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高天神城 / KOJYO TANBO

高天神城ひとくちメモ
■所在地:静岡県掛川市下土方 ■城郭様式:山城 ■別名: ■築城主:今川氏
■城主:
今川氏、小笠原氏、武田氏、徳川氏 ■築城年代:不明 ■遺構:曲輪、土塁、井戸、堀切
■歴史
 高天神城の築城年代には諸説があり、特定することは出来ないが、室町時代に今川氏が守護大名から戦国大名に成長する過程で築かれた。今川氏滅亡後には、徳川家康の持ち城となり、小笠原長忠が城主となった。元亀2年、武田信玄が内藤昌豊に命じて攻めたが、城を落とすことが出来なかった。しかし、天正2年、武田勝頼が2万の大軍で攻め、城将小笠原長忠はついに城を開城した。天正3年、長篠の合戦で大敗した武田勝頼は滅亡への道を転げ落ちる。家康は、高天神城攻略の足場として横須賀城を築き、ついに天正9年、高天神城の奪還に成功する。遠江最大の武田氏の拠点高天神城は、徳川家康の手に戻ると、城は廃城となった。
■現在
 さほど人工的に手を加えられることなく、城郭遺構が大変よく残っている。よく整備されているので、足元にそれほど難渋することもない。
東方向から高天神城を望む。中央が本曲輪、一段下りた左側が御前曲輪。遠くから見るとなだらかな山容だが、縄張りそのものはかなり急峻な地形を生かして造られている。
■観光ガイド
★公共交通機関を使うと、バスに乗らなければならないが城跡によくありがちな一日3本などというような不便さはないので、JR掛川駅からバスを利用すればよいだろう。あわせて掛川市中心部にある掛川城も見学できるだろう。
★見所はやはり、周囲を断崖に守られた曲輪群であろう。特に堂の尾曲輪に至る途中の通路は下を見ると少々足が震える。しかし、それぞれの曲輪は極めて安定した平場になっており、それぞれの曲輪に十分な建造物を造成することは可能であったと推察される。
★この城は一城別郭といわれ、中心となる曲輪が2つあり、それらが連結して一つの城郭が形成されている。そのため、城域が随分と広い印象を受ける。また犬戻り猿戻りと呼ばれる搦め手方面にある狭い尾根道があり、両側がかなり急な斜面になっている。
★山城の全体を撮影するポイントを探すのは難しいが、高天神城の場合は、東方向の田園地帯がお薦めかもしれない。特に遮るものもなく、遠くから見るとなだらかな山容が美しい。
掛川観光協会
★交通
・JR東海道本線掛川駅下車。静鉄バス大坂行に乗り、土方にて下車。
・マイカーの場合、東名高速掛川I.Cから県道掛川大東線に入る。高天神城の無料駐車場(約100台)あり。
★詳細地図⇒ (地図上の は高天神城無料駐車場付近の位置を示す)