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「わたしのスタイル」(2009年3月6日金曜日追記) |
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と“仕上げ”の仕事が続きますが、仕事自体はエンドレス。独立して18年、事務所を開設して14年、よく続いてきたものです。2007年と2008年の仕事上のテーマを「"時流”×"自流”」において、自
分のスタイルを築くことが大事とたくさんの人に話してきました。それは自分の得た答でもあるのです。 このページを追設したのは、2003年5月1日でした。それからも何度か、ある意味、"セレンディビティー”(Serendipity思わぬものを偶然発見する能力) によって(?)、追加的に書いています。今回は"わたしのスタイル”ということで、あらためて、自分の姿勢を記します。 「わたしのスタイル」 そもそもスタイルを次のように考えています。(独自の価値観、あるいは
哲学)×(他とことなるやり方)。"わたしのスタイル””をひも解く方法としては、まずモットーを掲げ、そして2つの切り口で考えるように勧めています。
そういうフォーマットを用意しています。わたしの場合、象徴的なことを上げれば、以下のとおりです。
<モットー> "いい人”になる"いい人”とは、常識と良識のある人常識と良識のある人とは、@"われ先に”を慎む人 A人のために役に立とうとする人 B多様性を受容する人 「他の多くはやっているが、わたし(わたしたち)はやらない」・ 営業はやらない・ 流行を追わない ・ 借りもののテーマを採用しない 「他の多くはやらないが、わたし(わたしたち)はやる」・ 人のためになり、自分の知になるなら、無償の仕事も受ける・ ハウ・ツー以前に哲学を問う ・ ワークライフ・ミックス、例えば、仕事の合間に散歩し、散歩の合間に仕事する |
“立派な経営者になろう”界を創る
(2006年10月18日木曜日追記)
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今年9月に滋賀県産業支援プラザで『立派な経営者になろう塾』をやりました。創業まもない経営者を対象に、経営者としての 力量をつけるセミナーをした いとの主催者の希望に応えたセミナーです。 ”立派な経営者になろう”というのは奮っていますね。”立派”とは、「正々堂々として、技量に優れている」という意味です。正々堂々というのは、違う言 葉で言えば、「卑怯な手段を用いない」ということです。 一昨年から創業塾、経営革新塾でご一緒している有限会社C3の田中義郎さんと一致するのが上記の経営者像です。田中さんは講演でしきり受講者に語りかけ ます、経営者は自分を磨きましょうと。 今年の6月、山形での創業塾の時、田中さんの主張、わたしの主張、それをまとめると、次のようなことじゃないかと考えて、みなさんにお話しました。創業 者訓、経営者訓として。 1.常識と良識のある経営、経営者 2.選ばれる理由(わけ)を創る 3.”狎れ”に慣れない 常識の本来の意味は、一般社会人として備えるべき知識、判断力ということです。良識とは、さらに高い見地で判断できるということです。狎れというのは、 礼を欠くほどなれなれしいということです。慣れることは大事なことですが、そのうち緊張感なく、甘えてしまうのが人間の常です。それを排すよう自分に言い 聞かせる、問うことが大切。そして何より、他の会社やお店と違って、自社を選んでもらうだけの価値を創らなくては事業は続きません。 6月以来、セミナーではこのことを必ず話しています。その過程で、産業支援プラザのセミナーの話があり、”立派な経営者”という言葉につながったので す。 このセミナーは、時間的に14時間程度の短いものでした。しかし、参加者は結局自分を問うことになるので、最終回のプレゼンでは表情も話し方も、もちろ ん話す内容も、真剣みが加わり、話を聴きながら静かな感動を覚えていました。 『類は友を呼ぶ』、セミナーのタイトルに何かを感じて参加した人たちは、結局何か共通するものがある。そういうことだろうと思います。この経験もあっ て、にわかにこんな考えが浮かんできました。この”立派な経営者になろう”を伝播させようと。 上記の3点に加えて、このところ話しているのは、事を成す人は予めわかっていることがある、ということです。事を成らせるのは、 1.他の誰でもない、”自分自身” 2.”未来の時間”を現在に織り込む 3.最終的には”コミュニケーション” 結局のところ、事を成らせるのは”わたし”です。私が何を感じ、考え、どう行動するか、それにかかっています。行動するということは未来の時間をどう使 うかということ。自分の望む将来像は急には実現しない。それに向かって確実に今、行動しなければ何もならない。今、行動することは、「未来からの要請」で あるということ。そして、行動するということは外界とかかわるということ。自分の夢の実現は自分以外の人との関係によって、形になっていく。関係にはコ ミュニケーションが不可欠。自分の思いをどう人に伝えるか、伝わるか。言語コミュニケーション、非言語コミュニケーションのなせる業。ミンスキーも言って います、コミュニケーションは高度な技術であると。 先に書いたように、”立派な経営者になろう”を今後もよびかけようと思います。上記6点を心得て、自分を問い、経営でも暮しでも、社会性をしっかり備え ながら、アイデンティティーを発揮する、そういう人たちの世界が広がることに、わたし自身努めたいと思います。 リー・ヤマネ・清実
2006年10月18日
<後記> 昨年から今年にかけて慌
しくすごしています。それだけにぽっと空
いた時間を大事にしたい。この間に感じ、考えたこ
とを記録しておきたい、そういう気になります。そのうち、根本的なことはここページに書き留めています。
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十 年の歳月から浮かびあがるミッション (2005年5月6日金曜日追記) |
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今年は事務所を開設してまる十年。独立してからは十四年ですが、四年間
はほんの序章。やはり公然とした場を設けるというのは、あらかじめ予想したとおり、喜怒哀楽な出来事、人との出会いをもたらし、自分のキャパシティーを広
げることになりました。
あらかじめ予想したといっても、具体的にどういうことが起こるかは当然わかりません。未来にたくさんの困難が待ち受けているだろう、でも新しいステー ジに自分をおかなければ、潜在的な可能性は引き出されない。そういう考えは以前からもっていたのでした。 そうこうして十年。この間に自分なりに得た答がいくつかあります。余談ですが、この十年で自分のこともずいぶんわかってきました。つまり人とどう違うの かということを。その一つに、人が出した答を先に頼るのではなく、自身の生活の中から感じ、気づき、確信したいと思っているようです。 そういうことの積み重なりが力を添えるのだと思いますが、人間はある時ふと直感や直観がはたらくものです。そしてそれらがはたらいた時の身体の感覚と内 容はいつになっても記憶しているのです。このページを新設した時の「信条」に書いている“目先の利益にけっして惑わされない”もそうでした。 そしてつい先日、水周りの掃除をしながら、たまたま続いて受けた相談の経営者の姿を思い浮かべ、考えていて、同じようなことがありました。目に見えるよ うに想い起こしたのが“戦略を語ることはわたしのミッション”。同業者からは評判のよい、ただし経営者などにはちょっと難しいと言われる戦略の概念の話 を、改良しながら、語り続けること。そう、そうしなければ・・・。 ここで最後に、この十年の間に、自分の信条、ミッションとして課したことを、今後の分のためにも、まとめて書いておくといます。 その1. 目先の利益に惑わされない その2. 子供の問題は大人の問題。一人一人の大人が自分の生活の身近にいる子供にものごとの良し悪しを伝え、示すことが 問題解決の第一歩。それを自分に課し、その考えを外に向けて発信する その3. 戦略とはいわば、よりよく生きるための道のり。思考も行動も、留まってはいずれ衰退する。今のままでいいのか?と、 自分にも人にも語りつづける リー・ヤマネ・清実
<後記> 再びおどろいています。このページを更新したいと思ってファイルを開いてみたら、昨年からまる一年。 これは偶然ではなく必然なのですね。年度初めに迎える大型連休。この一年の経験を振り返る時間ができるからのようです。 |
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バランス (2004年5月7日金曜日 追記) |
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1.独立して仕事をすることについて |
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働くとということは、経済的な目的ばかりでなく、社会生活の中で、どういう人として機能するかという意味 もあると思います。 |
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社会とは?と問われて、すぐに答えるとすれば、生きるための広いフィールド、です。その上 で、生きる目的の違う人 々の、それぞれの営みの場や世界が重なりあっている。そういうイメージです。その個々の場や世界には特有の文化があり、それを由としながら、人によっては 疎ましく思いながら、日常の生活をしているのが、社会。そのように感じています。 |
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けっして目先の利益に惑わされない。独立して仕事を始めた時に肝に銘じたのがこのことです。それも地下鉄 のホームを歩いている とき、まるで、誰かが天国からそう言ったように、 “仕事をしていくと、おそらく大小のハードルが未来に待ち受けているはず。人間そういう時に本来の目的とはずれた行動をしやすい。苦し紛れに目先の利益に 走りたくなる時が必ずある。しかし、それをすると、命とり。仕事人としても人間としても、値打ちを下げる” と、はっきりと思ったのでした。 |
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年の功の感じられる人間らしい人間。独立した根本的な理由も、ここにあります。パーソナル・ アシスタントという仕 事の上での将来像などはあまり描いていません。仕事も含め、他の誰でもない私という人間の、人間らしい部分を育んだ先の姿。そのために今生きているし、哲 学は日常の生活の中にあるものと感じるのです。だから、哲学ではなく、「哲樂」。 |
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95年に事務所を設けてからは、パーソナル・アシスタントという役割を仕事におくだけでなく、誰かの可能 性に働きかけるという 意味でとらえいます。思い起こせば、自分自身が他の誰かの働きかけによって、可能性が拓かれてきた。けっきょく人は人の可能性に働きかける存在ではないか と。それを個々人が意識すれば、もう少し社会はよくなるのではないでしょうか。 |