間とコンピュータとどちらが強いのかという事が話題となり、もしコンピュータが勝ってしまうと弱い人間の将棋など誰も関心を持たなくなるのではないかと危惧されていました。その後、着実にコンピュータは強くなり多くの人が予想した通り、明らかに人間が勝てなくなり、棋士とコンピュータで戦う電王戦も佐藤名人の二連敗でとうとう終了となりました。ただ、コンピュータの将棋ソフトは棋士の練習に使用され、人間の将棋にも影響を与え始めて来ました。確かに家で何時でも強く疲れない相手と練習を出来、研究が出来る状況というのは一昔前とは様変わりです。戦法も一時期は双方がガチガチに穴熊で囲うのが当たり前という将棋から角交換から桂馬を繰り出し早目に仕掛ける将棋に変化して来ています。また、今年に入り羽生三冠の良きライバルであった、怪童と言われ若くして難病で亡くなった村山聖八段を主人公とする映画、そして中学生棋士を主人公にした漫画「三月のライオン」の実写版などが上映されました。また「将棋飯」なる漫画で対局中に食べる昼食やおやつ等がスポットを浴びるなど今までとは違った将棋の見方が出て来て固定的な将棋ファン以外にも幅広く注目を集めるようになって来ています。

プロ手前の三段リーグは非常に過酷で30人くらいの棋士の卵が半年間リーグ戦を戦い、その中で昇段出来るのは僅か2名、年齢制限もあり厳しい戦いなのだそうです。今まで4段になったのは全員が男性で女性で4段になった方は居ません。ただ女性棋士という別枠での女流プロを作ってはいますが、その最高峰5冠有する、要するに女流タイトル6つ内5つを有する絶対的な存在であり、出雲の稲妻の異名を持つる里見香奈さんでさえも男子と一緒の将棋では未だに3段でプロ手前で奮闘しています。3段はアマチュア、4段はプロ、相撲で言えば幕下と関取と呼ばれる十両のような違いがあります。

この日は注目を浴びている話題の新人、14歳のプロ、藤井聡太4段が登場する順位戦C級2クラスの一戦、26戦目となる戦いで相手はサラリーマンを経て棋士になった瀬川5段、記録係は里見香奈さんでした。この里見さん、女流の中では常に王者として君臨していているのですが、男子の中に入るとまだ三段でアマ扱い要するに見習いで、中学生棋士の藤井さんにお茶を出し、ひじ掛けを用意して対局が始まると記録を付けていました。

この藤井4段、漫画の主人公のようなスーパー中学生で、昨年の暮れに加藤九段とのクリスマスイブ決戦でプロデビューして以来負け無しの連勝で更にヒートアップしています。将棋愛好家の間では一昨年に小学生で詰将棋選手権でチャンピオンになった事で有名になった藤井聡太さん、昨年の10月にプロとなる四段昇進を最年少で決めて大きな話題となりましたがそこから現在まで26戦して無敗という信じられない快進撃で注目されています。将棋のプロ要するに4段に昇格するのは一年に僅か4人、この戦いにはアマチュア4段程度の小学生が集まって切磋琢磨し戦い勝ち抜けるのは僅か数パーセントという狭き門なのだそうで、天才の中の天才がプロになるという訳です。このような難関を一期で勝ち抜いただけでも大したものですが、そこから公式戦26連勝というのは考えられないほどの素晴らしい成績ですね、プロになる前の三段同士で戦うリーグ戦の成績は13勝5敗とトップではありますが三段相手に5つも負けているのですから素晴らしいの一言です。また非公式戦で3敗していると言われていますが、羽生三冠、豊島7段、永瀬6段の3人でいずれもトップクラスの棋士です。

非常に強いのは確かですが将棋の内容は確実性を重視する将棋では無くどちらと言いますとハイリスクハイリターンの戦い、自陣に多少不安を抱えていても行けると判断すると果敢に攻め込むスリリングな将棋です。最近はユーチューブで対局の棋譜の再現、解説がありよく見ていますが、次第に強くなっているように見えます。形勢が悪くなってからも何とか有利に持って行きますし、得意の終盤戦まで混戦であればまず負けないという印象です。それでも今までの対局の際に1,2回指し手を誤り、絶対絶命のピンチに陥りましたが同時に相手も慌てていて悪手を指し勝利が転がり込んでいます。藤井さんの終盤力が無言のプレッシャーとなっているのでしょう、今後が楽しみな棋士ですね。

将棋は江戸時代の初期には既に現在と同じルールになっていたそうです。囲碁は中韓でも愛好者が居いますが、将棋は日本のオリジナル、終戦の時にGHQから「将棋は武道同様に日本軍が利用し、捕虜虐待のゲーム」として禁止される危機にあったそうで、これに対して棋士を代表してGHQを訪問した升田幸三は「将棋では、つねに全部の駒が生きておる。これは能力を尊重し、それぞれに働き場所を与えようという思想だ」と反論し将棋は生き残ったのだそうです。チェスやチャンギと比較してずっと複雑で現代でも続々新手、新定跡が生れている将棋、日本の大切な文化遺産であると思います、国内で愛好者を増やして発展させて行く事は勿論ですが、世界に広めて行く努力もして欲しいものですね。



(写真:藤井4段と瀬川5段、記録係が里見香奈女流5冠)

藤井四段の連勝が続き連日テレビで大きく取り上げられるようになって来ました。新記録となる29連勝を賭けた十代対決となる増田四段との対局の際にはベテラン棋士達でも今まで見た事が無いと驚く程の報道陣の数、大変な事になったようです。将棋が好きな将棋ファンにとっては戦型、戦況等の将棋の内容が気になりますが、余り将棋には詳しくない多くのワイドショー視聴者にそのような話をしても仕方が無いので「勝負飯」が話題の中心になったようです。以前は棋士達は気軽に外に食べに行く事もあったようですが昨今ソフトを搭載した携帯でカンニングが出来るようになり、あらぬ疑いを掛けられては困るとの事で外出は避けて出前になっているようです。

各マスコミは可能性がある数店の食堂に記者を派遣してどこに藤井四段の注文が来るのか中継していましたが、藤井四段は近くの蕎麦店に「豚キムチうどん」を注文し、それが将棋会館に到着する様子が大きく報道されていました。この「豚キムチうどん」を持って来た配達のおじさんを大勢のカメラマンが囲む様子は滑稽でこの写真だけを見ると何事なのかと思います。その後は多くの番組で記者が実際にこの豚キムチうどんを試食し、味などをレポートしていました。夕食は藤井四段は五目チャーハンを注文したのですが、蟹が無く品切れ、仕方が無いのでワンタン麺を注文した事が大きく取り上げられていました。ある番組では翌日にこのお店を取材、食事を済ませた人にインタビューをしていましたが、「ワンタンメンを注文したのにタンメンが出て来て悲しかった」などという人を取り上げていました。

将棋の棋士は決して経済的に恵まれているとは言えず、タイトルホルダーもしくはA級棋士などは対局料だけで生活が可能だと思いますが、その他の多くの棋士はプロゴルファー同様にレッスンプロやイベントで副収入を得て生活しているのが実態のようです。囲碁のプロは400人に対して将棋は160人、成績が悪いと強制的に引退となる制度も存在しより厳しい世界のようです。囲碁を楽しむのは文化人、将棋は庶民の遊びみたいなイメージがあるのも事実で時間とお金を掛けて将棋を習う人が少ない事が要因にあるのででしょう。ただ、どのワイドショーのような番組でも多くの人が将棋のルールや駒の動かし方を知らない事に驚きました。個人的には囲碁と将棋は素晴らしい伝統文化であり、小学校で取り入れて基本的なルールを教えては如何かと思っています。



(写真:藤井4段が注文した出前・豚キムチうどんが将棋会館に到着)



163・大相撲ブーム  (2017年 6月17日)
相撲が人気のようです。一時は野球賭博・八百長などで人気が失墜していた大相撲ですが、このところチケットが直ぐに完売する人気になっているそうです。相撲協会の営業努力、相撲内容の充実などで成果を挙げて、稀勢の里の横綱昇進そして貴乃花以来の怪我の後の奇跡の優勝があり、人気が沸騰しているようです。平幕にも遠藤、勢などの人気力士が居ますが新たに小兵の宇良、石浦などが登場し前半戦から熱戦が繰り広げられてますます盛り上がっているように見えます。特に稀勢の里と高安のガチンコ相撲の姿勢が功を奏しているのでしょう。以前は「注射」と呼ばれる星を買う行為が横行し「強い横綱」を演出するような力士も居たようですが今はそのような行為はかなり減っているようです。ただまだ大関互助会や7勝7敗力士の千秋楽の勝ち越し率など不明瞭な点は残っているように見えます。ただ、大関互助会の方はガチンコ高安が大関に昇進したのでこれからは機能しないでしょう。

まだ中学生くらいの時に相撲見物に出掛けた事があります。父がどこからか接待用の升席を入手してくれたのだと思います。まだ蔵前国技館の時代ですが、中に入って驚いたのは綺麗で豪華な事と土俵が近い事でした。それまで相撲はテレビで見るもの6時になると子供向けの番組が始まるのでそれまで時間潰しに眺めていましたが、退屈なものだと思っていました。テレビと同様に呼び出しが力士を呼び上げ行事が立つ、本物がここまで煌びやかなものとは知らずに感激したものです。それまでプロ野球観戦にはよく行っていましたが同じスポーツ観戦でも随分違うと感じたものです。ただよく理解出来なかったのは最初に国技館に入るとお茶屋というお店に行き、弁当、ヤキトリ、お土産、お酒などを持ってお茶屋の人が案内してくらた事です。全部セットになっていて購入した際に込みで購入するのでしょう、お金は少しだけ払ったようです、これは要するにサービス料なのでしょう。多分歴史的にお茶屋が利権を持っていてチケットを販売し、それに相撲協会が乗っかっていたのでしょう。インターネットで調べるとその構図には余り変化がないようです。それでもビール販売やお店も出来て随分昔とは変化してきているようです。今後もサービス面の改革近代化を進めて行く事が相撲人気の維持には不可欠でしょうね。



(写真:四横綱)



162・岩手県 (2017年 6月17日)
日本最大の面積を誇る県(北海道を除く)岩手県、東北地方にある県です。この岩手県、明治以降の行政区画としてはずっと存在しているのですが、どうも実態は異なるような気がします。廃藩置県を決めて現在の行政区画を決定したのは戊申戦争で勝利した西軍、主に西日本の外様藩、長州や薩摩などです。従いまして西日本の行政区画は概ねよく出来ているように見えます、勿論西軍に刃向った小倉藩・豊前などは福岡県と大分県に半分づつに分けて県庁も置かないなどという仕置きをしています。これに対して東北は東北列藩同盟などという形で西軍に対抗し、敗戦国として明治を迎えました。最後まで強固に抵抗を続けた会津藩は福島県に繰り込まれ県庁から離れた地域となってしまいました。

東北北部には盛岡を中心とする南部藩、弘前には津軽藩がありました。この津軽家は元は大浦家と言って南部家の家臣でした。小田原城攻めの時に大浦家は秀吉に上手く取り入り、十万石で本領安堵とされ、南部家から独立しました。大浦家と同格の十万石というのは南部家からすれば屈辱的で、多年政治的に工作し、北海道警護の恩賞として石高表示が二十万石に引き上げられます。しかし実際に領土が増えたわけでなく、幕府からの賦役の増加等で苦しむことになります。それでも盛岡の人達は弘前藩の倍の石高であることに誇りを持っているのだそうです。

明治になり津軽藩は時代の先をみて新政府側に寝返り南部を攻撃しました。(野辺地戦争)戦闘は南部側の勝利となりましたが戦闘は私闘とされ双方とも得るものはありませんでした。東北地方は江戸期を通じて仙台藩、南部藩、津軽藩、佐竹藩等に別れそれぞれ領国が広い事もあり文化風習・方言等は独自に発展していました。新政府はこれを無視する形で県境が設定されました。南部藩の北半分と津軽藩で青森県を設定しました。現在の青森県は面積的には津軽と南部が丁度半分づつです。それぞれの中心都市である弘前と八戸には県庁を置かず、津軽側の小さな港町、現在の青森市に県庁を置きました。残る南部領の南半分と仙台藩の北部をまとめて岩手県を設定しました。

実際に訪問してみますと旧南部領の青森県東半分と秋田県鹿角地方は今でも盛岡市の勢力範囲という印象を持ちます、文化的に近く多分方言も一緒なのでしょう。一方で一関市、奥州市などの県南は元々は仙台藩の領地で盛岡の人にとってはこちらは完全に別という意識があるようです。例えば奥州市出身の大谷翔平選手の事を話題にしても「水沢の人」要するに地元では無いという反応でした。一関市よりは八戸市、鹿角市の方が地元という気分があるように感じます。南部氏に対する敬意は明治の世になっても続き日露戦争に従軍して戦死した当時の当主である利祥公の騎馬像を盛岡城の本丸跡に建造するほどでした。現在の当主である利文氏は2000年に当主として盛岡に戻って来た際には市長を始め300人が迎えたそうで、今でも名前では無く「殿様」と呼ばれているのだそうです。江戸期以降の当主には利の字が付いていますがこれは前田利家が秀吉への取り成しをしてくれた為なのだそうです。岩手県と旧南部領、行政区画と江戸時代からの市民の意識の差がまだ残っているように感じました。

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盛岡市(岩手県)








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