大分(日本・大分県)




大分 (日本・大分県)



九州は明治までは九つの国に分かれており、「九州」と呼ばれているのですが、現在7つの県にまとめられています。各県それぞれ特色があり、有名な観光地があります。大分県にも別府、湯布院などの温泉、宇佐神宮、久住などがあり、魅力的な県です。九州の表街道はどうしても鹿児島本線側で、熊本・鹿児島になりますが、日豊本線側である大分・宮崎は本州側・四国側に面しており、大きな発展が期待出来る地域であると思います。ただ、大分も大分市への一極集中が進み、大分市と過疎地域という構図になり、過疎地域はそれぞれ個々では行政が出来なくなり、それぞれの市町村が平成の大合併で非常に広域にまとめられています。町村合併で足すと人口がそこそこで「市」を名乗っている場所も広い地域に集落が散在している村の集合体というのが実態のようです。それでも一村一品運動等を通じて県全体の底上げに努力されている事を実感しました。今回訪問したのは大分市、別府市、由布市、豊後高田市、宇佐市・安心院、杵築市・農業文化公園などです。大分県の一部であり、国東半島、久住などまだまだ魅力的な場所が多く興味は尽きません。再訪した時にはこれらの場所も巡ってみたいものですね。

(写真が多くあります:200枚)



01・ソニックで大分へ(2008年02月03日)



本州方面から大分へ行くには空路と鉄道が一般的で、鉄道の場合には新幹線で小倉へ行き乗り換えとなります。大分へは「ソニック」という特急が走っています。国鉄分割以前は日本中に同じダサいデザインの列車が走っていましたが、JRになり、各社それぞれ工夫を凝らした列車を走らせるようになっています。特にJR九州は鉄道ファンが乗ってみたくなる特急が多く在ると思います。ソニックもその中の一つでスマートなデザイン、豪華で落ち着いた車内、大分まで快適に過ごす事が出来ました。



(写真:ソニック・外観-01)



(写真:ソニック・外観-02)

車内は普通車なのですが、本州のJRのグリーン並の快適さです。座席はゆったりとしており、快適に過ごす事が出来ました。



(写真:ソニック・普通車内部)

食堂車は無く車内販売が来ます。



(写真:車内販売)

列車はすばらしいのですが、JR分割以来、資金力の在る本州のJR3社とそれ以外の3社でかなりの格差が出来ているように思います。途中駅はどこも昔のままという感じで大きな投資は行なわれていないようです。学生時代に旅行した時を思い出しました。首都圏の駅はどこも改築されて面白みが余りありませんが、九州の駅は良いですね。



(写真:杵築駅)



(写真:立石駅)



(写真:大分駅)




02・大分駅では豊後高田市の物産展(2008年02月03日)
大分では一村一品運動が行なわれ、地域の振興を図っています。この日は駅で豊後高田市の物産展示が行なわれていました。豊後高田は日豊本線が開通するまでは港湾都市として栄えていたのですが、当時は鉄道が走る事を嫌いそれ以降は急速に寂れて来ました。最近は一村一品運動で町起こしをされ、活気が戻って来ているようです。

人口が3万にも満たない市ですが、実に色々な商品を作り出していると感心します。旅行者でなければ大量に買い込みたいところです。「いちじくのジャム」「鴨めしの素」などは欲しいですね。



(写真:大分駅での豊後高田市物産展-01)



(写真:大分駅での豊後高田市物産展-02)



(写真:大分駅での豊後高田市物産展-03)



(写真:大分駅での豊後高田市物産展-04)

特にお勧めを聞きますと「そば」との事でした。豊後高田市では「そば」に力を入れて特産品に育てる努力をされているそうです。



(写真:大分駅での豊後高田市物産展-05)



03・大分城(2008年02月03日)
大分は大友宗麟で有名ですが、一度島津に滅ぼされ、現在の大分はその後の藩主によって築かれたようです。豊後の府中としてこの地方の中心ではあったようですが、譜代・松平氏の石高は10万石で明治になり、都市としてはそれほど大きなものではなかったようです。大分城内に県庁の建物を作ったそうで、現在は外観だけになっています。特に観光地という訳でもなく、市民公園のような存在になっているように見えます。大分市は現在は人口が50万近くにまで膨張していますが、昔は佐賀、宮崎と並び人口の少ない県庁都市であったわけでこの40年急激に都市の規模が拡張しています。現在この城跡を訪問しますと市の大きさと比較して「小さい」と感じるのはこの為でしょうね。



(写真:大分城-01)



(写真:大分城-02)



(写真:大分城-03)

特に観光地となっている訳ではないのですが、城址公園として大分市民の憩いの場となっているようですね。



(写真:大分城・説明)



04・大分市(2008年02月10日)
大分市の人口は47万人なのだそうです。県全体で130万人ですから1/3以上がここに集中しているという訳です。日本全体では東京首都圏への一極集中が進んでいるという話ですが地方ではそれぞれの中核都市への集中が進んでいるようです。このまま行きますと大分市に半数という事になるのでしょう。九州の県庁と言いますと福岡市が飛びぬけた存在で熊本・鹿児島・長崎のまあ大都市と佐賀・宮崎・大分の小都市に分類されるという印象でしたが、現在は大分は急速に発展しており、熊本・鹿児島・長崎などに肩を並べるまでになっています。

東京から福岡まで新幹線が走り表街道という感じになっています。それ以外の地方は鉄道で東京に行く際には乗り換えを余儀なくされ、何となく「地方」という印象を受け発展が停滞している所が多いのですが、その中でこの40年の発展ぶりは大したものであると思います。



(写真:大分市-01)



(写真:大分市-02)



(写真:大分市-03)



(写真:大分市-04)



(写真:大分市-05)

歩いていて感じるのは「余裕」です。市民も何となくのんびりとしており、生活にもゆとりがあるのではないかと思います。気候も良く、海の幸、山の幸更には温泉の恵みと自然にも恵まれており暮らしやすい土地柄なのでしょう。



05・別府・竹瓦温泉(2008年02月03日)
今回の旅では宿泊は通常のホテルなのですが、大分と言えば温泉、知人に尋ねると「公営温泉」があるので行きましょう、との事で行きました。外観は昭和初期か大正というような建物です。正面に在るポストが良いですね。

別府市営・竹瓦温泉



(写真:竹瓦温泉・説明)



(写真:竹瓦温泉-外観)



(写真:竹瓦温泉-入口)

番台に料金表があります。ここは市営なので安いとは想像していましたが、100円でした。普通の浴場に行くよりも安いですね。ここは砂湯もあるのだそうで、公営の砂湯とは珍しいですね。



(写真:竹瓦温泉-番台)

中は落ち着きますね。近代的な設備の温泉が増えている中で「和」を感じるこのような空間は貴重だと思います。



(写真:竹瓦温泉-内部-01)



(写真:竹瓦温泉-内部-02)

浴場を撮影する事はさすがに出来ませんでしたが、市民が気軽に利用している様子がよく理解出来ました。短い時間でしたが、「別府温泉」を堪能する事が出来ました。



06・別府・海地獄(2008年02月03日)
別府の観光名所として有名なのが地獄巡りです。今回はその内で「海地獄」に行きました。小さい時、両親に連れられて「地獄巡り」をし強烈な印象で、赤い「血の池地獄」を見て怖くてよく眠れない思い出があります。



(写真:海地獄・入口)

写真で撮影すると湯煙ばかりでよく分かりません。実際に見ますと相当の迫力で、硫黄の臭いもきつく「地獄」を実感出来ます。



(写真:海地獄-01)



(写真:海地獄-02)

竿が一本下がっていますが、これは名物の温泉たまごですね。



(写真:海地獄-03)

温泉たまごは普通のゆでたまごとは全く違った風味で、小さい時には美味しいとは思いませんでしたが、今食べますと味わいが深く気に入りました。5個で300円なのですが、中国語と韓国語で表記されています。韓国語では「オンジョン、ケラン、5ケ330ウォン」即ち「温泉鶏卵、5個300円」と書かれています。韓国かた大分は近くまた直行便があるので韓国から多くの観光客が訪問されているようです。



(写真:ゆでたまご)

入口と地獄の間は庭園になっています。



(写真:庭園-01)



(写真:庭園-02)



07・かぼす (2008年02月20日)
大分名産にも色々ありますが、有名なのが「かぼす」です。緑色をした柑橘類ですが、健康にも良いと全国的に有名になっています。元々は家の軒先に1,2本植えられていて、時々取っては食べ物にかけるなどして使っていたもので、大規模に栽培する人は居なかったそうです。ある研究熱心な方がかぼすに目を付け、その後多くの農家が栽培するようになり、有名になったそうです。



(写真:かぼすの木)

すごいのはかぼすを使用した製品の多さです。ジュースは勿論、お酒やお菓子など様々に加工されて販売されています。



(写真:かぼす製品-01)



(写真:かぼす製品-02)



(写真:かぼす)



08・大分農業文化公園(2008年02月09日)
大分県杵築市にある農業文化公園は予想以上の大きな施設でした。大分市のみならず最近は北九州市更には韓国人観光客も訪問するそうです。最近は別府に来ている韓国からの客も訪問するそうで、この日も団体が来ていました。ただ、少々施設の規模が大き過ぎるような気がします。

879-1312 大分県杵築市山香町大字日指1-1



(写真:農業文化公園入口)

場所は杵築市に属していますが、安心院に近く国東半島の付け根の丁度中央という感じです。




(写真:位置と周辺地図)



(写真:農業文化公園マップ)



(写真:農業文化公園・入口)



(写真:農業文化公園・内部)



(写真:農業文化公園建物)



(写真:農業文化公園景観-01)



(写真:農業文化公園景観-02)

化石の展示室もあります。



(写真:化石展示-01)



(写真:化石展示-02)



(写真:農業文化公園・昆虫館入口)



(写真:農業文化公園・建物内部)



(写真:農業文化公園・土産売場-01)



(写真:農業文化公園・土産売場-02)



(写真:農業文化公園・宿泊設備)



(写真:農業文化公園・宿泊設備内部)



(写真:ブルーベリー)



(写真:休憩所)



(写真:農業文化公園・ビニールハウス-01)



(写真:農業文化公園・ビニールハウス内部-01:もも)



(写真:農業文化公園・ビニールハウス内部-02:ぶどう)



(写真:農業文化公園・ビニールハウス内部-03:なし)



(写真:農業文化公園・ビニールハウス内部-04)

丁寧な説明があり、興味をそそる話題が満載です。ニュートンのリンゴの解説は面白いですね。



(写真:ニュートンのリンゴの解説)



(写真:メンデルのぶどうの解説)



(写真:メンデルのぶどう)



(写真:大分国体の農業文化公園・ビニールハウス内部-01)

広大な敷地と様々な設備、維持管理も大変だと思います。



09・安心院葡萄酒工房(2008年02月03日)

安心院葡萄酒工房

安心院にワイン工房があります。欧州と比較しますと日本は湿潤であり、ワイン生産には向いていないのですが、ここでは日本食に合ったワインを製造販売しています。世界的に競争が激しくなりワインの価格が下がっているのでこちらの工房も大変なようです。大分と言いますと「いいちこ」という焼酎が有名ですが、こちらはこのお酒を製造している三和酒類という会社が経営されているのだそうです。



(写真:安心院葡萄酒工房入口)

入口を開けるとこちらの工房で製造販売されているワインが並んでいます。



(写真:安心院葡萄酒工房玄関)

内部はオシャレな雰囲気です。



(写真:安心院葡萄酒工房内部)



(写真:販売されているワイン-01)



(写真:販売されているワイン-02)



(写真:高級ワイン)

こちらでお話を伺った後、試飲させていただきました。スッキリとした味で確かに和食に合う感じです。



(写真:試飲)



10・農家民泊・時枝家(2008年02月09日)
安心院では農家民泊というのが有名なのだそうで、今回の旅行では時枝さんのお宅に泊まった。民宿と違うのはその家のゲスト要するに訪問したお客のように対応していただく事です。この家でもキャパシティーは20名とのことですが、毎回必ず1グループのみを泊めるのだそうです。一人で来るお客さんの場合には一人だけなのだそうです。安心院にはこのような民泊が出来る農家が十数軒あるそうで、その中でもこの時枝家は100年も前に建てられた重厚な家で家族の雰囲気も良く評判が良いとの事です。最近は韓国など外国からのお客さんも多いそうです。

場所は宇佐市の郊外、山が迫る「里」です。如何にも日本の原風景という感じで、とても良いです。家はアスファルトの通りから上に上がって行きます。小道の入口にはバス停があり、「旦尾」とあります。「あさお」と読むのでしょう。



(写真:時枝家が在る集落:中央が時枝家)



(写真:時枝家・外観)



(写真:宿泊する部屋)

夜は時枝ご夫妻のお話を伺いました。この民泊の仕事は大変ではあるがやりがいがあると話されていました。都会の子供が近くの川で遊ぶと生き生きとするというような事が多いようです。



(写真:時枝家内部)



(写真:時枝家:ご夫婦とお嬢さん)

さて、お食事ですが奥さん手作りの豪華版です。鍋があり、美味しくいただきました。



(写真:夕食)

朝食は和食なのですが、ソーセージと卵焼き、パンが付いて来ました。当方は「パン苦手でほとんど食べない」と話をすると非常に驚いていました。



(写真:朝食)

ご両親もご一緒にお住いになっています。毎日お客さんと話をされてお父さんは以前より元気になったそうです。



(写真:時枝さんご夫妻とご両親)

パソコンでメールをチェックしたいと話をしたところ、こちらのご家庭で使用されているパソコンを使っても宜しいという事で使わさせていただきました。前にはスケジュール表があり、びっしりと埋まっていました。人気があるのはうなずけます。



(写真:畳の上でパソコン、前の予定表はびっしり)

景色は「日本の原風景」というものです。日本は東北から九州まで広がり地方色はありますが、一つの国なのですね。



(写真:夕焼けの綺麗な景色-01)



(写真:夕焼けの綺麗な景色-02)

さて、時枝家のすぐ下にあるバス停を眺めてみましょう。何とも風情のあるバス停でペンキを塗り紙を貼り、長年利用しているのでしょう、少々錆びています。大事に利用すれば長く使える事を証明しているように思います。



(写真:大交北部バス・旦尾停留所)

どのくらいバスが通るのか見ますと土日はお休みで平日は亀川駅行きが2便と安心院行きが2本の計4本のみです。自動車で移動出来ないとここは陸の孤島である、気持の良い田園風景に感激していましたが、ここに生活されている方達のご苦労が想像されます。地方は過疎化が進んでいますが、老人だけの世帯となりますと、これでは住めないと考えるのも容易に理解出来ます。



(写真:時刻表)

ここに一泊して考えさせられた事は多くあります。特に観光とは何だろうという原点をもう一度問い直してみる必要があるように感じます。ここに滞在しての満足感というのは今までのどのような観光地にましてあります。時間が無く1泊だけでしたが、ここに2,3泊してみたい、滞在してゆっくりして時枝さんご一家と歓談したい付近を散策してみたいと思いました。

時枝さんは何も特別な事をしている訳ではありません、特別な設備投資をしている訳でもありません。この場所が観光地という訳でもありません。日本のどこにでも在るごくありふれた村落の古い家屋というだけですが、このことが非常に貴重である事を再認識され、出来ることをしっかりとして客を自然体で受け入れているだけです。「何もないから」と「つまらない」は直接は因果関係が無いのかも知れません。あるがままをしっかりとそのまま見てもらえれば訪れた人は納得するのでしょうね。



11・公衆温泉・佐田老人憩いの家(2008年02月09日)
時枝さんの民泊は非常に良いのですが、温泉に入りたいと我儘を言いましたところ、近所に公衆温泉があるとの事で案内していただきました。行先は「老人憩いの家」、老人ホームかと思いましたがこちらが、地元の皆さんが利用する温泉なのだそうです。「老人の家」という 名称には多少抵抗がありますが、地元の温泉というものには興味がありました。

湯船を撮影するのはさすがに遠慮しましたが確かに「温泉」でした。

大分県宇佐市安心院町佐田949-1



(写真:佐田老人憩いの家・外観)



(写真:佐田老人憩いの家・受付)



(写真:佐田老人憩いの家・内部)



12・豊後高田・昭和の町・商店街(2008年02月11日)
豊後高田は国東半島の付け根に位置してる港町です。かなり栄えていた時もあり、人口に比して大きな商店街が広がっています。人口が減少し交通の便が悪くまた周囲の町村から来る人が居なくなり商圏の人口は減るばかり、商店街は閑古鳥という状況に陥りました。ここで古く長い間改装が余りされていない商店街を活用する為「昭和の町」として売り出す事にし、別府と宇佐神宮の中間点という地の利もあり、多くの観光客がバスを連ねてやって来るようになったとの事です。

出来ることだけを行う。出来ない事はしない。「上手くやろうと思うまい」無理をすることや嘘をつくことをしない。良く見せようとは思わない、そのままで行く。成功のポイントとして、マスコミがよく取り上げ市・商工会・商店街皆がよく頑張った事が挙げられるそうです。日本全国では昭和40年代に過疎化が始まりましたが、ここは昭和30年代後半に過疎が始まり、昭和30年〜32年は高校生が多くまだまだ人通りが多かった。過疎化の原因は元々は鉄道敷設に反対した事によるものであるとのこと。町おこしはソフトで行く、ハードを作る事では効果は一年はもたない。現在昭和の町には年間30万人が来ている。4月29日は昭和の日で祝日となっており、これを豊後高田の日とし、この日に「三丁目館」を開館した。商店街の外れに土蔵があり、これを活用している。この施設は入場料を取っているが、訪問者の約半数が入場している。最近は若い人も多く来ており、金の要らないテーマパークとなっている。商店街で昭和の町に参加する場合には外観を昭和風にする事、お宝を展示する事になっている。参加するかどうかは個々の自由で商店街全部が参加している訳では無い。現在は手打ち蕎麦に力を入れており、蕎麦通りを作る計画もある。昭和の町の運営は「豊後高田市・観光まちづくり株式会社」が行っているとの事です。



(写真:豊後高田は港町)



(写真:豊後高田・昭和の町・入口)



(写真:昭和の町・商店街)

看板を見ますと昭和のアーケードのある商店街の風景が出ています。



(写真:看板:説明)



(写真:昭和の町-01)



(写真:昭和の町-02)

看板を代えているだけというお店が多い中で電気屋さんは「ナショナルの乾電池」が付いています。



(写真:昭和の町-03)

昭和の時代の三種の神器が並んでいました。何となくバックツゥーザフィチャーを連想してしまいました。



(写真:昭和の町-04)

薬局は雰囲気がありますね。「保険調剤」という看板は目立ちます。



(写真:昭和の町-05)



(写真:昭和の町-06)




(写真:昭和の町-07)

看板を板にすると昭和30年代の雰囲気になります。



(写真:昭和の町-08)



(写真:昭和の町-09)



(写真:昭和の町-10)



(写真:昭和の町-11)



(写真:昭和の町-12)

昭和の学校給食というおじさん・おばさんを引き付けるお店もありました。「鯨の立田揚げ」などが売られていました。



(写真:昭和の町-13)

酒屋さんではにごり酒をお土産として販売している。



(写真:昭和の町-14)

商店街の中には昭和の町に参加していないお店もあります。大衆食堂で参加していないお店がありましたが、昭和そのものという雰囲気です。要するに昔のままというわけですね。



(写真:昭和の町に参加していない店-01)

よろずやさんも参加していないのだそうですが、こちらもそのまま昭和の雰囲気です。



(写真:昭和の町に参加していない店-02)

町の中に「神仏習合発祥の地」という看板がありました。宇佐神宮が発祥として有名です。日本古来の神様と渡来の仏教を一緒に祭ってしまうという大胆なものです。



(写真:昭和の町の中にある神仏習合発祥の地)

中には新しい施設もあります。



(写真:昭和の町・出会いの里)



13・豊後高田・昭和の町・夢博物館・夢町三丁目館(2008年02月11日)
町の商店街の一番最後に博物館があります。これは蔵を改装したもので、これも使っていないものを活用したものです。丁度良い場所に使われていない蔵があり、昭和ロマン蔵として営業、更にこの年の4月29日(昭和の日)に夢町三丁目館をオープンしたそうです。映画「三丁目の夕日」をイメージしているようです。町の散策の最後にこの博物館があり、ここを訪問する半数の人が入場しているそうです。



(写真:博物館案内)



(写真:全景)



(写真:入口)

三丁目と言いますとなんと言いましても「ミゼット」でしょう。昭和30年代の象徴のような気がします。



(写真:ミゼット)



(写真:自動車)



(写真:館内-01)



(写真:館内-02)



(写真:館内-03)



(写真:館内-04)



(写真:館内-05)

お茶の間にテレビ、昔の生活はシンプルで余り家具などは無かったように記憶しています。



(写真:館内-06)

台所の再現はなかなか手が込んでいますね。確かにこのような感じであったと思います。



(写真:館内-07)

黒電話があると昔という感じになりますね。電電公社が独占していた時代、電話器はこれだけだったのですから、今から想像も出来ませんね。



(写真:館内-08)



(写真:館内-09)

教室が再現されていました。何となく懐かしい雰囲気ですね。机などは現在のものとはかなり異なります。何となく油臭い思い出があります。



(写真:館内-10)



(写真:館内-11)

どこにでもあった駄菓子屋がありました。商品は現在も販売されているものが並んでおり、実際に買う事が出来ます。まだ懐かしいお菓子があるのですね、前田のクラッカー、カルミン、すこんぶ、ボンタンアメ・・・



(写真:館内-12)



(写真:館内-13)



(写真:館内-14)

昔懐かしい塀にポスターが貼られています。サンデー毎日の「男女和合のメモ」とは随分と気になる記事ですね。当時は30円だったのですね。



(写真:館内-15)

併設して和食レストラン「南蔵」があります。こちらも一杯です。



(写真:食堂-16)

人気のお弁当をいただきましたが、地元の食材が使われ非常においしかったです。



(写真:弁当)

ここで再現しているのは昭和の中でも30年代前半という印象です。映画三丁目の夕日も大体同じころ、オリンピックの少し前日本の高度成長の始まる時代ですね。戦争が終わり10年、ようやく生活が安定した時期に当たります。


14・とんかつ(2008年02月03日)
大分で美味しい物を食べたいと知人に話をして連れて行っていただいのが、豚カツのお店です。「本舗不二かつ」という店で人気店なのだそうです。

大分県大分市新貝3-10
097-503-1611



(写真:本舗・不二かつ・外観)



(写真:本舗・不二かつ・店内-01)



(写真:本舗・不二かつ・店内-02)



(写真:とんかつ)



15・由布院温泉(2008年02月03日)
由布院への観光客の多くはここに宿泊するのでは無く数時間滞在する人が多いそうです。ここに宿泊しない場合でも温泉を楽しみたいという場合には外部の人に開放している温泉を利用する事になります。



(写真:温泉入口-01)



(写真:温泉入口-02)

最初に訪問した所はこの日が丁度清掃の日に当たっていましたので、他の場所に行く事にしました。庄屋の館と言い、ここはメタケイ酸が多く含まれており、湯がコバルトブルーになっています。



(写真:庄屋の館・露天風呂はこの上に)



(写真:庄屋の館・入口)



(写真:温泉脱衣所)

確かに湯はコバルトブルーで濁り、如何にも良さそうな温泉ですね。



(写真:温泉-01)



(写真:温泉-02)

このような良質な温泉がある場所では宿泊し、お湯を楽しみたいものですね。



16・自然溢れる由布院(2008年02月10日)
由布市は観光都市として有名であり、日本全国そして韓国・台湾などの外国からも多くの観光客を集めています。現在でこそビックネームですが、以前は奥別府という感じであり、ダムの湖底に沈む危機もあり、寂れていたそうです。町おこしを行い、まず何と自衛隊を誘致(現在も駐屯地があります)、その後は当時の若手で観光に力を入れて今日に至ったそうです。自然と温泉を満喫出来る町として有名ですが実際に訪問してみますと景観は土地の人が守り手を入れている事がよく理解出来ました。



(写真:由布市)



(写真:由布岳を望む-01)



(写真:由布岳を望む-02)



(写真:由布岳を望む-03)



(写真:水がある景色)



(写真:野鳥)

由布院の町を散策しますと日本の風景を眺めている、そんな印象を持ちます。家屋と植木、背景にある景色が調和して「和の世界」を演出しています。日本の原風景、お伽噺の世界のようです。



(写真:日本の景色-01)



(写真:日本の景色-02)



(写真:日本の景色-03)



(写真:日本の景色-04)



(写真:日本の景色-05)



(写真:日本の景色-06)



(写真:日本の景色-07)



(写真:日本の景色-08)



(写真:日本の景色-09)



(写真:日本の景色-10)



(写真:日本の景色-11)



(写真:日本の景色-12)

藁ぶき屋根と柿というのは風情を感じます。日本らしい景色ですね。



(写真:柿)



(写真:喫茶店)



17・由布院・玉の湯(2008年02月19日)
由布院の中で格式が高い旅館の一つに「玉の湯」があります。一泊が一人3万5千円から6万円というものです。、



(写真:玉の湯-01)




(写真:玉の湯-02)



(写真:玉の湯-03)



(写真:玉の湯-04)



(写真:玉の湯-05)



(写真:玉の湯-06)

由布院の散策で日本の秋を満喫しました。昔ながらの懐かしい日本の風景を維持するご苦労は大変なものであると思います。



18・観光・由布院(2008年02月10日)
観光開発が金儲け主義に向かうのは当然とは思いますが、自然を大事にしている由布院の皆さんとは別の考えを持っている方も居るように見えます。

由布市の中心駅である由布院駅前はどこにある地方の商店街という雰囲気ですが、雄大な由布岳が見える点が異なっています。この向こうは別府市ですね。



(写真:由布院駅前)



(写真:由布院・住宅地)



(写真:由布院市街地)

観光客相手に人力車を多く見掛けました。自分で引っ張り解説をしながら観光ガイドをするというものでしょう。省エネの乗り物ですね。



(写真:人力車-01)



(写真:人力車-02)

大型バスでやって来て通過する観光客が多いように見えます。ゴミを出しトイレに行きほとんど何も買わずに行かれると町としてはコストばかりがかかり余り喜ばしい事ではないように見えます。この一団バスガイドさんにまとわり付くように大きな集団となっていました。何となく雰囲気が異なると見ていますと「韓国」からの人達でした。ソウルから大分は近く、手頃な観光コースになっているのでしょう。



(写真:韓国人の団体)



(写真:観光客の散策コース-01)



(写真:観光客の散策コース-02)

散策コースを歩いていますと何となく違和感を覚えるお店もあります。何故か「サンリオ」そしてゴテゴテとして飾り立てているお店はこの町にはふさわしくないように思います。かつて人気があった清里が俗化して人気が凋落しました。また静寂に包まれていた軽井沢は原宿化しています。多くの人はそのような事にならないよう努めているのは分かりますが、そうでは無い考えの方もいるようですね。千円均一の商売のお店は多くは外から持ち込んだものでしょう。



(写真:何故かサンリオ)



(写真:金賞コロッケ屋)



(写真:観光客の散策コース-04)



19・由布院・辻馬車(2008年02月03日)
由布院駅には馬車が待機してます。風景にあっていて良いですね。辻馬車として有名な存在なのだそうです。




(写真:由布院・辻馬車-01:由布院駅前)

観光客を乗せて市内の観光名所を巡ります。観光バスで行くよりも風情がありますね。



(写真:由布院・辻馬車-02)



20・由布院駅(2008年02月03日)
由布院駅は由布市にあります。元は由布院、湯平と合併をして湯布院と名前を変え、平成の合併で市制となり、現在は由布市となりました。この複雑な事情があり、駅の表の表記は「ゆふいん」と平仮名、何故か駅の字は旧字になっていました。



(写真:由布院駅・外観)

切符売場には普通は愛想の無い人が多いのですが、さすがに観光の町です、若い女性が座っていました。



(写真:由布院駅・切符売場)



(写真:由布院駅構内-01)



(写真:由布院駅構内-02)



(写真:由布院駅のモニュメントととして)

駅はよくある地方の駅という感じです。駅の反対側は人家などは余り無く牧歌的な雰囲気です。



(写真:由布院駅・構内-01:大分方向)



(写真:由布院駅・構内-02:久留米方向)



(写真:プラットフォーム)

ローカルの列車が停車していました。気動車でワンマンカー何となくバスの雰囲気ですね。



(写真:ローカル車両)

駅の奥の方には足湯があります。さすがに温泉の町ですね。待ち時間を有効活用出来るという訳です。



(写真:由布院駅・構内で足湯)



(写真:由布院駅の表示)



21・「ゆふいんの森」号で福岡(博多駅)へ(2008年02月03日)

大分への特急は日豊本線のソニックと福岡(博多駅)からの「ゆふいんの森」があります。ソニックがビジネス仕様なのに対してこちらは観光仕様となっています。JRの特急の中で一番乗りたいと願っていた特急です。



(写真:入線する「ゆふいんの森」号)



(写真:由布院駅の「ゆふいんの森」号)

停車しますと各車両に付いている乗務員の女性が降りて乗降客の案内をします。



(写真:各車両に付く乗務員の方-01)



(写真:各車両に付く乗務員の方-02)

降りる客が済みますと乗る客に一礼です。



(写真:各車両に付く乗務員の方-03)

車内は風格がある落ち着いた作りです。こちらもソニック同様普通車なのですが、本州JRのグリーン車並の豪華さです。



(写真:豪華な車内)

しばらくしますと記念撮影のサービスが来ます。乗車日が入った記念のパネルを手に持ち、鉄道員の帽子を被り記念撮影をするというものです。右側の方は多少表情が固かったのですが、胸を見ますと「研修生」の文字、現在見習い中との事でした。



(写真:記念撮影のサービス)

長く乗りたいと思っていた「ゆふいんの森」、実際に乗車してみて、予想通りの内容に大満足です。本州のJRは何となく冷たく、効率重視で、乗せてやる的な印象がありますが、JR九州は快適で気に入りました。駅の改修など、施設などには余り大きな投資をせずに列車や客への対応に力を注いでいる姿勢には好感を持ちます。鉄道本来の楽しさを十分に味わえました。



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