■HOME

岐阜(稲葉山)城 / KOJYO TANBO


岐阜(稲葉山)城を歩く / GIFU JYO WO ARUKU 〜岐阜城をぶらりと歩く全く先の見通しのない気ままな旅物語です〜


隠れた遺構を探る
 岩戸から山頂付近へ
 以前から登ってみたいと考えていた岩戸方面から金華山山頂を目指すことにしました。
 岩戸地区は金華山の南側山麓にあたり、遥か愛知県側から金華山を望んだ場合、ちょうどその山肌を目にすることになります。
 一部では、この岩戸地区に館が存在したのではないかという説も存在し、大変興味深い場所でもあります。
 今回は、あわよくばかつての城郭の痕跡を目にすることができれば・・・などという期待を半分こめながら歩いてみました。
 岩戸地区へは、愛知県側から来ると国道22号線を北上。岐阜県側に入り、自動的に国道156号線へと移行。さらに岩戸トンネルに入る坂道の手前で、脇道にそれるようなかたちでさらに北上して、最後は金華山ドライブウェーを目指すことになります。
岩戸から望む
金華山 慈眼寺
岩戸地区から望む金華山。山頂には岐阜城模擬天守が見える。ここから見る天守はまさに断崖絶壁に建っているという印象を与える。(撮影:2003年9月) 慈眼寺。入り口にある石の門標には「斎藤利永公建立古刹慈眼寺」とあった。地味な門構えが逆に興味をそそる。(撮影:2003年9月)
 もちろん岐阜市民である筆者はそのようなコースはたどらず、直接東方向から岩戸へと進入しますが・・・
 岩戸地区に入ると道幅は恐ろしく狭くなってきます。
 危ないので徐行運転をしていたら興味深い文字が筆者の目に飛び込んできました。
――斎藤利永公建立古刹慈眼寺。
 筆者は思わずクルマを止めて門の前に歩いていきました。
「斎藤利永かー!」
 斎藤利永といえば美濃守護代です。全国区の顔とまではいきませんが、戦国時代において京都政界をも震撼させたといわれる斎藤妙椿の兄にあたります。利永も当時第一級の人物でした。その斎藤利永が建立した寺ということであれば、当然興味も湧いてきます。
 が、今のところ具体的に利永とどのような関係があった寺なのかということについては筆者はまだ把握できていません。
岩戸公園 登山道入り口  慈眼寺を過ぎ、少しクルマを走らせると岩戸公園があります。駐車場にクルマを止め、登山の準備をします。
 岩戸公園はこじんまりとした静かな公園です。ここに居館があったかもしれない・・・
 しかし、公園化された現状ではその有無を探る術は何もありません。公園内を突っ切り、しばらく道路を歩くと右手に岩戸観世音滝があります。
 なかなか神々しい雰囲気があります。
 この滝を過ぎてさらに少し歩くと、登山道入り口が見えてきます。金華山は登山者が多いため、杖も設置してあります。
 犬を連れた女性や中高年の夫婦など次から次へと山から下りて来た人たちとすれ違います。日曜日の午前中ですから、多くの人が集まってきても当然といえば当然なのですが、それにしても人が多いです。
岩戸公園。居館跡があったとすれば、このあたりになろうか・・・?しかし、公園化された現状ではその有無を探る術は何もない。(撮影:2003年9月) 登山道入り口。金華山ドライブェーに沿って歩いたのち、右手に登山道入り口が見えてくる。登山者が多いため、杖も設置してあった。(撮影:2003年9月)
 金華山の登山道を歩いていると気づくことなのですが、どこを歩いていても常に人の気配を感じます。
 そういえば、嘘か本当かわかりませんが、金華山の入山に制限がなされるかもしれない・・・などという話を聞いたことがあります。
 理由は自然の破壊が著しいからだと・・・
 確かにこれだけ多くの人が山の中に入れば植物にも少なからず影響を与えているに違いありません。
 この登山道は一般的には東坂ハイキングコースと呼ばれているようです。
 途中、かつての岐阜城の石垣にでも使用されていたのではないかという雰囲気を漂わせた石が転がっている坂道を通り(達目洞訪問記・再び達目洞へ参照)、ぐんぐん登山道を登っていくと、東坂峠へとたどり着きます。
 達目ハイキングコースとの合流点です。
東坂峠 達目洞方面
東坂峠。ここは東坂ハイキングコースと達目ハイキングコースとの合流点にあたり、ちょっとした平場になっている。かつてはここに番所のようなものでも構えられていたのではないか・・・?(撮影:2001年5月) 東坂ハイキングコースから達目洞方面を眺める。つい数年前までは静かな場所であった達目洞。今は環状線が走り景色は一変した。(撮影:2003年9月)
天守南東側下の断崖 わずかに見える天守  まっすぐ進めば峠を下って達目洞へと通じていますが、ここは左へ折れて金華山山頂を目指します。
 このコースは途中、かなり凹凸の激しい岩場があったりして、時おり岩に手を掛けながら登っていかなければならない箇所もあります。
 高所恐怖症の筆者は、一瞬谷底へ落っこちそうな気分にさせられてしまいます。
 しかし、見晴らしはすこぶるよく、達目洞方面の景色を気持ちよく眺めながらの登山になります。
 つい数年前までは全く人気のない静かな環境であったはずの達目洞ですが、現在では日野から長良方面へ抜ける環状線が通じ、景色は一変してしまいました。
屏風のようにそそり立つ岩肌が荒々しい。金華山は見る場所により様々な表情を見せる。(撮影:2003年9月) 凹凸の激しい岩場を登ると、屏風のようにそそり立つ岩肌のさらに上方に天守がわずかながら顔を覗かせる。(撮影:2003年9月)
 それにしても相変わらず登山者の数は多く、このあたりまで来ると、人の列が途絶えることがほとんどなくなってきました。
 下山してくる人と互いに道を譲り合いながら、ゆっくりと山を登っていくと目の前に屏風のようにそそり立つ荒々しい岩肌が姿を現しました。この岩肌は金華山の南方向からであれば、かなり遠く離れた場所からでも確認することができます。それにしても、遠くから眺めていると、さほどには感じないのですが、目の前までやってくると、なかなかの迫力があるので、思わずこのこの岩肌に見入ってしまいます。
 岩肌の上方には天守があります。樹木の間からわずかではありますが、天守が顔を覗かせています。思ったよりも早く山頂へ到達できそうな気配です。
 ただ残念なことに、隠れた遺構がどこかに眠っていないだろうかと密かに期待しながら、岩戸地区から登ってきた筆者でしたが、東坂峠下に転がっている石以外には目ぼしい遺構を確認することはできませんでした。




■NEXT