OZAKI ARCHIVES:尾崎豊の死をめぐって

【尾崎 豊の不可解な死をめぐる資料】

■怪死から15年…実行犯の衝撃告白!

時効直前スクープ!「俺が尾崎豊を殺した!」

実行犯の衝撃告白! 若きカリスマ・15年目の死の真実

取材・文◎ ○田○雄(ルポライター)写真提供◎共同通信社 月刊 keitaiバンディッツ2007年5月号(4月7日発売)

若きカリスマ・尾崎豊が死んでからもうすぐ15年。今なお彼の死は多くの謎を残し、真相は闇の中である。26歳の若さで尾崎はなぜ死んだのか――その真相を知る男が現れた!

1992年4月25日早朝、東京・足立区の民家の庭先で尾崎豊は異様な姿で発見された。

≪人の気配や物音がしたので外を見ると、素っ裸で立ち尽くす若い男がいたのでビックリしました。声をかけても返事は無いし、突然仰向けになって背中を地面にこすりつけたりして…。男の人の右まぶたの上は、卵半分くらい膨らんで腫れ上がってました。怖かったので、すぐ警察と救急車を呼びました≫(FRIDAY99年8月13日号)

これは「FRIDAY99年8月13日号」に載った素っ裸で倒れていた尾崎を発見した人物の証言。あの日あの場所で若者達のカリスマ・尾崎豊に何が起こったかについてはマスメディアやファンの間で論争が起こった。すでに彼の死後15年が経とうとし、今更取り上げる必要もないのだが、ある人物との接触が再び尾崎の死の真相に注目せざるを得なくなった。

「俺が尾崎豊をリンチして殺した!」

こう語る男が現れたのだ。

その人物との接触に至っての経緯はその後の事実確認から、尾崎に非常に近しい人物の存在との関係が明るみになってしまう為、ここではお話しできないのだが男の話はかなりの信憑性があると編集部では判断、そして今回の掲載に踏み切った。

果たして男の話は「真実」なのか、それとも単なる「戯言」なのか…彼の口から語られる尾崎豊死後15年目の死の真相とはいったい…。

◆1992年4月25日 あの日尾崎にいったい何が起こったのか?

その男との待ち合わせは相手側の指定した某シティーホテルだった。ひっそりとしたホテルの廊下で男の部屋のドアをノックすると、痩せぎすで青白い顔をした男が窓際のソファーに座り外を眺めていた。

「まあ、座ってください」

それだけ言って柔和な顔になった男に促され、私は汗を拭いながら正面に座った。

男の名前は後藤ひろし(仮名/48歳)。

詳しい素性は本人の意向で話せないが、後藤は当時都内の某暴力団組織に属しており、特に興行目的のトラブル処理に当たっていたという。身長180センチを超える大男だ。

私が自己紹介をしようとするとそれを遮るかの如くいきなり向直り、

「これからあの日(尾崎豊が死亡した日)の真実をあんたに話す。だけどいいか、同じ質問に二度は答えない、それと今から話す事はあくまでも俺の"単なる戯言"だと思って聞いてくれ、それから録音も写真も一切ダメだ、絶対に嘘は書かないで欲しい」

これが彼が提示した彼の告白<原文は告発>においての条件だった。その時の男の蛇の様な目を見て私は身動きが取れなくなってしまった。そして同時にこの男の目からは真実に対する切なる意思が感じられた。

男と話しにいく前にまずはまとめておかなければいけない彼の死に関する疑問がある。

1).検案書では同時にメタンフェタミン中毒と記されている事。

2).尾崎の公式に発表されている死因は肺水腫だが、先に述べた週刊誌記事には明らかに誰かに殴られた痕が残っており、死体検案書には「外傷性くも膜下出血」と記されている事。

3).さらに尾崎がなぜ尾崎ハウスと呼ばれるあの場所で、しかも全裸だったのかという疑問点。

これらに対して男は口を開く。

「あの日俺は、いや俺らは尾崎をあの民家の近くのある場所に呼び出した。はっきりした関係は明かせないが、尾崎と俺はそれ以前から面識があったから尾崎にしてみても俺らと会うこと自体は普通の事だったから当然『分かった。すぐ行く』ってなったわけだ。だからあの日あいつ(尾崎)はあそこにいた」

医師や警察の公式発表によれば、尾崎の体からは多量のアルコールと死因「肺水腫」の原因ともなった致死量の2倍にも達する覚醒剤が体内から発見されている。つまり尾崎の体の中は酒と覚せい剤だらけだったことになる。この男に呼び出された時点での尾崎はすでにこの状態だったのだろうか…。

「あの日俺らは尾崎を呼び出したって言ったけど、『お前を殺すから来い』って言っても来るバカはいないよな。だから俺らは『酒を呑む』を前提としてあいつを呼び出したんだよ」

記者◎「では、体内から発見された覚せい剤は…?」

「あの日、尾崎は完全なシラフだったよ、俺らと会う前はね。その話をする前にあんた覚せい剤やったことある?」

記者◎「もちろん、無いですけど…」

「普通、酒とシャブの両方一緒にやるとどっちかの量が減るもんなんだよ、二つ同時に死ぬまでやるなんてことは物理的に絶対に無理な話。公式の発表にも有るけど酒もシャブも両方半端な量じゃなかった訳だけど、その場合普通なら心臓麻痺で死ぬよ。シャブは必ずしも自分の意思で入るとは限らねぇだろ…例えばアンタが一緒に食事している人間を毒を盛って殺すとしたらどうする? 飲み物の中に大量の毒を入れるでしょ。ずいぶん回りくどくなったけど、これだけ言えばわかるよね」

直接的なことは煙に巻いて喋っていたが、これまでの男の話をまとめると、あの日尾崎は「自分が尾崎を殺した」と語る後藤という男とその仲間に東京・足立区の「尾崎ハウス」近くの酒場に呼び出された。ここからは男が断言しないため推測も含めるが、そこで酒に大量の覚せい剤を混入され、それを尾崎が飲んだ、ということになる。そしてこの後、男の口からは"尾崎暴行"に関しての衝撃告白が飛び出した。

◆リンチの後、「帰りたい…帰りたい」と尾崎は虫の息になりながら呟いていた

これまでの後藤の話を仮に真実だとして、冒頭で触れた「リンチ」に関しての真相に触れてみる。この騒動の最大のミステリーは尾崎の死因が肺水腫であるにも関わらず、全身に暴行痕があり、事実、それにより外傷性くも膜下出血を引き起こしていたこと。尾崎死亡騒動当初は、「酔っ払った尾崎が近所のチーマーに絡んで返り討ちになった」などという説も都市伝説的に出たが、真相は今の今まで謎である。「俺らがリンチして殺した!」と語る後藤という男ならその謎を知っているのだろうか…。

「アンタあのフライデーの写真見たって言ったよな? ありゃどう見ても殴られたとしか思えねぇよな、その上で、これまでの俺の話を聞いてどう思う?」

記者◎「それはどういう事ですか?」

「あの日、酒場の後ふらふらになった尾崎と一緒に店を後にした。その時尾崎は本当に意識が無いくらい錯乱状態だった。それこそ酒かシャブの影響なのか体をふるわせて踊り狂っていたのさ。そんな尾崎を人目につかない場所に誘導し、その後サンドバックのようにボッコボコに殴り倒したのさ。ふらふらで立ち上がれない尾崎を無理矢理起こして何度も、何度もこの拳で殴ったよ」

記者◎「なぜそこまでして暴行する必要があったんですか。それになんであの民家で…?」

「その真相に関しては事情があって語れない。だけど俺らがあいつを呼び出した目的は始めから"殺る"事。それだけだった…。けどあの民家(現在尾崎ハウスと呼ばれる家)でリンチはしてない。俺らが殴り倒した後、尾崎は虫の息になりながら『帰りたい…帰りたい』って何度も呟いていたのを今でも覚えている。そんな状態であいつは夜通し彷徨ってあの家の軒先で全裸で倒れ込んだんだろう。俺は今まで何人もの人間を痛い目に遭<原文:合>わせてきたけど、そういう時誰もが決まって恐怖に震えるもんなんだよ、だけどあの時の尾崎から恐怖心はこれっぽっちも感じなかった…助けを請う言葉すら奴の口からは出てこなかったんだよ、ただ『帰りたい』それだけなんだ、小さな子供みたいにな

真実かどうかは断言できないが、男が語った話の上では尾崎は暴行された直後、大量の酒と覚せい剤、そして殴られた痛みの熱を振り払うため自らの服を脱ぎ全裸になったのだろう。

しかし、なぜこの男は15年も経過した今になって、突然マスメディアに対し自らの大罪を告白する気になったのだろうか。

「俺は先月医者からガンを宣告された。もって半年…だからというわけではない。もちろん良心の呵責もある。だけど、あくまでも俺が話せる事は尾崎豊は間接的にしろ俺らの手によって死んだということだけ。それ以上の真相は俺が墓ん中まで持っていく覚悟でいる」

そう言うと男はそれ以上口を開かず、虚ろな表情で窓の外を見詰めたままだった。私もそれ以上は何も言えず、お礼だけを述べてホテルの部屋を後にした。

自らも"単なる戯言"と前提する男の告白。それが事実かどうか明らかになる事はおそらく無い。ただ事実と仮定して今年の4月25日で15年になる『尾崎豊殺人事件』は時効を迎える。だとしたら、良心の呵責として男が本誌記者に告白したのであればタイミングが良すぎる気がしてならない。結局、男の口からは聞き出せなかった『それ以上の真相』とはいったい何だったのだろうか…。その事だけが気にかかる取材だった。

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