パラグアイ・少年野球・アスンシオンチーム




少年野球・アスンシオンチーム-01(2006〜2009)



日本人と言いますと当地でも「野球」好きで知られています。アスンシオンの日系人も子弟の少年達に野球を教えています。



少年野球(2006年 6月26日)
移住当初から日本人・日系人に人気のあるスポーツとして親しまれて来たのが野球です。以前は男の子は全員野球をするのが当たり前であったそうですが、子供の数が減りかつサッカー等他のスポーツに人気が移りアスンシオンでは数年前には少年野球は参加する少年の数がめっきりと減り危機的な状況にあったそうです。その昔、ヤクルト・スワローズのエースとして活躍した岡林投手を擁した時代はパラグアイのチームはかなり強かったそうですがその時代の野球熱を取り戻そうと数年前から少年野球復活に取り組み、参加する子供も増えて来て現在では15歳以下の少年チームに加え、12歳以下の小学生チームが全国大会に参加出来るまで回復したそうです。

この日は小学生大会に出場する選手の練習をしていました。とにかく大変なのは野球を知らない、見た事も無いという子供達に野球の基礎を教える事です。初心者はボールを投げた事が無いので、ボールの握り方、投げ方から指導しなければならないのです。ボールは軟式を使用しています。軟式野球というのは日本発祥のもので、ボールも全て日本から持ち込んでいるのだそうです。硬式ですと硬く怪我も多いのですが、軟式はゴムで出来ているボールなので柔らかく当たっても余り痛くないので子供向きと言えます。



(写真:準備を行なうお父さん達)

最初はキャッチボールから始まりました。監督はパブロ高橋さんです。見ていて面白いのは全て日本語でやり取りをしている事です。監督も選手も全員パラグアイ生まれですので勿論スペイン語も出来ます。同じメンバーでサッカーをしている時にはスペイン語なのですが、野球は日本の伝統という訳でしょう。理由を尋ねますと「そうですか、日本語だけでやり取りしていましたか」とのこと、二世の皆さんは完全なバイリンガルなので、どちらの言葉でやり取りしているのか余り気にしていないようでした。理由は最近まで日本から来ていた方に指導をお願いしていたので、共通語が日本語となり、それが現在も続いているのだそうです。



(写真:キャッチボール)



(写真:初心者にはボールの握り方から説明)

初心者は別メニューでゆるいゴロを取る練習をしていました。



(写真:初心者向けのゴロ練習)

バッティング練習は一番楽しい練習です。とにかく球が当たれば大喜びです。



(写真:バッティング練習-01)



(写真:バッティング練習-02)

レギュラー組は本式の試合形式の練習です。お父さんが手加減して投げますがなかなか外野までは飛びません。



(写真:試合形式の練習-01)



(写真:試合形式の練習-02)

外野には初心者の少年が居ますがボールがほとんど来ないので退屈そうです。



(写真:練習風景)

この日練習を行なったのはアスンシオン郊外カピアタ市にある天理教の施設の中にある球場です。フェンスがあり、排水設備も整えたものです。硬式には少々狭いかも知れませんが軟式であれば大人でも十分な広さです。球場の横には天理教の施設があります。

普段は成人チーム「友愛」がここで練習をしています。整備などもこのチームのメンバーが行なっているそうです。



(写真:友愛チーム)



(写真:天理教の施設)



少年野球(2006年 9月17日)
アスンシオンでの小学生大会が終了し、平常通りアスンシオン日本人会・ビジャ・エリサ運動場での練習となりました。ある程度野球を覚えた上級生とは別に10歳くらいの少年は横で別メニューの練習です。関勇一郎コーチが基本的な練習を教えていました。



(写真:指導する関勇一郎コーチ)



(写真:初心者には打ちやすいボールを)

連携プレーもどことなくぎこちなく・・



(写真:内野の練習)



(写真:練習風景-01)



(写真:練習風景-02)



練習と父母会(2006年10月08日)
父母会と昼食会が一緒に行なわれました。最初に整列、礼儀を教えています。



(写真:整列-01)



(写真:整列-02)

個別に指導しますがなかなか理解してもらえません。



(写真:個別指導)

試合形式の練習も入れます。



(写真:全体練習)



(写真:父母会)



(写真:小学生)



(写真:中学生)



小澤先生送別会(2006年 9月17日)
ピラポを中心に少年野球の指導をされていた小澤シニアボランティアが任期を終えて帰国することとなり、アスンシオンでも通常の練習の後に送別会が開催されました。




(写真:練習)



(写真:練習後のミーティング・高橋監督、石田コーチ)



(写真:お母さんの一品持ち寄り)

父兄会長、新任の鈴木敦氏が挨拶を行なった。



(写真:挨拶を行なう鈴木敦会長)



(写真:挨拶を行なう小澤先生)



(写真:食事だ!-01)



(写真:食事だ!-02)

人・かお・トーク:パラグアイで野球の指導を行った、小澤輝芳さん /山梨
10月3日13時1分配信


オリンピック目指しナショナルチーム結成を−−小澤輝芳さん(65) 毎日新聞2007年10月3日
 ◇海外で野球を指導した経緯は
 ◆高校の教員として野球部を指導する中で、野球の原点は子どもたちという強い思いを持っていました。いつかは小さな子どもたちに野球を教えたいと考えていたところ、04年に国際協力機構(JICA)が野球指導者を募集していると聞きました。翌年4月、パラグアイに単身で赴き、日系移民が多く住むアルゼンチン国境近くの町ピラポで、小中学生や30歳までの青年に野球の指導を始めました。
 ◇現地の野球と日本の野球の違いは
 ◆高校野球の元監督が来るということで、ずいぶんと警戒されていたようです。驚いたのは指導者のマナーの問題ですね。グラウンドで平気な顔をしてたばこを吸うので注意したところ、「こんなこと言われて監督なんてできるか」と怒り出しました。でも、私がノックをすると一気に彼らの見る目が変わりましたよ。彼らにとっては狙ったところにノックのボールが飛ぶということが驚きだったのです。まして、キャッチャーフライなんて、打てませんからね。
 ◇野球を通じて子どもたちに変化は
 ◆渡航直前まで北杜市の甲陵高校で監督をしていました。その時の教え子たちが05年12月に現地まで来てくれて、野球用具や本をたくさん寄付してくれました。牛乳パックや空き缶をリサイクルして集めたお金で買ったということを聞いた現地の子どもたちは感動したらしく、その後は四球で出塁する際もバットを投げるようなことはしなくなりました。自然に「道具を大切に」という私の指導の意味が分かったようでした。
 ◇指導者としてもっとも印象に残っていることは
 ◆今年1月にパラグアイの少年野球ナショナルチームを率いて南米選手権に参加しました。優勝したペルーに敗れ、惜しくもリーグ戦で敗退したのですが、もっともマナーの良いチームに与えられる「エキポ・デ・コレクト」と呼ばれる賞に選ばれました。優勝チームとも変わらぬ大きさのトロフィーに、子どもたちは大声を上げて喜んでいました。
 ◇今後の目標は
 ◆現地では1年以上の時間をかけてスペイン語の野球教則本を作りました。地元の子どもたちの写真を使い何度も校正を重ねた力作で、現地の選手や指導者に配りました。今後もパラグアイの野球のレベルを上げる努力を続けたいですね。現地には高校野球がないため、16〜20歳の子どもたちが参加できる野球大会をつくろうと今も尽力しています。また機会を見つけて現地に飛び、オリンピックに出場するような強いナショナルチームがつくれるよう、子どもたちや少年野球連盟の指導をしたいですね。【中西啓介】
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 ■人物略歴
 ◇おざわ・てるよし
 韮崎市出身。1964年に山梨大卒業後、県内の放送局に就職するが、野球指導者になる夢をかなえるため高校の教員に転身。日本史を担当しながら野球部を指導し、白根高監督時代には部員不足に悩みながらも87、88年と2年連続で秋の県大会ベスト4入りを果たした。現在はケーブルテレビで高校野球の解説者を務める。



谷元先生歓迎会(2007年 4月01日)
以前アスンシオンで少年野球の指導者としてシニアボランティアで当地に滞在されていました谷元さんが今回は個人として少年野球の指導に来られました。谷元さんは大阪府の出身で府立の名門寝屋川高校で甲子園を目指していたのですが、高校三年生の時に高飛びで右肩を打撲し、選手としての野球の道は断念されその後は大学ではスペイン語を専攻、日本電気入社後はコロンビアなど中南米勤務を経て当地では好きな野球の指導者としてシニアボランティアとして活躍されていました。当地の日本電気代表の鈴木敦さんは現在少年野球父母会会長で、谷元さんとは親しくされており、今回当地からの強い要請に応えてパラグアイ滞在が実現したとの事です。



(写真:熱血指導の谷元さん-01)



(写真:熱血指導の谷元さん-02)



(写真:熱血指導の谷元さん-03)



(写真:谷元さん歓迎会)



練習用のユニフォーム(2007年 4月22日)
練習の時にはバラバラのシャツで練習をしていましたが、今回「練習用ユニフォーム」としてお揃いのシャツを使用する事になりました。濃紺のシャツで後ろには白で「アスンシオン」と入っています。



(写真:揃いの練習用シャツ-01)



(写真:揃いの練習用シャツ-02)



(写真:今日も熱血指導の谷元先生)



アスンシオン少年野球創設30周年祝賀パーティー(2007年 8月 5日)
アスンシオンで少年野球のチームが出来て今年で30周年、これを祝賀したアサードパーティーが開催されました。



(写真:グラウンドでは記念試合-01)



(写真:グラウンドでは記念試合-02)



(写真:カップ)



(写真:受付:長野さん、井沢さん)



(写真:大量の肉を捌く)



(写真:アサード-01)



(写真:アサード-02)



(写真:アサード-03)



(写真:お母さんはサラダなどの準備-01)



(写真:お母さんはサラダなどの準備-02)

挨拶は鈴木敦会長、日本語でのスピーチです。



(写真:挨拶を行なう鈴木敦会長)



(写真:挨拶を行なう前原弘道アスンシオン日本人会会長)

乾杯は初代監督であった淡谷さんが行ないました。



(写真:乾杯は淡谷初代監督)

そして歴代の監督には感謝状が渡されました。



(写真:歴代の監督に感謝状:武藤崇さん)

そして楽しい昼食会です。



(写真:昼食会の様子-01)



(写真:昼食会の様子-02)



谷元先生が戻って来ました。(2007年10月17日)
奥様の看病で一時日本に戻っていた谷元先生がまたアスンシオンに戻って来ました。変わらぬ熱血指導です。



(写真:谷元先生が戻って来ました)



(写真:全員整列)

最初はランニングです。



(写真:ランニング)

今日は父母達がお昼ご飯を用意しました。皆が大好きなカレーですが、子供用なので全く辛くありません。



(写真:昼食のカレー)



(写真:皆でお食事)

その後お父さんチームと練習試合を試合をしました。



(写真:練習試合の様子-01)



(写真:練習試合の様子-02)



谷元先生歓迎会(2007年10月21日)
一時個人的な事情で日本に戻っていました谷元さんが再度アスンシオンの少年野球を指導する為に戻って来ました。全くボランティアでの指導、非常にありがたい事です。



(写真:挨拶を行なう鈴木敦会長)



(写真:挨拶をする谷元さん)



(写真:アサードを準備する小笠原司さん)

お父さんが準備するアサードと一品持ち寄りでそれぞれがご馳走を持って来ました。



(写真:お母さん達)



(写真:皆で食事)



カピアタでの練習(2009年10月18日)
カピアタでの練習を見に行きました。天理教グラウンドは整備も良く外野フェンスもあり、本格的です。



(写真:ノック)



(写真:紅白試合)



(写真:走塁練習)



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