パラグアイ国日本人移住70周年記念祭典-04「物産展示・写真展」(2006年 9月 8日)






パラグアイ国日本人移住70周年記念祭典-04
「物産展示・写真展」(2006年 9月 8日)



何をどのような形で祭典を行なうのか、4年前に小委員会を立ち上げた時に議論となりました。最初に出て実施されたのが「写真展」です。70年間の日系社会の歩みを写真で見つめ直そうというアイデアです。ただ写真の多くは個人のもので、集めるのも整理するのも大変であったと思います。物産展は途中から出たアイデアで、エキスポに出展しようというアイデアまで出ましたが今回の形に落ち着いたようです。各地の特産品が一目で分かり良かったと思います。

このページでは祭典と同時に開催された「写真展」「物産展」そして舞台裏の様子を少々紹介します。



11・写真展
写真展も同時に開催されました。各地のこの70年の発展の様子を見る事が出来ます。古い写真を集めて整理し、これだけの数を並べると壮観です。ここでは写真の内容を紹介するのではなく、写真展の様子をご覧いただきたいと思います。



(写真:写真展-01)



(写真:写真展-02)



(写真:写真展-03)



(写真:写真展-04)



(写真:写真展-05)



(写真:写真展-06)



(写真:写真展-07)

セントロ日系の中で一ヶ所欠けている場所がありましたが、やはり写真が落ちていたようです。



(写真:写真展-08)



(写真:写真展-09)



(写真:写真展-10)



(写真:写真展-11)

多くの方が関心を持って眺めていました。ご自身や友人の若い時の写真を見つけて喜ばれている方もいました。イグアス移住地の学校の写真ではルシア塩満さんの少女時代、体操をしている写真がありました。



11・物産展示会



(写真:日系農産物展示会)

物産展示会が写真展の横で開かれていました。各地の農作物等の他、祭典委員会では色々なお土産・記念グッズを用意していました。

可愛い人形の飾り、茶器セット、Tシャツが売られていました。Tシャツは桜をアレンジしたデザインでなかなかの出来栄えです。紺、黒、灰、赤の4色がありました。シャツ、茶器などがセットで6万グアラニというのがありました。売れ行きは好調のようでした。



(写真:祭典委員会の販売所-01)



(写真:祭典委員会の販売所-02)



(写真:飾りの人形)



(写真:茶器セット)



(写真:記念Tシャツ)



(写真:記念切手)



(写真:各種果物)



(写真:野菜・果物・果実酒)



(写真:物産展-01)



(写真:物産展-02)



(写真:物産展-03)



(写真:白沢商工の展示)



(写真:前原農商の展示)

イタグア市はニャンデゥティの本場で、多くはこの町で生産されています。



(写真:民芸品-01:地元イタグアのニャンデゥティ)



(写真:民芸品-02)



(写真:民芸品-03)



(写真:アマンバイ農協)

イグアス農協は大豆の他、マカダミアンナッツ、紅花などを出展していました。豆やナッツ類が多くあり、色々なものが生産されている事が分かりました。



(写真:イグアス農協)



(写真:ピラポ農協)



(写真:ラパス農協)



(写真:JICA)



(写真:入口付近)



12・舞台裏
舞台裏の様子を眺めて行きましょう。

まずはアトラクションの出番を待つ人達です。自分達の出番まで皆さん思い思いに過ごしているように見えます。会場の外にテントを張り、アトラクションの控えに利用していました。バスに乗り遠方から来てそして舞台に出る、お疲れの様子の方も居ました。

大きなトラックに道具一式を積んで深夜走り続けて来たのでしょう。トラックの最後尾にある「日の丸」が印象的でした。「気合」を感じます。



(写真:アトラクション舞台裏-01)



(写真:アトラクション舞台裏-02)



(写真:アトラクション舞台裏-03)



(写真:アトラクション舞台裏-04)



(写真:アトラクション舞台裏-05)



(写真:アトラクション舞台裏-06)



(写真:アトラクション舞台裏-07)

何時も会員が集まりアサードを食べている場所ではこの日の祭典を支えている現地の皆さん等がアサードを食べていました。作業をしていた人、音楽隊員、職人、料理の手伝い、運転手さんなどかなりの人数の方が美味しいアサードを食べ、皆さん大満足の様子でした。



(写真:もう一つの昼食パーティー-01)



(写真:もう一つの昼食パーティー-02)



(写真:もう一つの昼食パーティー-03)



13・終わりに

一日、5時までの祭典はほぼ予定通り終了しました。小田会長、前原会長、小嶋会長そして中心として実際に動き回り、働いていた堀川さんを始めスタッフ皆さんのご苦労のお陰であると思います。準備は万全であり、式典、祝賀会とも非常に良い祭典となりました。周辺諸国では「移住〜周年」を祝う事に対して見直しの動きもありますが、100年の区切りまでは10年毎に開催して欲しいものです。次は10年後の「80周年」となります。今回、小田会長は「一世最後の式典」と繰り返し述べていました。世代交代が進む中でこれだけ大きな行事を一世が中心となって行なうのは最後という思いがあったのだと思います。次の80周年式典がどのような形になるのか、今から楽しみですね。



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