パラグアイ独立200周年





パラグアイ独立200周年



1811年5月14日深夜に革命は始まり翌日15日に新政権が誕生しパラグアイはスペインの支配から脱して独立しました。現在は平和でのんびりとした雰囲気の国家ですがここに至るまでには大きな戦争を2回経験し、隣国のアルゼンチン、ブラジルと言う南米の二大大国の狭間で独立国家して200年間、存続して来ました。現在は人口も7百万程度となり決して小国というレベルでは無くなって来ています。大豆、牛肉などは世界有数の輸出国に成長しています。ここでは独立200年を迎えるパラグアイの今を特集します。1811年と言いますと日本は文化8年、十一代将軍・家斉の治世、江戸町人文化が華やかな時代でした。

200年の歴史は決して平坦ではなく、2度の大戦争、30年を超える独裁を二度経験する等、国民はむしろ苦難の連続であったと言える。建国50年の時は三国戦争のただ中、100年の時は停滞の時代で内政が不安定で区切りの年を祝うような状況には無く特別な式典等は行われなかったと聞く。150年の時には言論や集会などの自由が制限されていた独裁政権下と建国の節目を国民が心から祝えない状況であったのに対して今年の建国200年は国民が平和で国が発展する中で迎える事が出来、全国民で節目の年を初めて真に祝う事が出来る時が来たと言え、今回の独立記念日に対するパラグアイ国民の強い想いが理解出来る。

ラテンアメリカ時報掲載(PDF)


独立記念日翌日 (2011年05月16日)
特別に今年だけ祝日となった16日も多くの人でセントロは賑わっていました。大統領官邸は綺麗にライトアップされていました。



(写真:民主主義広場にて)



(写真:パンテオン-01)



(写真:パンテオン-02)



(写真:パンテオン-03)



(写真:案内所)



(写真:野外劇場)



(写真:大統領官邸-01)



(写真:大統領官邸-02)



(写真:大統領官邸-03)



(写真:大統領官邸裏の広場)



(写真:国会議事堂前の広場)



(写真:国会議事堂前から大統領府の裏側へ通じる通路の様子-01)



(写真:国会議事堂前から大統領府の裏側へ通じる通路の様子-02)



(写真:民芸品売場)



(写真:記念グッズ-01)



(写真:記念グッズ-02)



独立記念日前夜 (2011年05月13日)
14日に独立の革命が始まり15日の未明に終わったという事で14日と15日の両日が独立記念日になっていますが、その前日13日に街の中心に行きましたが大変な人出でした。パンテオンは綺麗に照明に照らし出され、青、赤など色が変わり非常に綺麗でした。



(写真:パンテオン-01)



(写真:パンテオン-02)



(写真:パルマ通り-パンテオン前-01)



(写真:パルマ通り-パンテオン前-02)



(写真:パルマ通り-パンテオン前-03)



(写真:パルマ通り-01)



(写真:パルマ通り-02)



(写真:パルマ通り-03)



(写真:警察庁前)

ライトアップされた独立の家の周囲には多くの人が集まっていました。中は博物館となっており、多くの人が行列を作っていました。



(写真:独立の家-01)



(写真:独立の家-02)



(写真:独立の家-03)



(写真:独立の家-04)



(写真:独立の家-05)



(写真:国旗で飾っている)



(写真:馬車-01)



(写真:馬車-02)



(写真:記念グッズ売り-01)



(写真:記念グッズ売り-02)



(写真:ホットドッグ)



独立記念日まで一週間 (2011年05月07日)
独立記念日は5月15日ですが、革命は5月14日に始まりましたので5月14日もパラグアイの人は特別な日と考え、どこの都市にも「5月14日通り」があります。以前は両日ともに祝日であったそうですが、ストロエスネル時代に祝日の大幅削減が断行され、その際に5月14日は外され、現在は5月15日のみが祝日となっています。今年は独立200周年という特別な年という事もあり、5月14日も今年限りの祝日としようという事になりましたが、今年は14日が土曜日、15日が日曜日に当たり週休2日の働く人にとっては特別な休みは無しという事になるので政府は特別に13日の金曜日を祝日とするよう政令を準備しましたが、むしろ16日(月)を特別の休みにしようという声が多くなり結局16日(月)は特別の休み、要するにハッピーマンデーになりました。

記念式典が挙行される14日、15日を一週間前に控え、7日(土)はセントロでは準備が進められていました。道路の補修、塗装などの作業があちらこちらで進められていました。街では多くの場所で国旗などが飾り付けられ、祝賀ムードが高まって来ています。



(絵画:独立の家)

200年の大型国旗には旗の紋章が裏表両方が描かれています。



(写真:大きな国旗)



(写真:飾り付けられた建物-01)



(写真:飾り付けられた建物-02)

街には中心部の名所を巡る観光馬車が登場しました。



(写真:市内を巡る馬車)



(写真:飾り付けられたパルマ通り-01)



(写真:飾り付けられたパルマ通り-02)



(写真:記念グッズを販売)



大統領府(2011年05月07日)
大統領府も国旗で飾りつけが施されています。大統領府の川側では式典の準備が進んでいました。



(写真:大統領府・正面-01)



(写真:大統領府・正面-02)



(写真:大統領府・裏-01)



(写真:大統領府・裏-02)



(写真:大統領府・裏-03)



(写真:大統領府・裏-04)

その先の川ではコスタネラの建設工事が進んでいます。



(写真:大統領府・裏-04)

大統領府の裏手は以前から不法住居者の建物が密集していますが、取り壊しが進んでいます。



(写真:大統領府の隣接地)



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