思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります。-09 (2010年)



多くの人は2009年は停滞の一年になるのではないかと予想しています。足元を見つめ直し将来を考える一年となるのかも知れませんね。

思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-01 (98-2002年)
思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-02 (2003年)
思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-03 (2004年)
思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-04 (2005年)
思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-05 (2006年)
思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-06 (2007年)
思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-07 (2008年)
思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-08 (2009年)




93・スペイン語とポルトガル語 (2010年12月31日)
スペイン語とポルトガル語が欧州と南米で使用されている事は多くの日本人にとっても常識と思いますが、では実際にどの地域で使われているのか、またどのような違いがあるのかは多分よく分からないと思います。母国語としている人口の世界での順位はスペイン語が第四位、ポルトガル語が第七位で、ちなみに日本語は第九位なのだそうです。ただ、中国語を一つの言語として計算するのであれば北京語と広東語の差よりは小さいと思われますのでイベリア語として西葡合算して比較するのは的を射ているようにも思います、スペイン語とポルトガル語を合計すると中国語に次いで第二位という事になります。スペイン語はスペインの他、中南米の多くの国、赤道ギニアで公用語となっていて、約20ヶ国で主要言語となっています、対するポルトガル語を第一言語としているのは欧州1(ポルトガル)南米1(ブラジル)アジア1(東チモール)アフリカ5(モザンビーク、アンゴラ、サントメ・プリンシペ、ガボベルデ、ギニアビサウ)と三大陸、合計8ヶ国という事になり国連でも一大勢力です。また、イベリア半島で大半がスペイン語で一部がポルトガル語になったのを不思議に思っていましたが実際にはイベリア半島にはロマンス語から分かれた多様な言語があり、カタルーニャ語のようにスペイン語とポルトガル語の差と同じくらいの差異がある言語がバルセロナを中心に使われており、またポルトガルの少し北にあるガリシア地方で使われているガリシア語はポルトガル語と非常に似ていて併せてガリシア・ポルトガル語という事さえあります。

この両方の言葉で生活をした経験があるので経験から比較してみましょう。最初に勉強した外国語はほとんどの日本人と同様に英語でした。英語以外の外国語を最初に勉強したのは大学一年の時でドイツ語を第二外国語として勉強しました。その後短期間ですが、フランスを勉強し縁あってブラジルに住む機会を得てそこでポルトガル語に出会いました。白水社の「ブラジル・ポルトガル語入門」なる本を持参し、大学書林の小さい葡和辞典を片手に持っての学習で数ヵ月後には何とか日常会話をこなせる程度にはなりました。この際ポルトガル語を学習する上でフランス語の素地は大いに役に立ちました。その後ブラジルからパラグアイに移りポルトガル語からスペイン語に変えましたが最初から大体言っている事は簡単な事であれば理解出来ました。それ程の苦労無くスペイン語に入れた印象があります。

ではどの程度の差異があるのか言いますとネイティブ同士であればほとんど問題無く意思疎通が出来る程度の違いです。純粋な大阪弁と東京弁の違い程度であると思います。似ているので混同しないかと思われますが、確かに最初の内はかなり混じっていました。大体同じような表現があるのですが、ポルトガル語の便利な慣用句がスペイン語に無い場合があり、困った事もしばしばです。挨拶などは今でもスペイン語で「ブエノスディーアス」と言うと何となく調子が出ないので時々慣れているポルトガル語の「ボンジーア」を使っています、スペイン語での単数形「ブエンディーア」とよく似ているのでさほどの違和感無く皆さん受け止めてくれます。またパラグアイの国境付近にはブラジル系の方が多く住んでおり両方の言語を話す人が多く居ます。パラグアイ側のペドロファンカバジェロ市の日系人は日西葡の三ヶ国語を苦も無く使いこなしています。

個人的な意見としては両方の言語を学ぶのあれば先にポルトガル語を勉強した方が良いように思います。ブラジルの人に「スペイン語は赤ちゃん語」という話を聞いていましたが確かに文法・発音が簡略化されている印象があり、ポルトガル語はスペイン語の古語に似ているという話もあります。もしかしたら日本語の古文と現代文の違いのような感じかも知れませんね。特にスペイン語は日本語と発音体系が似ている、文字と発音が一致しているので日本人には学び易いかも知れません。ただ長い文章になりますと独特な言い回しがあり、こねくり回したような文章があり、意味が分からない場合も多くあります。中南米は人口も増え経済力もアップしています。またアンゴラ、モザンビークなどのアフリカ諸国も台頭して来ており今後スペイン語・ポルトガル語の地位は今後もますます高まって行く事でしょう。日本では最近では中国語、韓国語等の近隣諸国の言語を学ぶ人が増加しているように見えますが、ラテン系の言語に人気が集まる時代が来るかも知れませんね。



92・世界的な景気回復 (2010年10月19日)
南米・パラグアイに住んでいますと世界的に見ますと経済が回復基調にあり、南米の多くの国で経済成長が続いていると感じます。パラグアイにおいても90年代中頃にも経済が好調な時期がありましたが、何となく地に足が付いていない印象で上辺だけ、苦労せずにとにかく何でも良いから金を廻せさえすれば経済は良くなるとばかり、コスト意識が余り無いような無駄なプロジェクトに多くの金が注がれ、多くの金融機関が倒産しその後経済は停滞してしまいました。その後南米の両雄であるアルゼンチン、ブラジルともに長い低迷の時代となり、世界の中で取り残されているような感じでした。しかしながら、ここに来て南米全体が経済が上向きになっています、ボリビア、ペルー、ブラジル等を訪問しますとどこも活気に溢れています。経済成長は軒並み5%以上となっておりパラグアイも四半期の速報では10%を超える高い成長を成し遂げています。ブラジルに住んでいた時に「昔は良かった、景気の良い時代があった」と話をしている人に「何時頃のこと」と尋ねますと「60年代から70年代さ、当時は活気があり経済も好調で治安も良かった」と懐かしそうに話します。この当時日本もブラジルに多くの投資を行っていますが、多くは国家プロジェクトで政府を相手にしての事業で結果的には多くの利益をもたらすものではなかったようです。日本はこの時の経験からその後ブラジル、そしてパラグアイを含め南米全体に対して投資する際には慎重になり、現在もそれを引きずっているように見えます。投資にはリスクが伴いますがリスクを冒してまで一般的には南米においてはプロジェクトを進める気にはならないのでしょう。

現代の社会を見ていますと中国そしてインドはようやく再び自分達の時代がやって来た、一時的な景気の変動では無く長期に続いた欧米社会が主導する世界から自分達が中心となる時代に変化している、欧米日など20世紀的な先進国の後退の時期が来ているとと考えているのではないでしょうか。この大きなうねりの中で現在大きく変貌を遂げているのが東南アジアと南米のように思います。東南アジアはタイ、インドネシア、マレーシアなどが経済を牽引し、中国とインドの発展に歩調を併せて上手く成長基調に乗ったように見えます。そして南米ですが未来の大陸と呼ばれ続けてなかなか離陸が出来なったのですが、ようやくここに来て潜在的な部分が開花して来ているように見えます。広い国土、豊かな大地、豊富な地下資源、世界で「余っている」「開発の余地がある」地域は限られているように見えますが南米はまだまだこれからのように見えます。以前ですと豊かな欧米に富を吸い取られている地域と言うのが実態でしたが、人口も増加し社会的な基盤も充実して来ていて、南米全体が高度成長に入った、しばらくは景気の良い時代が続くのか期待しています。



91・バルセロナ (2010年03月08日)
バルセロナ市を中心とするカタルーニャは明らかにマドリッド市を中心とするカスティーリャと異なります。言語、文化が異なり同じ国内とは思えない程の違いで、明るく華やかな雰囲気があるように感じます。言語も多くの市民が話しているのはカタルーニャ語で全ての表示はカタルーニャ語とカスティーリャ語の併記になっています。ただカスティーリャ語も結構使われています、というのも州境は国境では無いので豊かなバルセロナを目指して他の州から移動して来ている人が多いからのようです。統計を見ますと現在は800万人くらいの人口ですが100年前には僅か百万人でした。この百年、経済的に豊かたなこの地方に多くの人が流入して来たのでしょう。経済的で豊かな港町バルセロナは商業の街、それに対して王様が居て中央官庁があるマドリッドはお役人の街という印象でしょうか、丁度大阪と東京のような関係なのでしょう。バルセロナFCとレアル・マドリーの盛り上がりはまさに阪神対巨人の対決なのでしょう。ただ関西もそうですが、他の地方からの流入者が多く経済も他の州との関係が強いので自治は求めてもスペインから分離独立するという所までは行かないのでしょう。

カタルーニャはスペインの東の方に位置するというのはその通りでそれはマドリッドの視点であり、バロセロナを中心に見ますとかなり異なった世界が見えて来ます。目の前に海があり、その向こうはアフリカ大陸でアルジェリアの首都アルジェはマドリッドと同じ僅か500キロ先、飛行機で行けば一時間程という事になります。セビーリャと同じくらいの距離にパリ、ローマ、ミラノ、そしてチェニスがあります。スペイン西部と同じくらいの距離に西ヨーロッパの主要都市や北アフリカがあるという訳です。国内でサラゴサやバレンシアが近いという感じですが、トゥールーズやマルセイユも同じくらいの距離になります。この地図から推測しますとカタルーニャの人はスペインの一部というよりは西ヨーロッパ全体で中心に近い場所にあるという意識があると思います。今後EUの一体化がより進めば地中海に近いミラノ、トリノ、マルセイユ、バルセロナという地域が一体的に発展する可能性があると思います。スペインの中央に位置するイベリア半島の内陸都市マドリッドとヨーロッパの港町バロセロナが今後も競いながら発展して行くとスペイン全体が発展して行くのかも知れませんね。



(地図:バルセロナを中心とする地図)



90・スペイン (2010年03月08日)
スペインというのは中南米に住んでいますと非常に身近に感じる国です。中南米の多くの国は元スペイン領であり、自国の歴史の中で一番輝かしく誇り高い出来事は多くの場合スペインからの独立です。またラテンアメリカの多くの国では国語がスペイン語であり多くの文化もスペイン風で、すぐ隣にある国のような気になります。実際には中南米からは遠く離れた欧州の国家であり、確かに一面では文化は共有していますが当然異なった側面も多く在ります。また歩んだ道のり要するに歴史も全く異なりますし現在置かれている立場も異なります。南米人としてスペインから独立した国でスペイン語で生活する以上は.スペインを訪問し見聞して来る事は必要だと考えますし、日本でも歴史の中で南蛮国として戦国時代にスペインがポルトガルと共に登場し歴史に大きな影響を与え、江戸時代の鎖国政策に関しても元はこの両国がもたらしたカトリックの布教に端を発している訳で日本人としてもスペインを体験する事は有意義であると思います。

イベリア半島は元はローマ帝国の一部であり、現在も色々な形でセゴビアの水道橋のように遺跡としてローマ時代の痕跡が残っています。ローマ帝国はゲルマン民族の侵入を受けて衰退しイベリア半島もゴート人の国家となり西ゴートの一部となります。西ゴートが現在のフランスの地を追われてイベリア半島の国家となり首都をトレドに移し繁栄しましたが、7世紀ごろにイスラムの侵入を受けて半島は北部の一部にカトリックの王国が残りましたがほとんどがイスラム化しました。イスラムの帝国は繁栄し10世紀には首都のコルドバは当時世界最大の都市であったと言われています。その後キリスト教徒の反撃が起き、長い戦いの末に勝利します。当時のイベリア半島の大勢力であったカスティーリャ王国とアラゴン王国の女王と国王が結婚する形でカスティーリャ王国・アラゴン王国連合王国という形になり、これが所謂スペイン王国の始まりでイスラムのグラナダ王国を滅ぼして半島からイスラム勢力を一掃し、同じ頃コロンブスがアメリカ大陸に到着し一気に世界帝国にのし上がり、16世紀中頃から17世紀前半までの約80年間はスペインが繁栄した時期であり、スペイン史上「黄金の世紀(Siglo de Oro)」と呼ばれています。イスラム勢力に対する勝利、連合王国の成立、米大陸への到達がほぼ同時に起き、世界帝国になったという訳です。

その後は衰退に向かい冴えない時代となりフランスの属国のような状態が続きこのような停滞した状況は何とフランコ独裁時代の1970年代まで続きます。スペインの側から見ますとスペインという国家が衰退し、中南米の独立が起きた事が分かります、スペインが衰退し中南米をコントロール出来なくなったのが実情なのでしょう。フランコはファシスト主義で第二次世界大戦の前哨戦と呼ばれたスペイン内戦ではドイツ等の支援を受けて勝利しました。しかしながら第二次世界大戦では中立を維持して戦後も生き残り自身が死去する1975年まで独裁的な政策を維持し経済は回復しましたが国家としては暗く沈滞していました。日本がもし第二次世界大戦を回避して戦前の国体のままあの時代を乗り切ったとしたらどのような状況になったのか知る一つの手掛かりになるようにも思います。その後フランコは王国に戻すと宣言し前の王様の孫を自身の後継者として手塩にかけて教育を行い自分の政治を続けるよう意図していました。フランコの宣言により死後直ぐに王政復古となりましたが王様はフランコの意図とは異なる方針、立憲君主制に移行する事を明確にしてスペインは近代国家として一気に発展を遂げるに至っています。

イスラムの時代が終わって一気にスペイン帝国が世界帝国となり、しかしながら国内の実態は依然としてカスティーリャ王国・アラゴン王国連合王国であった訳です。暗黒の時代から開花し80年間の栄光の時代の後長い長い停滞の時代があったという訳です。要因としては内在する問題、外憂もあったでしょうが、最大の問題は成功体験に80年間浸った事かも知れません。栄光の時代が本来ある姿でありこの不遇の時代は解消され、また栄光の時代が来ると思い過ぎたのではないかと想像します。江戸時代から明治維新で開花し一度は敗戦という挫折を味わいながらもラッキーな面もあり戦後60年間も栄光の時代が続いた日本は一つ間違え、今までの成功パターンにしがみつき、不況で暗い世相は一時的なものであるという考えにこだわり過ぎ新しいチャレンジを行わないでいますとスペインのように長い停滞の時代に入ってしまう恐れがあると心配してしまいます。

またカタルーニャに行き改めてスペインは今でもモザイク国家であると再認識しました。北はメキシコから南はアルゼンチンまであまねくスペイン語が行き届いているラテンアメリカですが、イベリア半島ではスペイン語はカスティリャーノ要するにカスティーリャ語であり、他にもカタルーニャ語を始め多くの言語が併存している、またスペイン人と言っても古くはゴート人のようにゲルマン族が侵入し南部にはイスラムの時代に多くの人がアフリカ大陸からムーア人等が入っています、多分北と南そして東と西では見掛けも相当違うでしょう。中南米には南部のアンダルシアの人が多く移住して来たと言われていますが、長い間イスラム化されていた地域であり、キリスト教の国家になったと言われても馴染めなかった人が多く居て新天地を目指したのでしょう。またバスク人のように全く別系統の言語を話す民族も大きな地域に広がっています。歴史も波瀾万丈ですが現在も色々な問題を内在している事が想像出来ます。現在、カタルーニャ語、バレンシア語、バスク語、アラン語、ポルトガル語と非常に似ているガリシア語が地方公用語になっているほか、アストゥリアス語とアラゴン語もその該当地域の固有言語として認められているという事でスペインの言語は非常に多様になっています。ただしカスティーリャ語が世界公用語となり、中南米を中心に2億人以上話されているという事でカスティーリャ語が公用語として今後も力を増して行く事は間違いないでしょう。

欧州統合、国際化という方向と自主自治という流れの両方が併存している現実の中、金融危機の影響をまともに受けて失業・雇用の問題が深刻化している現実があります。EU加入以降高い経済成長率を達成し、国民の支持を受けて国家運営は比較的順調でしたが、今後不満が高まるとバスクやカタルーニャの自治拡大そして独立運動が高まり社会不安が顕在化して行く可能性もあるかも知れません。世界の先進地域とされている西ヨーロッパの中でも大きな存在だけに今後のスペインがどのような方向に進んで行くのか注目です。


?? スペイン語(カスティーリャ語), スペイン全土で公用語

?? カタルーニャ語, 地域公用語

?? バスク語, 地域公用語

?? ガリシア語, 地域公用語

?? アストゥリアス語

?? アラゴン語

?? アラン語

(地図:スペインの言語分布:ウィキペディア)



スペイン・HP



89・失敗国家 (2010年01月23日)
失敗国家は破綻国家、崩壊国家とも言い、国家機能を喪失し、内戦や政治の腐敗などによって国民に適切な行政サービスを提供できない国家というのが定義なのだそうです。失敗国家のランキング付けというサイトがあり、その地図を見ますと40近く在る失敗国家は多くはアフリカと中央・西アジアにあります。西半球ではハイチただ一国となっています。行政サービスが出来なくなり、ガス、水道、電気などいわゆるインフラが整備されずに放置され、警察機能が不全となり治安も悪くなるというものです。要するに国家としての呈を為さない状態に陥るというものです。このような失敗国家が最近増えている傾向があります。20世紀前半までのように世界の潮流が帝国主義で自国の論理、権利が最優先という時代であればこのような失敗国家の増加も大した問題ではありませんが、近年では地球上で何か問題が発生すると国際社会が共同で解決するべきであるという傾向が強まっており、失敗国家の増加とその深刻化に対して国際社会がどのような対応をして行くのか、また失敗国家が増えないようにするにはどのような事をして行くべきなのか問われているように感じます。

当然の事ながら貧困層が多く産業が未発達な発展途上国の多くが失敗国家もしくはその予備軍となっています。アフリカ・西アジアに多く在るのは理解出来ます。注目して欲しいのは南北アメリカの中では失敗国家にランクされているのはハイチ一国のみという事です。南米に関しては日本ではネガティブな情報が多く治安が極度に悪く無法地域のような印象を持たれているように思いますが、国家として機能している程度は発展途上国の中では比較的上位に位置している事を示していると思います。このハイチはアメリカ地域では非常に特殊な国家で、アフリカの国のような特徴を持っています。住人はほとんどがアフリカ系の子孫で他の国のような欧州系や混血が少ないという特徴があります。公用語はフランス語ですが、独自のハイチ語なる言語があるそうです。インフラは劣悪で治安も悪く政情は不安定で警察力も不完全その上にハリケーンが数回襲い膨大な被害が出ていた所に首都を大地震が直撃し、現在は大混乱という状況です。ただ、ハイチに関して調べますと人口は激増しており、多くの国民が18歳以下であるという事です。もし本当に貧困であり飢餓に直面していて、内戦があって生きるのも難しいのであれば人口が減るはずですが、ここでは逆に増えています。外国からの援助があり、ある程度食が足りると人口というのは激増してしまうものなのかも知れません。教育があり、それなりの水準があると認められた国家それも非有色人国家でありますと多くの国では難民の受け入れを表明しますが、治安や社会の混乱を懸念してハイチのような場合の経済難民はほとんど受け入れる国は無く貧困者は耐乏生活を余儀無くされますが、衛生状態も悪く衣食住が絶対的に不足する中で到底教育までは手が回らず大人となっても社会に貢献出来る人材には成り得ないと考え受け入れないのでしょう。ソビエト崩壊の際にバルト三国からの難民に対して各国が受け入れを表明したのとは大きな違いがあります。現在多くの国がハイチに支援を行うと表明して続々ハイチ入りしています。面積も小さく場所もカリブの中で周囲に失敗国家が無い、この地域では特殊な国家とも言えますので可能なのでしょう。また米国から非常に近くこの距離であればマイアミまで簡単で行く事が出来、米国が大量の経済難民が自国に押し寄せるを懸念して先手を打って行動しているのでしょう。ハイチの場合には国連等も介入しており、ハリケーンや地震という自然災害で困窮しているので国際社会の協力も受け易く、ある程度、地震以前程度にまでは回復する事でしょうし、一応国家そして正統な政府が存在しているのである程度の時間が経過すればある程度落ち着く事でしょう。

問題は経済の二極化が国際的にも進行して行きますと国家間の貧富の差が広がり経済の悪化で政情が不安定になり、今後失敗国家が増えて行く可能性が大きいという事です。平和基金会は世界177の国家を「失敗国家」「警告」「普通」「安定」の4つに分類し、赤の失敗国家の多くはアフリカ、西アジアにあります。ソマリア、ジンバブエ、スーダンというような国家が上位3位を占めどこも事実上政府が存在していない劣悪な状況となっています。特に最近問題となっているのは堂々第一位にランクされているソマリアです。スエズ運河を通過した船舶が通る場所にあり、海賊行為が横行し安全が脅かされています。政府が存在しない状況ですので改善は期待出来ず国際社会は頭を痛めています。スーダン、ジンバブエ、チャドなど多くのアフリカ失敗国家では混乱がひどくなり経済難民が多く出ていますが、どこも解決の見通しは立っていません。国際社会はこれを放置していますと、更なる混乱が周辺国家にまで広がる事になり、失敗国家が増加してしまう事になるでしょう。資源があるなど関わりを持つと自国に有利に働く国家に対しては救いの手も伸びるでしょうが資源も産業も無いような国に対して国際社会がどのように対応するのか問われているように思います。ある程度状況が混乱し国家としての機能が不全となった国に対しては国際社会が主権を一時的に停止して対応するしかないのかも知れませんね。具体的には以前あったような「国連委任統治」としてしまうのも手かも知れませんが国際的な合意を取り付けるのはかなり難しい事でしょう。失敗国家をどのようにして行くのか待った無しの状況にあるように思います。


(地図:失敗国家・2009年度版:平和基金会)



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