つれづれなるままに-02




ページを開設して間もない頃、パラグアイの色々な話題を取り上げてみました。99年に販売した本「南米のパラダイス・パラグアイに住む」に多くの項目を入れました。



51・中古自動車(7月11日)

パラグアイはモータリゼーションの波が押し寄せており、アスンシオンの街は次第に交通渋滞がひどくなっています。新車の販売は勿論活発ですが、どうも少々値段が高いようで、最近特に庶民に人気があるのは「中古車」でしょう。中古車と一口に言っても2種類あります、パラグアイに輸入された時は新車であったものと(一般的な普通の中古車)、パラグアイに最初から中古として輸入したものがあります。アスンシオンの街には世界の様々な自動車が中古車になって並んでいますが、やはり人気があるのは耐久性、性能から考えて日本車でしょう。

日本からの中古車が街中を走っていますが、交通ルールが違い、走行車線は反対、日本は「右ハンドル」、パラグアイは「左ハンドル」そして法令でパラグアイでは日本式の右ハンドルは禁止、ですから日本からの中古車も全てちゃんと「左ハンドル」になっています。聞けば日本からチリ北部にある港町「イキケ」まで船で持ち込みここでハンドルを反対に付け替えているそうです。運転席の部分を切り裂いて反対に据え付け直しているそうです、それにしても奇麗な出来栄えで、私など全く見分けがつきません、たいしたものです。どうも南米の人は見かけをりっぱにするのが上手なように思います。

日本の中古車の中にはそのまま前の宣伝を付けたままで走っている自動車を多く見かけます。「〜工務店」「〜自動車教習所」等と書いてあるわけです、日本でも良く知られているもので当地で見かけたのはは「銀座木村屋のパン」「雪印」「佐川急便」「カンガルー特急便」等があります。日本語が書いてあるのをそのまま残すのが格好良いように思われているようですね。佐川急便の飛脚を見た時には嬉しくて思わず触りたくなりました。

「カンガルー特急便」と書かれたトラック


52・雑誌考(7月11日)

雑誌は主に町角にある路上の店で売っています。日本に比べると種類は少ないように思います。ブラジル・サンパウロでも少ないと思っていましたが、パラグアイの方がもっと少ないようです。ブラジルでは言語の問題(ポルトガル語)で本・雑誌はほとんど自国製でしたが、パラグアイはほとんどが輸入されたもので価格も割高な事も原因かも知れません。本当に必要な本以外は買わないのが普通のようです。売られている雑誌等は雑多で、スペイン語の他、ポルトガル語、英語のものが並んでいます。読むためばかりでなく、見るための雑誌が多いようです。 最近はコンピュータ関係の雑誌も多く登場しています、日本のインターネット関係の雑誌のように「CD−ROM」付きのも出て来ました。

多くの雑誌を販売している店は歩道を占拠しており、歩いて行くとかなり邪魔で、そこのところを避けて車道を歩かなくてはなりません。雑誌は一冊づつ丁寧に袋に詰められており、それを奇麗に並べていて、非常に色鮮やかです。雑誌は婦人向け、一般向け、男性向け等が一緒になって並んでいます。堂々と品定めをする為にはじっくりと見なくてはならないのですが、一番目立つ場所には「ペントハウス」とか「プレイボーイ」等が置いてあり、恥ずかしい気がします。

路上の雑誌売り


53・アスンシオン港(7月11日)

アスンシオン市には活気溢れる「アスンシオン港」があります。アスンシオン市はパラグアイ川の屈折している場所に出来た街であり、元来この港が街の中心でした。現在でもパラグアイ川が輸送の大動脈となっています。輸出入の貨物はここから運ばれて遠くラプラタ河口に位置するウルグアイのモンテヴィデオまで川船で行き、そこで積み替えられて世界各地に運ばれます。川船といっても結構大きく、またパラグアイ川は日本の川よりも川幅がかなり広くゆったりと流れているので、港に行くとここは「海」ではないかと錯覚する程です。でも潮の香りが全く無いので、やはり淡水の川なのだと再確認する次第です。

アスンシオン港の様子(1)

輸出用のりっぱな港の脇には対岸や近郊の村に行く庶民用の小さい艀があります。そこでは日用雑貨や村人が便利な交通機関として利用しています。

アスンシオン港の様子(2)(艀の様子)


54・理髪店(7月10日)

世界でどこでも生活していても必要なのは紳士のたしなみ「理髪店」ですね。昔、会社に勤務していた時代、パナマに居た時には中国人の理髪店を見付けて利用し、ブラジルでは東洋人街に何軒かある日本人の理髪店に行っていました。パラグアイに来て暫くは日本人のお嬢さんが経営する理髪店があり、大方の日本人が利用しており、作者も遠くまで通っておりましたが、残念ながら結婚を機会に閉店となり、それ以後、会社の近所にあるごく普通の理髪店に行くようになりました。

最近まで普通のお店として利用されていた場所を余り金をかけずに改装した理髪店で、本来廻っているべき「床屋のシンボル」(これは何という名称か実は知りませんが)は看板に描かれています。親父が二人居るのですが、いつも暇そうでこの日も訪ねて行くとその内の片方の親父が外で立って客待ちをしていました。ちょっとこわそうで、中で待っていた方が良いのではと思うのですが。

作者がいつも行く理髪店・外

中に入るとかなり年季の入った理髪用の椅子が二つ並んでいます。二人とも腕は確かで早くその点は評価しますが、南米らしくいかにも大雑把、まず洋服にかからないようにする白い上っ張りは、何回も繰り返し利用しているのか臭いがきつく、その上短くて、そのままですとズボンは髪の毛だらけになってしまいます。首からは背中に髪の毛が入り込み、かゆくなるのを我慢しながら、両手で布の端を引っ張り髪がズボンにかからないようにしなくてはなりません。髭剃り、洗髪等余計な事は一切無し、これで約500円です。パラグアイにいらしゃたら散髪を体験してみましょう。

作者がいつも行く理髪店・店内


55・官庁(7月10日)

アスンシオンは首都ですから、勿論各省庁があります。日本を始め多くの国では行政機関はある程度固まっているように思いますが、パラグアイの場合には市内に分散しています。外見は他の建物と同じような建物を使っており、何処に何省があるのかある程度理解するのにかなりの時間がかかりました。旧式の建物が多くエレベーターも無いものも多くあります。例えば農牧省は中央郵便局の近くの比較的街のセンターに近い場所にあるのですが、建物が旧式です。この3階(日本式で4階)に日本から来られている専門家(ODA・JICAの専門家)が働いていらしゃるので時々伺うのですが、確かにエレベーター無しではちょっと大変だと思います。でも事務所に入ると天井が高く気持ちが良いのも確かですが。役所は大体午前中でおしまいというのんびりした所が多いようです。

農牧省



56・大学(7月13日)

パラグアイには「アスンシオン国立大学」の他に多くの私立大学があります。伝統のある「カトリック大学」の他最近色々な大学が創立しています。多くの大学は夜学で昼は仕事をして夜に学校に行くというスタイルが一般的です。学部によって修業年数が異なり、4年間〜6年間と様々です。人気があるのはやはり「医学部」で、入学するのもなかなか大変なようです。「法学部」「会計学部」等は卒業すると資格を取得出来、「弁護士」「公認会計士」となれ、人気が高いようです。日本と違い国家試験というものは無く、卒業イコール資格となるようです。

私立大学は一般的には、校舎としての建物があるだけで日本で考える大学のキャンパスというよりはむしろ都会にある各種学校と言った感じです。体育等の科目はありませんから運動場も必要が無いのです。学生は昼は仕事をして、学ぶポイントを自分で持っている人も多く、まじめな学生が多いようです。日本とは異なり入学するのは比較的簡単で、卒業するのが難しいようです。また何年もかけて卒業する人も多く、また色々な事情で一旦勉強を止めてまた復学する人も多いのも特徴で、年齢も様々なようです。

日本からも数は多くありませんが留学生が来ています。語学留学では無く正規の学生としてがんばっている方はスペイン語のハンディは大変だと思います。

「ウニベルシダ・ノルテ :北大学」


57・将 介石(中正)銅像(7月13日)

中華民国の「将介石」は太平洋戦争の時代、国民党を率いて共産軍と戦い、ある時には張学良に西安で囚われたりし、毛沢東と合作して抗日戦線を組むが、最後は敗れて台湾に国民政府を作るに至るなど、波乱に富んだ人生を送った近代中国史上の重要な人物ですね。

アスンシオンの街には多くのパラグアイの英雄、南米の英雄の銅像があり、その名前を記した通りがありますが、東洋人で銅像があり、通りの名前になっているのはこの人だけです。現在でもパラグアイ政府は中国の正当な政府として大陸政府ではなく「台湾政府」を承認しており、長い友好関係があります。その関係でしょうか、ここアスンシオンに大きな銅像があり、後ろはちょっとした中国風の公園となっています。この「将介石大通」はそれ程目立つ通りではありませんが、道幅は広く気持ちの良い通りです。台湾は丁度アスンシオンの反対に位置していて、遥かに遠い国なのですが、両国の親善の象徴となっているのでしょう。

パラグアイの多くの英雄は勇ましい姿の銅像か、いかめしい顔をしていますが、この銅像はにこやかに帽子を挙げて手を振っている姿なのはなんだか好感が持てます。ただ、手入れは余り良くなく、非常に汚れており、ペンキの落書きで銅像もちょっと可哀相な気がします。アスンシオンを訪問される機会には是非この銅像も見に行きましょう。

「将介石 銅像」 (将介石 大通)


58・国旗 考(7月13日)

国のシンボルとしてまず思い浮かべるのは「国旗」でしょう。世界150以上の国は様々な国旗があり、それぞれの国で大切にされています。パラグアイの国旗はこのホームページの表紙にありますがが、よく見かけるような赤・白・青の3色旗です。オランダの国旗にデザインが似ているのですが、オランダの国旗は青がもう少し空色に近く薄かったように思います。後はクロアチアが同じような3色旗を使っていますが、中の紋章のデザインが異なります。なお、パラグアイ国旗は表と裏の紋章が異なるのですが、一般的には小旗には簡略して紋章は描かれていないようです。大統領府にはとびきり大きな国旗がはためいていますので、アスンシオンを訪問された時には是非見て下さい。

国賓が来るとメインストリートに国旗を垂れ下げますが、オランダの要人が来たらさぞかし紛らわしいと思います。先日フランスのシラク大統領がパラグアイを訪問されましたが、縦と横が違っていてもかなり紛らわしいように見えるのですから。

国旗を普通の庶民が使う時というと日本は祝日の時をまず思い浮かべるでしょうが、パラグアイで一番国旗を使うのはのサッカーの国際試合の時でしょう。サッカーの国際試合が行われる日には自動車は国旗を付けて走るのです。パラグアイが勝つと隊列を作って行進します。旗を振りクラクションを鳴らしながらそれは賑やかなものです。ですからサッカーの国際試合日には路上に国旗売りが出て来ます。時には相手国のを一緒に売っているのですが、これは全く売れていないようです。

国際会議が行われる時には当然各国の国旗が用意されますが、某ホテルにある「ブラジル国旗」はデフォルメされていて、どう見ても本物のデザインとはかなり違っているのですが、いつもこれが使われています。「まあ大体似ているので良いでしょう」というのが南米式なようで余り誰も気に留めていないようです。


59・アパート 考(7月12日)

パラグアイは国土が広いので未だに高層の建物は少なく、住宅の多くは一戸建てが依然多いように見受けられます。アスンシオン市の多くの地域は住宅地になっています。市街地は次第にアパートが増えて来ました。90年に来た頃に比べると本当にアパートが増えて来ました。20位の高層で個数も多い大型のものがある一方、個人がある程度の敷地を持っていると4、5階で10〜20戸位が入るアパートも次第に増えて来ています。現在建設中の建物が市内各所にあり、特に高級なアパートが増えて来ているようです。

また、最近増えてきているのが、日本では何と言うのか知らないですが、20戸位を共通の塀で囲みその中は塀が無くパーティー施設やプール等は共通で利用出来るようになっているものです。要するに機能としてはアパートの庭付きの住宅と言うわけです。これですと留守にしても安心ですから一人で暮らしている独身の方には重宝なもので、日本から派遣されて来ている単身・独身の方でも利用されている方がいるようです。

アパートの間取りは様々ですが、大きい 物件になるとかなりの広さがあります。大きなベランダが付いてバーベキュー・パーティー(アサード)が出来るようになっているのが普通です。値段の方も日本の高級マンション並みのようです。治安に不安を抱く人が増えているようなので今後もアパートは増えて行くと思います。

建設中の高級アパート


60・電化製品 考(7月12日)

パラグアイは電化製品が比較的安く手に入る国で、ブラジルを始め近隣諸国の観光客がお土産に買っている光景をよく目にします。エステ市では多くの家電店は中国人が経営してしていますが、アスンシオンでは韓国人が経営している店が多いようです。市内の目抜き通りのパルマ通りにはこのような韓国人経営の家電店が多くあります。

このような店を覗くとどこの店でも大体置いてあるものは同じで、ラジカセ、テレビ等が中心にあり、ヴィデオカメラ、ウォークマン等が並んでいます。昔は家電製品というと「日本製」でしたが、ここに来て韓国製品が急速に伸びて来ているように思います。看板も「ソニー」「東芝」「松下」等と並んで「三星」「金星」等、韓国勢が目に付くようになって来ました。

冷蔵庫のような大型のものは日本メーカーのものが無いので、作者の家の冷蔵庫は最近買い替えましたが、韓国製品(金星)のものです。使ってみると非常に日本製品に感じが似ており、以前に使っていたブラジル製品とはかなり品質には差があるように思います。値段は日本で買うよりも少々高い位です。今、音が大きく冷えないブラジル製のクーラーを買い替えようと考えているのですが、日本製は1メーカーだけでそれもかなり高いので迷っています。韓国人達が店に置いてある電化製品は旅行者相手なので、白物のように我々地元の人間が買う製品についてはまだまだ品揃えが不十分に思えます。

韓国人経営の電気店





61・パソコン・ビル(7月23日)

パラグアイの第二の都市エステ市はイグアスの滝見物との組み合わせでブラジル、アルゼンチン等の観光客が沢山買い物に来て非常に活気溢れる街です。以前売れ筋の人気商品は「おもちゃ」「時計」「雑貨」等でしたが、電化製品に比重が移り、現在では電子製品に人気が移って来ています。「パソコン」「ゲーム機」等が大量に出回っています。特に中国人の所有する「来来ビル」は10階位のビルのほとんどは「パソコン」、「ゲーム」、「CD−ROM」等電子製品を売る店になっています。

このビルの真ん中は吹き抜けになっていて、そこから見るとパソコン専門店等がビル内にしっしりと詰まっているのが良く分かります。ここの雰囲気はまるで秋葉原や新宿の西口のようです。パソコンの器械はほとんどが日本で言う「DOS/V」機でアップルはほとんど見かけません。値段は同じ仕様を日本で買うよりは安く手に入るようです。パラグアイにこれから来る日本人方はパソコンはパラグアイで購入した方が良いかも知れませんね。(ソフトは必要ですが。)ただし、日本で人気がある「ラップトップ型のパソコン」はほとんど売っていません。スペースが広い南米ではまだ必要が無いのかも知れません。

売っているソフトの商品はポルトガル語が主体で、お客の多くもブラジル人です。商品の価格表示はほとんどがドルです。最近よく売れているのはゲーム機で「プレステーション」「セガ」等が飛ぶように売れています。ゲームのソフトは純正も沢山ありますが、よくは知りませんが中には中国語で書かれている安い複製?もかなり安く出回っているようです。

ただ、売っている製品のモデルはちょっと古いようで、作者は、出来れば「DVD」が欲しいと思い調べてみたのですがまだハードもソフトも無く、日本の有名メーカーを扱っている方に尋ねるとここに出てくるのは「来年になるだろう」との話でした。

パソコンビル「来来」内部


62・アサード考(7月21日)

パラグアイで何かパーティーがあるとアサード(パラグアイ式焼き肉)をすると「食生活」のコーナーでも紹介しています。以前はどの家庭にもアサードを出来るようにと煉瓦造りの施設が備え付けられていましたが、最近では、独立したアサード用の機具を用いて焼くことが多くなって来ました。道端の露天等でこのような用具が売られているのです。一般的には「ドラム缶」を再利用したものがよく使われます。ドラム缶を半分に切ってその中に網を付けたもので、これが結構合理的でよく出来ているのです。従来のオープンなものですと火が一部にしか通らず全体を焼くのに時間がかかりましたが、これは蓋を閉める事が出来るので火の通りも良いようでまんべんに焼くことが出来るのです。また、煙も薫製のような役割をするのでしょう、肉になんとも言えない香りがつき、なかなか美味しくいただくことが出来ます。焼くのは主に牛肉で時には豚肉も焼くのですが、大体ソーセージも一緒に焼く事が多いようです。

肉の味付けはほとんどの場合には塩だけでそれも岩塩を使います。一見単純なようでいて、これが非常に肉の味を引き出すように思います。サラダとマンジョカと呼ばれる芋を添えていただきます。訪日した時に日本の肉料理を食べる機会がありましたが、ソースをたっぷりとかけて食べる場合が多いようで、こちらから行くと、肉本来の味ではないものを感じてしまいます。現地の人に「日本ではアサード」をしないのか?」とよく質問を受けます、肉も安くなって来たので日本でも日曜日庭で塩味のドラム缶・アサードをやってみては如何でしょうか?

ドラム缶製のアサード用具で豪快に肉塊を焼く


63・トイレ考(7月21日)

昔、南米(ブラジル)に来た時はトイレの汚さに驚いたものでした。不潔で汚れていてとても側にも寄れない程でした。(2年前に北京に行きましたが、そこの公衆便もすさまじいものでした。)でも南米のトイレ最近は急速に奇麗になって来ているのです。どうもトイレはその国の文化水準、文明国のバロメーターになっているように思います。

アスンシオン市内に2つ在るショッピング・センターのトイレは日本の一流デパート並みの清潔さです。一つ日本と違うのは南米では紙を便器に入れない約束になっているようです。トイレに入ると小さい屑篭が横に置いて在り、そこに紙を捨てなくてはならないのです。(前の人の等があるとちょっと不潔な感じがしますね。)

バスターミナル等には公衆便所がありますが、大体そこの入り口にはおばさんが座っています。このおばさんにお金を払わなくてはなりません。要するに有料便所なのですが、レベルはまだまだで、かなり不潔な印象を受けます。普通は男性の小の方は大体便器が無く、溝があり、そこに並んでするようになっています。また、個室の方は鍵が壊れていたり、詰まっていたりして使えないケースが多いようです。考えてみますと日本でも昔は公衆便所は汚れていましたよね。

ショッピングセンターの清潔なトイレ


64・ゲームセンター(7月21日)

前に日本からの中古自動車の輸入が多い話を書きましたが、もう一つ街で見掛ける中古品がゲーム機なのです。ショッピングセンター等市内の各所にゲームセンターが出来て、中高生の人気を集めています。ゲーム機はほとんどが日本で使われていた中古です。ゲームの種類は以前は比較的単純なレーシング、サッカー等が多かったようですが、最近は格闘技のゲームが増えて来ました。ゲーム機を眺めてみるとゲームの説明は全て日本語で書かれており、コイン入れも「百円」となっていました。パラグアイではゲームセンターの入り口で専用のコインを買って使います。説明は日本語の上に紙を貼ってスペイン語で説明が書いてあります。確かに見ているだけでも迫力があり、パラグアイの子供たちも夢中になって遊んでいるのがよく解ります。

中にはクレーンの操作でお人形を運んで上手く取れるともらえるというのがあります。これも日本製で音楽は軽快な「踊るポンポコリン」です。これからも色々なゲーム機が日本から入って来るでしょう。そのうちに女子中高生に人気の「プリクラ」「たまごっち」等も入って来るかも知れませんね。電子ゲームは日本が外に出している文化なのでしょう。今後は暴力的なものや刺激を求めるものばかりでなく、人間性を高めてられる良質のゲームが出て来ることを期待します。

ショッピングセンター内のゲームコーナー


65・安全地帯(7月20日)

パラグアイでは事実上、自動車が優先で、人間は道路を横断する時にはかなり神経を使わなくてはなりません。特に市内の中心部を走るマリスカル・ロペス大通は交通量が多く、皆かなりスピードを出して走っている上、信号がある横断歩道が少なく、歩行者泣かせの道路です。道路を横断する際には一度には横断出来ないので、一旦中央まで渡りそれから反対方向を横断するするので、歩行者が道路の中央で待っているのをよく見かけます。でもこの状態は自分で体験してみると非常に恐いものなのです。中央で待っていると背後ぎりぎりのところを猛スピードで自動車が通過します。今までははねられたりする事故も頻発していたのではないかと思います。

今回、「歩行者保護」の画期的なものが誕生しました、「安全地帯」です。日本でよく市電の駅などにあるようなものです。マリスカルロペス大通に数百メートルおきに作られ、中央で人が安全に待つ事が出来るようになりました。(少なくても精神的には安心出来ます。)しかしながら早速最初の一週間で数箇所の安全地帯が自動車に飛ばされてしまいました。今まで見た事も無かったものが急に道路の中央に出来たので自動車を運転している人が不慣れで激突したようなのです。スピードもかなり出ていたようで完全に破壊されてしまったみたいです。これを見ると決してここに居ても安全ではない事を実感しました。その後柵だけでなくコンクリートの防御が作られるようになりました。でもこのような積み重ねが必要なのかも知れません、先進国では当たり前の弱者優先の発想が次第に芽生えて来るのでしょう。長い目で見て行きたいと思います。

マリスカル・ロペス通りに創られた安全地帯



66 ・携帯電話(7月27日)

日本ではPHSと携帯電話が急速に普及しているようですが、パラグアイでも普及が進んでいます。パラグアイでは電電公社(ANTELCO)が親方三色旗?で余り効率が良く無く、正規料金の他にチップを払わなくては何も仕事をしないとまで言われる状況の中、改善に向けて民営化が計画されるているのですが、これに対抗したストライキが行われる等、どうも余り利用者の方を向いてはいないようなのです。

携帯電話が出始めた当初は、独占していた「TELECEL」社はANTELCO同様にかなり強気で、加入料金も高く設定されていて、どちらかと言うと「繋いでやる」と言った感じでしたが、最近もう一社、新しく出来て競争が激化したのかサービスに力を入れるようになって来ました。電話で問い合わせをしてもすぐに丁寧に回答するし、以前は携帯電話を使うと掛けた方と掛かった方と両方に課金していたのですがそれもしなくなりました。やはり何事にも競争が必要なのでしょう。しかしながら営業活動のし過ぎか、ANTELCOの普通の電話の回線が手に入りにくいこともあって、加入者が増え過ぎて昼の10時から午後の2時、一番こちらも利用したい時間には全くと言って良いほど繋がりにくくなっています。各ショッピングセンターには営業店があり、懸命の営業活動をしています。

通信の時代を迎えて、国際競争にこれからパラグアイが立ち向かって行く時、普通の電話を含めて通信の改善が一番の課題のように思います。

ショッピング・デル・ソル内の「テルセルの販売所」


67 ・有料・テレビ(7月27日)

日本では有料のテレビとして、「ケーブルテレビ」「衛星テレビ」が普及し始めているようですが、南米でも普及が始まっています。ブラジルでは「ダイレクトTV」が衛星放送サービスを行い、NHKがリアル・タイムで見れるようになっています。(物理的には多分、南米全域で見ることが出来るでしょうが)パラグアイ・アスンシオンでは先発のケーブルテレビ局「CVC」が市内を大きくカバーし、「TVD」という後発の局とし烈なシェアー争いを行っています。どちらも50局程のテレビを見ることが出来ます。

今度これに「CMM」という電波を利用する有料テレビが参入して来ました。今までの有線を利用したテレビとは異なり、専用のアンテナを利用して見るというものです。画像の良さ、設備の簡単さ、料金の安さを売り物に既存のケーブルテレビの利用客の取り崩しにかかっています。一時、試験的にNHKを受信し、日本人・日系人には「近い将来NHKを見ることが出来ます」を宣伝文句にしています。またインターネットの利用も近い将来出来るようになる事も宣伝しており、私のように電話回線が悪いのを悩み、プロバイダー繋がらないで困っている者にとっては注目の存在です。

日本人移住地の中で最大規模のピラポ移住地ではニュースのところでも紹介しましたようにNHKを含む放送を電波による有料放送を実施しています。(SUMI:高岡氏)大きなアンテナで一度受けて電波をパラグアイの方式であるPALに直して改めて送信しているそうですが、放送局から遠くなければ、画像はまずまずのようで、ピラポでは日本が急に近くなったようです。


68 ・デジタル・カメラ(7月25日)

日本でデジタル・カメラ(カシオ・QV−100)を買って来て、パラグアイの街の風景等を撮影出来るようになり、ホームページにも多くの写真を貼ることが出来るようになったのですが、これを持って撮影していると街の通りかかり人にしばしば「それは何か」と尋ねられます。

パラグアイではまだ人間関係が密なのか、全く知らない人にでも気軽に話し掛ける事がよくありますが、デジタル・カメラの場合には撮影しているとまず誰かに聞かれますね。「幾らか?」「どこで買ったのか?」「フィルムはどうやって入れるのか」「現像はとうやってするのか?」「パラグアイで売っているのか?」等次々に質問されます。映像をコンピュータに入力する話やホームページに貼ったり、E−メールで送信したりする話をしても基礎知識が無い場合が多くのかどうも余り理解してもらえません。一番不思議そうにするのはフィルムを使わない事のようです。それでも一応説明すると納得した様子(本当は理解していなくても)で「ありがとう」と言って立ち去ります。

以前日本で買う前にエステ市で買おうと、デジタル・カメラを調べたのですが余り種類が無く、カシオの一番初期の型がほとんど定価で売っているような状況でした。南米ではインターネットは、まだ普及し始めたばかりなので、デジカメはこれからの商品なのかも知れませんね。でも、写真が大好きな南米の人はデジカメに非常に関心を示し、もしかして将来、南米でも急速に普及するかも知れないと思ったりもします。知識・流行は欧米に強く影響されているので、欧米で普及するようになれば多分南米でも普及することでしょう。


69 ・修理工場(7月25日)

パラグアイでは未だに自動車の価格が高く、自動車のメンテナンスは自己の責任で行うもので日本で見られるような「車検制度」ような事も無いので、一台の自動車をかなり長い期間使う事が一般的なようです。また最近は非常に交通事故が多くちょっとした接触事故は日常茶飯事です。このような理由で、アスンシオン市内には数多くの自動車修理工場が在ります。自動車修理工場の規模は様々でかなり大規模なものから、小さいところまで色々です。

日本の場合ですと、人件費が高いのと次第に汚れる仕事を嫌がる傾向がある為でしょうか、近年、修理して板金塗装を行うことよりもむしろ部品、パーツを丸ごと取りかえる事が多くなっているように聞いておりますが、パラグアイでは部品は全てが輸入品でかなり高価な上、修理に必要な部品のストックが国内に無いことが多く、部品の調達には時間もお金もかかることが多いのです。ですから、こちらでは修理が可能な場合にはほとんどの場合には修理しているようです。修理工場の人も熟練工が多く、修理の技術はなかなかのものがあると思います。かなりボコボコになった自動車もたたいて見事に直してしまいます。

また、アスンシオン市内には日系の修理工場が数多くあります。手先が器用な日本人には向いているのかも知れませんね。日系のほとんどの修理工場は工場の名前に自分の姓を付けています。「日本人がやっている」と分かると信用に繋がる為かも知れません。この中には「田中修理工場」というのがあります。この田中さんは日本でも修理の勉強した方で、評判も良いようでなかなか繁盛しているのですが、私はよく地元の人に「田中修理工場の親戚か?」と尋ねられます。パラグアイ日系では同じ姓の人は一族というケースが多い為でしょう。

この他、非常に小規模な経営の「パンク修理業」の店がかなりあります。間口は大体自動車が1台入る程で、煉瓦作りの単純な構造の建物を使って一人でやっているケースがほとんどで、ちょっとした空き地を利用しているといった感じです。アスンシオンの道路は舗装されている場所でも穴が多く、釘などもよく落ちていて、日本に居るときに比べてよくパンクするのです。パンク修理工場の目印は「タイヤ」です。入り口にタイヤがぶる下がっているのが目印です。パンクした場合に自動車を持って行くと実に手際良く修理します。修理の費用は普通のパンクですと一回300円から500円程度です。修理工場を見ているとパラグアイ人は非常に器用な人だと思います。

田中修理工場



70・バーガー戦争(7月25日)

パラグアイでは現在苛烈なバーガー戦争が起きています。米国で最大手のバーガー・チェーン「バーガー・キング」「マクドナルド」が相次いで進出して来たのです。この二つのチェーンは米国でも競争して来たのでしょう。先に出てきた「バーガーキング」の近くに「マクドナルド」が出来るケースが目立っています。バーガーキングの第一号店はショッピング・デル・ソル内に出来たのですが、その隣接地にマクドナルドの第一号店が出店されました。現在はバーガーキングの2号店の直ぐ横にマクドナルドの第二号店が建設中です。どうやら兎に角マクドナルドはバーガーキングの横に店を作る気のようです。

ハンバーガーはパラグアイでも従来から人気があり、既存のバーガー店は駆逐されてしまったような感があります。また先に出て来て米国式の経営で人気があった「ピザ・ハット」も最近は影が薄くなってしまいました。

ショッピング・デル・ソル内の「バーガー・キング」

ショッピング・デル・ソルの隣に出来た「マクドナルド」



71 ・英会話学校(8月 4日)

パラグアイは3つの国に囲まれた内陸国で、こちらに移住する前はさぞかしパラグアイ国民は国際的な感覚を持っているだろうと想像していました。しかしながら実際は余り国際的とは言えず、隣国のブラジルとアルゼンチン以外は遠い世界、関係の無い世界と捕らえているように見えます。それでもさすがにメルコスール(南米共同市場)等で国際化の波がここにも押し寄せて来ているように思います。英語を勉強しようという市民が増えて来たのか最近は「英会話学校」の看板が目に付くようになって来ました。

パラグアイの学校でも勿論、英語の授業があるのですが、ほとんど基礎だけで実際には全く役には立たないのです。実践的に勉強しようとする学生が会話学校に行くわけです。私も機会があり、英会話学校に行ってみました。教師の多くは南アフリカからの移民で、マンデラ黒人政権が成立したのを嫌い移住して来た人達です。発音は自分達は正統派ブリティシュだと言っているのですが、どうも聞き取り難いのです。南アフリカでは英語と共にオランダ語(正確にはアフリカーンス)が広く使われているのですが、その影響が多いにあるように思います。どこか硬い感じがします。

会話学校でパラグアイの生徒と一緒になるとやはり彼らの文法の知識はいまいちなのです。日本では中学に教えるような文法を知らない事が多いのです。学校にはコンピュータが置いてあり、簡単な文法を独学出来るようになっています。私から見ると英語とスペイン語は非常に似ているように思うのですがなかなか大変なようです。

易しい英文法の講義をスペイン語で受けていると自分は何を勉強しに来ているのか訳がわからなくなります。また、普段はスペイン語を使っているのでまず頭に浮かぶのはスペイン語で英語の単語が出てなかなか来ないのです。もう少しスペイン語が上達したらまた英会話に再挑戦してみたいと考えています。


72 ・ガソリンスタンド(8月 3日)

世界どこでも自動車が走っており、必ず在るのが自動車の燃料を売るガソリンスタンドです。パラグアイでは年々自動車の数が増えており、アスンシオン市内にも新規開店、改装・改築するガソリンスタンドが増えています。シェル、エッソ等日本でもお馴染みの系列のスタンドが増えていますが、外観は日本のスタンドとそくっりです。これは推測ですが、何か「標準設計」みたいなものがあるのかも知れませんね。しかしながらサービスの内容は随分と違います。日本ですとガソリンスタンドに着くと従業員の方が飛んで来て至れり尽くせりのサービスをしてくれますが、パラグアイでは基本的には特に頼まない限りは燃料を補給するだけです。(他の国にあるような自分で給油するタイプのものはまだありませんが。)

日本では環境の問題もあり、自家用自動車はほとんどガソリンで走っているようですが、パラグアイではディーゼルが多いのです。私の愛車トヨタもディーゼルエンジンを搭載しています。(燃料の値段が安く、エンジンの寿命が長いので人気が高い)この他には偉大なる失敗と評さされるブラジル製のアルコール車:(農作物からエチルアルコールを取り出して燃料に使うプロジェクト、価格的に会わないで頓挫した。)等が渾然と走っています。ガソリンスタンドでは燃料の種類別に色分けしている所が多く、概ねガソリンは赤色、黄色、アルコールは青色、軽油は黒色と区別されています。パラグアイは地下資源の無い国で燃料の石油も全面的に輸入に頼っているのですが、価格は日本よりは安いように思います。軽油を満タンにして大体4万グアラニ(約2千円強)です。ブラジル、アルゼンチンより安いので国境を越えて燃料を入れに来る人も多いようです。

ガソリンスタンドのもう一つの主力商品はプロパンガスです。パラグアイではまだ都市ガスは無く、家庭用の燃料はプロパンガスに頼っており、空になったボンベを持ってガソリンスタンドに行って中身の詰まったボンベと交換するのです。かなり重く重労働ですね。

また、最近ではガソリンスタンドにコンビニエンス・ストアーを併設することが多くなっています。非常に便利なのですがやはり日本のコンビニに比べると品揃えがまだまだです。


73 ・中国パワー(8月 3日)

中国人のパラグアイへの移住については、出入りが激しく、商売をしている人が多い等韓国人とよく似ています。韓国人と違うのは韓国人はアスンシオンに多くが住んでいるのに対して、中国人はアスンシオンよりもエステ市に多い事です。中国人の多くは台湾からの移住者のようです。台湾政府(中華民国)承認国は今では非常に少ないようで、パラグアイは貴重な存在のようです。大使館があり、国交があるので、安心して多くの人が移住して来るようです。

中国人も韓国人と同様な商売をしている人が多いのですが、エステ市ではビルのオーナーが目に付きます。大きなビルに漢字が書いてあり、中国人の所有である事がすぐに解ります。勿論韓国人の中にもビルを所有されている方がいますが、数が違います。香港資本も入って来ているという噂も耳にしましたが、現在でもエステ市では中国人所有のビルが幾つか建築中です。エステ市の観光のコーナーで紹介した「工業団地」の計画も少しすこしづつ進んでいるようです。

また中国語の新聞も発行しています。使っている文字は台湾で使っている繁字体です。小さな繁字体だけでびっしりと埋まっている新聞を見ると漢字というのは中国の文字なのなのだと変に関心してしまいます。

雑貨、おもちゃ、コンピュータ部品等台湾製品等が輸入されているのですが、台湾の製品は韓国製品程は目立ちません。自動車、電化製品等目に付きやすい商品が少ない為なのでしょうか?


74 ・韓国パワー(8月 2日)

韓国人のパラグアイへの移住の歴史は日本人移住の歴史に比べるとまだ浅く、当地の韓国人社会はまだ1世が主体のようです。またどうも出入りも激しいようで、新しく来る人も多い反面、ここから他の国に移る人、また韓国に戻る人も多く居るようです。

日本人移住者は農業移住からスタートし、現在に至るまで多くの移住者が農業に携わっているのに対して、韓国人の多くは商売をしている人が多いようです。また、アスンシオンには町々に「よろずや」が在り生活に必要な食品、雑貨、日用品等を売っていますが、今ではかなりの店が韓国人経営になっています。従来はパラグアイでは日曜日は休みで、お店も閉めるのが普通であったのですが、よろずやを経営している韓国人達は日曜日、祭日でも店を開けています。最近ではパラグアイ経営の一般の店でも日曜日に営業する所が多くなって来ていますが、この影響が在るのかも知れません。

アスンシオンの一角には韓国人が多く住む地域があります。この一帯ではハングル文字の看板が目立ちます。パラグアイでは日本人は余り日本語で大きな看板を出しませんが、韓国の人はハングル文字の大きな看板を出しています。見てみますと、食料品店、雑貨店、洋品店、食堂、電器店、薬局、製菓店、旅行社、貸しヴィデオ屋、テコンドウ等の看板があり、韓国人専用の教会まで在ります。一面ハングル文字の洪水で一瞬ここはソウルではないのかと錯覚する程です。

雑貨店に入ると韓国製品で一杯、どれも日本製品とよく似ているので我々には便利です。また食品店ではパラグアイで韓国人達が作った大福に良く似た饅頭、栗饅頭、メロンパン、アンパン等が売られており、その他、韓国から輸入しているラーメン(ただし激辛ラーメン)、スナック菓子(かっぱえびせん、グリコポッキーのコピー製品)、うどん、そば等があり便利です。勿論、キムチなどの韓国食品も売っています。

最近では電化製品、自動車等については韓国製品が目に付くようになりました。電化製品では「三星」「金星」「大宇」、自動車では「現代」「起亜」等の看板が目立つようになっています。私も「金星」の冷蔵庫を使い、コンピュータのモニターは「三星」です。

ハングル文字の大きな看板(アジアナ旅行社と書かれている)



75 ・コーヒー(8月 2日)

パラグアイではコーヒーはほとんど産出されず、国民の間で一番飲まれているものは「マテ茶」で、コーヒーはブラジルのようには頻繁には飲まれていないようです。それでも、さすがにブラジルの隣国ですから最近ではコーヒーのスタンドをかなりあちこちに見かけるようになりました。

コーヒーの入れ方は日本ですと、「サイホン」を用いて入れるのが一般的であったように思いますが、パラグアイでは他の南米の国と同様にコーヒーを茶漉しのようなものに入れて、器械にぎゅっと詰め込み上から熱湯を注ぐのが一般的な入れ方のようです。挽きたての香ばしいコーヒーの粉に熱湯を注ぐと最高のコーヒーが出来上がります。豆はブラジル産のものが多く、日本で飲まれているものよりはかなり苦い味がしますが、これに慣れてしまうと日本で飲むコーヒーはどうもちょっと物足りない気がします。

コーヒーはブラジル式で食後に小さいカップ入れて砂糖をたっぷりと入れて飲むことが多いのですが、アルゼンチンのようにちょっと大き目のカップにミルクを入れる「コルタード」という飲み方も多いです。コルタードとはスペイン語で「切った」という意味なのですが、未だにどうしてそう呼ぶのかは知りません。パラグアイは両隣国の影響を色々な面で強く受けているのですが、コーヒーも両方の文化を受け入れているように思います。最近はショッピング等に洒落たスタンドが出来て美味しいコーヒーが手軽に飲めるようになりました。写真にあるスタンド(ショッピング・マリスカル・ロペス)ではクロワッサン等も一緒に売っていてちょっとした軽食も取ることが出来るようになっています。コーヒーだけですと3千グアラニ(約160円)です。ショッピングに疲れた時にちょっと立ち寄って飲む味は格別ですね。

ショッピング・センターの中にある洒落たコーヒースタンド



76 ・塀の高さ(8月13日)

南米各地の治安が実際との程度なのか、状態を見るには住宅地で、家の塀の高さがどの程度になっているのかを見るのが一番だと思います。

昔、ブラジルのサンパウロに住んでいた時には、日常生活していても、常に安全の事を意識して生きていました。確かに日が暮れてからは一人で外出などは全く考えられないことでしたね。サンパウロの住宅街の住宅街の塀の高さ非常に高く、冷たく人を寄せ付けない感じで、コンクリートで囲いその上をガラスの破片が埋めてあるのが一般的でした。また、少しでも余裕のある人は一軒家よりも安全性に優れている高級アパートに住むケースが多いようでした。(勿論アパートには厳重な囲いがあり、警備の人が24時間居るのが普通です。)

ブラジルからパラグアイに来て最初に驚いたのが、アスンシオンの街の塀の低さです。中には無い家さえあるのです。サンパウロから来た当初は信じられない事でした。でもパラグアイの人は皆「最近は治安が悪くなった」と言います。聞けば昔は戸を開けて寝ていても全然大丈夫だったとか、ブラジルとは少し基準が違いました。それでも最近はアスンシオンの塀が次第に高くなって来ており、自動車の出入り口も外に降りずに操作が出来るリモコン式が多くなって来ています。

軍政が終わり民主主義の時代になり、自由で活力のある雰囲気が出て来ているのですが、反面犯罪も急増しているようです。最近では、サンパウロと同様にアスンシオンでもアパート志向になって来ているように思います。「南米の首都では治安は一番良い」とも言われているアスンシオン、犯罪の防止に努めて欲しいものですね。


77 ・マンモス製菓(8月12日)

パラグアイでは韓国の人が沢山来ていて、色々な商売をしています。ものを製造する人はあまり多くは無いようですが、その中でマンモス製菓は日本人にも大変有り難い存在です。マンモス製菓はメルカード4に近い、韓国人が多く住んでいる地区に店があるのですが、それ以外、アスンシオン市内にある韓国系、日系のお店で手軽にお菓子を買うことが出来ます。このマンモス製菓の製品の包装はハングルで書かれていますが(マンモス製菓と書かれている)、それを除けば日本で売っているものと非常に似ています。ノスタルジックな昔懐かしい印象を受けました。

種類の多いお菓子の中で、一番作者が買うのが「大福」です。餅の中に甘い餡が入っているお菓子をアスンシオンで最初に見た時は本当に嬉しかったですね。日本のものに比べて少々小粒な一口でもいただけるような大きさの大福が8個袋に中に入って売っています。(値段は日本円に換算して300円くらい)食事の後にお茶と一緒にいただく大福、良いですね、至福の時です。でも難を言うと、ちょっと餅が柔らかいのと餡の味が若干異なる感じがします。この辺は日韓の味覚に対する微妙な違いなのかも知れませんね。

後はよく買うのが「アンパン」です。これは日本の銀座・木村屋が始めたものだそうですが、どうやら現在では、韓国の人にも人気があるようです。同じように真ん中に窪みがあり、ごまがまぶしてあり、姿、味とも日本で売られているものと全く同じです。また「栗饅頭」のようなものもあります。後は菓子パンがあります。「メロン・パン」「クリームパン」などは小さい時にはよく食べましたが久しく見たことが無かったので、非常に懐かしかったですね。これらも姿、味とも昔の記憶そのままで全く同じです。後は中にクリームの層があるロール・カステラ等、昔、日本で学校の横のお店に売っていたようなお菓子があります。

これらのお菓子をエステ市やエンカルナシオンに出かける時にはおやつとして持参しますし、お土産にしても喜ばれます。

マンモス製菓の大福


78 ・日系移住地・舗装(8月 12日)

パラグアイ南部の穀倉地帯であるイタプア県には日本人移住地が点在し、大豆と小麦を中心に大規模農業を繰り広げています。(200ヘクタール程度の農家が沢山在ります)エンカルナシオンからエステ市方向に国道6号線に沿って行くとチャベス、ラパス、富士、サンタローサ、フラム、ピラポと日本人・移住地が続いています。広大な大地が続く中で、一番の問題は輸送の問題でした。パラグアイの土は赤土で雨が降った後はぬかるみ、乾燥すると埃だらけになり、いずれにしろ以前は国道まで自動車で出るのは非常に大変でした。

日本の援助(建設機材、ならびに橋梁工事は日本の無償援助によるもの)も在り、この移住地内の幹線道路が舗装になりました。移住地の中の通行がこれにより非常に楽になりました。

昔、日本から移住された当初の30年前には全く舗装はなされておらず、雨が降るとエンカルナシオンまで歩いて行ったこともあるそうです。チャベス移住地からエンカルナシオンまで僅か20キロ、現在では自動車で約20分程で行けますが、当時は歩いて5時間も掛かったそうです。

舗装された・チャベス移住地


79 ・お墓(8月12日)

世界どこに行ってもお墓は必ずあります。(鳥葬など一部の例外はあるでしょうが)亡くなった方々を埋葬するのはごく自然なことでしょう。パラグアイに来て墓地に行くと家のようなお墓があるのには驚きました。天国に行っても不自由しないようにとの配慮でしょう。

墓地はどういう訳か街の中心にあります。アスンシオンでもマリスカル・ロペス大通りに面した一等地に大きな墓地があります。何故このような場所にあるのか考えてみたのですが、何処に墓地を造るかというと、街外れで交通の便の良い場所を選ぶと思います。街が生長して、拡大すると便利な街道は目抜き通りになり、街の膨張で墓地のある場所が街の中心になってしまうからだと推測します。

パラグアイの葬儀はカトリックの国なので教会で行い、土葬します。今まで火葬するのは見たことがありません。また参列者は墓地を埋葬に向かう際には歌を歌い、時にはギターに合わせて歌います。またほとんどの人が普段着です。衛生上の問題があるのか亡くなった翌日には埋葬をしなくてはならないそうです。

墓地の内部



80 ・ナンバー・プレート(8月 10日)

世界どこに行っても人が住んでいる場所では自動車が走っています。自動車にはどこでもナンバープレートが付いています。パラグアイではナンバープレートは各自治体(日本で言うと市町村)が発行しています。首都アスンシオンだけが青色、その他の市町村は全て白色になっています。ナンバープレートにはパラグアイならびに市町村名が記載されています。国名を記載するのは、陸続きですので、簡単に外国に行くことが出来るからです。アスンシオンでも「アルゼンチン」「ブラジル」の自動車をよく見掛けます。

また、外交官ナンバーは青緑色で、大使館が「CD」、領事館が「CC」、その他の政府派遣者が「MOE」の特別なナンバープレートを付けています。日本から派遣されて来られたJICA専門家、先生等はこのナンバーを付けています。

アスンシオンでは、毎年税金を収める時にプレートに付いている年号の書いた小さなプレートを市役所で交換しなくてはなりません。(その他の場所はプレート全体を交換するようです。)毎年色が変わり今年はピンクです。でももし一度に人が来ると大混乱になってしまうので、末尾の番号の月に行く決まりになっています。末尾が1の人は1月、2は2月、0は10月に行かなくてはなりません。市役所に行き、年間の税金を納入すると交換してくれます。

日本では「湘南ナンバー」等人気があるナンバーがあるようですが、パラグアイで人気は「サンベルナルディーノ」ナンバーです。この街は別荘地となっており、ステータスを感じさせるからでしょう。

アスンシオンのプレート・ナンバー




81・映画館(8月22日)

長い間、娯楽の中心的な存在として長年親しまれて来たのはなんと言っても「映画」でしょう。かつては街の繁華街には大きな映画館が在るのが世界中の都市での共通点だったように思います。最近は他のメディアに押されてか、映画館の数も減ってきているようで、これは決して映画自体に魅力が無くなったのではわけではなく、ケーブルテレビ、衛星テレビ、貸しヴィデオ等にも多くの客を取られて、カウチ・ポテトとか言って映画を自宅で観るようになって来ているためだと思います。

アスンシオンでも移住して来た90年当時には中心部にも大型の映画館が幾つかありましたが、この数年間でその数は減少して来ており、中心部にあった映画館の大半は閉鎖され、現在見かけるのはポルノ映画館が一つあるだけになってしまいました。これもかなり老朽化して来ており、不潔な状況になっています。今後もう単独の「映画館」が新しく建てられることはないと思います。

これに代わりこの数年目立っているのは、ショッピングに「映画館」を併設する事です。ブラジルではかなり一般的で、一種類の映画だけでなく、比較的小型のスクリーンを使い、館内を小さく区切り、映画館が並んでいるようになっていて、映画を選べるようになっています。どれも1本だけで2本立てと言うのは見かけません。人気があるのはやはり米国のアクション映画のようです。例えば「ショッピング・エクセルシオール」の映画館にはスクリーンが4つあり、入場料金はどれでも10,000グアラニ、(円換算して約600円)と非常にリーゾナブルです。また、水曜日は「映画の日」で特別に半額になるそうです。中に入ると雰囲気は日本の映画館によく似ており、ポップコーンやお菓子、清涼飲料水等が売られています。(何故か映画を見ながらポップコーンを食べると美味しいように感じます。)

暇な時にたまに映画に行くのですが、上映される映画の大半は、音声は英語で字幕はスペイン語で、私などは、両方とも良く理解出来ず、特に字幕などは半分も読まない内に切り替わってしまい、いつも何だかストーリーがよく分からない内に映画が終わってしまいます。周りの人が感動している中、一人取り残されてしまい、非常に残念なことですね。

映画の上映は勿論ビジネスで行っているので、メリハリのある「ハリウッド映画」がほとんどになるのは当然でしょうが、出来るならば米国以外の映画をもっと上映し、当地のごく普通の人向けとして、日本の優秀な映画も映画館で上映して欲しいものですね。(日本人向けには時々特別に上映されている。)



82・スナック菓子等(8月20)

日本ではおやつに「スナック菓子」を食べることが多く、また各種色々なお菓子があって選択に迷う程であったように思います。パラグアイでは国産のスナック菓子は余り無く、地元の日系企業が作っている「yes、yes」があるくらいだと思います。これは人気があるようで、どこの街の万屋(よろすや)でも売っていて手軽に買うことが出来ます、味は日本で言うと「カール」に似ているでしょうか、塩味でサクサクと軽く、テレビを見ながら、お茶を飲みながらというスタイルですとすぐに一袋食べてしまします。(太る元ですね。)

その他スナックと言う範疇で、スーパー・マーケットで見かけるのは外国製のポテト・チップスくらいでしょうか?どうもパラグアイの人は甘いお菓子の方が好みのようですね。チョコレートなどは沢山売っていますが、塩味のお菓子は少ないように思います。

韓国人のお店に行きますと、韓国製品のスナック菓子が沢山積まれています。これが見るからに日本のスナック菓子にそっくりで、コピー商品と言っていいでしょう。作者がよく買うのが「カッパえびせん・もどき」、どう見てもカルビーの「カッパえびせん」、味も見かけも全く同じです。(友人の話では日本の本物の方が海老の量が多いとのこと)でも黒い「いかすみ」入りと言うのがあり、これは韓国オリジナルではないでしょうか? なかなか独特な風味が出て行けます。後はグリコ「ポッキー」のコピー商品がありました。これもみるからにそっくり、区別が出来ません。でも結構値段も安く、とてもありがたいのは事実です。

「せんべい類」は日本製品も売っていますが、ブラジル製品が手軽ですね。「おかき」という名称で売っています。ちょっと塩味がきつく硬い気がしますが、なかなか味は良いように思います。訪日すると直ぐに「せんべい」を買って来て食べます、これはパラグアイへのお土産にするには湿気易く、かさばるので余り用いられず、従って当地で食べる機会が少ないためです。

えびせん・もどきの「セウガン」



83・アイスクリーム(8月18日)

日本で生活をして居た時には、待ち合わせ、暇つぶし、等によく喫茶店を利用しました。パラグアイでは喫茶店は日本のように一般的ではないようで、紅茶やコーヒー等を飲む場所というよりは、軽食堂、アイスクリーム店といった感じの場所となります。アイスクリームの店はチェーン店になっているようで、アスンシオン市では「アナイ」「4d」「シュガー」等のお店があります。アイスクリームを買ってテイクアウトする事が一般的ですが、売っている横で食べることも出来ます。日本ですと、外でアイスクリームを食べている人はほとんどが子供と女性のようで、喫茶店で「チョコレート・パフェ」を注文するのにはかなりの勇気が必要な気がします。あれをほじくりながら食べたいと思っても、実際に注文の際に声に出るのは「ホットコーヒー」、でもパラグアイでは中年の男性が堂々とアイスクリームを食べています、これは良いですね。

アイスクリームは勿論、パラグアイでも人気のあるおやつで、作者もよくいただきます。日本では「ラクトアイス」とか言う牛乳を使っていないものもあるようですが、パラグアイで売られているものは牛乳から作られているようです。やはり酪農が盛んなので牛乳もたっぷりとあるのでしょう、ですからアイスクリームは脂肪がたっぷりと言った感じで、なかなか美味しいですね。店により種類は多少違いますが、20種類くらいあります。バナナ、苺、等の果物の味、バニラ、チョコレート、はっか、クリーム等の他、ピスタチオ等の木の実の味等なかなか多彩です。でも当然ですが、日本ではよく見掛ける「抹茶」「小倉」はありません。(ですから、なんと言っても訪日した際に食べるアイスクリームはこの2種類ですね。)

食べ方は色々あり、コーンに入れたり、丸い形にして器に入れたりとほとんど日本と一緒なのですが、お土産に箱詰めにしてもらう場合、発砲スチロールの箱に4、5種類お客が選択したアイスクリームを入れてくれます。大雑把な南米のこと、何か境を付けて入れるのはではなく、ひたすらにギューギューと詰め込むのです。ですから別の味のアイスクリームが交じり合ってしまいます。箱から出してお皿に入れると余り美しくないのです。簡単な仕切りでもしたら良いと思うのですが。また日本ではお馴染みのコーヒーフロートのような「〜フロート」というのはありません。どうやら飲み物の上にアイスクリームを浮かべていただくという習慣は無いようです。(アイス・コーヒー自体もありませんが)



84・小切手帳(8月16日)

日本では普通のサラリーマン生活をしているとまず「小切手」等目にすることは余りありませんが、パラグアイでは個人が小切手を使うのはごく自然の事です。ある程度の階層以上になると銀行口座を開設して銀行に小切手を発行してもらいます。日常は現金をあまり持たないようにして、カードと小切手を使い分けて生活しています。小切手帳は普通は50枚綴りの帳面状になっていて、一枚一枚がお金として、それも現金と同様に利用出来ます。小切手帳は無料ではなく、お客の側が一冊(50枚)1万グアラニ程度で買い取るのです。

使い方は非常に簡単で、小切手に金額を書いてサインをするだけで有効になります。名義が一人の事もありますし、2人、3人で共通の講座を持つ場合もあります。持ち主が複数の場合には一人だけのサインでも有効とするか、もしくは複数のサインがなければ有効にならないかあらかじめ決めておくわけです。サインはどのようなものでも良いのですが、日本人が書くアルファベットは誰のも余り癖が無く非常に良く似ており真似されやすいようなので注意しなくてはなりません。作者の場合には現地の人に真似され難いようにと、アルファベットの後に漢字で名前を書いています。数字はアラビア数字で書くだけではなく、スペイン語で文字でかかなくてはなりません、この為、移住して最初に覚えたスペイン語が数字でした。パラグアイではインフレの割には、デノミネーションを行っていませんので、かなりの高額の小切手を使うことがあり、文字で一杯になってしまいます。なお、パラグアイでは国内での送金という事はあまり必要がありません、例えばアスンシオン市でエステ市の人にお金を渡す場合には、アスンシオン市の銀行に行ってその人の口座に入金すれば良いようになっています。(手数料は不要。)

相手名を書かない小切手は「アポルタドール」と言い、現金と同様扱われます。流動性が高い反面、危険性もある訳で、紛失したら大変で、注意が必要です。渡す相手が決まっている時には相手の名前を小切手に書き入れます。この場合には銀行に引き出しに行くと身分証明書の提示を求められます。また小切手の右上にあらかじめ二重線を入れておくと窓口で現金化は出来なくなり、この場合は受け取った人は銀行に預金するしか方法がありません。パラグアイでは銀行の窓口が非常に混雑しているのですが、主な理由は受け取った小切手を現金化する為なのです。

小切手を使うとは当座預金から引き去られます。通常、当座預金と普通預金は連動して、銀行により当座預金の最低額が講座毎に決まっていて(銀行により顧客により金額がまちまち)、不足分は普通預金から自動的に移し替えられます。普通預金が無くなり、当座預金が最低額を下回ると罰金が課せられます。日本では預金者が罰金を受けること等まず無いのでは?南米では油断していると何やら罰金を課せられます。銀行によると16枚以上小切手を使うと罰金を科すところもあります。

仕事上で集金する場合にもほとんどが小切手になります。各銀行デザインに凝っており、美しいものです。でも残金が無い小切手ですと不渡りとなり小切手ははねられてしまいます。

これほど便利な個人用の小切手帳、どうして日本で発展しなかったのでしょう。

パラグアイで使用されている小切手帳



85・抱擁・キッス(8月14日)

日本では挨拶の時は「おじぎ」、何回も頭を下げ合う光景をよく街で目にします。パラグアイでは握手、これは解っているのですが、最初は案外難しかったですね、手を出すタイミング、相手が女性の時の握力の入れ方等。でも慣れてくるとお互いの顔を見ながら確かめ合いながらの握手良いものです。

日本人にはどうも慣れないのが「抱擁」久しぶりに会った友人などにお互い抱き合い背中をポンポンとたたきあいます。仕事の事で会う時などそれ程親しくなくてもジェスチャーでやることもありますが。でも男同士での抱擁には未だに少々抵抗を感じて、どうも出来ませんね。

それからキッス。これは異性間で親しい時に顔に「チュッ」とするのです。最初は照れましたね。本当にこんなかわいいお嬢さんとキッスしても良いものなのか恥ずかしさを押さえてのキッスでした。国により多少流儀が異なるのだそうですが、パラグアイでは左右両方、二回するのがならわしのようです。単なる挨拶ですのでその内に馴れて来ましたが、どんな女性とも嬉しそうにするのもなかなか大変ですね。こちらの習慣の中で今でも全く受け入れられないのは小さい男の子からのキッスです。女の子であれば全く抵抗は無いのですが、同性からのキッスちょっと抵抗がありますね。



90・コンセント(9月01日)

パラグアイの生活でも家庭で沢山の電気器具を使う際に悩むのがコンセントです。日本では規格が統一されていて、100ボルトのものだけしか無かったように記憶しています。関西と関東で周波数が違っていてもそこは日本のメーカーどちらでも利用出来るようになっていたように思います。

パラグアイの生活では色々と使い分けをしなくてはなりません。まず電圧、パラグアイでは電圧は220ボルトと決まっていて、普通の生活をする際には特に問題は無いのでしょうが、日本製品、ブラジル製品を持ち込むとそれぞれ100ボルト、110ボルトですので変圧器を使うことになります。日本からはデジカメ、8ミリ・ヴィデオ等、ブラジル用としてはファクシミリ、プリンター等が我が家にあります。家庭に来ている電圧は220ボルトですので、我が家には110ボルト用と100ボルト用の二つの変圧器があります。100ボルト用は秋葉原で買ったもの、110ボルトはエステ市で買ったものです。ブラジル用を買うのはエステ市には電化製品が山積みになっていますが、ブラジルからの観光客相手の商売なので、全て電圧はブラジルの110ボルトなのです。アスンシオンで売られている220ボルト用の製品と比べるとかなり安く手に入れることが出来ます。(例えば最近パナソニックのヴィデオ機を買いましたが、190ドルでした。)

次にプラグの差込口の問題があります。これが形状が色々なのです。日本は角張った形をしたものだけですが、当地では丸型、米国用なのでしょうか片方に出っ張りが付いているもの等が売られています。

現在の作者の周りには色々な種類の電気機器がありますが本当に形式がまちまちです。100ボルトや110ボルトの機器を間違って220ボルトの差込口に入れたらすぐに焼けてしまうでしょうし、場合によっては火災の原因にもなりかねないので注意が必要です。



86・タクシー(8月31日)

公共交通が十分で無いアスンシオンでは「タクシー」を使う機会が多くなります。パラグアイを始め中南米ではタクシーは何故か「黄色」になっているのが普通のようです。また多くの場合、上部は黒にしてツートンカラーになっている事が多いようです。

タクシーの運転手というのはアスンシオンでは日本のような難しい試験も無いようでどうも比較的簡単になれるようで、街には一杯タクシーが走っています。日本ですとある程度タクシーに使われる車種というのは限定されていますが、こちらでは様々で色々な自動車が走っています。年代は経ていますが結構な高級車から小さい自動車まで使われています。でも、ほとんどが中古車です。例えばメルセーデス・ベンツのタクシー等が走っています。また日本車も多く、「トヨタ・カローラ」とか「三菱・ギャラン」のタクシーなどをよく見かけます。ちょっと前迄は相当におんぼろの自動車が使われていましたが、現在はかなり見た目の良い自動車が使われるようになり快適になりました。

タクシーの運転はかなり乱暴で神風タクシーというのが普通です。タクシー料金は一応メーターに従うことになっているのですが、時々運転手によってはメーター等は使わずいい加減な値段を付けて高く取ろうとする人も見かけますので乗り込む時には注意が必要だと思います。運賃は日本と比べるとかなり安いように思います。500円分乗りますとかなりの遠い場所まで行けると思います。陽気な人も多く、また結構熟年の方もいます。代わって運転をしたくなることもありました。またラジオ・タクシーというのもあり、必要な時に電話を掛けて呼ぶと市内であれば大体10分以内で来るようです。

エステ市ではかなり多くの台数を許可したようでどこでも多くのタクシーが客を待っています。バスターミナルに着くと多くのタクシーが長い列を作っています。

立派なベンツのタクシー(結構沢山走っている)

カローラのタクシー(これも多い)



87・犬(8月30日)


日本では、最近は街で野良犬をみかけなりましたね、どうやら徹底して駆除されてしまったのかも知れません、これは衛生上の問題ならびに噛み付いたりと人に危害を加える心配が大きかったからだと思います。

現在でもこちらパラグアイ、特にアスンシオンでは野良犬をよく見かけます。野良犬と言うとちょっと恐いイメージがありますね、いつもお腹を空かせていて、人が近づくと逃げて行くか場合によっては立ち向かって来ると言う風に。でもアスンシオンの犬は天下泰平でほとんどの野良犬は歩道の日当たりの良い場所を占領して昼寝をしています、ですから中心部を歩くとよく犬を踏みそうになります、近づいてもほとんど反応無く気持ち良さそうに寝たままです。どうも犬にもラテン気質があるようでおおらかなものです。餌はどうしているのか知りませんが、街中に屋台やお店での残飯がふんだんにあるので特に困まることはないのでしょうね。バスターミナルの中にも沢山犬がいます。夜中まで賑わっていて居心地が良いのでしょうね。

また、住宅地には沢山の犬が番犬として飼われています。庭に放し飼いにしておき、泥棒の進入を未然に防ごうとするものです。多くの家では放し飼いなので、自分で勝手に外出するようで、どこに行ってもよく犬を見かけます。これらの犬は番犬用ですので大型の犬が多く、特にシェパードは人気が高いようです。勿論ペットとしても多くの犬が飼われています。パラグアイではアパートで動物を飼うことに余りうるさくないので、アパートで小型の犬を飼う人が多いようです。私が住んでいるアパートでも奇麗に手入れされた犬を散歩に連れて行く姿をよく見かけます。

公園でのどかに過ごす犬達、写真を撮ると嬉しそうに近寄って来た



88・文房具(8月30日)


南米に最初に来たときに困ったのは文房具の質の悪さです。擦っても消せない消しゴム、書けない鉛筆などが堂々と売られていました。また鉛筆の芯の濃さが一様で無く、芯が中心からはずれているので、鉛筆削りで削ると芯がずれてしまい書ける状態にならない、ノートはごわごわしていて、水分を含むと滲んでしまうといった状態で、南米産の文房具はちょっとよろしく無いようなので訪日した時に文房具を大量に買い込んで来ました。

最近は多少は改善されては来ましたがそれでも欧米・アジアのものに比べると質は落ちるようです。パラグアイでは最近、日本、韓国、中国から大量に文房具が入るようになりました。シャープペンシル、水性ボールペン等は品質にかなりの差があるようです。また安い商品は中国産のものが大量に出回っています。今では輪ゴム、ホッチキスの針、色鉛筆等はほとんどが中国産です。韓国産も多く出回っています。やはり日本の商品と良く似ているものが多い感じがします。

また最近では日本製も多く入るようになって来ています。エステ市では大きな文具店で日本製の文房具だけを取り扱って陳列している店もあります。まるで日本に居るような錯覚を感じます。しかしながら多くは筆記具で、色々なものを整理するファイル類の良いものは余り無く、これらは今でも日本で買って来ています。ただ両者を混在して使うと、幾つか困ることがあります。まず穴の間隔です。よく二つ穴を空けてファイルに閉じますがその間隔が日本と南米では違うのです。南米のほうが間隔が広いのです。またコピー用紙等のサイズが日本ではA4が多く使われているようですが、南米ではこれよりも多少長いサイズのものが一般に使用されているのです。よく考えて整理にかからなければなりません。



89・満一歳の誕生日(8月30日)


パラグアイでは満一歳の誕生日は特別に盛大にお祝いをします。これは多分昔は乳幼児の死亡率が高かった為ではないかと想像します。

市内各所にパーティー屋が沢山あることは前に書きましたが、中には子供用パーティー専門の専門屋もあります。飾り付け用品は発砲スチロールであらかじめ色々なものを作っておき、お客の要望に合わせて飾りつけをします。その中で人気キャラクターはやはりディズニーのもので、特にミッキーマウスは一番人気があるようです。風船を用いて奇麗に飾り付けをします。

パーティー屋はお客の要望に従って色々なアトラクションを用意します。パジャソと呼ばれるピエロ、ぬいぐるみのキャラクター、遊園地にあるような自動車のおもちゃ等があります。 ケーキにはかわいく蝋燭が一つだけ立っていて、周りにはおかしを置きます。また必ずピニァータというおもちゃやお菓子が入った大きな風船が吊るしてあります。クライマックスはケーキカットであの「ハッピーバースデー」をスペイン語で歌った後、歌い終わりがヨーイドンの合図でケーキの周りに置いてあるお菓子を一斉に取り合います。もう一つの楽しみはピニァータを割り、落ちたお菓子やおもちゃを取り合うことです。競争して取り合うのが子供には楽しいうようですね。大人よりも子供が中心のパーティーですが多い時には100人くらいの人が集まります。

ある日系人の満一歳の誕生日



90・朝日新聞・掲載(11月 8日)

インターネットを初めて色々なメールが来るようになった。日本では事務的にEメールをダイレクト・メールとしても使っているようで、日本に住んでいる人向けの宣伝がよく来ます。「直ぐに儲かる」とか「家庭で出来るビジネス」という文句で始まるメールだ。その中で「朝日新聞」というのがあり、「記事を依頼する」というメールが来た。これは何かのいたずらであろうと思い、それならと思い即「快諾」という返事を送ったら、今度は非常に丁寧な長いメールが送られてきた。「二都物語」というコーナーに載せる記事を書いて欲しい、サンプルを送付するとあり、今までのサンプルを沢山送ってきた。そして、「締め切りは今度の〜曜日です、写真を一枚本社に送って欲しい」とまであり、かなり具体的で本格的なものであった。

まあだまされても元々、何も実害が無いと思い、文章を書いて送ったのですが、「文章が上手で無いので訂正したいが良いか」というメールが来て、次にその人が書いた文章が送られてきた。このつれづれにある「パーティー」を上手くまとめてあり、「パーティーは娯楽の王様」という素敵なタイトルまで付いて来た。でもちょっと怪しいのは「掲載日は未定」とある。実はこの時点でもまだ余り信用していなかったのですが、なんと10月 2日の朝日新聞・朝刊(勿論日本全国に配布される、全国版の新聞)の文芸欄「二都物語」の欄に写真入りで出ているではないか!やはりあれは本当であったのだ、と同時に冷静によく考えてみれば常識的には、写真入りで日本を代表する大手新聞に出ることなど、普通では強盗でもやらなくてはまずない訳で、インターネットでこのようなページを立ち上げていたお陰と感じています。

その後、日経ゼロワンという雑誌から当方のホームページを紹介したいというメールが来た。このホームページを立ち上げてから初めての雑誌の依頼であり、喜んで承諾した。かくして小さいコーナーではありますがこのホームページが在外日本人のページとして神瀬さんの「チリつも」等と共に紹介されました。

でも「この新聞記事を見ました」とか「日経ゼロワン」を見ましたというメールはほとんど来ず、日本に住んでいる友人達に話をしてもほとんど見ていないようでした。今度はこのページどこかのインターネット雑誌に紹介して欲しいものですね。



91・アニメ(11月 8日)


パラグアイのテレビを見ているとよく日本のアニメ・子供用アクション・ドラマをやっています。特に人気があるのが「赤レンジャー」のような機械人間物と「セーラー ムーン」です。最近はアスンシオンでもケーブル・テレビが普及して来ており、その中でも日本のアニメがかなり放送されています。

面白いのは番組は全て吹き替えで、皆上手にスペイン語を話すのですが、テーマ・ソングは日本語のままというのが普通です。字幕、配役等もそのままということが多いですね。

少女アニメは色々なものが放映されているのですが、男の子用はほとんどアクション物で「ドラゴン・ボール」等も人気があるようです。個人的には日本のアニメで面白いのは「ドラえもん」とか「クレヨンしんちゃん」のようなコミック系と「銀河鉄道」「宇宙戦艦ヤマト」のようなSFものだと思うのですが、今までほとんど見かけた事がありません。まだ取り上げられていないだけかも知れませんが。

日本の制作されている文化が外国で放映されているのがアニメだけというのもちょっと寂しい気がします。色々な日本文化が紹介されて行く事を期待しましょう。



92・飛行機(11月 8日)


久しぶりに国内線を利用しました。アスンシオンから北部の中心都市、アマンバイ県の県庁ペドロ・ファン・カバジェロまで約1時間15分の旅。定員10人の小型のプロペラ飛行機での旅でした。航空会社は「アルパ」、元々ブラジルの新興航空会社「TAM社」のパラグアイ子会社として5年くらい前に出来たもので、その当時はアスンシオン国際空港の脇に自前のオフィスを構えてそこから出発していたのですが、TAM社がパラグアイ唯一の国際線を持つ航空会社を買収し、両方を運営することになり、現在は同じデザインで国際線は「TAM」国内線は「アルパ」とマークを区別して運行しています。

余り新型では無い飛行機でちょっと心配でしたが、アスンシオン空港を定時に出発、パラグアイ河に沿って北上、外の景色を見ると北部の余り利用されていない荒涼とした湿地帯が続いていました。本当にパラグアイの国土はまだ未使用の土地が続いている事を実感出来ます。

揺れも少なく、快適な空の旅で眠くなって来ましたが、よく見ると副操縦士が居眠りをしているではないですか、ちょっと心配になりましたが、操縦士一人で飛行機は快調に飛行を続け、予定通りペドロ・ファン・カバジェロ空港に着陸体勢に入りましたが、この空港、滑走路がで舗装されていないのです。近づくと段々と不安になって来ましたが、確かに衝撃はありましたが、たいしたことは無く無事に着陸しました。(ペドロ・ファン・カバジェロでは新しい空港が建設中です。)

日本より広いパラグアイで国内線はこの他にはアスンシオン−エステ市間があるだけでほとんど未発達と言っても良いでしょう。羽田空港の賑わいが信じられませんね。

アスンシオン−ペドロ・ファン・カバジェロ間を飛ぶ飛行機*ペドロ・ファン・カバジェロにて



93・韓国風中華料理(11月 4日)

昼は長い間、村雲さんの弁当を愛用していたのですが、この度、村雲さんは家族で日本の名古屋に引越しをすることになり、弁当が無くなってしまいました。近くには小さな食堂もあり、現地食の弁当もあり、それなりに利用しているのですが、単調で毎日だと少々飽きて来るので、週に何回かは外食にしています。

とは言いましても一人でレストランに行っても面白くないので、比較的行き易い「中国料理」「韓国料理」に出かけるようになりました。事務所から比較的近い場所にメルカード・クワトロがあり、その中に韓国人が密集して住んでいる場所があり、韓国料理店が沢山あるのですが、ただ中に一軒「栄門」という中国料理店があります。看板にはハングルでチュンファ・ヨリすなわち「中華料理」と書いてあり、韓国風中華料理というものです。

入り口は狭いのですが、沢山の人が昼食を食べていました。お客の大半は近所で働く韓国人ようで、入るとご主人は韓国語で話かけて来て、メニューを持って来ます、メニューもやはり韓国語で書かれています。ですが「日本人」と言うとちゃんと日本語のメニューそれも写真入りのを持って来ます。ご主人は中国人だそうで日本語もかなり理解出来るようでした。メニューを見ると30くらい品目が並んでおり、やはりどれも韓国風で、「辛いそば」とか「味噌そば」というのがあり、周りを見回すとこの味噌そばを皆食べているのです。味噌そばというのはスープは無く、黒いベトベトした味噌を麺に絡ませて食べるもので余り美しいものではありませんでした。

メニューの二番目ある「辛いそば」というのを注文したのですが、これは辛いスープにうどんが入っていると言った代物で、麺が入っているどんぶりの他に箸休めの突き出しとしてでしょうか、何故かかなりの量の「沢庵」「たまねぎのぶつ切り」が付いて来ます。これに例の黒いベトベト味噌が横に添えられて来てこれを付けて食べるようで試してみたのですが、ちょっとこれはさすがの作者も馴染めない味でした。(どうも韓国人は生のタマネギが好きなようですね)

韓国式中華料理の店(栄門の下にハングルでチュンファ・ヨリすなわち中華料理と書いてある)



94・汽車(11月 3日)
パラグアイには、汽車、そう蒸気機関車があります。南米でもかなり早い時期に開通した鉄道だそうで、日本よりも早く開業したそうです。蒸気機関車というのは普通は石炭で走るものなのですが、パラグアイのは薪を炊いて走ります。他の国では博物館でしか見ることが出来ないような旧式の機関車がものすごく時代物の客車を曳いて走るのです。ですからアスンシオンの駅に行きますと燃料の「薪」が山積みになっています。その方面(*SLファン)では有名?な存在なのか世界各地から写真を撮りに来る観光客も居るようです。

以前は、と言ってもまだほんの数年前なのですが、アスンシオンから南部の中心都市エンカルナシオンまで旅客列車が走っていました。360キロ余りを約一日かけて走るのです。数年前には朝日系列「世界の車窓」でも取り上げられました。人が走るよりもゆっくりとした速度で走るのです。

最近はさすがに実用向きでは無いようなので、アスンシオン郊外のイパカライ湖畔までの期間を観光用に走っているだけになりました。それも土曜日だけの運転だとか, 勿論それだけでは大幅な赤字だそうで将来どうするのかいつも議論になっています。作者も鉄道ファンなのですがまだ一度も乗っていません、機会を見つけて一度試したいものですね。

どうも南米の人は鉄道というのは余り得意では無いのかも知れません。緻密で根気良く保線作業をしないと使い物にならなくなる訳ですが、これがどうやら苦手のようです。パラグアイの線路はひどい状態で、これではスピードを出して走るのは難しいように思います。将来はなんとか線路の状態を良くして、快速列車を走らせて欲しいものです。長い時間乗る長距離旅行の場合、やはりバスより鉄道の旅が良いですからね。もしアスンシオン−ブエノスアイレス豪華寝台特急の旅等出来るようになれば観光客には大きな魅力ですね。

薪で走る汽車(アスンシオン駅)



96・年末・年始、もうすぐクリスマス!!(12月11日)

南半球の生活も次第に長くなると、暑くなって本格的な夏になると「年末」、年の瀬という気分になって来ます。日本に居た時は、木枯らしが吹き冬の寒さが本格的になると年末だと感じたものですが・・・。11月は雨が多かったのですが今年も12月に入ると急に暑い日が多くなり最高気温が35度にもなるうだるような猛暑の日が続くようになり、そうなると「今年ももうすぐ終わりだ」という気持ちになって来ます。

パラグアイはカトリックの国ですから宗教に根差したクリスマスが行われます。多くの方がクリスマスの日には教会に行くようです。街にはクリスマス・グッズが溢れており、クリスマス一色となります、クリスマス・ツリーとかサンタ・クロースが繁華街を飾ります。元々北半球の風習ですから、クリスマス・ツリーには雪がかかり、サンタ・クロースはやはりあの厚い赤い服を着ているのです。よくサンタクロースに扮装している人がいますが、あれは暑そうですね、見ているだけで暑くなって来る、でも水着姿のサンタクロースというのでは雰囲気が出ないですものね、困った問題です。

日本では恋人と過ごすことが多いクリスマス・イブの日はパラグアイでは家族でお祝いをする事が多いようです。12時近くになると街中に花火が上がり盛り上がって来ます。12時には雰囲気は最高潮に達し、皆シャンパンでお祝いをします。深夜まで街は大騒ぎとなります。

開けて25日、一転して「クリスマス」の日は非常に静かになるのです。本当に祈りを捧げる大切な日という感じです。一年で一番静かな日だと思います。



97・動物園(12月 9日)


アスンシオンにも「動物園」があります。アスンシオンの動物園は市内の外れに在る公園の中に在ります。動物園への入場料金というのは特別にはありませんが、公園へ入る際に入場料金を払います。自動車で行く時には自動車一台幾らで支払うのです。大きな公園の中ほどにアスンシオンの動物園はありますが、どうも余り手入れが行き届いてる様子は無く、見ていると、ちょっとどの動物もかわいそうな感じがします。動物の種類もそれ程多くなく、その中でも哺乳類よりも鳥類が多く、哺乳類の中では猿の仲間が多く飼育されています。予算が少ないのか、飼育係りも少ないように見えますし、えさも古いのが腐っているような場合も多いように見えます。

人気があるのはやはり「象」「ライオン」「ゴリラ」等の大型動物、この他では、鹿とかダチョウ、アルパカ等も子供たちの人気者です。でも何とかもう少し予算を付けて奇麗に手入れをすればもっと良くなるのにと思ってしまいます。動物園は楽しみに行くだけでなく、子供たちへの教育の場でもあるように思います、動物達が大切に飼育されている姿を見て欲しいと願っています。

日本でよくあるような子供と動物の触れ合いコーナー等を創って動物と実際に触れ合う体験を積めるようにしても面白いのでしょうが、牛馬ならその辺にも幾らでも居るので、そういうことは必要は無いようです。

動物園の人気者の象



98・若水祝(12月 9日)

国際交流基金が中心となり、小椋 佳 の作品の創作ミュージカル「若水祝」の世界初公演がここアスンシオンで行われました。

初日の12月 5日、世界初公演なのか、スタッフの方にもかなりの緊張感が漲っていました。第一部は創作・ミュージカル「若水祝」。舞台中央に日本の昔の家屋を模した家を置き、出演者は3人、おじいさん役の伊藤さんを除く二人はコロンビア人とチリ人というユニークさ、おじいさん役の伊藤さんは日本語で語り、日本語で歌う、歌うのも日本の民謡調、これに対しておばあさん役のグロリアさんはオペラ歌手で、オペラ調、スペイン語で歌うのですが、でもこれが構成を非常に考えてあるのでしょう、調和している不思議な雰囲気が出ているすばらしい舞台でした。ストーリーは非常にシンプルなもので、おじいさいんとおばさんが若返りたいと願い、元旦に甘い泉の水を飲み若返るというものです。とにかく音響、照明が良かったですね、とても楽しいものに仕上がっていました。

第二部は伊藤さんの民謡(TAKIO ワールド)なのですが、これが迫力満点で驚きました。今までプロの歌手の民謡を聞いた事が無かったのですが、彼は全身で歌うのです。バイオリン、ピアノを加えて現地の方にも非常に理解し易いものに仕上がっていました。

それにしても残念なのはお客さんの入りですね。非常に少なく来られて演じていただいた方、スタッフの方には非常に申し訳無い気がしました。日系人を含めてアスンシオン市民にはなかなかどのようなものが演じられるのかイメージを掴みにくかった事が原因だったように思います。また年末にかかり皆さん忘年会を始め各種の行事に参加されているので、来たくても来れなかった方が多かったように思います。

9日・ABC紙には芸能欄の一面を使いかなり詳細に説明が為され、今までに無いミュージカルであり、証明がすばらしいと言う内容が写真入りで紹介されていました。

新聞ABCで紹介された「若水祝」*熱演の伊藤さん


99・納豆と豆腐(98年12月21日)パラグアイに来てから日本食品として、最近よく食べるのが納豆と豆腐です。移住した当初は日本では余り食べる事が出来なかったので、肉に惹かれて肉中心の生活をしていましたが、次第にコレステロールとか成人病が心配になり、またパラグアイは内陸国なので、新鮮な魚類も乏しいこともあり、たんぱく質を豆類から摂る事を考えるようになりました。しかしながら生の豆を調理するのは面倒くさい、と考えると頼りになるのは納豆と豆腐ですね。納豆ならば醤油を少々加えて混ぜるだけで食べることが出来、豆腐なども味噌汁に入れれば美味しく簡単に食べる事が出来ますから。

納豆の原料は勿論大豆で、パラグアイは世界的な大豆の生産国、幾らでもあるのですが、あのような納豆をパラグアイの人が食べるはずもなく。日本人しか食べないので需要の関係なのか個人的に作っている方は居るとは聞いていても商業ベースには乗らないようで、最近まで国産品を手に入れることはなかなか出来ませんでした。従いまして、日本食品店で売っているのも全てブラジル製品だったのです。ブラジルからの輸入品はコストが高い上に製造日からかなり経過しているものが多く困っていました。最近になり、ようやく日本食料品店で国産品が売られるようになりました。移住地で作られている方が居るようで、それを市販しているのです。先日買いに行きますと3種類あり、容器大きさ、使っている大豆の大きさもバラエティーに富んでいるのですが、食べてみるとどれも美味しくいただくことが出来ました。これでもう輸入品に頼らなくても済みます。

豆腐の方は他のアジア系(中国人・韓国人)も食べますので作っている方も日本人だけでなく、中国人の方も居るようです。中国人の作っている豆腐は硬く多少コゲの匂いがしますが、中国料理のように炒めて使うには良いようです。日本人の作っている豆腐は日本で売られている豆腐と同じものです、冷奴でも、また鍋に入れてもまた味噌汁の具としても美味しくいただく事が出来ます。まだまだパラグアイ人には馴染みが薄いのですが「ケソ・デ・ソーハ」要するに大豆のチーズの名称で徐々に浸透し始めているようです。やはり高血圧対策の健康食品として考えられているようです。



100・とうとう100項目だ(12月11日)このシリーズを始めた時には余り長く続くとは思っていなかったのですが、目標の100項目に到達しました。なるべく多くの話題を集めて、パラグアイの色々な側面を紹介して来たつもりです。それにしても沢山の事を取り上げたものだ。

最初の30項目くらいまではそれ程題材に苦しむ事は無かったが、50を過ぎた頃から扱う話題不足に苦しむようになって来た、出来れば100までは続けたい、それだけで続けて来たような気がします。

一番取り上げて来たのが「レストラン・ガイド」かも知れませんね。イタリア料理、ドイツ料理、韓国料理、中国料理、等アスンシオンの食のバリエーションを説明出来たと思います。本国から来た移住者が作る本物志向の料理、とても美味しいのです。アスンシオンに来たら食べ歩きをお薦めします。

後は生活に関するもの、アスンシオンの紹介等になっていますね、もう少し生活に密着したものを多く取り上げれば良かったかも知れません。

また内容は書いた当時のもので、その後お店が消滅したり、事情が変化してしまった事もあります。ご了承下さい。




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