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今城 / KOJYO TANBO


今城を歩く / IMA JYO WO ARUKU 〜今城をぶらりと歩く全く先の見通しのない気ままな旅物語です〜


 なんとなく嫌な予感はしていたのですが、まさにその予感が的中しました。
 今城を訪れる2〜3日前から断続的に雨が降り続き、ようやく雨のやんだ休日に、久しぶりの城めぐりを楽しもうと思ってはいたのですが、季節は6月下旬。梅雨時の真っ只中です。
 こんな蒸し暑くてジトジトした日に、雑木林の中に突入したら、ひょっとするとマムシに遭遇するのではないか・・・?
 我が家のおじいちゃんも
「今日あたりはマムシが出るのとちゃうやろか?」
と警告してくれていました。
 とはいえ、生理的にヘビやカエルは大嫌いなわりには、山城の隠れた遺構を発見する魅力には勝てず、家内と子供2人を引き連れて今城のある『愛宕山』の麓までやってきました。
今城主郭遠望
今城主郭遠望。比高差20mの小高い丘の北端が城域となっている。
城址碑
主郭北側の城址碑。比較的新しそうな城址碑がひっそりと建っている。この奥が今城への侵入ロとなる。
 今城は岐阜県可児市の南部「今」(いま)という集落にあります。案内板や標識は全くありません。そりゃあそうでしょう。何の変哲もないただの里山ですから。
 老人憩いの家前の狭いスペースに車を止め、狭い路地を山麓へと向かって歩きます。家内と子供たちはクルマの中で待つことになりました。
「15分くらいで戻ってくるから・・・」
 比高差20m程度の里山ですし、縄張り図で見る限り、規模は極めてコンパクトですから、軽くそんなことを言って筆者はクルマをあとにしました。
 少し歩くと、比較的新しそうな城址碑がひっそりと建っていました。この奥が今城への侵入ロのようです。そのままズンズン奥へと入っていくと、位置的には主郭北西側あたりになるわけですが、桝形状の小曲輪が出現しました。城址の雰囲気としてはまずまず良好です。しかし、梅雨時のため、大変ジメジメしています。
 筆者はさらにそこから東側に一段高くなった曲輪へと移動します。すると周囲は竹林と化し、湿度はさらに倍増したような印象を受けます。
主郭北西側の曲小輪
主郭北西側の曲小輪。城址碑奥へ突入すると桝形状の小曲輪が出現する。梅雨時のため、ジメジメしている。
主郭北側の曲輪跡
主郭北側の曲輪跡。ここには数基の五輪塔があり(画面中央やや右)、小池氏の墓といわれている。またこの曲輪が小池氏の屋敷跡ともいわれている。
 曲輪の隅の方には数基の小さな五輪塔がジメジメとした落葉に埋もれるかの如くひっそりと鎮座しています。
 後で知ったことですが、ここが屋敷跡といわれており、五輪塔はかつて城主であった小池氏の墓であるということですが、とにかく、その場の雰囲気は、
「気持ち悪い・・・」
の一言です。
 五輪塔も不気味なんですが、それ以上にマムシが生息していそうな雰囲気が筆者の周囲に色濃く漂っているのです。
 しかも、主郭へ到達するには、段差が2m以上はあろうかと思われる斜面を攀じ登らなければなりません。
――やめた・・・
 筆者はクルマへと引き返すことにしました。
 クルマへと戻った筆者は、戻るなり、
「マムシが出そうだからやめた!」
と家族に伝えました。
「あっ、そうなの?」
――でもなあ・・・もったいない・・・
「せっかく来たんだし・・・30秒考える」
・・・・・
「やっぱり行ってくる!」
 結局、山城めぐりへの魅力は捨て難く、意を決して斜面を攀じ登ることにしました。
――大丈夫だろう・・・
 筆者は五輪塔の屋敷跡から段差2m以上はある斜面を木の根っこにつかまりながら攀じ登っていきます。
 なんとか段差を登りきってみると、意外にも足元はしっかりしています。
 やはり、頂部に近いと多少なりとも乾燥するのが早いようです。そんなに不快ではありません。
土塁上から主郭
を見下ろす
主郭東側の土塁上から主郭を見下ろす。土塁の高さは1m程度はあろうか。比較的明瞭に残っていた。
主郭と東側土塁
主郭(手前側)とそれを取り囲む東側土塁。高さは1m程度はあろうか。しかし、この主郭のほぼ中央にあのおぞましマムシが潜んでいた・・・
 気分をよくした筆者はそのまま小曲輪を南下。堀切を横切り、主郭北側の虎口跡から主郭東側の土塁へと一気に突き進みました。
 土塁も高さは1m以上の高さを有しており、まずまずといったところです。
――よし! 主郭へ下りて、南側にある堀切と土橋の写真撮影をしてから戻るとするか!
 筆者は勢いよく、土塁を駆けおり、主郭へと向かいます。足元は落葉が残り、比較的ふわふわしています。ブッシュもほとんどなく、なかなかいい感じです。
――主郭の広さと土塁の高さを一度にカメラに収められないかなあ?
 主郭内部を前後左右に移動しつつ、筆者はバシャバシャと撮影を試みましたが、なかなかいい撮影ポイントにはめぐり合えません。
――仕方がない! あとは奥にある堀切と土橋だ!
 そう思い、前に進もうとした、その瞬間、筆者の身体は一瞬にして凍りつきました。
――マムシだ!
 あのなんともいえない銭形模様が筆者の足元で「カラカラカラ・・・・」と言葉では表現し難い不気味な音を立てながら、とぐろを巻いているではありませんか・・・いや、巻いていたような気がします。
 距離にして約30p。
「アーッ!」
マムシ
マムシ。銭形模様を全身にまとった気味悪い姿をしている。体長は40cm〜60cm程度。筆者の足元でとぐろを巻いていた・・・ような気がする。
(画像は奈良教育大学自然環境教育センター提供)
 筆者はわき目も振らず、一目散に土塁へと駆け上がり、堀切をジャンプ。蜘蛛の巣が顔面に覆い被さってこようが、そんなものには構わず、小曲輪を駆け抜け、段差2m強の斜面を一気に駆けおりました。
 しかし、そこは曲輪を形成する切岸面です。崩壊しているとはいえ、斜度はそれなりにきつくなっています。勢いあまった筆者は屋敷跡といわれる曲輪跡に着地した瞬間、そのままバランスを崩し右肩から地面に突っ込んで1回転してしまいました。
――やっちまったー!
 泥を払いながら立ち上がった筆者ではありますが、ふと周囲を見渡すと、筆者の後方では小池氏の五輪塔が黙して語らずとでもいおうか、合いも変わらず、ジメジメした落葉に埋もれるかの如く不気味な面持ちでひっそりと鎮座しています。
 それを見た瞬間、足元に転がっている木の枝の下から、また別のマムシが出てくるような気がして、恐怖観念に駆られた筆者は、再び猛スピードで桝形の小曲輪を駆け抜け、城址碑脇からアスファルトの狭い路地を全力疾走しました。

「マムシが出た・・・」
 血相を変えてクルマまで戻った筆者は、その一言を喋るのが精一杯でした。
 シャツを見ると血がついています。少し手を切ったようです。
 筆者のあまりの大慌て振りに家内は笑っているばかりですが、
「でも踏まなくてよかったねえ」
と一言。
――まったくだー!
 クルマに乗ってようやく落ち着きを取り戻した筆者ではありますが、何気なくデジカメに目を見やったら、なんとデジカメのレンズの望遠部分が曲がっているではありませんか!
 結局、デジカメの修理代に1万2千円かかってしまいました。

 今城の歴史は?
 小池氏とは何者か?
 今回はそんなことはどうでもいいです。
 ただ、はっきりしていることは、今城には確実にマムシが生息しているということと、規模は小さいが戦国末期の技巧的な縄張りを認めることができるということです。それにしても、情けない城郭探訪記録でした。