訪日しての感想-その3 ( 訪日時期: 2005年 3月 )





今回は急に訪日する事となり準備も出来ない状態での出発となりました。訪日する時には余裕を持って出掛けるのが一番ですね。




01・南米線
急に訪日する際に最初に行なう事はチケットの手配です。最近は南米と日本を結ぶ便はかなり込み合っておりなかなか思い通りには予約が出来ない状況です。今回はニューヨーク、ロス・アンジェルス経由など米州経由は超満員との事で最近多くの方が利用している欧州廻りでの訪日となりました。

欧州経由が利用される背景には米国ではテロ対策が優先され、トランジットの際にも査証が必要という事になり、査証免除の際にもパスポートに細かい注文が付けられるようになって来た事が背景にあります。日本人に関しては当地で発行されて来たパスポートは対象外で米国を通過するにはパスポートを取得し直すか米国の査証を取る必要があります。米国の査証に関しては当地ではかなり難しく時間と労力が必要です。日本国籍を有しない日系人等は欧州経由を利用するケースが目立っています。欧州経由に関してはスター・アライアンスという航空会社のグループの便を乗り継ぐものが多く使われています。これはバリグが南米から日本に向かう客を取り込む為に値段を米州経由並に抑えた運賃で提供している為です。具体的にはサンパウロからバリグ便でフランクフルトに行きそこから東京に向かうものです。買ったチケットはフランクフルトからはルフトハンザとなっていますが、旅行会社の説明では機体は全日空で共同運航になっている旨説明がありました。

サンパウロからフランクフルトまでは特に問題無く行く事が出来ました。バリグは日本行き直行便には余り良い機体を使っていないのですが、欧州便には綺麗な最新の気体を使用していました。12時間のフライトは無事に終わりフランクフルトに到着しました。空港の中にはドイツのナショナルフラッグであるルフトハンザのカウンターが幾つもあります。「全日空との共同運航便はどこに行けば良いか」を数箇所のカウンターで尋ねたのですが答えはまちまちでした。「一度外へ出てチェックインをしなければならない」「〜カウンターに行け」「出発1時間前に出発カウンターの番号が出るのでそこへ直接行け」などなど。2〜3時間うろうろしてようやく「全日空の乗り継ぎカウンター」がある事が分かりそこへ行きました。カウンターでは誰も待ってはいないのですが、職員同士でずっと話をし客など眼中にありません。「あの」と話し掛けても「待て」の一点張り、不親切極まり無い対応でした。かなり待たされようやく対応、ずっとカウンターを探していたと話すと「自分はここにずっと居る」とのこと、共同運航になっているルフトハンザの職員は全く知識が無い事が分かりました、航空会社間の情報交換が全く為されていないのでしょう。そして「荷物が機体に積まれているか確認して欲しい」と話すとようやく荷物のチェックをし、「大丈夫ちゃんと積まれている」と話していました。それにしても対応するのが不親切なドイツ人のおばちゃんが一人だけ、南米からの客はドイツ語は勿論多くは英語も余り上手では無いので大変です。日本語かスペイン語もしくはポルトガル語の出来る職員を配置して欲しいものですね。



(写真:全日空のカウンター・フランクフルト)

そして東京に到着し荷物を待つと出て来ない。職員に尋ねますと積まれておらずフランクフルトに残っているとの事でした。一体あのおばちゃん職員は何を確認したのでしょう、仕事はそっちのけでおちゃべりばかり・・。全日空の機内そして日本での対応はすばらしいものがあり、サービスには非常に満足しており、感謝していますが、フランクフルト経由はもうこりごりという感じです。



02・横浜・ミナト未来と千葉・幕張
バブル時期に東京を中心とする首都圏の分散が計画され、横浜、千葉等に広大なオフィス街が計画されました。多くの企業が近代的な高層ビルを建設しまし。未来に向けての環境の良いオフィス街としてスタートしました。どちらも当初は順調なスタートであったようです。多くの大企業がオフィスを構え、東京都心には無いスペーウを享受していました。バブルが崩壊して状況は一変しました。都心のオフィス街でも空き室が目立つようになり、都心回帰の現象が起きました。そして汐留など新しい大型プロジェクトが都心であり、ますますその傾向が強まっているようです。

実際に訪問してみますと確かに綺麗で写真を撮影しますと未来的オフィス街そのものという感じです。ただどちらも空き地が目立ち歩いている人、自動車の数も少ないという印象がありました。要するに殺風景な感じです。綺麗な道路に全く自動車が走っておらず都心の交通渋滞とは大違いです。余り発展しない理由はその不便さにあると想いますが、時間的なものよりも電車の運賃が非常に高い事がネックになっているように見えます。東京駅から幕張(海浜幕張)まで540円、渋谷駅からみなとみらいまで440円です。往復で千円かかるのでは簡単に都心には行けないでしょう。このままでは何とも中途半端です。今後どのように舵取りをして行くのか注目しています。



(写真:横浜・ミナト未来)



(写真:千葉・幕張)



03・リサイクル
今回の訪日で感じたのは「リサイクル」です。日本では「もったいない」と言う観念があり、物を大事に利用する習慣があったのですが、バブルの時期には「使い捨てこそ経済を活性化させる」などという理念がはびこり物を粗末にし、何でも直ぐに捨ててしまうようになっていました。まだ使える新品同様のものが粗大ゴミとして廃棄されているのにはかなり違和感がありました。

不況の時代を経て何事地味になり、生活を防衛する意味もあり、リサイクルが見直されているのでしょう。各地で休日になりますと公園でリサイクルの市場が出来ます。500円程度の登録料を支払えば誰でも出店出来るそうです。小金井市の公園で行なわれているリサイクル朝市に出掛けてみましたが、多くの人が不要となった衣類等を並べ、多くの市民が品定めをしていました。しかしながら意外に高いのです。ここによく足を運ぶ友人に尋ねますと「余り安いと買わない」との事でした。ある程度の値段が付いてないと安心出来ないというのは多分にバブルの時代の消費習慣が影響しているのでしょう。全体から見ますと商品の内容にも偏りがあり、リサイクルはまだまだ発展途上と言う印象があります。近い将来、各街にスーパーくらいの大型リサイクルショップが出来るのではないかと想像します。 



(写真:小金井市のリサイクル朝市)



04・年度末工事

訪問した3月は日本の年度末に当たります。とにかく目に付いたのは公共工事の多さです。実家の近くでも道路の付け替え工事、公園整備などあちらこちで掘り返していました。年中行事になっていて日本の人はそれほど奇異には見えないのかも知れませんが、どう見ても不要な工事が散見されました。

日本の財政は危機的な状況にあると言われていますが、土建国家日本は健在であり、無駄な公共工事が無くなる事はまず無いのかも知れません。少なくとも年度末の駆け込み工事だけは減らして行って欲しいものです。



(写真:年度末工事:三鷹市大沢)



05・深大寺そば

実家から歩いてほど近くに深大寺があります。奈良時代に創建された由緒ある寺で観光地としても有名です。ここの名物は「そば」で多くの店が軒を連ねています。また「団子」も美味しく蕎麦を食べ美味しいお茶で団子を食べると幸せな気持ちになることは間違いありません。

どのお店も美味しいのですが、量となりますと南米人には少々物足りない気がします。その中で美味しくまた量も南米人もびっくりというお店がありました。友人と二人で何気なく入ったこのお店、メニューを見ますと「もりそば」の横に「中盛 100円 増し」「大盛 200円 増し」とあります。お腹が空いていたので「大盛」を注文しますと店員の方が「大盛りは3倍の量があります」ととても食べ切れない量だと説明するのです。友人と二人でしたので本当に多ければ二人で分けて食べる事とし、注文してみました。

実際に来たそばは下の写真の通りです。これはすごい!日本とは思えない量の蕎麦が出て来ました。味の方は蕎麦粉の風味があり、美味しい!「美味しい、安い、量が多い」と3拍子揃って大満足でした。

多門
深大寺元町2-33-7
Tel : 0424-85-4043
駐車場完備



(写真:大盛り蕎麦)



(地図:多門)



06・雪景色

日本を出て以来、寒い季節に訪日する事は無く雪景色を見る事も無かったのですが、今回は3月の初旬という事で数回雪に見舞われました。白い雪が降ると銀世界に変わる・・普段日本で生活をしていると感じませんが、不思議であり、感動さえします。ただし東京は実に雪に弱い、この日もそれ程積もっているわけではありませんが、大渋滞となり中には引き返す車もあるほどです。学生時代、雪が降らない外国から来た留学生が雪に大騒ぎしていた気持ちがよく理解出来ました。



(写真:東京の雪:東京都調布市国領付近)



07・移住資料館

横浜市に国際協力機構の海外移住資料館があります。非常に綺麗な資料館で、日本人の移住の歴史が分かり易く解説されています。最初はハワイそして北米、南米へと日本人が移住をした歴史が理解出来ます。入場無料というのも嬉しいですね。



(地図:移住資料館)

中の特徴はビジュアル重視という事です。パネルが綺麗に飾られて地図やグラフが一目で分かるように工夫されていますこれなら子供達でも楽しく見学出来ると思います。



(写真:資料館内部)

パラグアイに関しての展示もありました。目をひいたのはイグアス移住地のジオラマです。一度空から見た事があるのですが、土の色、緑の感じなどよく再現されていると思います。



(写真:イグアス移住地)

日本に住んでいる方皆さんに訪問していただきたいものですね。



08・佐野のパラグアイ人
栃木県佐野市付近に多くのパラグアイ人が住んでいます。日本での就労は日系人3世までで本人とその家族に就労査証が出る事になっており、家族として多くの普通のパラグアイ人も一緒に渡航しているケースが多いようです。この日はサッカーでは日本でもお馴染みのチラベルが佐野市を訪問しパラグアイ人と交流するとの事で多くの人が集まると聞き付け出掛けてみました。会場の川岸の公園に行きますと寒い中多くの人、ざっと150人くらいが集まっていました。集団で居ますと遠くからでもパラグアイ人と直ぐに分かります、パラグアイに住んでいますと特徴に気が付かないのですが、日本で見掛けますとかなり際立っています。居る様子がパラグアイ、やっている事がパラグアイです。肉を焼き食べている様子、話している様子、どれを取ってもパラグアイそのものという感じです。



(写真:居るだけでパラグアイ)



(写真:肉を焼いている)

チラが来ると人だかりが出来ました。サインをもらおうと多くの人が集まっています、勿論列など作りません。さすがにパラグアイで一番有名な人物と評されるだけの事はあります。



(写真:チラベルを取り囲む)



(写真:サインに応じるチラベル-01)



(写真:サインに応じるチラベル-02)



09・大泉町
群馬県大泉町はブラジルを中心に南米出身者が多い事で知られています。この付近には工場が多くありますが、これは戦前の中島飛行機の伝統を受け継いでの事でしょう。最盛期は街を歩いている人はブラジル人ばかりと言われており、テレビなどでも取り上げ多く取り上げてられて来ました。実際に訪問してみますと確かにブラジル人向けの店はありますが、外見はほとんど普通の日本の街という感じでした。傍目からは南米人が多いのを利用して観光資源として「町おこし」に利用すれば良いと思うのですがそこは産業都市、むしろ南米色を消しているように見えました。何でも以前はサンバが有名で浅草等と違い本場の人が踊るので人気があったそうですが、それも中止になってしまったそうです。

現在は普通の日本の街に幾つか南米人が集まる商店があるという感じです。主にブラジル人が生活していますので言語はポルトガル語です。その中でも「タカラ」は老舗としてずっと南米人の生活を支えて来たそうです。



(写真:老舗のタカラ)

このようなお店の中の様子はブラジルそのものです。売る方も買う方もほとんど全員が南米人、その多くはブラジル人なので当然でしょう。故郷ブラジルが懐かしくなるとここへ足を運ぶ人が多いのでしょう、その為「逆リベリダージ」と称されているようです。(リベリダージはサンパウロに在る東洋人街が日系移住者が故郷日本を想う場所です。)



(写真:食堂:ブラジルそのもの)

勿論レストランもあります。名称もそのもの「ブラジル」というレストランに入ってみました。



(写真:レストラン・ブラジル)

食べ物もブラジルそのものと言う感じですね。



(写真:ボリュームたっぷりの料理)

レストラン・ブラジル
Restaurante Brasil
370-0532
邑楽郡大泉町西小泉5-5-3
0276-62-0994

東武小泉線の終点、西小泉駅の近くです。



(地図:レストラン・ブラジル)

なお、大泉町へ鉄道で行くには東武小泉線で西小泉にまで行きます。東京方面からですと館林で乗り換えになります。町の名前は大泉ですが、駅名も路線名も不思議な事に小泉です。



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