LEE'S

はじめに

2012.3.26更新

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中庭刻々歳々雑感おぼえがき−『Daily?  DayLee』  













2010年3月6日 (土)
 
  期せずして、今年も3月6日にこのページを更新しています。一年間まったくこのページを開いていないの で、少々びっくり
それはさておき、今年は2010年。3月には独立して満19年を迎え、20年目に入る節目です。われながらよく続いたものだと感心しています。同時に、そ れ相当に独自性を備えていると自覚するようになりました。不遜ながら自負も感じています。

 もともと独立志向があったわけではありません。ひょんなきっかけで、すきてみれば、ここに至った。妙なものです。自分ではそう感じていましたが、つい最 近も会社員時代の友人から、「平々凡々に生きていくと思っていたことの方が不思議」と言われたのでした。今ではそうかもしれないと思えます。


 独立して仕事をするうちに、言うなれば"世間”がわかってきた。外の世界の見える部分と 見えない部分。見えない部分が少しずつ見えてきた。そうすれば自 ずと違いも見えてくるものです。優劣合いまみれて、ポジティブに"身の程” をわきまえる。元来、人と比べて自分の生き方を考えるモノサシがないところに、こういう認識 を持ちえたのですから、仕合せなことです。

 さて、初めてこのページをご覧になった方は、ページの下から上へ閲覧していただくと、仕事に対する姿勢やアンテナの張り方がたいだいわかっていただける のではないかと思います。モノではなくカタチのないサービスが仕事となりますから、こうして書いたもの(それもほんの一端ですが)や『履歴書」に掲載した 仕事の内容を通じて、"質”を推し量ってください。

リー・ヤマネ・清 実



 このところの問題意識−「クリエイティビティーとアウトプット」− 


昨年後半から強調していることがあります。

「世の中は今、衣替えの真っ只中」、「歴史的転機に問われる真価」、「ア ウトプットを洗練させる」。

2006年からこんな風に話しています。

「2005年を節目に次代は始まってい る。 2008年からその潮流が目に 見え始める。2011年にはそれが極まる」

 4年前から続けて話していることですが、時代認識や問題識を共有するの は、従来のビジネスとはちょっと違う視点とやり方を始めた人たちでした。例えば、コ ミュニティービジネス(CB)、ソーシャル・ビジネス(SB)と概念づけられる領域で起業する人、働く人。あるいは、クリエイティブ・クラスに属する人たちです。

 モータリゼーションから"チャリゼーション”へ。ちょうど昨年の1 月、ある経営塾で、時代の流れを象徴的("チャリゼーション”は勝手な造語です、念のため)にそう話しました。実際そうなってきているようです。、今年は 電気自動車元年と位置づけられます。大企業が動き出したら急速に産業は変ります。何より、生活者の意識が変っています。過去十数年の間に雇用・就労環境が 変りましたから。

 そもそもビジネスの概念がずいぶん変ってきています。今のところはまだCB、SBと分けて考えられていますが、そう遠くない未来に、それも含めてビジネ スとして考えられるようになるのではないでしょうか。また、従来の大企業、中小企業、小企業という構造はなくなるでしょう。巨大企業と独自性をもった小企業という構造になっていくと14年前に考えまし た。同じように考える人を雑誌などで見かけます。

 巨大企業はさておいて、小企業や個人がこれからの世の中を"いいくらし” をするには、何らかの独自性が欠かせません。ちなみに、”いいくらし”とは、わたしはこう考えました。@自分らしい生き方をしている A人によろこばれる 仕事をしている。“いいくらし”に導くのは、クリエイティビティー。他とは異なる魅力を創りだす源泉。

 創り出すと、つまりはアウトプットする。これが、なかなか難問。目 に見えるようにする、あるいは魅力を伝える、という作業を洗練させるには、場数を踏む必要があります。小企業、個人は人まかせにできないし、その余裕もあ りません。自ら事に当らなければいけないのですが、時間のかかること、面倒なことは後まわしになるのが人の常。

 それでは、だめですよね、と自分にもいい聞かせつつ、起業家、経営者のみなさんに以下の図を示しながら、いろいろお話している昨今で
す。 (2010.3.6)








〜これまでの記述〜社会の流れと自身の流れの節目に感じ、考え、問うこと

「わたしのスタイル」(2009年3月6日金曜日追記)

 3月に入り、年度末のこの時期、いろいろ と“仕上げ”の仕事が続きますが、仕事自体はエンドレス。独立して18年、事務所を開設して14年、よく続いてきたものです。2007年と2008年の仕事上のテーマを「"時流”×"自流”」において、自 分のスタイルを築くことが大事とたくさんの人に話してきました。それは自分の得た答でもあるのです。

 このページを追設したのは、2003年5月1日でした。それからも何度か、ある意味、"セレンディビティー”(Serendipity思わぬものを偶然発見する能力) によって(?)、追加的に書いています。今回は"わたしのスタイル”ということで、あらためて、自分の姿勢を記します。


「わたしのスタイル」

 そもそもスタイルを次のように考えています。(独自の価値観、あるいは 哲学)×(他とことなるやり方)。"わたしのスタイル””をひも解く方法としては、まずモットーを掲げ、そして2つの切り口で考えるように勧めています。 そういうフォーマットを用意しています。わたしの場合、象徴的なことを上げれば、以下のとおりです。

<モットー>  "いい人”になる

          "いい人”とは、常識と良識のある人
      
          常識と良識のある人とは、@"われ先に”を慎む人 A人のために役に立とうとする人 B多様性を受容する人

    「他の多くはやっているが、わたし(わたしたち)はやらない」

               ・ 営業はやらない
               ・ 流行を追わない
               ・ 借りもののテーマを採用しない

「他の多くはやらないが、わたし(わたしたち)はやる」

          ・ 人のためになり、自分の知になるなら、無償の仕事も受ける
          ・ ハウ・ツー以前に哲学を問う
          ・ ワークライフ・ミックス、例えば、仕事の合間に散歩し、散歩の合間に仕事する




  “立派な経営者になろう”界を創る    (2006年10月18日木曜日追記)


  今年9月に滋賀県産業支援プラザで『立派な経営者になろう塾』をやりました。創業まもない経営者を対象に、経営者としての 力量をつけるセミナーをした いとの主催者の希望に応えたセミナーです。

 ”立派な経営者になろう”というのは奮っていますね。”立派”とは、「正々堂々として、技量に優れている」という意味です。正々堂々というのは、違う言 葉で言えば、「卑怯な手段を用いない」ということです。

 一昨年から創業塾、経営革新塾でご一緒している有限会社C3の田中義郎さんと一致するのが上記の経営者像です。田中さんは講演でしきり受講者に語りかけ ます、経営者は自分を磨きましょうと。

 今年の6月、山形での創業塾の時、田中さんの主張、わたしの主張、それをまとめると、次のようなことじゃないかと考えて、みなさんにお話しました。創業 者訓、経営者訓として。

 1.常識と良識のある経営、経営者
 2.選ばれる理由(わけ)を創る
 3.”狎れ”に慣れない

 常識の本来の意味は、一般社会人として備えるべき知識、判断力ということです。良識とは、さらに高い見地で判断できるということです。狎れというのは、 礼を欠くほどなれなれしいということです。慣れることは大事なことですが、そのうち緊張感なく、甘えてしまうのが人間の常です。それを排すよう自分に言い 聞かせる、問うことが大切。そして何より、他の会社やお店と違って、自社を選んでもらうだけの価値を創らなくては事業は続きません。

 6月以来、セミナーではこのことを必ず話しています。その過程で、産業支援プラザのセミナーの話があり、”立派な経営者”という言葉につながったので す。

 このセミナーは、時間的に14時間程度の短いものでした。しかし、参加者は結局自分を問うことになるので、最終回のプレゼンでは表情も話し方も、もちろ ん話す内容も、真剣みが加わり、話を聴きながら静かな感動を覚えていました。

 『類は友を呼ぶ』、セミナーのタイトルに何かを感じて参加した人たちは、結局何か共通するものがある。そういうことだろうと思います。この経験もあっ て、にわかにこんな考えが浮かんできました。この”立派な経営者になろう”を伝播させようと。

 上記の3点に加えて、このところ話しているのは、事を成す人は予めわかっていることがある、ということです。事を成らせるのは、
  
  1.他の誰でもない、”自分自身”
  2.”未来の時間”を現在に織り込む
  3.最終的には”コミュニケーション”

 結局のところ、事を成らせるのは”わたし”です。私が何を感じ、考え、どう行動するか、それにかかっています。行動するということは未来の時間をどう使 うかということ。自分の望む将来像は急には実現しない。それに向かって確実に今、行動しなければ何もならない。今、行動することは、「未来からの要請」で あるということ。そして、行動するということは外界とかかわるということ。自分の夢の実現は自分以外の人との関係によって、形になっていく。関係にはコ ミュニケーションが不可欠。自分の思いをどう人に伝えるか、伝わるか。言語コミュニケーション、非言語コミュニケーションのなせる業。ミンスキーも言って います、コミュニケーションは高度な技術であると。

 先に書いたように、”立派な経営者になろう”を今後もよびかけようと思います。上記6点を心得て、自分を問い、経営でも暮しでも、社会性をしっかり備え ながら、アイデンティティーを発揮する、そういう人たちの世界が広がることに、わたし自身努めたいと思います。

リー・ヤマネ・清実

2006年10月18日

<後記> 昨年から今年にかけて慌 しくすごしています。それだけにぽっと空 いた時間を大事にしたい。この間に感じ、考えたこ とを記録しておきたい、そういう気になります。そのうち、根本的なことはここページに書き留めています。





十 年の歳月から浮かびあがるミッション (2005年5月6日金曜日追記)

 

 今年は事務所を開設してまる十年。独立してからは十四年ですが、四年間 はほんの序章。やはり公然とした場を設けるというのは、あらかじめ予想したとおり、喜怒哀楽な出来事、人との出会いをもたらし、自分のキャパシティーを広 げることになりました。

  あらかじめ予想したといっても、具体的にどういうことが起こるかは当然わかりません。未来にたくさんの困難が待ち受けているだろう、でも新しいステー ジに自分をおかなければ、潜在的な可能性は引き出されない。そういう考えは以前からもっていたのでした。

 そうこうして十年。この間に自分なりに得た答がいくつかあります。余談ですが、この十年で自分のこともずいぶんわかってきました。つまり人とどう違うの かということを。その一つに、人が出した答を先に頼るのではなく、自身の生活の中から感じ、気づき、確信したいと思っているようです。

 そういうことの積み重なりが力を添えるのだと思いますが、人間はある時ふと直感や直観がはたらくものです。そしてそれらがはたらいた時の身体の感覚と内 容はいつになっても記憶しているのです。このページを新設した時の「信条」に書いている“目先の利益にけっして惑わされない”もそうでした。

 そしてつい先日、水周りの掃除をしながら、たまたま続いて受けた相談の経営者の姿を思い浮かべ、考えていて、同じようなことがありました。目に見えるよ うに想い起こしたのが“戦略を語ることはわたしのミッション”。同業者からは評判のよい、ただし経営者などにはちょっと難しいと言われる戦略の概念の話 を、改良しながら、語り続けること。そう、そうしなければ・・・。

 ここで最後に、この十年の間に、自分の信条、ミッションとして課したことを、今後の分のためにも、まとめて書いておくといます。

その1. 目先の利益に惑わされない

その2. 子供の問題は大人の問題。一人一人の大人が自分の生活の身近にいる子供にものごとの良し悪しを伝え、示すことが
      問題解決の第一歩。それを自分に課し、その考えを外に向けて発信する

その3. 戦略とはいわば、よりよく生きるための道のり。思考も行動も、留まってはいずれ衰退する。今のままでいいのか?と、
      自分にも人にも語りつづける

リー・ヤマネ・清実


<後記> 再びおどろいています。このページを更新したいと思ってファイルを開いてみたら、昨年からまる一年。 これは偶然ではなく必然なのですね。年度初めに迎える大型連休。この一年の経験を振り返る時間ができるからのようです。 




バランス   (2004年5月7日金曜日 追記)
 友人たちの中には、食べ物のバランスをよくわたしが口にするというので、からかわれるほど、本当にバランスを気にかけてい ます。バラン スはけっして食べ物の話だけではなく、すべてにおいて、意識するともなく、しかし何かの局面では最重視してきた点でした。それは頭で考えてというより、身 心がそうできているといっていいような。ですからそれは今に始まったことではなく、子供の時からそうだったと年を重ねたこの頃、気づくところです。

 数年前から内心、こんな風に自分のことを思っています。わたしは本当にバランスのとれた人間だと。これは人間ができているという意味ではありません。欲 もあり感情もあり、善い面もあり、悪い面もあり、ただし自分一人が生きているわけじゃないから、自分さえよければいいという考えはせず、誰かの為になるよ うに判断し、行動する。もちろんそこには自分との葛藤があり、たたかいがある。それをまたよしとして生きてきている。つまりは人間らしい人間ではないかわ たしは、と。

 こういうことを書いて、だれかれにもわかるものではないようですが、それは仕方ありません。モノサシ、感性の違いというものでしょう。それはそれとし て、それぞれ生活していくものです。そういう意味でわたしは、自分に合った仕事をし、生活をしているといえます。これもむかしからよく口にしていることで すが、人間どうあれ、自分に合った生き方をしているのだと。そうではありませんか。

 ただ最近は自分そのものを感じられないというか、観ることができないというか、だから他人の意見や行動に惑わされる人が多いようでもあります。本人の素 質や可能性は他と比べものにならないのに、迷いの海をさまようようなことになっている。それは非常に残念なことで、そろそろ次世代の人たちの活動を下支え する役割の年齢を自覚しながら、これからも変わらず、日常の相対する場面のひとコマで自然なかたちでパーソナル・アシスタントの機能を発揮していこうと思 うのでした。


リー・ヤマネ・清実

<後記> 少し時間の できたところで、HPのメンテナンスをと思いたったのが4月30日。実際に本日このページを開いて、びっくり。ちょうど一年前に同じことをし ていたのでした。新設時に書いたことはそのままにして、その後の変化の中で、あらためて考えていることを書き加えておきたいと思います。 


---------------------   基本的な考え、志向性を以下のとおり記します。(2003年5月1日)   ---------------------------

1.独立して仕事をすることについて

 雇用されて働いている時から、ある節目で、“このままではだめだなあ・・・”と、何かに気づいたような思いにかられま す。そのごとに、先の予定が決まっていなくても、新しい状況を自分につくってきました。
 
  “このままではだめだなあ・・・”って、何がだめなのか。言葉にすると、「自分にどういう能力があるかはわからない。それを拓くためには、ワケのわかった 安定した状態にとどまっていてはだめだ。同時に、そうでなければたぶん、一個の人間として人格が鍛えられない。未知の状況でかさねる喜怒哀楽が、平凡では あるけど、ごくごくあたりまえの品性と精神の豊かさを人間にもたらす。それを願うなら、不安定ではあるが、何か可能性をひめた環境に入ることは必然」  

 
 雇用されている限りはどこの会社へいっても大差ない。そう思い自分で仕事が始めたのが91年の春です。

2.働くということ

 働くとということは、経済的な目的ばかりでなく、社会生活の中で、どういう人として機能するかという意味 もあると思います。 

 どの場合も、働くということは人の可能性に働きかけること。それによって自分の可能性も拓かれる。対価を得るために働く 場合、それに見合う知力、 労力をクライアントに提供し、一定の価値を認められて、対価が払われる。考えてみれば、その過程はまさに自分の能力とスキルを磨く機会なわけです。

 日常の生活の中での働きも、どうあれ、外界との係わりですから、そのなかで、自分が試されます。特に人間関係がそう。い つか誰かが、 「生きることは世の中との戦いだ」と言われたので、「それは違うと思いますよ、自分との戦いではないですか」と言ったものです。今もそう思います。 

3.その他、社会観、人生観、人間観等

  社会とは?と問われて、すぐに答えるとすれば、生きるための広いフィールド、です。その上 で、生きる目的の違う人 々の、それぞれの営みの場や世界が重なりあっている。そういうイメージです。その個々の場や世界には特有の文化があり、それを由としながら、人によっては 疎ましく思いながら、日常の生活をしているのが、社会。そのように感じています。 

 人が生きるというのは、誕生の時を出発点に、社会の中で、いろんな人や出来事と交差し、互いに働きかけあう経過によって 築かれる歴史ではないか と思います。そこにはドラマがあり、喜怒哀楽に満ちた物語がある。人によって生まれもった生きる条件は異なる。だからまた一人一人の人生が違うわけで、そ のドラマ、物語を主演しながら、演出する過程が人生。そういう一人一人のドラマ、物語を記録し、伝える試みは、歴史に実感をあたえるものだと思いますが、 大げさすぎるでしょうか。

 そういう意味で、人間というのは、基本的に、愛すべき存在です。ただし、身近な社会の場や世界の中では、相容れないと思 う人がいます。 独立してから感じるようになったのは、どうやら人間には、精神性において、大きく二つのタイプにわかれるらしいということ。どうあれ自分の利益を優先する 人と、リスクを負える人の二手。人の営みが社会の中で他の人や環境との係わりだということを考えれば、前者では世界を狭めることになるでしょう。信頼関係 を築けるのはやはり後者です。

4.信条

 けっして目先の利益に惑わされない。独立して仕事を始めた時に肝に銘じたのがこのことです。それも地下鉄 のホームを歩いている とき、まるで、誰かが天国からそう言ったように、 “仕事をしていくと、おそらく大小のハードルが未来に待ち受けているはず。人間そういう時に本来の目的とはずれた行動をしやすい。苦し紛れに目先の利益に 走りたくなる時が必ずある。しかし、それをすると、命とり。仕事人としても人間としても、値打ちを下げる” と、はっきりと思ったのでした。

 自分の意思、考えを率直に表現する。これは自分で意識したいたわけではありませんが、ずっとそうしてきたことです。なん らかの人間関係をもつ相 手になら、なおさら、そうすることは礼儀だと感じています。つまりは、信頼関係を築くためには互いにどういう精神性、価値観をもった人間かを知る必要があ る。そのための材料となるのが、会話の中身や態度です。また、そうすることは、場合によっては聞く相手にとって新しい考えを知る機会にもなる。逆の場合も しかり。ということは、そこから新しいアイデアが生まれる可能性がある。こうして異なる意見が出会うところにはおうおうにして葛藤が生まれますが、葛藤は けっしてネガティブなものではない。新しい発見をもたらすポジティブなものです。

 実験人生を歩む。95年頃からそう思っていることです。“パーソナル・アシスタントというやリ方や、上に書いたようなも のの考え、精神 性が、どれほど通用するか。それは最期までわからない。となると、それを確認するための実験のようなものだ、わたしの人生は”、と考えているわけです。

5.将来像

  年の功の感じられる人間らしい人間。独立した根本的な理由も、ここにあります。パーソナル・ アシスタントという仕 事の上での将来像などはあまり描いていません。仕事も含め、他の誰でもない私という人間の、人間らしい部分を育んだ先の姿。そのために今生きているし、哲 学は日常の生活の中にあるものと感じるのです。だから、哲学ではなく、「哲樂」。 

6.パーソナル・アシスタントという考え

 他の誰でもない私という人間だからできる仕事を始め、探求していきたい。それはなんだろうと、これまでの 経験と状況をあれこれ思いおこし、分析して至ったのが、戦略的な考えやアプローチになかなか手をつけられない中小企業経営者の手助けをする仕事。

 “一般的に中小企業の成長は経営者の手腕に大きく依存している。将来のための手立てをしなければいけないけど、日常の業 務にも追われる。思ってい てもなかなか時間も能力も費やすことができない。誰か他に、そういった経営企画面の業務を代わりに頼むとしても、信頼できる相手でなければならない。そ う、その信頼に応えるということはどういうことかを私は知っている。これまでの会社経験の中で厚遇された理由はまさにそこにあったのだから”。

 そう思い至って、経営者の経営企画テーマを外部から臨機応変にサポートする、またはテーマの内容によっては他の外部資源 にあたりコー ディネータートする役割を仕事に独立しようと決めたのでした。そう決めたもののそういった仕事を何と呼ぶか。その時たまたま読んでいたある会社の広報誌 に、欧州にはマネージャーの仕事を助ける職種があり、それをパーソナル・アシスタントという。パーソナル・アシスタントは、秘書と違って、上司に提案や助 言を行う。これは自分のいう役割と通じる。そこで業称をパーソナル・アシスタントに決定したのでした。

7.パーソナル・アシスタントという考えを広げて

 95年に事務所を設けてからは、パーソナル・アシスタントという役割を仕事におくだけでなく、誰かの可能 性に働きかけるという 意味でとらえいます。思い起こせば、自分自身が他の誰かの働きかけによって、可能性が拓かれてきた。けっきょく人は人の可能性に働きかける存在ではないか と。それを個々人が意識すれば、もう少し社会はよくなるのではないでしょうか。