地球の反対側から日本を見て-07 (2006年)




2006年は静かにスタートしました。大きな変化は無くこの数年間の問題を持ち越してのスタートです。今年も大きな変化は無いのかも知れませんが大変動のマグマはどんどんと溜まっているようにも感じます。

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75・近鉄と横浜フリューゲルスそして楽天と横浜FC(2006年12月02日)
横浜FCは8年前に出来た全く新しいチームです。ただ誰もが消滅した横浜フリュゲールスの後継チームだと思っています。天皇杯で優勝した直後に強豪かつ人気のある横浜フリュゲールスが経営陣の一方的な都合で同じ横浜に在るマリノスに吸収されて消滅する事になり、サポーターが中心となり作ったチームです。マリノスはF・マリノスとなり、フリュゲールスのサポーターを取り込むつもりであったようですが。こんな商売上の目論みは通用しませんでした。下部リーグから勝ち上がり今回J1に上がりましたが何となく「復帰」という印象があるのは面白い事です。チームカラーも横浜フリュゲールス以来の空色を使い、同じ「F」の頭文字としている、フリュゲールスの名前は使えないので簡単な「FC」にしたのでしょう。サッカーはチームの経営者の物ではない事を照明する出来事であったと思います。

思い出すのは一昨年の野球での出来事、近鉄球団がこちらも経営者のご都合でオリックスに吸収合併される事となり、ファンの怒りが爆発した事がありました。同じ関西の鉄道会社の阪急、南海が野球から撤退する時にはほとんど抵抗が無かったので簡単に考えていたのでしょうが、球団が存続し経営者が変わるのとチームが消滅するのとは大違い、ファンの怒りは頂点は収まる事は無く、楽天という新球団創設に至りました。実はパリーグに関しては長年近鉄を応援して来たのですが、チームカラーの異なるオリックスを応援する気など更々無く、当然その後は楽天を応援しています。正直新球団というよりは近鉄の後継チームと見ています。

この二つの事で分かるのは経営者が金勘定でご都合的にチームを吸収してもファン、サポーターは付いて来ないという事です。一昨年プロ野球の球団を10に減らす事が検討された際に横浜をヤクルトに吸収させるという案がありましたが、もし実現したらヤクルトを応援するかと言いますと絶対に「NO」であったと思います。その後の展開でチームを減らすという陰謀は脆くも崩れ去り横浜球団は存続し、今年も最下位ではありましたが、楽しく応援する事が出来ました。大洋から横浜に名前が変わり、ホエールズからベイスターズに名前が変わりましたがこれは大した事では無いと思っています。今年日本ハムが優勝して喜んでいる年配の知り合いが居ますが、「東急セネタース」以来のファンなのだそうです。セネタースなる球団は知りませんが、色々な変遷で名前が変わり現在の日本ハムファイターズになったのでしょう。本拠地も当時は駒沢球場であったのが、今は札幌ドーム、それでもチームとしての一貫性は保たれていると思うのです。

プロ野球にしてもサッカーにしても経営者の論理が破綻した事は非常に良かったと思っています。どちらも経営者のものでは無く、一部の人が勝手に変更出来るものでは無い事が照明証明されたと思います。もうファンやサポータ−の意思に反する行為を経営者が行なう事は無くなる事でしょう。来年も横浜、楽天そして横浜FCを応援して行きたいと思っています。



74・観光日本・観光東京 (2006年11月11日)
日本の製造業の競争力が落ちて来ています。現場ではそれぞれ努力をされているのでしょうが、世界の工場としての役割は終わりつつあります。戦前は軍事大国ではありましたが、経済的には脆弱なもので、生糸などを売って何とかやり繰りしていただけの貧しい国家であったのですが、敗戦を契機に方向転換し、1970年頃に世界一の製造業の地位を確立し、以来30年以上「物作り日本」が金看板でした。栄枯盛衰は世の習いで、インド・中国を始めBRICS(ブラジル・ロシア・南アフリカを加え)の台頭でその地位は危うくなっています。地下資源が無い日本、消費する多くのものを輸入して生きて行かなければなりません。知的産業に特化するという意見がありますが、これに従事出来る人は頭の良い一部の人だけで、多くの国民は他に生活の糧を求める必要があります。

その一番手が観光であると考えています。外国人に観光誘致と言いますと日本人は日本風の「演出」を考えますがこれは要らないと思います。例えば朝鮮に観光に行く際に朝鮮側が用意した「晴れがましい宮殿」には誰も興味を示しません、普通の街並み、庶民の様子が面白いと思うことでしょう。以前北京に行った時、万里の長城も確かに興味深かったですが、街で刀削麺を作っている人の方がずっと興味をひきました。市場を歩きそこに暮らしている人の様子に触れた事が印象に残っています。外国人を観光に誘致する際に心掛けるの必要があるのは安全と清潔の2点であると思います。多くの国はこれを実現するのが難しい、欧州でも観光客が集まる所には物売りやかっぱいが集まり用心する必要があります。食べ物の大丈夫か心配になります、特にアジアを観光していると道端に美味しそうな物が売られていても衛生状態が気になります。インド辺りになりますと水から気を付ける必要があります。この二つの点で日本は世界一であると思います。

観光地ですが、これは心配は無いと考えています。以前滞在型でパリやニューヨークに旅行したのですが、最後の頃になりますと行く所が無くなって来ます。意外に見所が少ないのです。あっても同じようなもので、一つ大きなものに行けば十分という気がします。振り返って東京はどうでしょう?もし東京に観光に行くとすれば1年間くらいは問題無く行く場所があると思います。東京都内は勿論100キロ圏内にどれだけのスポットがあるのか想像してみれば良いでしょう。関西(大阪・京都・神戸)はもっと多いでしょう。そして独自性です、欧州はどこの観光地も正直似ていて、国境を越えても同じような感じです。これに対して日本は一番似ている韓国朝鮮そして中国ともかなり異なります。別と言って良いでしょう。これだけ独特の文化習慣を持っているのに今まで余り活用して来なかったと思います。普通の日本を知ってもらい、楽しんでもらう工夫をすれば観光客は伸びると思います。少なくともロンドン、パリには勝てると思うのですが如何でしょうか?



73・社会科・未履修問題 (2006年11月11日)
現在日本では必修科目を履修していないという問題がクローズアップされています。何でも世界史が必修で、地理と日本史が選択になっている、これは初めて知りました。学生時代を振り返りますと当時でも進学校は文科系と理科系にクラスを分けていましたが、通学していた学校は近所の普通の都立高校でしたが、全員一緒でした。ただ数学Vなる科目は理科系だけで文科系進学希望の学生は履修しなくても良いとされていただけです。選択科目はドイツ語とフランス語だけでした。高校三年生の時に日本史があり、確かに余り勉強をしなかった記憶があります。内容は受験レベルですのでかなり高度です。試験は大学入試の難問レベル、勉強していない学生には全く歯が立たず100点満点で10点も取れなかった記憶があります。現在でも大学の超難関校の入試問題を見ますと全く分からず今では零点の可能性もあると思います。先生は予備校的な授業をしていたのでしょう、かなり高度でした。それでも分からなくても聞いているだけでしたが、今では良かったと感じます。歴史について考え、どのように見て行くのか考える方法を教えていただいたと思っています。数年前にパラグアイに関する本を書いた時に当然パラグアイの歴史について書きましたが、この時の勉強がかなり役に立ったと思っています。

地理や歴史に関する知識・教養が無いと外交政策など理解出来るとは思えません。以前「えっ、アメリカと戦争したのウッソー」という高校生が居ると書きましたが、このような人が世界情勢に対して適正な判断が出来るとは全く思えません、その時に声の大きいマスコミ等の意見に流されるだけでしょう。パラグアイがどこに在るのか分からないという話をよく聞きます。以前は「南米のどの辺りにあるのか分からない」という意味で例えば「ウルグアイと国境を接していないのですね」というような感じでしたが、最近は「世界のどこにあるのか分からない、知らない」という人が多くなっているように感じます。知らないレベルの低下が進んでいるように感じます。日本の若い人と話をしていて文科系の出身でも歴史・地理の基礎知識が不足しているように感じます。

社会科が人間の教養に直結しているように感じます。また大学の文科系の専門分野の多くは社会科の延長にあります。最近の選挙を見ていますと「ワンフレーズ選挙」のような感じになっていますが、これも教養の低下から来ているのだと思います。外交政策について内容のある政策論争をしようと考えてもそれを理解する基礎が無いので難しいのでしょう。大学センター入試に「一般教養試験」なるものを課しては如何でしょうか?社会常識を問う、高校生では当然知っているべき内容を数多く回答されるようにすれば良いと思います。




72・日本語 (2006年 9月30日)
日本語というのは世界の言語の中でもかなり特異なもので、実際文字も文法も他の言語とは違う、異質なもののようです。確かに韓国朝鮮語が文法上かなり似ているのですが、文字は異なり発音体系も全く違うので習得するのにはかなり努力が必要です。日本に住んいて普通に暮らしていますと日本語だけで生活が可能であり、ほとんど必要な情報も日本語で手に入れる事が出来ますので何ら不自由は感じません。日本以外は全て他の言語である事は頭で理解していますが、実感に乏しいのが現実です。

第一言語として使用されているものとして人口順には中国語、英語、スペイン語、ロシア語、ポルトガル語、フランス語、アラビア語そしてインドの幾つかの言語が日本語よりも上位に来るのでしょうが、読み書きをし、本を読み、一定の経済活動をしているというような「文化人口」で比較しますと日本語はもっと上位にあると思います。日本語のインターネットそして書店の本の種類の多さを見ますと日本語はたいした言語だと思います。ただ日本だけに限られているという大弱点を抱えています。戦前、朝鮮半島、台湾そして南洋諸島で日本語を日常語として普及する活動を行ないましたが、「強制的」であった為に受け入れられずその後に普及する事はありませんでした。

日本以外で日本語を勉強している人が少ないことを憂いています。フランス語などは世界に普及する為、国家的な取り組みをしているように聞きます。当地に住んでいて日本語を使用するのは主に日本人ですが、日本を習得したいという希望を持っている人は多いように思います。ただどこも草の根的な日本語教室もしくは個人が教えているという感じで余り組織的とは言えないように見えます。最近インターネットを見ていますと日本語教師を希望する人が多くなっているように感じますが思い通りの職場が見つからないのが現状のようです。在るとしても日本に住んでいる外国人向けというのがそのほとんどでしょう。

文部科学省辺りに「日本語普及局」くらいの組織を作り日本語の世界的な普及に乗り出すべきであると思います。当地には非日系人が経営し、現地の子供達が通う日本学校なるものがあり、人気を集めていますが、日本的な教育をし、日本語を勉強出来るという事で人気があるようです。草の根的な事例や成功例を分析して日本語を世界に普及する努力をして行くべきであると思います。間違っても東京で頭だけで考え、机上で計画を作成し指令を出すという大本営的なやり方は避けるべきでしょう。軍備だけが日本の防衛では無いと考えます、日本語を習得している人を如何に増やして行くかは日本の戦略として取り組んで行くべきでしょう。



71・日本の戦後 (2006年 8月28日)
長い日本の歴史は貧困との戦いであったように感じます。豊かになった現代はまさに例外中の例外で常に貧困と飢えと戦いながら日本は歩んで来た様に見えます。その中でも特に貧しく厳しい時代は第二次世界大戦後であったと思います。幕末明治維新の時点から軍事大国そして欧米列強に並ぶ事をを目指し突き進んでいた日本、明治維新から第二次大戦の敗戦まで僅か77年ですが、その間は戊辰戦争から西南戦争、日清、日露、第一次世界大戦、日中戦争そして英米との第二次大戦と戦争に次ぐ戦争の歴史です。よくこれだけ短い間に沢山の戦争を行なったものだと感心します。国民にとっては戦争は日常であった事でしょう。

そして第二次大戦の終結、敗戦に終わり日本人の価値観は一変しました。それまでの富国強兵、天皇絶対、鬼畜米英等のスローガンは一夜にして消え去り、民主平和を旗印に国家再建に向かう事となりました。言葉では簡単ですが、国民は価値観の急激な変化によく対応出来たものだと感心します。特に東京、大阪を始め原爆の被害にあった広島、長崎などは一面焼け野が原で、生活再建もままならない状態で敗戦の日を迎えています。この時代を扱ったドラマを見て驚異的と思うのが治安の維持です。多少は事件があったのでしょうが、大きな混乱も無く国家が再建されて行き、間も無く高度成長時代となり経済大国の道を歩みます。最近話題となった映画「三丁目の夕日」等で昭和30年頃が懐かしく非常に幸せであった時代と描かれますが、よく考えますと敗戦から10年しか経過しておらず、よくあれだけ再建復興し、穏やかな時代になったものと感心します。現在はより豊かな社会になっていますが、当時と比較して民心は荒れ、不可解な事件が続発しています。本当の豊かさ、幸せというのはどのようなものなのか考えされてしまいます。

米国はこの日本統治の成功で自信を深めたのだと思います。それ以前にフィリピンでまずますの成功を収め、日本を作り変える事を成し遂げた事でアジア諸国を自己流の国家にする事は簡単との意識が芽生えたのでしょう。国家のあり方を米国流に変える事を「民主平和の伝播」と言い換え、アフガニスタン更にはイラクでも同様の統治を試みますが、彼らから見れば同じアジアかも知れませんが歴史も異なり全く世界観が異なる地域ですから到底無理だと思います。日本での成功体験が余りにも強烈であった事がイラクなどの西アジアの混乱の原因の一つになっているのかも知れませんね。



70・女子高生 (2006年 4月16日)
日本のインターネットを見ていますと「女子高生」に関する記述が非常に多いと感じます。何でもアダルトサイトではこの単語は禁止になっていて、同じ音でも「女子校生」としなければならないとされています。どちらでも同じであると思うのですがこの辺が如何にも日本らしいと感じます。

女子高生が注目されるのは若くて綺麗である事が挙げられると思いますが、何よりも一番街で目に付くからであると思われます。東京の繁華街を歩いていると平日の昼間でも制服を着た女子高生が居ます。午後になるとその数は急激に増えて街が占領される程です。地味な人も多いのですがその中にケバケバしい格好で闊歩する学生が目立ちます。男子生徒が地味で目立たないのに比較してとにかく存在感があるのです。

日本の女性は会社で働きある年齢になりますと多くの人が結婚します。子供が出来ますと子育て、地域の付き合いでほとんど街に出て来なくなります。生活に追われて過ごしているというのが実際の所でしょう。その後は地域の繋がりを大切にして家族中心の生活をする事になるのでしょう。たまの休日も出掛けるのは家族で近くのショッピングかスーパーまでという事になるのでしょう。女子高生はこの自分の将来の現実をよく知っているのだと思えて来ます。オバサンになったらもう渋谷・新宿には来る事が出来ない、遊び楽しむのは今の内と思っているのではないかと想像します。

日本に居ますと年齢・性別によってかなり行動が制限されているように思えるのです。オジサンが街でソフトクリームを食べながら歩いている姿はまず目にしません。30歳以上の女性が女子高生のような格好をして街を歩く事もありません。時に奇抜な格好で歩いている人が居ますがこの社会の制限に対する抵抗の気持ちがあるのでしょう。高校の三年間、特に進路の選択で大変な高三までの二年間が彼女達の華の時期なのかも知れませんね。



69・高校と大学受験 (2006年 4月16日)
日本の大学受験の様子が変化しているように見えます。一部の都立高校が大学受験に取り組み、地方のトップ県立高校も大学合格者を増やしています。マンガの「ドラゴン桜」の影響もあるのでしょうが、皆さんが本音で普通に大学受験を見るようになったと感じます。

当方が受験した時には都立高校は学校群制度でした。何でも行き過ぎた競争となった大学受験を正す目的で幾つかの学校をまとめて合格者を機械的に振り分けるというものでした。当方が受けた学校群は二つの学校から成り、相当離れていました。当方は運良く近くの学校に潜り込めましたが、外れとなり、隣の区に在る元女子校に通う友人は本当に大変そうでした。数年前から方針が大きく転換されて、当方が卒業した高校を含め4つの高校が特に指定されてレベルアップが図られ、有名大学合格を目標に掲げるようになっています。

高校教育について色々な改革をしているというのですが、現在に至るまでずっと受験競争は存在しています、有名大学に入り安定した職場を目指すのは当然の事です、競争が悪いのでは無く、公正で無い事が問題なのだと思っています。日本の教育は競争を悪とし、競争の無い社会を目指していたように見えます。学校は勉強する為にあるもので、受験競争が在るお陰で高校生は勉強をし世界の中で戦える人材を育成した面があると思っています。一部の都立高校の入学が難しくなる事に否定的な意見もありますが、恣意的に学区を設定し学校群なる奇怪な制度で受験生を惑わすのは本来のサービスとは到底思えません。現在の底辺校が一気に入学が難しくなる事はまずあり得ないので、易しい高校から難関校まで取り揃えるのが本来の都民に対するサービスであると思います。その意味では現在の状況で良いと思っています。

都立の中には農芸高校のように特殊な学校もあり、このような学校を増やして行く事が必要なのかも知れません。商業高校、工業高校は模様替えをして、体育高校、音楽高校、芸術高校、外国語高校などがあっても良いのかも知れません。外国語高校には英語科の他にフランス語科、スペイン語科、中国語科等を設け、世界の地理や観光業の基礎を教えて行けば社会に役に立つ人材を育成出来るでしょう。選択肢を増やす事を取り組んで行く必要があると思っています。

受験に関しても例えば5科目入試であれば一日に1科目づつ現在の数倍の量の問題を出題するようにしては如何でしょうか?例えば英語であれば「文法」「読解」「会話」「作文」毎に時間を区切って一日掛ける。他の科目も同様に出題数を大幅に増やすようにすれば本当に学力のある人が合格するようになると思うのですが如何でしょうか?



68・景気の波 (2006年 4月15日)
日本の景気は非常に良いようで数年前に流行していた悲観論、国家破綻論はすっかりと陰をひそめています。景気の良い話が多くなり日本は今後しばらくの間は繁栄して行くというような本まで売れているようです。確かに株価等を見ていますとバブル景気を彷彿とさせるものがあります。足腰が強いと感じたのでしょうか、ライブドアやサラ金のアイフルそして航空各社に強い態度を示す事が出来るのでしょう。日本の景気が良く国民が幸福であればそれで良いのですがこれからどうなるのか少々心配をしています。

今回の景気回復は循環的に起きている要素が大きいように感じます。景気には波があるのですから今回の好景気も何時かは終わりになります。次回の景気の落ち込みを心配しています。何が引き金になり景気後退が起きるのか分かりませんが、大きな落ち込みとなりますと団塊の世代の退職と重なりコストがかかる社会であるという事が自明となり相乗的に景気の足を引っ張ると見ています。小泉内閣は9月に向けて怖いもの無しでラストスパートに入るでしょう。退陣を表明している首相は自分の信念に従い行動する事でしょう。また、紀子様に第三子が誕生される予定になっています。多分ここまでは景気は持ち堪えると思っています。

問題はその後でしょう。日本の構造的な問題から不況になるのであれば一過性のものでは無く長期低落となる心配があります。景気が良い時に財政赤字、少子高齢化、産業構造の変化など根本的な問題を解決する事が出来ないので次回の不景気は底が深いと見ています。もしその際に現在唯一日本の経済を牽引している自動車に何か問題が生じるならば事態は深刻なものとなるでしょう。ただ実際にはそれ程心配する必要は無いのかも知れません。明治維新から第二次世界大戦まで日本は戦争ばかりしていました。これだけ無理を重ねなければ世界の中で認知されないという焦りがあったものと推測します。戦後日本は経済大国となり現在では不動の地位を確立しています。今の世界は日本抜きでは成り立たない状況になっています。一番良いのは居直っていまう事でしょう、ブラジルやロシアもこの方法で成功しました、日本もドンと構えてそのまま贅沢な暮らしをし続ければその内に何とかなるのかも知れないと考えるこの頃です。



67・国家の負債800兆円を超える (2006年3月27日)
日本の財政危機は何時も叫ばれていて段々と狼少年的なものになっているように感じます。負債が増えても景気が良くなるし、株価も上がる、大丈夫だという意識が一般的になっているように思います。この3月末時点で国の債務が813兆円、地方の債務が204兆円なのだそうです。合計しますと1,017兆円と公式な数字でも1000兆円を超えました。同じ日の新聞に個人資産が1500兆円を超えたという記事があり、単純に比較しますとまだ帳尻が合っている事になります。金利に対しては日銀が緩和政策を出しましたのでこれからは徐々に上昇に向かう事でしょう。年利が1%増えますと10兆円の負担増となります。もし5%程度まで上昇しますと50兆円と国家の歳入を超える金利が発生する事態になっています。

以前の説明では景気が良くなれば国債の発行を抑えてプライマリーバランスを確保するという話でした。今回かなり景気が良い状況になっても国債の新規発行が30兆円に抑えるのがやっとという状況です。これからいよいよ団塊の世代が60歳を迎えます。退職に伴い国家に次第に負担がかかる事でしょう。また産業界全体を見回しますと今までの景気上昇時には電機と自動車の二つの産業が両輪で景気を牽引していましたが、今回は自動車のみで電機は韓国勢等に押されています。三洋の危機を始め、ソニー等でも大変な状況です。最近では韓国・三星を追う展開になっていますが、水を開けられている印象があります。これでもし自動車の好況に翳りが出て景気が後退したらどうなるのか心配です。

ここまで大きくなりますと政府・地方の債務を削減するのはほとんど不可能なのかも知れません。人間の場合にはよく病気と仲良くしろと言いますが、日本も債務と仲良くするのが良いのかも知れません。「文明が滅亡する時」という本で高坂正尭氏はローマ帝国、ヴェネチアは何故滅びたのかというテーマで外的要因もさることながら債務の増大を挙げています。また19世紀に入り徳川幕府が脆弱になったのも財務内容の劣化であったと思います。財務内容が悪くなるだけでは政府は破綻はしませんが、それに何か外的な要因が加わると国家は瓦解するのでしょう。政府が瓦解しても国民もインフラも残ります。徳川幕府が滅亡した後には日本は発展を遂げました。現在ヴェネチアは多くの観光客で賑わい活気があります。住民は一時の混乱はあるのでしょうが、特に心配する必要は無いのかも知れませんね。



66・鉄道の国、日本 (2006年3月26日)
日本は世界に類の無い鉄道の国であると思います。欧州も鉄道網が発達していますが比でありません。例えばパリからロンドンまで、この両都市は欧州の中心都市、19世紀から20世紀の初頭に掛けてはこの両都市で世界の全ての事が決していたと行っても過言ではありません。現在でも世界有数の都市ですが、距離は近く大体東京と大阪の距離に当たり鉄道で3時間程度です。東京から大阪までの新幹線は一時間に各駅を含めてると5,6本は出ています。それも多くは16両編成、これに対してパリとロンドンの特急ユーロスターは一時間に1本、編成も短くそれほど混んでいません。終着駅として有名なローマの中央駅で眺めていましたが、列車が30分以上もプラットホームに置いてある、要するにどの線もそれほど頻繁には列車が運行されていない事が分かります。

これに対して乗降客数が日本一、そして世界一の新宿駅はどうでしょう。一日の乗降客数は何と360万人だそうです。日本人でよく利用する我々にとってもすごい数ですが、世界の他の国ではまず考えられない数であると思います。どんな路線があるのか正確に答える事が出来るのは相当の鉄道マニアだけでしょう。ましてや行き先に関してはほとんど理解不能と言っても良いでしょう。行く度に知らない電車が走っているというのが実感です。新しい所では今年に入り東武線軽油で日光行き、鬼怒川行きが運行されるようになっています。JR、京王、小田急、西武、都営地下鉄、東京メトロの路線がありますが、それぞれ路線も多く複数の行き先があり、その複雑さは相当のものです。

確かに地方の路線は廃線になり、乗降客は少なくなっています。北海道・福岡県などの鉄道網の多くは失われています。半面都市部では新線が開業しています。東京では秋葉原からつくばに行く路線、関西では近鉄の路線として生駒から学研都市に行く路線などが出来て、ますます複雑化しています。各路線間で乗り入れがあり、最初に利用する人にはよく分からないと思います。あるパラグアイから東京を訪問した人が吉祥寺から東中野まで行くのに、「JRで中央線各駅に乗り一本交代で来る総武線直通に乗るようにと言われたが全く電車が来なかった。と言っていました。この方は快速専用のホームで待っていたのですが、快速も中野駅までは各駅であり、各駅のホームも中野から中央線・総武線に行く電車と東京メトロ東西線に行く電車が交互に走っていてそう簡単ではありません。全部一応中央線ですから分からないのは当然かも知れませんね。

新宿駅を見ていてこれだけでも相当の観光名所であると思ってしまいます。駅を全部巡り中央線の朝のラッシュアワーを眺めるようなツアーがあったら人気が出るのではないでしょうか?西武新宿駅から始まり東京メトロ、地下深い都営地下鉄の両方の駅、京王線、小田急そして壮大なJRの駅を巡るコースそれから駅の外周を散策するのです。歌舞伎町、ガードをくぐりゴールデン街で昼飯、チケット販売店街、ヨドバシ、南口、伊勢丹などを歩いて巡る観光コースを設定すれば人気間違い無しと思うのですが如何でしょうか?東京の人は世界に無いすばらしい観光資源を持っているのですが、自分たちでそれに気が付かないのだと思います。




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