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人工股関節置換手術体験記
「山小屋を手作りしたい」と
思いながらやるのよ―その1
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MISによる
人工股関節の手術体験記―その2
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MISによる
人工股関節の手術体験記―その3
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MISによる
人工股関節の手術体験記―その4


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2006年1月2日
今年こそ切る!

2006年になって、今年こそ手術を受けようと考えていた。出来れば6月!変形性股関節症の患者さんはけっこういる。最近はブログに書いている人もめずらしくない。だから自分の病歴もおよそ他の人達とあまり変わりないようだ。思えばこどものころも良くなかったようだ。青年期は、とくになにも考えないで過ごしてきた。30代の終わりに、痛みを感じて受診したところ「変形性股関節症」と言われ、そうなのか自分の足は良くないのか、そう言えば子どものころも悪かったと思い出した。治っていなかったのだ、というショックがあったね。まあ、病気にはショックなことが付き物なのだけど。それからは時々襲う痛みと付き合いながら生活してきた。上の子が生まれて、だっこして歩こうとしたとき、痛みで出来なかったときがありそのとき一度手術を考えたことがある。しかし、子育てのスタートに長期に家を開けることに不安を感じているカミサンのことを考え、取りやめにしたこともあった。少しづつ痛みの間隔が狭まってきたがなんとか40代を過ごすことができた。もちろん、山小屋作りも、自分を支えてくれたよ。有意義に、楽しく、毎日を過ごすための大切な役割を果たしてくれたよ。さて、自分の想いの中には50まではがんばろうというのがあった。そして2006年は50歳になる年なので、手術に向けての活動を開始することにした。

切る!に引っ掛けてアップしたよ。
我が家の宝刀。たまに居合の練習するのよ。
三本で総額約2万円。って安すぎだっっ。

2006年2月1日
セカンドオピニオン

今は、保存的療法を地元の大きな大学病院で受けている。といっても、体重を減らして、痛み止めを飲むというものだけど。変形性股関節症では他に2件の病院で見てもらったね。そう言うのをセカンドオピニオンって言うらしいよ。特に見立てに違いがなかったので、地元で見てもらうことにしたです。今の病院では、気合の入った主治医の先生にめぐり合えてうれしかったけど、その先生が2年前に退職してからは、自分もなーんか気合いが入らなくなった感じが今の状態です。21世紀に入って科学が格段に進歩しているのをテレビなどで感じ取っていたので、手術に対する当初の自分の希望は、「ロボットに手術してほしい!」だった。正確には「ロボドック」と言う名前の手術支援ロボットだ。ネットで検索したところ関東地方には1ヶ所しかやっているところがなかった。自分は迷わずそこに受診することにしたっす。

これが手術支援ロボット。ロボドック!
ロボコップとはずいぶんちがうね。
ロボドックの画像は児島中央病院さんの
ホームページからお借りしました。

2006年3月2日
ロボドックを訪ねて

この日、ぼくは鎌倉にある総合病院をめざして高速を走っていたね。めったに行かないところだから、遠回りしたりしたよ。鶴ヶ岡八幡宮の横を走って、鎌倉の大仏の横を走りぬけて、やっとモノレールの下の道を見つけて到着したね。鎌倉と言うより、大船といった感じじゃん。大きいけど、建物は古いね。整形外科にかかって、ホームページでロボドックの記事を見たと伝える。そこの先生は人工関節の手術は、人工関節センターを別に作ってそちらでやっているという。それで、ロボドックは今はしていないと言ってMISという手術法の話しをしてくれた。MISについては一応ネットで見て概要は読んだことがあったけど、ロボドックの話しがなくなったのでちょっとガクっとしてしまった。ここで、よーく考えることにしたっす。MISは侵襲がすくないので入院期間がすごく短く済む手術法だ。仕事の休みも短く済むし、医療費も少なくて済む。高額療養費分は戻ってくるとはいえ、一時期に大金を用意して、戻ってくるまで何ヶ月もかかるのは困る。社会的に良い面がたくさんあるように思う。ロボットによる接着面の完璧な掘削ということはできないのだろうが、勤め人の自分には魅力的すぎるうう。というわけでそのセンターの受診をお願いした。初診の予約が取れたのは4/11だった。系列の整形外科の先生の紹介でセンターの院長先生への紹介状をゲットして予約も取れたので自分的には満足して帰路についた。Y先生ありがとう。

鎌倉の大仏さんが入っていた大仏殿は
津波でさらわれたんだとか・・。
この山奥まで来る津波ってすごいよねー。

2006年4月11日
MISは自分にも
適合した手術なのか

MISという小侵襲手術はだれもが対象となるわけではないらしい。今日は自分がその手術を受けられるのかどうかを聞くことが目的の一つさ。前回の診察の後、大船、北鎌倉付近を走りまわって実踏調査しておいたので、あまり迷わなかったよ。都内からだと環八→第三京浜→横浜新道→横横道路→日野でおりる。という感じだね。降りたら鎌倉街道を鎌倉に向かって走るんだ。人工関節センターで紹介状とレントゲンを出して、院長先生の診察を受けた。過去現在の状態を話した。それから今まで手術は何もしたことがないことも伝えた。院長先生の話しでは、どうやら自分はMISという小侵襲手術の対象になるらしいっす。すでに人工の関節をつけていて、ゆるんできたから、再手術をMISでというようなことはできないらしい。手術予定は半年先まで一杯らしい。日程の相談をコーディネーターという人とした。2007年1月前半と自分の希望を述べたっす。そんなに待たなくても良いですよと言ってもらったが、自分なりの計算があって、それでおねがいしたのさ。結局手術日は2007年1月12日で入院はその前日と言うことに決めてきたっす。その後、鎌倉を後にして桜木町に向かった。金沢から研修で上京している幼馴染と会うためさ。横浜あたりで遊ぶのかと思ったら、浅草に行きたいという浅草好きの彼の希望で浅草に行ってもんじゃとか食べてきたっす。なんか、走りまわった一日だったっす。おしまい。

2006年9月5日
自分なりの計算って

やばい!薬の在庫がなくなって来た。最近消費が激しいんだよなー。現在飲んでるのは、ロキソニンとミオナールだよ。一日に1個づつだね。今日は、手術時期の自分なりの計算について書こう。4月の時点で、半年待ちだと手術は10月だけど、当座の自己負担金を用意しなければいけないから、ボーナス前では困るのよ。そんで、ボーナスの出た次ぎの月の1月なのさ。なぜ月の前半かと言うと、高額療養費の給付は月内の医療費の8万何千円を超えた分について行われるから、月をまたぐようなことになったら自己負担額が8万何千円か増えることになるのさ。更生医療の制度はここは、指定病院でないから使えないっす。手術費用を総額70万ほど準備したあとは、どうなるのだろうか。ボンビーな自分は高額療養費の給付金が下りるのを何ヶ月も待っていられないから、社会保険協会に高額療養費の貸付を頼むのさ。すると、3週間後に手術費用から8万何千円を引いた分の8割が貸し付けされるのよ。48万ってところかな。残りの14万は4ヶ月後だね。全額カバーしてくれないけど、私的な保険にも入っている。5日以上の入院で一日5千円でる。から3万5千円。手術費用に一日の給付金の10倍20倍40倍のいずれかが出るから、最低で5万円貰えるっス。そうすると、高額療養費の給付金の及ばない自己負担分がカバーされるから、手術と入院に関してトントンで持っていけそうだよ。でもさー、いくら戻ってくるとは言え、クリスマスやお正月があるのに、ボーナスに手をつけられないなんて、家族に申し訳ないっす。おいらつくづくボンビーだなーって思うよ。えっ、蓄え!?そんなもん、住宅ローンに追われている身にはないんすよ。入院には医療費だけじゃなくて、いろんな出費があるから憂鬱になるねー。

上がロキソニンで下がミオナールだね

2006年11月2日
かなり悪化したなー

薬がなくなって、特に筋肉のこわばりを取るミオナールがなくなってしばらく立つっす。痛み止めだけではだめだね。かなり歩行が困難になってきたよ。お山の資材を数日前に見に行ったときに、トレッキング用の杖をホームセンターで見つけたので、買ってきたよ。セカンドオピニオンに行った病院で買った杖は高くて重くて調整も限られたものだったけど(3千円)、こちらのは、安くて、軽くて無段階調節だし、クッションまでついているよー。(750円)すぐに飛びついたね。さて今日は、薬をもらいに鎌倉までドライブしたよ。片道1時間半〜2時間ってところだね。診察を待っていたら、もうすぐ手術を受けるというハンサムなおじさんと話しができたよ。自分と同じぐらいか、もっと若いかだね。かなりイケメンだから、若いころはもてたろーなー、ニクイニクイッッ!なんて想像しながらお話したっす。会社を1ヶ月休んで受けるとか、朝薬を飲んで仕事にいけばなんとかなるとか、自分と同じようだなーって、思い頷きながらお話を聞いたです。話しながら、知っている情報を流して、同じような病を持った人の役に立ちたいなーって思ったっす。処方箋をもらったものの鎌倉近辺で知ってる薬局もないので探検しながら帰ることにしたっす。そしたら運良く手ごろな場所に手ごろな薬局があったので、無事薬をゲットすることができたです。良かった良かったと思いながら快適なドライブを楽しんで帰ったっす。

これが750円の杖だよ。

2006年12月12日
貯血でまいる

今回は、鎌倉まで、正確には北鎌倉まで100分ほどかかって到着したよ。お山に行くよりは、高速をつかって楽しいドライブといった感じだね。今日は手術のための採血しての検査とレントゲンをして、診察のあと、貯血して終わり。貯血は自己血で手術をするためのものさ。400CCとられたら、なんか血の気が引いちゃって、まいっちゃったよ。少し横になってたら院長先生が心配して見に着てくれて、おどろいたっす。鎌倉は良いところだけど駐車スペースが少なくて、駐車料金ばかり取られるのもいやなので、遊んだりしたことはないなあ。やはり、まいっていたので、帰りに都築のパーキングで寝てから家にかえったっす。今回の説明で手術と入院の費用が10万円ぐらい安くできそうだったよ。また、自分なりに計算してみたいね。今日はまいったのでこれでおしまい。

2006年12月26日
2回目の貯血だっっ

今日は大きい車でドライブね。結構道路は混んでいたよ。今回も採血の検査をした。それからレントゲンをとって骨密度の測定をして、診察したっす。先生から人工股関節の材料について提案があった。ソケット側の内側にコバルトクロームの合金を使ったもの採用してはどうかという事だった。超高分子量ポリエチレンだけよりも、金属の板を挟むことによって耐久性を増すことが出来るらしい。骨頭側も金属で、これをメタルオンメタルと言うのだろうか。耐久性もあり、炎症も少なく、部品の緩みも軽減されると言う長所に対して、摩擦により金属のイオン化が起こりいろいろな悪さをすることがあるそうだ。母乳に影響を与えたり、発ガン性のリスクになる可能性もあるそうだ。

芸術品を展示してるわけじゃなくて、
自分が埋める人工股関節の巨大模型だよ。

自分の判断は決まっていて、提案のメタルオンメタルでお願いしたっす。たぶん授乳はしないだろーし、ガンのリスクは何にでもあるものだろうからと考えたっす。でも、あらためて言われるとちょっとは心配になっちゃうね。診察の後、貯血を待っていたら、リハビリのハンサムなお兄さん・・か・・おじさん・・なのか良くわからない微妙な年頃のスタッフの方が声を掛けてきたです。前回、手術するほうの足の外側に開く力しか計っていなかったので、これからどおです?と言う。暇なので計ってもらった。ついでなので両方計ったです。良いほうの右は最高記録と言われた。悪いほうもなかなかあるとのこと。ほんとに誉め上手なんだからー、と思いながらも嬉しかったね。最後の貯血の時はかなり警戒したっす。なんせ前回くらくらして、立っていられなくなったからね。それに、そのとき喉が乾く感じがしたから、ポカリなどをがぶ飲みしておいたし。前回処方してもらった貧血用の鉄剤ものんでおいたし、ご飯もばっちり食べてのぞんだよ。えっ、気休めだろって。こらー!そうかもしれないけど、そうなんだよ!って、意味不明ね。そんでさ、貯血が終わってもすぐに起きないようにしていたら、なんともなかったよ。前回、入院時の説明をしてもらったけど、倒れていたから、良くわからなかったことを質問したりしたよ。特に、手術の同意書の保証人と入院の保証人について聞いたね。どちらも家族で良いということだった。第三者に頼まなくても良いというのが嬉しかったね。カミサンに書いてもらうことにしたっす。あと、支払いの事も判らないことだった。大金を持って入院するのか、遠いところ家族に持ってきてもらうのか、などいろいろ考えていたのだが、デビッドカードでいけるということだったから、それで済ますことにしたよ。いっぱい書いたから、今日はこれで終わりね。帰りはやはり、都築のパーキングで休んで帰ったよ。

2007年1月11日
これから入院だああ

今日は入院の日だよ。あと2時間後に出発で時間があるので、更新することにしたよ。貯血のあとどうしてたかというと。クリスマスをして正月をしてたんだよ。って、普通だね。正月はこどもたちと山小屋におとまりに行ったりしたよ。それから、入院の準備をした。タオルやらバスタオルやら、リハビリの着るものやら履物やらT字帯やらいろいろあったね。あと、書類もいろいろ準備したよ。入院の申し込み書や手術や麻酔の同意書類。高額療養費の申請はもちろんするけど、貸付制度も利用するから、その書類。私的な保険に入っているから保険の書類。手帳の申請もするからその書類。ああ、書類だらけだね。でも、頑張り屋じゃないから、入院中に読む本や、息子から古いゲーム機とソフトなんかを借りて、かばんに忍ばせたよ。忍ばせると言えば、携帯と充電器もだね。あと、銀行カードもだね。自己負担分の医療費をデビットカード払いにしたんだよ。事前の準備として、銀行に限度額の引き上げの手続きに行ってきたよ。

入院の荷物。大きなかばん二つと角ハンガーだよ。

さて、今のおいらにはすごい不安なことがあるのだあ。それは、4日ほど前に肋骨をポキッておってしまったかもしれないんだなー。おととい、内科の薬をもらいに行ったとき、内科の先生に言ったら、「肋骨はほっておいてもくっつく。」とあっさりした返事だったんだけど、オレ手術してもらえるのかなー。心配だああ。だってさ、もう、職場に言ってお休みなんか取っちゃってるんだし、手術してもらえないと困るんだよなー。えっ、普通は手術がどうかって、心配するものなのに、あんたはいったい、何ちゅー心配してるのかって!!はうう。しかたないから、とにかく行ってくるよ。次ぎの更新を楽しみにしててね。バイバーイ。

2007年1月11日
その2。入院したよ

病院に着いたら、差額料金12000円の個室に入る。そんな部屋にしか入れないんだって。ボンビーなのに豪華な個室。血圧、体温、MRI、診察と作業が進んで行く。肋骨の件があっても手術はしてくれるって先生は言ってくれたよ。チョツト安心した。

豪華な個室だよ。
夕飯はロビーで他の患者さんたちと食べた。昨日手術した人、再置換の人、自分と同じく明日手術の人などが居て参考になった。その後抗生物質の点滴するが上手くいかず二回痛い思いをした。9時過ぎは何も口にできないので急いで水を飲んで消灯を待つ。最後に胃の働きを抑える薬を飲んで今日の予定を終える。

2007年1月12日
手術を受ける

朝一番9時の手術だ。手術衣に着替えて歩いて手術室に入る。とても綺麗な部屋にユーミンの曲が流れている。音響も良い。配慮を感じるね。スタッフもベッドに、サッカーの日本代表が試合前にスクラムを組んで写真取るでしょ。あんな感じでこっちを向いて集合していてやる気を感じたね。ところがおいらが怖がってしまうせいか麻酔を入れるのに手間取ってしまった。

出動前に足を撮ったっす。
その後起こされたのが13時だった。変形が進んでいて骨を削るのが大変だったそうだ、過去1年間のベスト10には入るねといっていたっす。とにかく予定より時間がかかったそうだ。でも仕上がりは大変良くできたと言うお話しだったので安心した。日中は一日うとうとして過ごした。両足ともシビレテいる。正座から開放された時の感じ。夕方のリハビリの時は足が動かず何もできなかった。夕飯はお粥とフルーツ完食。夜に身体を横向きにしてもらったところ、足が少し動くようになり今は膝のを曲げて寝てみたりしている。

2007年1月13日
手術後1日

昨日手術であれから一日たったけど、辛い24時間だったね。日付が変わった1時ごろから腰が痛くなってベットに寝ていられなくなったよ。体にはいろいろなチューブか付いていたけど朝になって抜いてもらった。両足にシビレがあって心配したけど硬膜外麻酔の管を抜いたら直ったす。両足とも動かない。普通はベットに座って昼食を食べるのだが、それもできずに寝たまま食べる。少しリハビリに遅れをとったなーと思い、食後は立ち上がってみる。立つと立ちくらみがするので、休み休み何回かやって身体をならしながらやった。スタッフなしの自分のペースでなきゃできなかったね。術後の小便は辛いと言うお話しだった。早速チャレンジすると血の小便で痛みを感じたね。次は歩行器で歩いてみることにする。まあ何とか歩けるけど足の筋肉の強張っているところに痛みを感じる。さて、実は、それらは、本当のリハビリのための準備だったのだよ。と→当日のメモはここで力尽きている。

とりあえず、ここを歩いて練習したいっす

2007年1月14日
手術後2日その1

それでいよいよ、おまちかねのリハビリだああ。三つの運動をする。一つ目は、背中、腰、あしのうらと接地させたあと、腰を持ち上げると言う運動。二つ目は、仰向けに寝たら両足を開いたり閉じたりする。最後は、仰向けに寝て交互に膝を胸に引き寄せて足を持ち上げる運動だ。最後の運動が手術したほう足ではできなかった。明日は日曜日なのでリハビリはお休みで宿題にされる。夕飯はロビーで食べる。おしまい。
2007年1月14日
手術後2日その2

なぜか、この日のメモは二つあるのよ。まあ、術後で尋常ならざる精神状態だったということでおおめに見てね。

一月一四日。日曜日。手術後二日目だ。昨日の明け方もそうだったのだが胃が痛み出した。昨夜のトイレは下り気味だった。リハビリに歩き回るとあちこちの筋が突っ張る。特に腰の当たりが引っ張られて真っ直ぐ立てない。これらの問題をどうしたものか考える。自分のことは人任せにしてはいけないもんね。判断には専門家の意見も必要なので看護婦さんに、胃薬、整腸剤、突っ張りをとるミオナールを処方してもらえるか聞いてみる。看護婦さんは胃に負担になる痛み止めを座薬に変えてはどうか、話しは先生に伝えて聞いてみる。と言ってくれた。しばらくして廊下をリハビリがてらうろうろしていたらナースステーションにいる先生と目があった。お話しする。先生は希望通りの処方してくださった。お礼を言って部屋に帰って来た。そういえば月曜日は杖歩行にチャレンジすると言っていたので予行演習する。なんと、足が出ない。歩行器と使う筋肉が違うのか、使い方が違うのか。でも5分程やったら何とかできたが、距離をのばせるのかはわからないね。夜寝る前に点滴をしたが今日の看護婦さんが一番上手だったよ。

夜中にメモした→入院して以来まともに寝たことない。個室は自由だから許されているなあ。

眠れないから夜がこわいのーってなんのこっちゃい

2007年1月15日
手術後3日

手術からたった三日しかたってないのに今日はいろんな事があったよ。まず、胃薬と整腸剤をゲットできた事で胃痛と下痢から解放されたっす。胃が良くなったから痛み止めが飲めるようになり、痛みからも解放されて体を動かせるなった。それが朝の状態でやっとスタートラインに立てた感じ。それから転院先がいっぱいで転院できないって話しがあった。そんでここから18日退院する話しもあった。しかし夜になり向こうに一つあきができはじめの予定通り明日退院することになった。傷口から液が出ていることに病気仲間の意見は感染症のことを考えるとちゃんと消毒してから退院した方が良いと言うものだった。ので転院先の退院は様子を見て決めることにする。なぜ医者より自分の意向かと言うと17日予定の抜鉤が済めば必ずしも傷口の養生など病院じゃなくともできると言う考えらしい。そうゆうわけでガーゼの取り替えがあった。液が出ているのでさらに二回も取り替えてもらった。それにからんで、そこに防水シールを張ってシャワーも浴びた。リハビリも受けた。杖歩行を本格的に始める。病気仲間から時間がたつと体がどんどん軽くなるねと言われたが、本当に昨日と今日では別人のようだし朝と夜の状態も劇的に違うのだ。いっぱい書いたので今日はおしまい。

個室のシャワーはホテルみたいっす。あびたようん、浴びたね。

2007年1月16日
手術後4日

朝起きると足の付け根がパンパンに腫れていた。でも病気仲間の情報で今日明日腫れることはわかっていたよ。リハビリ第一だから痛くても杖をついて歩き回るったよ。ここの病院の良いところは円卓でみんなで御飯が食べられるところだね。今日は朝も昼も参加したよ。検温やら血圧など計ったら外来に入院費用を払いにいった。生まれて初めてのデビットカード払いなのに上手く行かない。なぜか限度額制限にひっかかる。部屋に戻って銀行に電話するとちゃんと手続きしてくれてないことがわかる。お詫びの言葉をいただいたが二度手間になった。再度外来に行って払って来る。トラブルだねー。引越しの荷物整理したりリハビリしたりした。リハビリは気合いを入れて階段の昇降までやってくれた。引越しの前に看護婦さんが予定より遅れますと連絡してきた。することもないのでちょっとお昼寝した。引越しが終わったら午後四時だった。この総合病院の病棟には人が溢れかえっていてお祭りのようだった。説明を聞いたあと歩き回るったり、ゲームしたりメールしたりして1時すぎに寝た。今日から、相部屋なのにごめんなさい。それから看護婦さんもリハビリのひとも美人なのがうれしいかった。でも本当は医療スタッフは顔より腕だと心底思うよ。何度も針さされるのは、いやだもんね。

お願いっ!いたくしないでっっ!
って、オヤジのくせにがまんしろっってかあ

2007年1月17日
手術後5日

転院二日目。ベットが柔らかタイプなので腰に来てあまり寝れない。腰枕借りた。今日の診療予定を考えたりして、眠いけど眠れない。緊張してるのさ。検温血圧朝食のあと、傷口の診察と消毒してもらう。それからフットポンプで足をブルブルやってもらう。それから杖を持って歩き回る。今日も足がパンパンだ。動かし始めがもったりしている。でも頑張る。昼食後フットポンプしているとカミさんがやって来た。支払いの準備と不要な荷物を持って帰ってもらう。退院の予定の打ち合わせをするが、どうもこのMISによる早期退院プログラムに反対のような言動。きっと『パパ不在でのびのび生活プログラム』でも作ってあるに決まっている。カミさんが帰った後は外来に行ってレントゲンを撮った。すごく遠出した気分。売店の場所も確認できた。うれしいけどヤバイ気持ち。今日までの適切な食生活に影響が出るのは困るのよ。でも常時すきっ腹状態だから誘惑にはめちゃめちゃ弱いっす。その後病棟の徘徊(歩行訓練の事ね)をして、リハビリのひとが来ないから催促してもらった。息子から借りたポケモンのゲームをしながら待つ。ちょうどワニノコがアリゲイツに進化したところでお迎えが来た。お迎えって、別に死んだ訳ではなくてリハビリのお迎えね。今日はずいぶん動き廻ったので夕食後バタンキューと寝てしまう。そして2時間後目が覚めて眠れなくなり今この日記を書いているです。最後に、腫れが強いので夕方自分で大丈夫そうな場所に湿布をしたよ。今はいい感じだね。おしまい

やっぱり、ご飯は楽しみの一つだね

2007年1月18日
手術後6日

今日も新鮮な体験ができたよ。朝の回診で執刀医の先生に抜鉤していただいた。昨日出ていた体液も激減していた。そして一月二十日退院の許可を正式にいただいた。後はリハビリを何とか間に合わせる事だと思った。9時からリハビリに行った。左足を寝て持ち上げる力がないので練習した。歩行と階段昇降もした。部屋に帰って、自分で体を拭いて自分で新しい下着とパジャマに着替えた。もちろん血栓防止のタイツは看護婦さんに履かせて貰ったけどね。パンツなど杖を使って引き揚げるのがポイントだね。自分の場合杖がマジックハンドがわりだ。脱いだ物を洗濯して乾燥もしてみたよ。昼食後は売店探険に出かける。本当にちょっぴり冒険だった。実際の階段昇降したよ。ドキドキだね。テレビのイヤーホンとおにぎり一つ買った。なんか社会復帰した気分だった。その後退院の手続きについて看護婦さんに聞いたり、フットポンプをしながらゲームして過ごした。夕方の回診では先生がベットの高さまで調節して下さった。夕食後はフットポンプしたり、たくさん歩いたりした。消灯後は買ったイヤーホンで洋画を見て日記を書いて寝る。

個室でなくても充実した設備だよ。オレ満足ね。

2007年1月19日
手術後7日

朝の回診で傷口消毒してもらう。その後リハビリする。家でやるリハビリのプリント貰った。今日は転院後初めてシャワーを浴びに行く。立派なお風呂場でした。シャワーも湯量が多くてよかったよ。お昼食べて売店探険に出かける。術後から朝夕胃が痛むので何か胃に入れたら防げるかと思って60円のあんこのお菓子とおにぎりを買った。部屋に帰ってフットポンプして、おやつ食べたね。夕食前に徘徊(リハビリ)した。なんか左足の動きが渋い。夕食後回診があった。用意していた質問をする。退院時の説明してもらえるか確認する。胃薬もらえるか聞く。ももの筋肉の痛みは人によって違うだろうが、どれぐらいで取れるか聞く。人によって違うがニか月ぐらいと言ったような気がする。夜は今やっているフットポンプのあとテレビ見てゲームしておにぎり食べて寝る事をたくらんでいるよ。今日はおしまい。

痛い時、痺れるとき、いつも傍にいてくれたね

2007年1月20日
手術後8日

今日は退院の日だ。朝起きたら膝の上の筋肉の痛みがかなり取れていて驚いた。御飯食べてリハビリに行った。美人の先生はお休みとのこと。最後なので転倒したときの対応など聞いて来た。その後シャワーに行った。最後なので気合い入れて洗ったよ。昼ご飯食べようとしてたら回診の先生が来た。ドレンの穴??からまだ液が少し出ている。マッチ棒の軸より細い穴だけどきちんと消毒するように言われた。食後、洗濯終わったとき、請求書が来た。五日の入院で45kだった。差額ベット料が取られないと安心だね。これで今回の入院費用は全部で600kも自己負担があった事になる。支払いに行った後、2時に退院したが家族のお迎えが8時なので、ディルームで待つ事にした。ディルームには広い大きなテーブルと椅子があるので書類書きをすることにした。なんたって、払ったお金取り戻したいもんね。前回下書きしたものを清書したよ。書類は四つ。高額療養費関係が一つと、私的保険が二つと、手帖の申請関係が一つだ。およそできた頃、病棟でも夕御飯になったので自分も売店で買って置いたおにぎりを食べた。その後はゲームをしたり、病気仲間と話したりして過ごした。7時半頃、息子とカミさんが来たのでナースステーションにさようならを言って帰宅した。家に帰ったらなんか疲れが出たのか、早く寝たよ。

カミサンが出してくれた。車用のシートの隙間埋め。
これを間にはさんで寝た。すんごくよかったっす。

2007年1月21日
手術後9日

うわー休まったー。と言う感じで目覚めた。やっぱり疲れていたんだなーって思った。もちろん夜中に二回、痛みや、固まった感(これがつらいのよ)で目は覚めたけど、それでも休まったよ。今日は日曜日なので、役所や保険会社は休みだから今日はのんびり過ごした。リハビリもちょっとやった。外に散歩に出たとき、いつもこのみちを痛みをこらえて歩いていたことを思い出して、今はあの時の痛みがないことを実感できた。体を曲げることには制限が大きいが、歩くことは行けるかも知れないと言う感触をつかめたきがした。今の疑問は、何時になったら両方に自由に寝返りがうてるのか、あるいは一生制限なのか、だれか教えてほしいってこと。からだの傷のことは、先生が傷口が少し大きくなってすみませんでしたとあやまっていたが、理由は、女性に多いこの病気で、男性の皮膚の弾性が不足していて、少し大きく切らなければならなかった事と、変形が強くて難手術だったことと関係があるのかなーと先生の説明から理解している。自分的には、これからお嫁に行くわけではないので、あまり外見のことは気にしていない。人工股関節がしっかりと取り付けられていることが第一だと思う。それに、それでも侵襲が小さい手術だったと理解しているよ。先生ありがと。

これが、息子の言う「勇気の印ね」

2007年1月22日
手術後10日

今日は書類にかたをつける日だ。まず社会保険協会に電話して高額療養費用関係の書類を完成させた。次に保険会社の書類を完成させた。さらに保険会社に電話して他に受けられる給付がないのか駄目押しで確認した。何もなかったよ。ガックリ!共済の書類も完成させた。ここで、外出準備をして昼ご飯食べた。それから書類を持って郵便局ヘ向かう。本日最大の冒険だああ。往復400メートル。じわじわと言う感じであるきだす。痛みは、ないわけじゃないけど、手術前はもっと痛くてそんなに歩けなかったから、亀のようなスピードでも歩けるのはうれしいね。やっと郵便局について速達が一通。普通のを二通出して来た。ついでにコンビニで山中湖の小屋の電気代664円払ったよ。家に戻ったらけっこうバテていた。布団に入って休んだよ。最後にカミさんに送ってもらって役所に手帖の申請を行った。写真を用意してなくて困ってあたりを見回したら写真ボックスがあったので助かった。がっっ、ヒゲはボウボウだし髪もぐちゃぐちゃなのでまいったね。指名手配だね。帰ったらやっぱり疲れて寝てしまった。疲れたので今日はおしまい。

作り物のミカンでもなごむのよ。

2007年1月24日
手術後12日

昨日とか今日も一体何してたんだっようって?。ええとそれは、まあ、先生には内緒だけど、車に乗る練習をしてましたああ。ごめんなさい。言い訳すると、車の運転って主に右足でしょ。だったら手術は左足だから運転できるとの考えたのさ。問題は乗り降りさ。そんで練習してみた。助手席側の乗り降りは、先に良い右足を入れて、次に手術した左足を引き上げる事で問題無くできた。次は運転席ヘの乗り込みは悪い左足を上げて先に入れなければいけないので、不安だった。まず大きな車でやってみた。天井についている取っ手につかまって、両足同時にピョンッッって言う感じで車に足を入れる事ができた。その後、近所を一周して車庫入れもできた。それから次は軽自動車に挑戦する。やはり足が上がらないので苦労する。手は体を支えなければならないので左足君が一人で頑張ったよ。体を反らせたり、唸ったりしてどうにかできたよ。あと軽自動車は車高が低いので人工股関節の角度を大きく取る事や、体をねじらない事に気をつけて乗り込みしたよ。その後畑まで乗って、車庫入れしたよ。手術直後は全く動かなかった足も、毎日少しづつ動くようになって来たので、これからももっと乗り降りが上達することとおもうね。

この2台で練習したよ。

2007年1月27日
手術後15日

やっと、やっと2週間を超えたねー。足の力が少しづつだけど、回復してきていることを日々実感できることが幸せっす。この間も少しづついろいろなことをしてました。まず24日までには、二つの私的保険屋から入金があったです。合計157000円でした。公的に回収できない自己負担分にあてる予定にしてたっす。その金額はおよそ153000円だから、まあトントンってところだね。もっと手術料の給付を認めてくれてもいいのにぃーって、思っちゃいました。翌日の25日は、職場に退院の挨拶に行ってきたです。リハビリに時間がかかるのてよろしくって言ってきました。26日はブックオフに本を買いにいったっす。二階の店舗なので階段を昇降したでしゅ。手すりがついていたので安心でした。えらいぞ、ブックオフッ!今日27日は息子とバドミントンしたです。って、先生にしかられるねっっ。でも、正面に来たシャトルしか打たなかったし、杖で左足もカバーしてたです。と、言い訳しても、やっぱり負荷がかかるね。体もねじりそうになるし、ということで、10分ぐらいでやめたよ。←これ削除したいなー。しかられそうだもんね。最近の傷の様子は、よくわかんないけど、良好だと思う。朝晩自分で傷口の消毒をしているよ。いままで、傷口の周りにカバー用のテープを貼っていた場所がものすごくかゆくて、つらかったけど、今日はそれもないね。足の動きは、いままで、寝ていて足を宙に浮かすことはできなかったけど、昨日あたりから少し出来るようになってきたね。階段を利用して左足(術足)の上げ下ろしをしていたんだけど、けっこう上がるようになってきたです。力を取り戻すリハビリと、体を柔らかくして稼動域を増やすリハビリがあると思うのだけど、力のほうはなんとかなりそうで、焦点は、柔らかくするリハビリにあるのが自分の課題だと思っている。

入院中はね、こんなフルーツを沢山食べたかったあ

2007年1月31日
手術後19日

最近の様子を報告するね。まず、例の肋骨の件で近所のお医者に行ったっす。ケントゲンなんか撮ってもらって調べたいとおもったんだよ。お医者の話しでは通常のケントゲンには写りにくい。特別な装置が要るので出来ないと言われた。よく、指の骨が鳴ったりするが、それと同じ現象が起きて、動かしたことの無い場所なので炎症でもおきたのではないか。3週間もすれば気にならなくなるといわれた。まあ、そんなものかと思って帰ってきた。リハビリを板の上でやりたくなったので、関節の角度や体のねじれに注意して床の上に降りてみた。なかなかうまく出来たと思う。両膝で立ってみたり、いろいろなことをしてみた。えっ、また先生にしかられるよーな事をしているって・・。まあ、不用意にすると危ないけど充分注意しているからだいじょうぶだよー。あと、バイクに(原チャリ)に乗ってみた。シートにまたがる感じなら、だめな気がするけど、足をそろえて座る感じなら良いと思った。また、ちょっと早いっておもったね。えっ、いけないことばっかりしまくっているってかぁぁ。まあまあ、注意してやってるから・・。そうそう、入院前にやっておいたほうが良いことを掲示板にも書いたんだけど。腹筋が大切だね。いくら電動ベッドであっても、自分の筋力で起き上がりたい場面が結構あって、「あああ、腹筋をめちゃめちゃ鍛えておけばよかったたっっ。」と思うことがたくさんありました。それに、手術後の足の筋力の回復の過程で、昨日の朝ですけど腹筋の一番下の筋が張って痛くなったりしました。腹筋を鍛えておけば、症状も軽く済んだろうなーって思ったりしました。入院前のみなさん、もしお時間があったら、腹筋お勧めしますよー。同じく掲示板にもかいたんだけど今自分で出来なくて家族のお世話になっていることは、腫れと血栓予防の、ストッキングの着脱が自分でできないことです。あと、重いものを持てないので、ファンヒーターの灯油の給油を息子にやってもらっていることです。でも、できるかぎりの事は自分でしないと良くないと思い。おやつを食べたり、昼寝をしたりと言う大変なことにも、前向きに取り組んでいます。(ってこらこら!食って寝るだけかいっっっ!)って書いておいてなんだけど、昨日ストッキングを脱ぐくとができたんだ。ちょっと嬉しかったね。さて、ここで、お知らせだけど、郷里の親族からこっちに来て療養しないかと言う話があり、行くことにした。東北のA県だ。おやじが常時家にいるのはカミサンのおじゃまにもなるだろうから、旅に出たいものだと思っていたから渡りに船だね。今日弟が車で上京してお迎えに来る。明日、明後日は弟とお山見物をしつつリハビリをして、その後リハビリ旅行をしながら郷里に帰って、リハビリ生活を送る予定にした。えっ、リハビリの訳はお遊びだろって・・。こらーっっ!思ってもそんなことは、口にしちゃいかんいかん。そんなわけで、帰ってくるまで、掲載はちょっとお休みします。日記を書き溜めて、また、アップするので、そのときはまた読んでくださいね。でわ、行ってきます。

床に下りてリハビリをしてみた。時期的にまだ
早いかもしれないので大変注意してやってみたよ。

2007年2月1日
手術後20日

9時。リハビリ旅行の一環でお山に向かう。もちろん一人では行けないので、弟にサポートして貰うのだ。稲城で忘れ物に気付いて、一度戻って再スタートする。いつもの多摩境のかカインズに寄って、しりとりのように、シーツ、杖、SDカードを物色する。お昼は二本松食堂だ。道志で水を汲んだ時、拳王と言うお酒を発見する。制作はブロンソン氏で、箱には北斗の拳のラオウとその軍隊が描かれていた。へええ、こんなのがあるんだーと驚いてしまった。小屋に到着したら3時近かった。今の足の状態で小屋に登れるか心配だったが弟にサポートして貰ったら登れた。その後何度かやって一人でも登れるようになった。それから買い出しして温泉に行った。傷をテーピングして風呂には一瞬だけ浸かって、後はいつも通りシャワーで流した。それから、河口湖方面にドライブして小屋に戻って食事して、少し話しをして12時に寝た。

2月の小屋。いつも同じ感想だけど、これてうれしいっす。

2007年2月2日
手術後21日

昨夜小屋に泊まり、朝7時起床する。小屋を写す弟のビデオ撮影会に付き合った後、魚啓に朝食に行く。10時かと思ったら11じからだったので、東富士演習場のススキの原で時間をつぶした。魚啓でわ海鮮丼と生シラス丼を食べた。もちろんおいしかったよ。それから富士吉田まで戻って、お土産屋を覗いたり、富士山ドームや歴史民俗博物館を見たりした。それから小屋に戻って撤収の準備をして素早く帰路についた。ちょっと疲れたので自分は寝てしまったが弟は道の駅で昨日のラオウの酒をお土産に買っていた。さらに途中津久井のいやしの湯に寄った。たくさん歩いたので、ほんとに癒された。一旦家寄り水を下ろしたり、こども達と遊んだ後、郷里の東北のA県目指して出発した。長崎チャンポンを食べて外環、東北道に入り今も北上を続けているのだおしまい。

左。すすきと富士山。良い感じだああ。
右。富士山ドーム。博物館とあわせても500円は高いよーなっっ。

2007年2月3日
手術後22日

結局一晩中走って朝四時半、天童道の駅で三時間ほど仮眠する。それから建設途中の高速道路が国道13号線のバイパスのような形で開放されているのでそこを走ったりした。かなり時間短縮になった。国道13号線は全線雪の中だった。新庄付近でスキヤに入り朝食を食べた。豚丼だけどおいしかったよ。実家には12時半到着。前日山梨で遊んでいたのに、すごい強行軍だった。午後からはずっとマッタリしてた。あっ、ブックオフに本を買いに行ったぐらいだね。今日はおしまい。

左。13号線は、突然の雪で、全線雪景色だった。
右。帰り着いたらハタハタ寿司が待っていた。うまかったよ。

2007年2月4日
手術後23日

良く寝て8時起床。朝食後、散歩に行く。日差しはあるが雪の日だね。雪の上を歩いた。振り返って足跡をみると内股だ。内股はいけないと言われているので気をつけて歩いた。何度も雪の上の足跡で確認して歩いた。雪もたまには良い事もあるもんだなあと思ったよ。それで家に戻って休憩して、今度は本当のお出かけだああ。500メートル程先にあるホームセンターが目標だ。歩くと血栓と腫れ防止用のタイツが下がって来るから安全ピンで止めて出発した。無事到着して、お散歩用の手袋とベルトをゲットした。帰り道は登り坂で少し足が重くなったけど、何とか帰り着いたよ。午後は湯治に行ってきた。愛染明王を祭り神乃湯と呼ばれる大滝山温泉と言うところに行ってきました。お湯に浸かるのは3〜4週間後、カサブタが自然に取れてから、と言われている。自分の状態を見ると、三週間以上経ったが、傷の上と下にしかカサブタがない。真ん中の広い部分にはまだ、カサブタができる様子がない。仕方が無いので防水シールを傷の上に貼って入った。傷付近が熱を持ってもいけないと思い短時間で上がった。そうまでしてもオイラは入りたいのだ。お湯の中で、固まった筋などを軽く伸ばしたりした。おかげかどうか知らないが体調は良い気がする。今まではいつでも何処でも杖を必要としていたが、今日あたりから家の中ではあまり使わなくても不自由しない感じだ。もちろん人工股間節を保護しなければならないから、あちこちにつかまっているけどね。

左。雪の足跡を見て、歩き方を直した。
右。温泉の入り口ね。ウッディーで好きさ。

2007年2月5日
手術後24日

今日は午前中歩いた。昨日よりも距離を伸ばして1500メートル程歩いた。昨日チェックした事に気をつけて歩いた。胸も張るようにした。昼食は山奥にある、きこり庵と言うところで十割蕎麦と言うものを食べたが、どうも手打ちでは無いようだった。それから同じ建物内にある、きこりの宿のきこりの湯と言うのに入った。単純泉のお風呂だったよ。シールをして入ったが、傷廻りのかぶれがかゆくて薬をぬっていたので上がる頃にはシールが剥がれて来てしまった。しかし良く手足をストレッチして入った。その後、市内見物に連れて言ってもらい、夕方からはのんびり過ごした。

左。きこりの宿には、きこりの湯がある。
右。この地方ではニオサク。北海道ではアマニュウと言われるアシタバの仲間。食べたらまいうー。

2007年2月6日
手術後25日

午前十時お風呂に出発。自宅から北へ三十キロの温泉を目指す。途中であまのと言う超巨大スーパーに寄ってお買い物。僕は息子達のお土産用のプラモデルを買った。でも今の子がプラモデルを喜ぶかはわからないけどね。そして温泉に到着。湯の越し温泉と言うところだ。湯残し温泉では無いよ。入口で農作物などを売っていた。お風呂は硫黄泉だった。シールを貼って入った。もちろん短い時間しか入れ無いが、なんと体がものすごく温まり、汗がどんどん出て来て驚いた。凄いと思ったよ。凄いので『すごの湯』とおいらが命名したよ。しかし清潔が大事なので、体を良く洗いシャワーで傷口を良く流して上がった。温泉の帰りはブルーメッセと言う道の駅に寄り味の濃いソフトクリームを食べた。午後は母親の整形に付き合う。待ち時間の間に、気になっていた京都ラーメンと言うのを食べた。うーんと言う感じだった。足の様子は術足に少し力がついてきた感じだ。良い方の足にタイツを履く時など充分支えてくれる。家の中では杖が要らない感じだ。でも術足保護の為にあちこちにつかまっているけどね。後、ほんの少しだけど、術足の上がりと力が増している気がする。歳老いた母親には、『それで、稼ぎに行くにいいが』(その状態で本当に働きに行けるのか)と言われるが、この調子で行けば、何とかなりそうな気がする。良いお湯に入れて今日はおしまい。

左。とにかく良くあったまる。ピカイチだね。
右。温泉の入り口では、特産物を売っていた。

2007年2月7日
手術後26日

今回の帰郷の目的は今日の日のためにあったと言っても良いと思うのだ。今日の温泉は金浦温泉と言うところだ。金浦温泉は自宅から南へ60キロ、人知れぬ名湯だ。自宅から西に80キロ程行ったところには天下の名湯玉川温泉があるが、冬季は一般車両の通行は許されず、バスに乗って行くしかないと言う話しを聞いた。玉川温泉は硫黄泉のほかに、北投石と言う放射線を出す天然記念物になっている石による岩盤浴がとくに有名である。それで死の病から生還した人もたくさんいると聞く。話しを戻して、なんと金浦温泉には、その北投石があるのだ。北投石は天然記念物なので手を触れたり持ち帰ったりすると罰せられるのだが、その法律ができる以前に玉川温泉から持ってきたものだと言う。金浦温泉では岩盤浴ではないが、北投石を通したお風呂に入る事ができるのだ。そのほかに硫黄泉もありそれも素晴らしい温泉だ。今日はそこにたっぷり入ってきたよ。えっ、それで効果はどうかって?そりゃもう、一日入っただけではわからないっす。はっきり言って。あっ、でも夕方になって妙に肩が軽くなったよ。って足には関係無いけどね。それで、ラーメン食べたり買い物したりして夕方帰ってきたよ。おしまい。

左。オイラは、この温泉に入るために湯治の旅に出たのだ。
中。この近辺は魚介類の宝庫だ。
右。帰りに通過したよ。ロケット庵に因んで記念撮影だ。岩城町道川海岸付近だね。

2007年2月8日
手術後27日

朝から忙しかったよ。2/13に東京に戻る事にして、はたと考え込んでしまった。おいらは飛行機に乗れるのだろうか?体に金属が入っているから、キンコンキンコン鳴るだろうけど、今は何の証明書も持っていない。手術の傷を見せれば良いだろうか?イヤイヤ、ズボンを下ろそうとした途端に別の容疑でつかまってしまうのではないだろうか。ウムム、きっとそうに決まっている。と考え新幹線で帰る事にして駅に切符を買いに行ったよ。それからリハビリした。今日はハードだったよ。家から200メートル離れたところにある103段の石段を二往復したよ。帰り道は足の筋肉がぶるぶるガクガクして帰るのが大変だったよ。石段を上る時も内股にならないように、足を頑張って上に上げるように気をつけて練習したよ。今日の温泉は市内にある『華のゆ』というところに行った。ホテルの中にある日帰り温泉だ。泉質は東京にある黒い温泉と同じだったよ。日替わりのお風呂には、群馬県産の貴陽石とかが入れられたお風呂だった。何でもマイナスイオンが出るとからしい。その後、大きな電気屋に行って、母親にデジカメの安いのを買った。夜は、そのカメラをああでも無い、こうでも無いといじって過ごしたよ。おしまい。

左。東京の温泉と同じ黒い色をしていた。
右。下から見上げる。地元の子どもは100段階段と呼んで恐れている。理由は・・。

2007年2月9日
手術後28日

今日も石段を二度往復した。足のぶるぶるガクガクは昨日よりは少しは減った気がするのだが、今度はふくらはぎがパンバンに張ったようだ。買い物に行き血圧計を2700円で買った。安く買えたので嬉しかった。午後は大きな川を渡って市の南側にある、正確な名前はわからないが、新屋温泉と言うところに行った。その温泉は材木屋さんが掘削したから、建物はオール木造だと言う。行って見たら確かにその通りで総ヒバ作りで、素晴らしい木の匂いに溢れていた。夜はストレッチをした。ああ早く自分で靴下をはけるようになりたいものだ。寝る前には今日買った血圧計をいじってみたよ。

左。これまた、ウッディな温泉だったね。木の良い匂い。
右。上から見下ろす。なぜ怖いかというと、登りと下りでは段数が違うからだという。子どもだから数え違えるのでわっっ??

2007年2月10日
手術後29日

今日は朝からお風呂だった。休日の混雑を避けるためだ。自宅から一番近い温泉プラザだ。お湯は緑がかってしょっぱくて、ヌルヌルしたお湯だ。写真は撮り忘れた。その後、石段を登りに行く。この石段は実にすぐれものだ。石段は途中に3ヶ所踊り場があって、四つに分かれている。下から登る場合、始めは12センチぐらいの段差で登り易い。真ん中で少し高くなり、最後、三段目の部分では段差が18センチにもなり、少しづつ適度な負荷をかけてくれるのだ。やはりぶるぶるガクガクになって帰ってきた。そんでもって帰ったらバタンキューだった。午後はまだ二月だと言うのに里山にバッケ(蕗の塔)を取りに行ったり、海辺に魚を見に行ったりした。岸壁では、バイクの曲乗りをしている人達やその写真を撮っている人、タモでナマコを取っている人もいたよ。家に帰ったら疲れて寝てしまった。今日はおしまい。

左。1月21日術後9日目の傷。まだ開いている感じ。
右。2月10日術後29日目の傷。皮が張って、ふさがってきたような感じ。

2007年2月11日
手術後30日

朝ご飯の後、石段を登りに行く。そしてお風呂だ。今日は郊外にある、貝の沢温泉というところだ。ナトリウム塩化物泉とのこと。新屋温泉や温泉プラザと同じような色や味だ。匂いなども含めて、自分的には好きな方だね。今日は一日中雪が降ったり止んだりという天気だ。温泉の後は夕食のおさしみの買い物した。シラスがパックで売られていて驚いた。もちろん買いだよ。あと、ホタテと鯵のお刺身を買ったよ。午後は血圧を計ったり、昼寝したりした。夕方、元気になったので、本屋に行ったり、1キロほど散歩したりしたが、急に吹雪になったりして、ちょっときつかったよ。足の状態は、段差15センチを超える階段の昇降を自然に交互に足を出して行うには杖がまだまだ必要だね。そうそう、今日は止まっている自転車にまたがって、後ろ回しにペダルを回してみたよ。感想は、平地なら少しだけいけるかも知れないと思ったね。おしまい。

左。お寺のような温泉だったよ。
右。自分で作った生シラス、鯵、ホタテ丼。超うま〜。

2007年2月12日
手術後31日

術後ようやく一ヶ月を迎えた。石段を登ってお風呂に行く。将軍野にある薬湯だ。将軍野って、気になる地名だよね。自分の考えだと、この辺境の地に来た将軍ってたぶん一人しか居ないと思うんだ。1200年前に来た坂の上の田村麻呂のような気がするのよ。見てたわけじゃないんだけどね。もしかしたらここに陣を敷いたこともあるのかもね。さて、術後一ヶ月になったので、血栓と腫れ防止のタイツを脱いで、普通の靴下をはいた。まだあぐらのような姿勢になれないので正座して後ろからはいた。それから新屋地区にシュークリームを買いに行った。ここは水が善く、作り酒家が多い。まちおこしなのか手づくり絵馬が街道端に掛けてあるのが面白かった。午後は、職場にお土産を買ったよ。夜は、明日東京に帰るので、荷造りをした。おしまい。

左。お風呂屋の看板。薬湯は森下仁丹社製の薬仁湯。
中。手作り絵馬。望遠鏡を持っているね。
右。子を思う親は目がキラキラなのね。

左。もう少し、書きこんだほうが良いのでわって、余計なお世話ね。
中。ひゃー!かなりなイケメンだね、こりゃー。
右。これはみんな、百人一首の歌なのか、教養が無いのでよくわからんっす。

2007年2月13日
手術後32日

朝食の後、コンビニから荷物を送って、新幹線こまちに乗って、上京した。盛岡ではやてと合体して東京に向かうんだ。四時間で東京についた。東京駅で中央線に乗り換えた。うまくいったよ。ほんとは、京王線で帰るのがいいんだけど、新宿の雑踏を避けてルート設定したよ。義父母が武蔵境の駅まで迎えにきてくれたっす。ありがとうございます。スタバでコーヒーをして、家に帰ったよ。退院後はじめてコーヒーを飲んだよ。帰ってからは、なにもしなかったけど、退院後のマニュアルを改めて読みなおしてみたよ。あれれー、タイツをきれいさっぱり脱いでも良いなんて書いてないじゃないのおお。オイラってば、なにを勘違いして見ていたんだろーって、反省した。すぐ履こうにも、荷物は明日にならないと着かないから、ガックリしたよ。それから、いろいろの股関節関係のホームページを見て歩いた。階段の昇降は手すりを使って慎重にと言う記事を見て、おいら真っ青になって、凍結してしまった。1日200段も上下しちゃって、どうすんのよっっ!オイラのバカバカっっ。って叫んだっす。一方心の中では「でもなー、あれは、股関節を使っているって言う感じより、筋肉を使っているってゆう感じがしていたんだけどなー。」と弁解していたりするんだけど・・。やっぱり反省する。正座して・・って、うそうそ。なにかと、まずいので、今日はお休みなさい。そそ、とにかく、リハビリと湯治の旅はこうして終わったっす。

左。遠くに見える山が、ふるさとのシンボル、太平山。お酒の名前にもなってるよ。
中。こまちの先頭車両。中は一列4席しかなくて幅が狭い。前後はゆったりしてるけどね。
右。盛岡ではやてと連結する。はやてに引っ張ってもらって東京に着いたっす。

2007年2月19日
手術後38日

東京にもどってから5日が過ぎた。リハビリは一つを除いて特にしてないっす。退院の時の課題は、およそクリアできたけど、ただひとつ、爪を切ったり、靴下をはいたりできるほど、脚を引きつけられない。2ヶ月はかかると言う話を病気仲間が言っていたからきっとそうなんだろうと思う。この練習だけは毎日やっているけど、どうなることやら。帰宅翌日14日に、社会保険協会から高額療養費の貸付があった。帰宅の2日後15日に、職場に顔を出した。復帰後の勤務時間などを相談に乗ってもらった。21日水曜日には、仕事に復帰する予定にしている。16日には、食洗機が壊れていたので、安い品物を探しあるいたっす。17日に少し型が古いけど、36000円というのをゲットできたっす。18日には下の子とお出かけしたけど道に迷って、しかられちゃったっす。機嫌を直してもらうのにちょっぴり出費しちゃったよー。ガクッ。そんで、今日は、身体障害者手帳が出来たと言うので貰いにいったです。すごくきれいなお姉さんが親切に説明してくれてお別れしたくなかったっす。午後は警察にその手帳を持って四葉マークの申請にいってきたっす。夜は、息子と例のお土産のプラモデルを作って遊んだよ。

左。手帳が交付されたよ。
中。夕食に出た背中が黄色い小魚。たぶん「きびなご」だと思う。
右。型は古いんだなー。そのせいか、安く買えたよ。
まあ、オイラにとっては出費をおさえた分ラッキーさ。

2007年2月20日
手術後39日

明日から、お勤めに行くので今日は気合が入っているよ。でも、一つだけ悩みがあるのだ。手術前の状態が悪かったとき、なぜかはいているズボンがずり下がってくる。腰の高さが左右違うからだろうか。ベルトをしても動くから大した効果はない。あんまりズボンを引きずるのもなんだと思って、引きずらないように上げをしたんよ。当然カットされたズボンは短くなった。さて、手術が終わってビックリ!スボンのずりさがりが起きなくなっているではないのおお。ベルトをするとバッチリきまっているうう。(もちろん自分の主観だから、かっちょよくなったとかではない。残念ながら)でも、どのズボンも短かすぎになっちゃってるうう。と言うわけでオイラはズボンをゲットしなければならない。でもスボンというのは、上げしたりしないといけないから、面倒なものなのだ。明日が出勤ということを考えるとちょっとしたお悩みだね。でも、オイラには切り札があるのよ。京王ストアだ。あそこは腹が出た短足のおじさんにマッチした商品がある。スマートなモデルさんには縁のない庶民の必要なものが置いてあるのよ。んで、行ってみたら、あったああ。そのまんまはけるよー。超うれぴー。3本もズボンを買って帰った。半日はかかるかと思って憂鬱になっていた買い物が一件目で終わって気分がよかったっす。しかもその店には、33段もある階段があったっす。もう少し時間がたってもっと股関節がしっかり固定されたら、筋トレに来れるなーって、今から目をつけちゃったよ。帰りは近所の梅林を見て帰った。この地域は梅ノ木が多い。なぜか白梅が多いんだよねー。全部紅梅だとちょっと暗くなっちゃうけど、白に適度に紅が混ざっていると良い感じだと思うんだけど・・・どうかなー。午後は、自分の部屋の掃除をして過ごした。税務署に医療費の還付を受ける手続きしようかと思って、医者の領収書探しも兼ねているんだよー。そんで、そのとき自動車の税金の手続きもしようかなって思っちゃってね。夜は、昨日作ったプラモで子どもとあそんだよ。遠足の前の日は眠れないタイプの自分だけに今夜は眠れるかなー。おしまい。

左。階段みっけ〜。33段だったかな。
中。近所の梅林は満開だったよ。全部白梅ね。
右。夜は息子と昨日作ったプラモで遊んだよ。

2007年2月24日
手術後43日

眠れなかった日から4日がたって、今は良く寝て通勤してるよん。念願の6週間たったので、脚の間の枕を外して良いのだけど、やっぱり無いとまだ多少左足外側が突っ張る感じがあるので、ごく薄いものを挟んでねている。でも、最初だけで朝起きると下のほうに蹴り出されているよ。寝返りもそろそろ打って良いらしいのだけど、まだ抵抗を感じるです。でも、数日中にはいけるかんじです。人間寝返りができるってうれしいもんだよ。仕事を始めると、1日仕事に取られるから、リハビリは思ったよりできないっすね。ちょっと心配です。本調子で働けないので、みんなに迷惑かけちゃってます。みなさん、親切にしてくれて、ありがとね。通勤は車だし、歩く距離が短いから、杖を使う場面がほとんど無くて、机に手をついて移動したり、何も無くて少しあるいたりしているいせいか、歩き方が最近良くない気がするね。杖を使うときれいにあるけるのにね。どうしたものか・・。あしの持ち上げも、まだ効果がなくて、靴下を履いたり、爪を切るところまではいってないです。術前の稼動域が狭かったひとは、かたまっちゃってむずかしいのかなー。マッサージもそのうち考えないといけないのかなーなんて、思ったりしているでしゅ。まあ、当面自助努力でやるかな。そうそう、畑の片付けもぼちぼちやっているよ。

左。職場でも梅や台湾緋桜が咲いていたよ。
右。職場の机の上にあるマスコットね。コラッタかなー。ラッタだった。

2007年2月28日
手術後47日

お仕事はお休みの日。そろそろお山に行きたいけど、いろいろ雑用が多くていけないっす。出勤日はリハビリが進まなかったので、27,28の連休を利用して、いろいろやってみた。まず、歩くこと。2.5キロほど歩いた。3000歩たらずという感じ。40分前後かな。やはり、歩くと体調がよくなるね。この距離は術後最高だね。2日間犬と一緒にのんびり歩いたよ。それだけにワンダフルだったね。体調が良くなったところで、脚の引きつけをする。すこーし進歩したようだ。靴下が前で履けたり履けなかったりした。腫れと血栓防止用タイツを1日脱いで過ごしてみた。これは、だめだった。前のときもそうなのだが、脱いで時間がたつとなーんか、気分が悪くなる気がするんだ。気のせいかなー。まあ、しっかり2ヶ月はくべきだね。傷口は、上の方の1/5ぐらいが、まだかゆいというか、赤いと言うかって感じ。昨年は、入院の準備のために、歯の治療をはじめとして、たくさん病院通いをしたので、医療費の控除を受けようと思って、書類をつくったりした。でも、まだ用意する書類があったりして、完成することが出来なかった。税務署に相談にいってみたりしたよ。はじめてやる手続きなので、ちょっと冒険心がわくね。あと、家電をリサイクルに出したり、子どもたちを習い事に送迎したり、こんなことをしていたら、あっという間に2日が過ぎてしまった。ほんとにお山にいついけるんだろ。まあ、風は強くても日中は晴れていて良かったよ。あっ、畑の撤去がまだ残っていたんだー。がびーん。おしまい。

左。お散歩に行ったら、菜の花が咲いていた。
右。つきあってくれたお礼をあげたよ。

2007年3月3日
手術後50日

今日も「おふくろさん」の歌を口ずさみながら、仕事場へと向かう。頭の中では、手紙を書いているのだ。「拝啓、川内康範先生。ボクなら、歌詞を変えたりせずに、そのまま歌いますので、どうか、あのうたをボクに歌わせてください。あっ、しかし、原曲のキーだと、〜お前もいつかは〜のところで、声が限界に達して、〜世の中の〜のところでは声が裏返ってもうだめになってしまいます。少しキーを下げさせていただくことになりますが、どうか、ボクにあの歌をください。・・」と言う内容のものだ。そしたら、老後も安心かなって、思ってね。とっところが、今朝のテレビで、ビックリ!あの、吉幾三が、おれに歌わせろと同じ事を考えていたのだああ。ショック!退院後の復職にあたって仕事の開始時間を遅くしてもらったことで、朝のワイドショーを見ながら出勤するので、オイラはすっかりワイドショー人間になってしまったのよ。一昨日のことだが、警察から電話が来て、駐禁の除外指定のシートが来たから取りに来るようにとのことだったから、昨日もらいに行った。四葉マークの張る奴もくれるのだと思いこんでいた自分は、マークがないよおお。ってお巡りさんに言ったっす。そしたら、なんと、それは、自分で買うものだといわれた。とてもビックリしたよ。そう言えば、車イスのマークもホームセンターで買えるもんね、オイラは、近くにある府中の試験場の売店に行って買おうかなーっておもったっすよ。さて今日はひな祭りだね。ひな祭りのお菓子をもらったよ。きれいなピンクだったので、写真にとったよ。午後は、ちょっぴりバドミントンをした。まあ、無理もしていないので異常無しだね。ご飯の量が術前に戻ってきているので、まずいなーっておもっているっす。なんか、脈絡もなく書き散らばして今日はおしまい。

左。交付を受けたシールだよ。
右。ひな祭りのお菓子をもらった。最後の一粒だよ。

2007年3月6日
手術後53日

オイラったら、なーんかすごい勘違いしてたみたいで、はずかしいっす。四葉マークは「肢体(手足)不自由であることを理由に当該免許に条件を付されている人」がつけるんだそうで、オイラの当該免許には条件が付されていないから、付けられなかったんすよ。まあ、そんなわけで、車イスマークをつけてみたっす。退院直後は、歩くのが大変だったから、スーパーの駐車場なんか、障害者用の場所に止めたかったけど、これからは、歩けるようになるから日々、必要性が低下していく気がする。むしろ、手術前の一番痛かった時に何もケアを受けられなかった事が今思えばすごく辛く厳しい状態だったと思う。自分と同じような、そうゆう人達が今もたくさんいると思うと、心が痛むね。等級は軽い評価であっても、早く手帳を申請したほうが良いと思う。もちろん病気を受容する心を育てて病気に対する正しい理解に到達するようなケアが先に必要なんだろうなー。難しいことを考えるのは苦手だからよくわからないけど、そんな気がする。職場で変な向きでお仕事をしていたら、腰の上が変になっちゃった。それで、お風呂屋の強力ジャグジーでもみほぐそうかと、スーパー銭湯に行ったよ。家から9キロ先の「丘の湯」だ。いま、自分的にはここが一番気に入っているよ。「丘の湯」は読売ランドの敷地の中にある。駐車場に車を止めると、大きな観覧車が目に入ってくるよ。はじめジャグジーで腰を揉んで、露天に行くと、なんと四万温泉の人工温泉があったよ。わーい。群馬まで行かなくてもいいじゃん、いいじゃんと、お得な気分を味わったよ。和漢方のサウナで抵抗力もつけたし、普通のサウナでも汗を流してたっぷり90分もお風呂に居たよ。すると、あらら、退院してから、こんなに長くお風呂場に居たこと無いもんだから、上がったあと、なんか疲労が襲ってガックリしちゃったよー。ちょっと、休憩して家に帰ったっす。
左。けっこう、目立つのね。
右。今、ここがお気に入りだよ。
最近、野菜をあまり食べてないなーと思って、畑にも行ったよ。白菜が日に当たって、結球もせず、ぼうぼうになっていたっす。オイラは、白いへろへろの白菜より、太陽を浴びてバリバリにハードな緑の葉っぱが食べたいんだーい!(明らかに強がっているね。)と言うことで、ジャガイモの後片付けと白菜を収穫して、家で食べたよ。白菜の味噌汁。白菜の豚肉炒め。白菜のおひたし。なんか、作って食べたよ。ほかに、白菜の一夜漬けも製作中さ。ちょっと味見したら、硬くて、バリバリしていて、最高だったね。(だれ、うそつきって言ってる人)そんな事をして2日が過ぎて、今日はお仕事に行ったよ。午後はたまには、勉強しなさいと言うことで、教室でお勉強したよ。気が遠くなって意識を失いそうだったね。(ただ、ねむいだけと言う言い方もあるけど・・。)その後家に帰ってビックリ!上の子が高熱を出しているじゃないのおおお。夜なので近所の杏○大学病院の救急外来に連れていったらなんとー、インフルエンザのB型だって言うじゃなのおお。ガックリ。いま噂のタミフルなのか。どーするのか。考えながら、この日記を書いているところさ。今日はここでおしまい。
左。これでも、白菜だよ。えっ緑菜だってえ。
中。午後は、お勉強だよ。
右。これが、うわさのタミフルね。

2007年3月12日
手術後59日

厳密には59日だけど、月で数えると2ヶ月だね。この日を長く待っていたよ。2ヶ月経つとどんな良いことがあるのだろうか。まず、弾性ストッキングをはずしてよいのだ。どーも、これをはいていると病人のような気分になってしまうんだよなー。でも、はかないと、なんか全身がはれぼったい感じがして、具合悪いから、けっこうまじめにはいていたっす。術脚に重みをすこーし感じただけでも用心してはいたりしてるよ。弾性ストッキングはすばらしい発明だと思う。2ヶ月目からは立ち仕事も良いそうだ。杖歩行はまだまだ必要だね。脚を引き摺らないようになるのは、4〜5ヶ月かかるらしいから。水泳も良いそうだ。来週プールに行きたいと思っているよ。平泳ぎは禁止らしい。爪きりが出きるようになると言うが自分はまだだよ。練習がたりないからかもね。春に向かって日々暖かくなって、活動的になるから、動けるようになるのはうれしい。そうそう、ホワイトデーが近いので、今日は、お返しを買ってきたよ。お返しはボクの好きなエンゼルパイの大袋だ。ほんとはカントリーマアムも好きなんだけど、不二家の製品はまだ出まわってないみたいだからこっちにしたさ。エンゼルパイは中のマシュマロみたいなのが出てくると嬉しいのはボクだけだろうか。お返しは14日を待たずに渡しちゃうのだ。14日はお仕事をお休みする日だから渡せないんだ。関係無い話しだけど、パソコンの壁紙飽きてきたから変えたいんだけど、良いのが無いから考え中なんだよなー。とまた話しを適当にして今日はおしまい。
左。春になったねー。台湾緋桜の花だよ。下に向かって咲くんだ。
中。ボクの好きなエンゼルパイ。お返しはこれだよ。
右。今の壁紙のゾロリ先生だよ。子どもも見るし、ほしのあきとかにしたら、
よくないよなー。好きなのになー。(こらこら、おやじっっ。)

2007年3月14日
手術後61日

今日はホワイトデーだねー。そうだ、昨日あった出来事を書こうかなー。「ほう、じゃー脱いで見て。ああ、きれいだ。いいねー。」と言うことがあったっす。(いきなり、なに書いとんじゃー!わけわからん。)実は、傷跡やら、あっちこっちがあまりに痒いので、つつじヶ丘の皮膚科を受診したときの話しさ。
オイラ「2ヶ月前、手術をした傷が痒いんですよ。」
先生「ほう、じゃー脱いで見て。(傷跡を見ながら)ああ、きれいだ。いいねー。」
先生「痒いのはすぐに治るよ。マイーザー軟膏を出しておくよ。」
オイラ「よかったー、ありがとうございまーす。」
と、言うわけ。まあ、このホームページで色っぽい話しを期待している人はいないだろーけどね。きのうから、薬を塗ったおかげで、1ヶ月にわたるかゆみから、簡単に開放されたのでした。ボクは内心行き付けの皮膚科の先生は名医だと思っている。難しい病気を治せるかどうかは知らないが、ボクの身近に起こる皮膚のトラブルについて、まず見誤りが無い。自分にとって名医ではあればいいのだ。あと昨日は、お散歩したり、畑から結球していない大きな白菜を取ってきて、お浸しにしたりした。。写真とったあとは、タッパーにぎゅうぎゅう詰めにして、5つもできた。毎日、沢山食べないとね。お浸し作りで長く立っていたからではないと思うが脚が少しだるくなったから休憩をとったりもしたよ。それから、今日は税務署にも行ったね。前回、未完成だったから、完成させにいったのよ。僕の場合は税金が3千円戻ってくることがわかった。ものすごーく苦労して領収書とか集めて、これかああってちょっとがっかりしたけど、勉強になって良かったよ。あとはね、お山の行きの作業なんかをしていたよ。おしまい。
左。今日も良い天気。風は強いけど元気に咲いている。
右。作ったおひたしをタッパーに入れる。

2007年3月21日
手術後68日

どこに行っても、卒業シーズンだね。ボクは卒業のお祝いは手作りがいいと思うよ。もちろん山小屋も手作りがいいに決まっているけどね。って、さりげなく、ホームページの宣伝をしたりして・・。卒業したからと言ってもちろん一人前じゃなくて、これからいろいろな経験をして、一人前になるんだよね。そー考えると、明日は術後最初の診察だけど、その診察は僕の卒業式かもしれないね。手術した患者からの卒業だといいな。これからも人工股関節生活は続くけれど、手術の傷が癒えていない患者からなら、卒業していいんじゃないかなー。
左。こんな、手作りの卒業式で・・。
右。こんな、かわいい、花束をもらって、卒業って、いいよね。
さて、今日は祝日で学校も休みだったので、下の子と出かけたよ。まず、上の子の誕生日が近いので、2人でプレゼントを買いに行ったよ。なんでも、スネオのようにラジコンを飛ばしたいんだそうだ。でも、外でやって人にケガなどさせるといけないから、室内用のヘリと飛行機を買ったよ。ひつじの群れの中に狼を連れて行くと大変なことになるよね。オモチャ屋に小学1年生を連れていっても同じことだと思うのよ。やっぱり。誕生日でもない下の子にも、なぜかプレゼントを買うはめになってしまったっす。がははは。グスン・・。その後、下の子と王禅寺のヨネッティに泳ぎにいったっす。術後初めてのプールだね。流れるプールをぐるぐるしてただけなのに、けっこう、脚を使った気になるんだよ。バタ足に平泳ぎの手と言うへんな泳ぎで流れていたよ。かえる足は禁止だからさ。そうそう、昨日灯油を入れるとき、はじめて蹲踞(そんきょ)したよ。ほら、おすもうさんが土俵で向き合ってしゃがんでいる状態ね。やろうと思ってやったんじゃなく自然になっちゃったっす。まあ、あまりしないほうがいいんだろうな。プールから帰ったら、やっぱり疲れて、少し横になって寝たっす。今はね、明日の予定を考えているところさ。おしまい。
左。室内用ラジコン飛行機の棚。他にヘリも買ったよ。
中。初泳ぎは川崎の王禅寺のプールね。
右。オンボロの軽自動車の距離メーター8と1が交互に並んでいておもしろいっす。

2007年3月22日
手術後69日

今日は、終業式。下の子が帰ってくるのを待って、通知表を見てから出発したよ。成績があがっていてよかったね。皆勤の賞状をもらったのはもっとすごいぞ。さて、オイラは見つけていた。日野の高速の出口の脇に「王様のおふろ」があることを。診察で傷口を見られるときに、脱ぎ脱ぎすることもあるので、一風呂浴びてから、病院に行く事にする。全部で17のお風呂があるそうたぜ。露天風呂も充実していた。洗い場では、桶を置く場所に足を乗せられる構造になっていた。乗せて洗っているひとが結構いた。オイラもリハビリになると思いあぐらをかくように足を乗せてみた。リハビリした気分になったっす。3時からの診察で、お風呂から2時少し過ぎに出た。お腹が減ったので、コンビニでおにぎりと牛乳をゲットしたよ。
左。お風呂屋の入口だよ。中では写真とれないもんね。
右。お風呂を出て、おにぎりと牛乳買った。
なんか、今日の道は込んでいるね。環八も鎌倉街道も時間がいつもよりかかったよ。自損事故だと思うけど、ぶつかって破片をバラ撒いている車もあったよ。3時10分前に受けつけする。すぐに採血だああ。それに、レントゲンを撮る。病気友達がいないか、キョロキョロするが、だれとも会えなかった。同じ時期に膝の手術をした人がいたかもしれないが、実は自分は、人の顔を覚えるのがかなり苦手なのだ。別人だったらいけないしなああ、と急遽引っ込み思案になる。病気友達には会えなかったが、お世話になった病院のスタッフには4人会えてお話した。ちょっとうれしかった。診察では、順調だねと言われる。でも、体重があるしよく動く人だと、早くだめになるから、やせるようにいわれて、パンフレットをわたされた。レントゲンを携帯で撮らせてもらった。コピーを渡すこともできるよと言ってくれたが、かさばるので、これでいいですと言った。足の爪がまだ切れないというと、どうやっているのか見てくれた。あと少しなんだけどなあと言うと、まだ2ヶ月だから、すこしづつ練習するようにとのことだった。半年したら、杖無しでもいけるだろうけど、筋力がつくまで、半年はがまんするようにいわれる。ロディオボーイも半年して筋力がついたら乗ってよいそうだ。「なんで、最近はその質問ばっかりするんだ。」と先生はちょっとうんざり気味。「やせたいからでしょう」というと。「食事の白いものを減らすのが先」と言っていた。たしかに・・。重いというのと、良く動くと言うのは、2大危険因子だって。
左。途中の道で歩道のポールにぶつかっている車を見たよ。破片が散乱していた。
中。いつもより、1時間も時間がかかって病院についたよ。
右。今は、良い状態だけど、あなたは特に長持ちするように努力しなさいと言われた。
言っておくけど、ちんちんは写ってないよ。
それから、リハビリ室に行く。足の動きをいろいろチェックしてもらう。動けるし動いているように見えるが、本来強くなってい欲しい筋肉がまだ弱い。他の筋肉を使って動いているので、本来の筋肉を鍛えるように課題をいただいた。練習してみると、たしかに効く〜って感じだね。リハビリを終えて、次回の診察日を6月26日(火)11時半に決めた。お金を払って撤収する。が、少し走ったところで、リハビリ室に忘れ物をしたのを思い出して取りに引き返したりした。都築のパーキングで晩御飯を食べて、自宅付近に着いたのが19時15分。すぐに給油した。最近の燃費はリッター11、2キロだったっす。それから、今日は職場に用事があるから、職場に行ってかえってきたら23時半だったっす。疲れたかももー。おしまい。

2007年4月3日
手術後81日

桜が満開で、春ですねー。脚の調子は良い気がします。最近まで、凝っていたのが、キックボードね。台の部分に術脚を乗せて、良いほうの脚で地面を蹴って進むわけ。蹴る衝撃は、良い脚がうけるわけ。術脚の動きは膝を中心に上下に激しくうごくけど、股関節まわりは緩やかに動くし、小指が台を掴むようにすこし足の裏をはみ出させると、力が良く入るね。一昨日は、やり過ぎでうでと、肩がいたくなっちゃった。なんで、腕肩かというと、ハンドルで股関節に掛かる体重を調節して乗っているからだよ。やりすぎは、なんでもだめだね。でも、リハビリとしてはよいよーな、気がするよ。あっ、膝の弱い人はやめたほうがいいかも。この間、足のつめも切ってみたよ。あぐらをかくようなかっこうでは切れないね。へんなかっこうして、切ったよ。まあ、生活動作だから、目的が達成できたらよしとしよーね。4/1出勤前に、犬に引っ張ってもらって、キックボードで畑に行ってみたよ。犬動アシストキックボードだね。でも、犬がアシストしてくれたのは、出発した最初の時だけで、嬉しさがなくなった帰りは、横に並んで歩いていたよ。畑は前日で契約切れだったんだよなー。行ってみたら、ほぼ片付けが終わっていたね。取り残したラデッシュを回収して帰ってきたよ。かなり、あるけるのだが、やはり、杖が無いと体がゆれている。半年は、杖歩行が基本だと思うね。寝返りなど布団の上ではよいのだが、かたい床板の上で、傷を下にして横になることは出来ないね。まだ痛い。今月から仕事は通常にもどしてもらった。やはり、疲れるけど、はじめだからしょうがないね。おいおい、よくなるでしょう。
左。犬とキックボードでお散歩。
中。畑は片付けられていた。
右。最後の収穫だね。

2007年4月12日
手術後90日

とうとう3ヶ月が経過したかーと言う感慨はなーい。2ヶ月の時はかなりあったけどね。「花は桜木、男は岩鬼」と昔から言うじゃなーい。(えっ、出典はなにって・・水島新司ドカベンです。)とにかく、花の季節だったねー。散り行く桜を惜しんでいる今日この頃です。最近の身体的傾向としてはブタというか、デブというかそんな感じです。って、書いててがっくりするね。下の写真のように機敏に動けるようになりたいものだ。
左。花びらがだいぶ散って、ガクしかのこっていないものも目立つ。行く春を惜しむの心ね。
右。やせて、こんなに機敏に動けるよーになりたいもんです。関節によくないかな。
今日は、都税事務書に車の税金の減免の手続きに行ってきましたあ。係りの人がすごく親切で恐縮したっす。先日、病院に診察に行ってリハビリをうけたでしょ。あのとき、訓練が必要と言われた筋肉が、生活動作のどんなときに使われるのかがわからなくて、なかなか効果的な訓練になっていなかったのが悩みの種だったのだが、ふとしたことでようやくわかって、最近は訓練に取り組めるようになったっす。車に乗っているとき、ゆるやかに曲げた左足を、胸方向に引きつけることがまったく出来ないことに気がついたのだ。ぴくりとも動かない。信号待ちのときなど両手を添えて持ち上げる練習をはじめた。ねころんでやると、他の筋肉で助けてしまうのだが、車の中のこの体勢だとその筋肉しか使わないようなので、効果的な気がする。その他の体調は、やはり、まだまだ、体が傾いているね。術脚をひきづっている感じもある。術後半年を目指してボチボチ改善に取り組んだほうが良いと思うよ。と、いいつつも、すこし小走りしてしまい、自分を押さえることもあるから、調子は経過相応に良いと思うです。そんで、ちょっとは息抜きも必要かなって、スィーツを手作りする。ちょっとだからいいよね。
左。この状態のまま、膝下全体を胸に引きつける筋肉の運動が必要だよ。
右。手作りスィーツで一息いれる。ああ、ブヒブヒになるでしょ。イヤなっているって。すでに・・。

2007年4月19日
手術後97日

前回書いてから1週間が経ったね。けっこう激動の1週間だったよーな・・。何してたかと言うと、化石掘りの練習ね。現在、恐竜にとりつかれている下の子は、恐竜の発掘調査に行くことを激しく希望している。そんで、恐竜の埋まっているところに連れて行けとおねだりされて困っているのよ。この日も連れていけ、行かないと遊んであげないぞと言って、布団をかぶって抗議されちゃったので、苦し紛れに「多摩川の石で、練習しないと化石は掘れないのだ」と言ってしまったオイラ。あるかないかわからないが、二人で多摩川の河原に立った。割れている石の断面の中に、蚊や羽虫などの化石があるのではないかと期待して割れている石探しをしてみた。1時間ほどうろついたが、はっきり化石と認められるものはみつけられなかったよー。その後河原で遊んで帰った。疲れたねー。以後なぜか化石掘りに行こうと言わなくなったのは、悪いことをしたかなーとちょっと反省した。よるのニュースで丹波地方の河原で恐竜の発掘調査が続いていると言うのやっていた、やっぱり古い地層や岩盤が川の侵食で露出していやすい河原は狙い目なのかーと一人で納得した。疲れたら、スィーツだよね。今回のスィーツは和風だよ。細かく切ったバナナを下に敷いて、中層にアイスを置き、上から餡子をかけて出来あがりと言う簡単なものだけど、かなりマイウーだったね。
左。もう、遊んであげないんだから。と隠れているところ。
右。河原で化石探しするう。
えっ、おいしいスィーツはどうでも良いから脚の話しをしろってぇ。はいはい。脚はね調子良いですよ。これまで、あと指二本残して、届かなくて、足を靴下に入れられなかったのが、最近は届くようになって、前からなんとか靴下をはけるようになったのよ。リハビリのおかげだね!と言うことは全然ないっす。だって、なんにもしてなかったんだもーん。なまけものだから。歩行も杖無しで、上体のゆれが減少してきたきがします。ひきづって歩く感じはよくわからないけど、きっとまだあると思うよ。調子が良いからと小走りしないように気をつけているです。最近は天気が悪かったので、雨の合間をぬってタイヤ交換をしたよ。大きい車の交換はしたことが無かったけど、軽自動車と同じだったね。タイヤが重かったので、ころがして運んだよ。人工関節にはなるべく負担をかけないように注意してやったよ。これで、完全に冬とはお別れだね。
左。手作りスィーツ。と言っても買ったものを、順番に重ねただけだけどね。
右。夏用にタイヤ交換した。次回のローテーションのためのメモもつけておくのさ。

2007年4月28日
手術後106日

今日はゴールデンウィークの初日だね。こんなとき遠出すると渋滞に巻き込まれたりするから、近所で遊ぶのが一番なんだよー。と、強がりを言いつつ自転車で10分ほどの深大寺に子どもと遊びに行く。先日お山で20メートルほど、重い水を運んじゃったので反省して弱気になっている今日このごろです。上り坂は術脚をかばいながら自転車をこいだよ。子どもにはたいして面白くない場所かもしれないので、カメを見に行こうと言って誘ったのさ。
左。深大寺の山門だよ。
中。寺域はあちこちで水が湧いている。湧水の地だ。
右。本堂横の池。カメが一匹いた。魚もいた。

夏に来たときはお祭りをやってたって子どもが言うんだけど、なんのことやら。輪投げとかサメ釣りなどの遊ぶものが無いのが不満そうだった。お店でアンズ飴を売っていたので買って食べた。午前中だけど、すこしは夜店気分になってくれたらしい。境内におびんずる様の木像があって悪いところをなでると良くなると言う。子どもは「ちんこをなでるとどうなる」と聞くので、「もちろん良くなる」と答えたよ。あまりげらげら笑うので読経に来ていた人が振り返ってはずかしかったっす。最後にだれも人が来ない深沙大王堂を通ってかえったっす。信仰心のまったくない自分だけど深沙大王堂には、子どもが生まれるとき安産のお願いに来た。安産だったから、お礼に?子どもの名前に一文字もらったものです。夕方の突然の嵐のあとドキホーテにお買い物に行ったら、なんと500シーシーのペットボトルのジュースが一本9円で売っていた。11本買ってきた。もっと買おうかと思ったけど、脚に悪いから重い水は運ばないと決めたので、これでがまんしたのさ。よるは、恐竜のペーパークラフトを作らされたよ。おしまい。

左。あんず飴を買ったよ。
中。おびんずる様の木像。霊験あらたかとか・・。
右。ひっそりとたたずむ深沙大王堂。

2007年5月6日
手術後115日

今は5/6の深夜。ようやくゴールデンウィークも終わって、ほっとしつつ疲れを癒している皆さんも多いとおもいます。自分の場合を振りかえってみると、前回、深大寺に行った後からですね。恐竜のペーパークラフトをしたところまで報告してましたので、今回はその続きね。完成させたペーパークラフトの恐竜は、どうせ壊れちゃうからその前に、やはりペーパークラフトの背景をつけて記念撮影をしたよん。うーん良い感じじゃーん。と、子どもより喜んだりしたよ。それから、長崎に行ったから画像を見てよー。えっ、なんか違うってぇ。あちゃー、やっぱりバレちゃったですかー。この平和の像は長崎じゃなくて三鷹市仙川公園のものだよ。仙川は以前東京でも指折りの汚れた川でけっこう悪臭などしたものだけど、今は少し良くなった気がする。その仙川沿いの三鷹市新川地区には、丸池公園を中心に最近素敵な公園がたくさん整備されていて嬉しいのさ。公園には池や流れなどもあったりして、楽しい。息子をさそってサイクリングしたよ。一番のお目当ては長がーいローラー滑り台だよ。そのまま滑ってもいいけど、ゴムのマットを敷くとスピードも出ていっそう楽しくなるよ。
左。これが恐竜のペーパークラフトだよ。
中。背景のジオラマ風のペーパークラフトの前に飾る。良い感じに見えるよーな・・。
右。長崎に行ったよ、って嘘、嘘。ここは三鷹市仙川公園だよ。

それから前回同様ヨモギ採りのお散歩もしたよ。脚の調子はグッドだね。しかし、たくさん歩くときには人工股関節保護のために杖はかかせない。自分は50メートル以上歩くときは必ず使うようにしている。そうそう、今日の事だけど手術後はじめて和式トイレに入ったよ。以前お相撲さんのように蹲踞(そんきょ)をした報告をしたけど、今日はそれと同じ方法でしゃがんでしたらうまく出来たよ。不安定にならないように、掴める所があるならつかまるといいね。脚の調子は良いのだけれど、今の生活で困っていることが一つあるよ。腰が痛くならないよーに、ベッドにコンパネを敷いて硬いベッドにして寝ていたら、最近あお向けに寝たときに当たるかかとの少し上の所が痛くなってきたんだ。もちろん、寝るのが好きでなにかと横になるからなんだけど、困ったものさ。しかたがないから、ベッドの硬さを元に戻して、足のかかとの上の部分も柔らかいベッドにあたるよーにしたんだけど、なかなか痛みはとれない。湿布はったりしてる。最後に、うちには男の子がいるから、こいのぼりも飾ったよ。あと、五月の5日と6日はお山に行って過ごした。おしまい。

左。仙川沿いの新川地区には素敵な公園がたくさん整備されているよ。
中。おめあてのちょっと長いローラー滑り台。
右。こいのぼりも飾ったよ。

2007年5月15日
手術後124日

術後4ヶ月が過ぎたね。最近、思うに「歩き」が足りないんじゃないか。乗り物ばっかり運転して、甘やかしすぎでしょオレ。そこで、いつもの、長続きしないあれよ、あれ。いわゆる発作ね。発作的に立ち上がって散歩を始めた。夜中だと言うのにぃ。夜道はこわーいので、お犬様に付き合ってもらうことにした。深大寺の森を1時間ぐらいさまよって、やっと広い道に出て帰ってきたよ。そうそう、以前、多摩川に化石さがしに行ったことを書いたでしょ。河原は川の侵食作用で古い地層が露出してるなんて書いたけど・・。出たんですよ。その化石がっ!しかも全長6mもある巨大化石が、多摩川の河原から。地元では大騒ぎ、うちの下の子は「ボクが見つけたかった」と地団太踏んでいるしぃ。なんでも、120万年前のステラー海牛の新種なんだとか。あんまり興奮しているから、恐竜さんの所につれていったよ。もちろん歩いてね。そしたら、作り物じゃんって言うので、手のひらの小さい奴をみせたら、ちがうちがうって言うしぃ。困ったもんですよ。
左。夜中に発作的にお散歩しるボク。
中。近所にも恐竜くんはいるよ。
右。これだって、恐竜に見えないこともないのでわ・・。

そんなこんなで、母の日には市のイベントがあったから、これまたお散歩がてらいってきたよ。親子まつりって言うんだそーな。まず、スライムを作ったね。そんで、本箱を手作りしたね。下の子が自分でノコギリ引いて作ったよ。楽しいって言ってた。うんうん。手作りはなんでも楽しいのさ。それからペットボトルの風車を作った。ゲームもいろいろやったけど、出し物を見る暇が無かったのが残念だった。すごく充実したイベント内容だったね。関係者のみなさんありがとうです。そんで、お疲れ様です。そう言うわけで、ちょくちょく歩いている。脚の調子は良いね。おしまい。

左。散歩も兼ねて「親子まつり」というのを見に行った。充実したイベントだったよ。
右。子どもは、そこで本箱の手作りにチャレンジしたよ。手作りしてたのしかったってさ。

2007年5月22日
手術後131日

オイラには信奉している物がある。えっ、物って??物質を信奉ってなんなのさ。今日はそれの場所に行く。例によってカブをひっぱり出して出発だああ。あっ、ちょっと職場により道した。目標地点まで往復50キロのツーリングだね。青梅街道から環七に入り北上する。途中吉野家に寄って豚丼を食べる。自分的にまだ輸入牛肉の安全性に不安を感じるから豚丼ね。まいうーだよ。それから北区に入って馬坂という名前の交差点を左折してしばし行くと。線路にはりつくように、河童天国と言うお風呂がある。JR東日本の経営らしい。料金は会員で1680円なのだ。ちょっとその辺のお風呂よりも高い。でも、自分には、ここに来なければならない訳があるのだ。それは、ここには励明薬湯という名前の珍しい薬湯の浴槽があるから。脚が痛かったとき脚をかばうために変な姿勢になるでしょすると体のあっちこっちが痛くなるでしょ。とくに膝が痛くなったときはすごく困ったっす。でも、励明薬湯に入ると不思議と治ったもんです。初めて励明薬湯を体験したのは20年ほど前、郷里ででした。それ以来、励明薬湯を信奉しているのでしゅ。東京でもさがしていたのですが、数年前にようやくみつけたのが、この赤羽にある河童天国というお風呂屋さんでした。今回は、なんとインターネット割引で1050円で入れるというので、行くことにしました。郷里の薬湯は、ものすごく濃くて強烈だったのに対して東京のはマイルドで万人向けのお湯です。効果もマイルドな気がします。3日ぐらい行くと完全によくなりますが、1日でも入湯時間を増やせば、効果をえられます。あくまでも自分の場合に限定した感想ね。たとえ、マイルドでも時間がかかってもここにしかないので、手術前の自分は、ここにすがるしかなかったですね。さて、入り口を入って、フロントに割引券をだしてキーをもらって脱衣所に行きます。ここには、ヘルスセンターのように休憩する場所や食堂などなんでもそろっています。今回の自分の励明薬湯の入浴風呂プログラムを紹介しよう。1日に3浴が目標っす。1浴とは5分〜10分の時間で三回入ることです。各回の間は10分〜15分ほど空けて汗を引かせるのが理想だけど、今日は時間があまりないので5分ですますことにしました。そうすると1浴にかかる時間は40分です。1浴から2浴の間は2時間ほどとってゆっくり休むのが基本だけど、今日は用事もあるので、間は1時間にすることにしました。2浴から3浴の間も同じく1時間ですますつもりです。そうすると3浴終了まで4時間、退出まで1時間の休憩を見込んで全部で5時間のプログラムで取り組むことにしたです。支払った料金で12時間滞在して良いので、心配はないです。
左。行く途中、吉野家で豚丼食べたよ。
中。ここが、河童天国の入り口だよ。はああ、天国にいきたーい。
右。これを目的に行ったのさ。厳しいお風呂だけど効果満点ね。

さて、入浴開始。お風呂に入ってしばらくすると、あちこちひりひりしてきます。最初にちんぽこの先、それからお袋様、それからひじなどの曲がるところ。最後に膝という感じですね。女性でもにたようなものだそうです。あまりのヒリヒリさに、自分の弟は励明薬湯に「ヒリの湯」と言う名前をつけたほどです。1浴目はなんとか三回、10分づつはいったっす。そんで、リフレッシュルームに倒れこむように入って休憩したっす。もう、背中なんか熱い感じっす。はっと気がつくと1時間半以上経っていて、はああ、起きたくなーいと思いながら、やっと起きて2浴目にチャレンジだあ。1回目は10分入れたけどあとは6分ぐらいしか入っていられなかったっす。そんで、またリフレッシュルームに行って休憩したっす。そうそう、手術後の傷にかなりしみるだろうと思って覚悟して入ったけど、ぜんぜんヒリヒリしなかった。完全にふさがっているとしか思えないね。2回目の休憩中に傷の周りに少しの膨満感があったけど、不快なものではなかった。すぐになんともなくなった。今回の入浴の目的はこの傷口のチェックと、かかと周辺の痛みの解決のためにきたのさ。3浴目ももう耐えられなくて6分づつしか入れなかったけど、なんとか終了した。汗がたくさん出たせいか3キロも体重が減っていた。でも、食堂で大盛りラーメンを食べて水をたくさん飲んだから、意味なかったね。そんで、カブに乗って帰ってきたよ。帰りはなんか元気に帰ってきたけど、今はやっぱり、湯疲れかなって思う。痛かったかかとはいまは、なんともないね。おしまい。

2007年6月5日
手術後145日

このページもかなり重くなってきて編集するのも一苦労だねー。そろそろ連載終了が近いのかな。さて、最近は脚に良いことを特にやっていないんだけども、足に良いことならやっているよ。「Drフィッシュ」って知っているかい?トルコの火山地帯の温泉に生息しているお魚だよ。テレビで見た事のある人も多いとおもうけどね。そんで、そのお魚いるところに足をいれると、たくさん集まってきて、足の角質や汚れなどを食べてくれるのだああ。昨日、スーパー銭湯の「湯けむりの里」に行ったところなんと、7/24まで、このDrフィッシュちゃんの体験ができるって言うじゃなーい。珍しいこともあって、ロビーはかなり盛りあがっていたね。料金は500円。券売機でチケットを買ってフロントに申し込みに行くと25分待ちと言われるが、待つに決まっているじゃーん!
左。なんと500円でDrフィッシュちゃんに治療?してもらえるんだよおぉぉ!
中。ロビーに設置された大きな水槽に足を入れる。
右。うわああ、お魚が集まってきた〜。うーん電気的な感じぃ?

順番が来て、足拭き用のタオルを受け取ったら、いよいよ体験開始!お魚を驚かせないようにそっと足を入れる。とっ、「あったかーい!」って驚く。外から見てるとただの水のように見えるけど、温水だったのだああ。説明の看板にも書いていたのに実感して改めて驚いたのよ。お魚はすぐにうじゃうじゃ集まって来た。良く見るとけっこうすごい数だね。角質などをみんなで食べてくれる。どんな感じかというと、軽く電気を流されているようなピリピリした感じがする。はあううう。良い感じだよぉぉ。もちろん、手を入れても良い。手の角質も食べてくれる。しばらくうっとりしてると、子どもが「パパのかかとにばっかりすごーく集まってずるーい!」と抗議する。「どーだ、いいだろー。」と言ったものの、ちょっとはずかしかったよおお。オイラのかかとって角質の塊なんだもんな。しかしまあ、なんてかわいいお魚ちゃんたちなんだろーって、いとしくなるね。やってもらっているみんなそう思うみたいだけど、自分もおなじだよお。自分、こんなに食べさせちゃって、後のお客さん大丈夫かなーなんてことを考えちゃったりもしたりして。予定の10分が経過するとお店の人が教えてくれるよ。そーっと足をあげたね。最後までお魚ちゃん達は食い付いてくれて、うれしいっす。足を拭いてかかとにさわってみる。はああううう!すごーい、ぼくちゃんの鬼のようなかかとが、すべすべじゃないのぉぉぉ!と大感激して帰ってきた、夢のような体験でした。報告のその2。最近は、あまりお散歩もしてないんだけど、ユスラウメの収穫の季節なので、先日おさんぽがてら深大寺の森の方に言ってきたよ。赤く熟した実をザルに半分ほど採ってきた。すでに先客が収穫したようで数は少なかったね。でも自分には充分すぎる量さ。

左。すこしサクランボに似た味の赤い実をゲットする。
中。お砂糖を入れて鍋で煮て飴を作った。
右。焼酎に漬けて見た。翌日がまんしきれずに味見した。まいう〜。

さて、集めた果実を軽く洗って。ジャム作り開始!タネを1個1個取ってから、鍋にお砂糖を入れてどんどん煮る。果実と同じ量のお砂糖を入れるのに欲張ってもっとたくさん入れたもんだから、最終的に飴になってしまった。ガックリ。残りは、焼酎に漬けた。一つは、お砂糖をいれたやつ。もう一つは、お砂糖をいれてないやつね。翌日見たら、お砂糖を入れたほうだけがピンクに色づいていた。飲むと、焼酎がおいしいから、おいしかった。もちろんまだ漬かってないよ。おしまい。

2007年6月26日
手術後166日

今日は診察の日だよ。退院後2回目だね。今日は多摩川を渡って「京浜川崎」と言う所から第三京浜に乗った。病院まで2時間10分だったよ。今日は空いていた。レントゲンを撮ってすぐに診察だ。股関節は良い状態だとのこと。体重を次までにあと2糎困蕕修Α∈険Δ梁の太さを同じにしてこようといわれる。えっ、何十年もそうだったのに、できるのかっって思ったけど、ハイって答えてしまっていた。リハビリ不足と言われたっす。まあ、そうなんだけどね。その後リハビリ室にまわされる。今回のリハビリは課題がはっきりして、とても有意義だった。なにをするかが良く理解できたからだ。前回は実はよくわかんなかったんだなーってわかった。次回の診察は10月30日だよ。
左。保土ヶ谷のパーキングで朝ご飯だよ。卵そば360円ね。
中。今日の股関節。良い状態らしい。
右。帰りに港北の湯に寄った。天然温泉のスーパー銭湯っていいじゃん。

この病気は女性が多い。おば様達はすぐに仲良くなって情報交換を始める。それが、なかなか良い情報が満載なのだが、やっぱりおじさんとしては、なかなか入っていけない。自分から声をかけて気軽に入っていけばいいのはわかっているのだが、やっぱり難しいのよ。リハビリの順番を待ちのときなんかいろいろ聞いてみようかなーって考えるね。そんで帰りは王様のお風呂に寄ろうと思ったら、反対車線だったので、あきらめて「港北の湯」と言う天然温泉のスーパー銭湯に寄った。やっぱり天然温泉はいいねえ。お湯は都内によくある黒いお湯だったよ。780円と言う値段設定は微妙だねえ。入浴後帰るとき、軽く迷子になったよ。道路がどっちをむいているかわからなくなったからだよ。しばらく走ったらわかったんだけどね。今日はこれでおしまい。

MISによる
人工股関節の手術体験記―その2


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人工股関節の手術体験記―その3


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