少年野球・アスンシオン大会・2012・小学生大会・開会式・歓迎会(ビジャ・エリサ・日本人会グラウンド)(2012年01月07日





少年野球・アスンシオン大会・2012・小学生大会・開会式・歓迎会(ビジャ・エリサ・日本人会グラウンド)(2012年01月07日)




日系社会全体で盛り上がるスポーツイベントの中で一番来場者が多く盛り上げるのが少年野球です。ここでは2012年1月に開催されたアスンシオンで行われた大会の様子を取り上げます。なお試合は軟球で行われます。

少年野球・アスンシオン大会・2012・少年大会・閉会式(2012年01月08日)



毎年1月と7月の2回、パラグアイの日系社会持ち回りで少年野球大会が開催されています。今年は1月の大会がアスンシオンで開催されました。カテゴリーが2つあり、「小学生」が満13歳まで、「少年」が満16歳までとなり、暦年で計算します。今年の大会は少年が1995年1月1日〜1997年12月31日まで生まれた子供でそれ以上は上のカテゴリーとなる 「青年」となり、1998年以降に生まれた人は小学生となります。人数が足りない等の理由で小学生カテゴリーの子を少年に入れる事は自由です。

開会式はビジャエリサにあるアスンシオン日本人会グラウンドで午前9時からパウロ・リチャードスポーツ大臣が列席される中開催されました。パラグアイ最大新聞「ABCコロール」においてパラグアイ野球連盟の大会として紹介されました。要するに日系の大会というだけでは無く全パラグアイの野球大会という位置付けです。





(記事:全国紙・ABCコロール紙)




(記事:全国紙・ウルティマオーラ紙)



01・朝の準備(2012年01月07日)
地方から来るチームは前日の夜に出発し夜中走り続けてやって着ます。到着すると直ぐに開会式、そして試合とハードな一日ですね。各チームで何語で話をしているのか傍で聞いてみますとアスンシオン、エンカルナシオン都市二チームはスペイン語、移住地のピラポ、ラパス、イグアスは主に日本語、そしてアマンバイはポルトガル語でした。ペドロファンカバジェロではスペイン語よりもむしろポルトガル語が日常語として使用されているのです。また非日系の中国系、現地の普通の方も増えて来ています。



(写真:会場の様子-01)



(写真:会場の様子-02)



(写真:会場の様子-03)



(写真:会場の様子-04)

フェンスがありませんので、ネットを張っています。外野奥に行きますとクッションボールはありません。



(写真:外野の様子-01)

第一、第二球場の境は一部共有しています。グラウンドが狭いので第二球場のライトは少々狭くなっています。



(写真:外野の様子-02:左が第一、右が第二)



(写真:バスで到着したエンカルナシオンチーム)



(写真:ラパスチーム-01)



(写真:ラパスチーム-02)



(写真:ピラポ東チーム)



(写真:アマンバイチーム)



(写真:アスンシオン少年チーム)



(写真:開会式まで座って待つ人たち)

スケジュール、組合せ、ルールの確認などを行う代表者会議が開催されました。



(写真:代表者会議)



(写真:開会式の準備・本部席付近-01)



(写真:開会式の準備・本部席付近-02)



(写真:マイクの調整)



(写真:受付)



(写真:売店の準備-01)



(写真:売店の準備-02)



(写真:売店の準備-03)



(写真:くつろぐ人達)



(写真:プラカードガール・アスンシオン日系女子-01)



(写真:プラカードガール・アスンシオン日系女子-02)



(写真:プラカードガール・アスンシオン日系女子-03)



(写真:プラカードガール・アスンシオン日系女子-04)



(写真:グラウンドに散水)



02・開会式(2012年01月07日)
開会式は午前9時からの開始となりました。各地から多くの人が集まり華やかな雰囲気での開催となりました。



(写真:前年・1月の大会で優勝したアスンシオン少年チーム-01)



(写真:前年・1月の大会で優勝したアスンシオン少年チーム-02)



(写真:アスンシオン小学生チーム)



(写真:アスンシオンチーム全員)

大臣はアマンバイの出身なのだそうで、アマンバイチームの選手と一緒に写真に収まりました。



(写真:アマンバイチーム・大臣も一緒に)



(写真:ピラポ東チーム)



(写真:ピラポ西チーム)



(写真:イグアスチーム)



(写真:ラパスチーム)



(写真:エンカルナシオンチーム)



(写真:優勝旗を持って先頭で入場するアスンシオンチーム-01)



(写真:優勝旗を持って先頭で入場するアスンシオンチーム-02)



(写真:優勝旗を持って先頭で入場するアスンシオンチーム-03)



(写真:優勝旗を持って先頭で入場するアスンシオンチーム-04)



(写真:各チームの入場)



(写真:選手整列)



(写真:本部席前)



(写真:来賓挨拶・パウロ・リチャードスポーツ大臣)

昨年夏の優勝杯を返還します。



(写真:優勝杯返還)

国旗はアスンシオン少年チームのメンバーが上げます。



(写真:パラグアイ・日本両国国旗掲揚-01)



(写真:パラグアイ・日本両国国旗掲揚-02)



(写真:パラグアイ・日本両国国旗掲揚の際には敬意を払い直立脱帽)



(写真:選手宣誓・アスンシオン少年チーム・小学生チーム)



(写真:優勝トロフィーなど)



(写真:優勝旗:少年と小学生)

優勝旗を見てみますと贈・岡林洋一とあります。岡林さんはヤクルトで1991年〜1994年の間は毎年10勝以上を挙げ、チームのエースとして活躍されました。生まれはイグアス移住地で当地の少年野球で活躍され、14歳の時に高知県に引っ越しをされ、高知商業、専修大学を経てヤクルトに入団されました。1992年は15勝を挙げ西武との日本シリーズでも大活躍、その粘りは「パラグアイ育ち」にあるとされ、テレビの中継では「パラグアイの岡林」とのコメントを受けていました。時にはスペイン語で寝言を言っていたという逸話もあり、同世代には「パラやん」と呼ばれていたそうです。現在はヤクルトのスカウトとして活躍されています。ここに参加している少年たちの大先輩で、この中から第二の岡林が出て来るかも知れませんね。



(写真:優勝旗は元ヤクルトのエース・岡林さんからの贈呈)




03・小学生大会(2012年01月07日)




(写真:アスンシオン・小学生チーム練習-01)



(写真:アスンシオン・小学生チーム練習-02)



(写真:アスンシオン・小学生チーム練習-03)



(写真:グラウンドの様子)

小学生大会ではアマンバイを除く6チームが参加、3チームづつに分かれてリーグ戦を行い、一番成績の良かったチームが決勝に進み、勝者を決めます。



(写真:アスンシオン・小学生チームいざ出陣)



(写真:アスンシオン・小学生チーム対ラパス小学生チームの対戦-01)



(写真:アスンシオン・小学生チーム対ラパス小学生チームの対戦-02)



(写真:アスンシオン・小学生チームの攻撃-01)



(写真:アスンシオン・小学生チームの攻撃-02)



(写真:アスンシオン・小学生チームの攻撃-03)



(写真:アスンシオン・小学生チームの攻撃-04)



(写真:アスンシオン・小学生チームの攻撃-05)



(写真:アスンシオン・小学生チームの守り-01)



(写真:アスンシオン・小学生チームの守り-02)



(写真:アスンシオン・小学生チームの守り-03)



(写真:アスンシオン・小学生チームの守り-04)



(写真:アスンシオン・小学生チームの守り-05)



(写真:アスンシオン・小学生チームの守り-06)



(写真:アスンシオン・小学生チームの守り-07)

チームの大黒柱は4番でピッチャー、キャプテンの内山田君です。



(写真:アスンシオン・小学生チーム・エースの内山田君)



(写真:アスンシオン・小学生チーム・ベンチの様子-01)



(写真:アスンシオン・小学生チーム・ベンチの様子-02)



(写真:イグアス・小学生チーム・ベンチの様子)



(写真:アスンシオン・小学生チーム・応援団-01)



(写真:アスンシオン・小学生チーム・応援団-02)



(写真:一塁側-01)



(写真:一塁側-02)



(写真:三塁側)



(写真:本部席)



(写真:本部席では場内アナウンスも)



(写真:映像記録)

小学生の試合は5回で、アスンシオンチームは緒戦の相手はイグアスチーム、途中まで勝っていましたが逆転され、4-3で負けてしまいました。



(写真:スコアボード)

アスンシオン少年チームはマネージャーを含めて全員で11名、非常に仲が良く何時も笑顔で楽しそうに居ます。外野のスコアボードの横で揃って観戦していました。



(写真:アスンシオン少年チームは外野で全員が揃って観戦)



(写真:試合終了の挨拶)



(写真:一塁側ベンチ)

第二グラウンドの様子を紹介します。普段はアスンシオンチームではサブグラウンドとして主に小学生チームが練習に使用しています。



(写真:第二・グラウンド-01)



(写真:第二・グラウンド-02)



(写真:第二・グラウンド-03)



(写真:第二・グラウンド-04)



(写真:第二・グラウンド-05)



(写真:第二・グラウンド-06)



(写真:第二・グラウンド-07)



(写真:ベンチの様子)



(写真:出番を待つ選手達)



(写真:第二・グラウンド・三塁側応援団-01)



(写真:第二・グラウンド・三塁側応援団-02)

一塁側は崖になっており、上と下に分かれて応援です。



(写真:第二・グラウンド・一塁側応援団-01)



(写真:第二・グラウンド・一塁側応援団-02)



(写真:第二・グラウンド・一塁側応援団-03)



(写真:第二グラウンド本部席-01)



(写真:第二グラウンド本部席-02)



(写真:外野の奥では次のチームが練習-01)



(写真:外野の奥では次のチームが練習-02)

水を撒こうとホースを持ちますと熱湯が出て来ます。



(写真:決勝戦の前の水撒き)

決勝戦はエンカルナシオンチーム対ラパスチームの対戦となりました。優勝はエンカルナシオンチームの勝利となりました。



(写真:決勝戦)



(写真:優勝を決め、応援席に挨拶をするエンカルナシオンチーム)



(写真:決勝戦スタンドの様子)



(写真:売店-01)



(写真:売店-02)



(写真:売店-03)



(写真:売店-04)



(写真:売店-05)



(写真:飲料は森谷さん達-01)



(写真:飲料は森谷さん達-02)



(写真:ハンバガーのハンバークを焼く-01)



(写真:ハンバガーのハンバークを焼く-02)



(写真:売上金のチェック)



(写真:昼食-01)



(写真:昼食-02)



04・歓迎会(2012年01月07日)
大会は2日間の日程で行われ、初日の夕食は歓迎会となります。各地から集まった選手、父兄、関係者が一堂に会する大食事会です。初日ビジャ・エリサの日本人会グラウンドを使用したのはここで歓迎会を行う為でもあります。ただ翌日の少年の試合は朝7:30からで、試合が行われている時には既に準備にかからなければなりません。アスンシオンチームの選手の父母だけで準備を行うので本当に大変です。

お父さん達はアサードを準備します。通常のアサードを焼く場所だけでは到底足りないのでアサードを焼く器具を幾つも並べての作業です。この日は最高気温が40度近くにまで上昇、その中でのアサードを作りは大変です。



(写真:アサード-01)



(写真:アサード-02)



(写真:アサード-03)



(写真:アサード-04)



(写真:ソーゼージ-01)



(写真:ソーゼージ-02)



(写真:フルーツポンチ作り:大量のマンゴーを用意-01)



(写真:フルーツポンチ作り:大量のマンゴーを用意-02)



(写真:サラダなどの準備-01)



(写真:サラダなどの準備-02)



(写真:サラダなどの準備-03)



(写真:サラダなどの準備-04)



(写真:サラダなどの準備-05)



(写真:疲れた)



(写真:会場作り-01)



(写真:会場作り-02)



(写真:会場作り-03)



(写真:会場作り-04)



(写真:会場作り-05)



(写真:会場作り-06)



(写真:ケーキの蝿を追います)



(写真:サラダ等)



(写真:準備を待つ人達-01)



(写真:準備を待つ人達-02)



(写真:準備を待つ人達-03)



(写真:マイク-01)



(写真:マイク-02)



(写真:会場の様子-01)



(写真:会場の様子-02)



(写真:会場の様子-03)



(写真:会場の様子-04)



(写真:会場の様子-05)



(写真:会場の様子-06)



(写真:会場の様子-07)



(写真:会場の様子-08:アスンシオン・少年チーム)



(写真:乾杯!)



(写真:食事-01)



(写真:食事-02)

日曜日は会場を移すので完全に綺麗に片付ける必要があります。夜の九時頃まで父母は淡々と作業をしていました。



(写真:後片付け-01)



(写真:後片付け-02)



(写真:後片付け-03)



(写真:後片付け-04)



(写真:後片付け-05)


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