サニーデイ・サービスをクールに語るサニーデイ・サービス論のぺ−ジだぜ!

The Outsiders

The band AS:
Bass:ORE
Guiter:Koitu
SAX:PAPA
Drums:Are

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Yutaka Ozaki
Yasuyuki Okamura
Sunny Day Service
Hiroshi Takano
Heat Wave
Donto

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Erick Clapton
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:サニーデイ・サービス(SUNNY Day Service)

:80年代のロッカーばかりでは単なる回顧主義の頑固者に思えて仕舞われる向きもあることかと思われるので、90年代から最強の1つサニーデイ・サービスを。ここではサニーデイ・サービスのマギレナキ最強アルバム『東京』から『恋におちたら』を取り上げてみたい。サニーデイ・サービスはまあ言わずもがなの日本の伝統的正当ロック継承者としてシーンに現れ、当然その楽曲も『はっぴいえんど』の系譜に沿った作りを成している。この『恋に落ちたら』もそう言った楽曲の1つで、サニーデイ・サービスの中心曽我部くんが『はっぴいえんど』のオマージュとしての楽曲作りをしていると言うより、その才能の質が大瀧さんに寄り添っているという言い方が相応しいほどに才気の溢れた作品を生み出してくれる作家の1人である。話を本題に戻そう。『恋におちたら』であるが、この曲は所謂サニーデイ・サービスズパターンとも言うべきイキナリやって来る展開部(転調)によって生命といおうか、『血』を感じさせてくれる。『血の熱さ』は『恋愛』によって引き出され、導入部では、恋愛への『想起』によって展開へとなだれ込んでいくのだが、その勢いコソが『血』なのだと、そしてサニーデイ・サービスの『血』=ロックなのだと痛感する。サニーデイ・サービスの楽曲が甘く、切ないのはそうした事情によるのだと勝手に解釈している。最近の凡百の『恋愛至上主義』を声高らかに歌い上げるロック調歌謡曲なんぞは何とも聞いていて痒くなってくるが、『恋愛』と言う名の『狂った果実』に酔いながら、その中で『血』の奔流を冷静に受け止め楽曲にシタタメル サニーデイ・サービスは正にOUTSIDERS' ROCKそのものと断言できるのだ。

:今回はサニーデイ・サービスの中でもその作品傾向のはっきりと変化の見られるアルバム『24時』からの1曲を取り上げてみたいと思う。そもそもサニーデイ・サービスのデビュー当初は、実は『24時』にみられるような作品を手がけていて、到底後(のち)のNEO FORKの旗手の片鱗など及びもつかないような楽曲作りをしていた。そこにサニーデイ・サービス曽我部くんの才気と戦略を垣間見るのだが、この際はその話は置いておこう。『24時』の中の最後のトラックに当る『24時のブルース』が今回語るべきナンバーである。サニーデイ・サービスズパターンとも言うべき《転調》はここでは封印され、サニーデイ・サービス=曽我部くんのもう一つの一面がここにきてはっきりと顔を覗かせている。それをROCKとトラエルカどうかが実は最大の争点であって、OREの意見を言えば、勿論YESである。ROCKは『血』の騒ぐ奔流そのものであるとか、また、張り詰めた”実体”であるとか、色々このサイトでも言ってきたが、ROCKがただただそればかりを主張する道具であったならばOREはそこまでROCKに対し期待、そして心酔して来られただろうか?このサニーデイ・サービス『24時のブルース』はミドルテンポのポップナンバーである。デダシは本当に音数も少なく小さな演奏から始まり、後半に到り音の世界は次第次第に広がっていく。メロディーは初めから終わりまで起伏無く、何度もテーマが繰り返されていくという単純な構成である。繰り返される世界の中で音は次第に重なっていき、ついには大きな運命と言う名のうねりに至り、その中で『愛』という名の『希望』を見つけ出す。サニーデイ・サービス=曽我部くんの作品の中によくモチーフにされる『旅』であるが、その『思い』=(インナーワールド)は自分の内側を突き抜け、ついに世界(今、目の前にある現実の世界)そのものに追いついてしまう。「この世界の中では、全てが等しく、全てが愛されるべく対象となりうる」by OREの言葉通り、ROCKとは、全てに等しく降り注ぐ『愛』を意味しているのだ。サニーデイ・サービスのこの『24時のブルース』はまさに降り注ぐ『愛』そのものである。

:『24時のブルース』を出して、次に挙げるべき曲をと考えると、サニーデイ・サービスと言わずとも日本のポップス界にしても相当のモノを持ってこないとという気負いもアリナガラ、今回はそれでも、コテコテというレッテルを貼られようとも強く押す代表曲の内の1つ、待ってましたの『baby blue』である。言わずと知れたアルバム『サニーデイ・サービス』のオープニングを飾る1曲である。サニーデイ・サービス=曽我部くんの『旅』がいつから始まったのか定かではないが、この曲は『旅』の始まりを予感させるに充分な何かを秘めている。ミディアムより若干遅めのナンバーがやはり大きく盛り上がることはなく、ゆっくりと、そして静かに時は流れそして過ぎ行く。サニーデイ・サービス=曽我部くんが曰、「さあ、出ておいで」と呼びかけた全ての者達へ、そして自らへ、「『旅』はいつでも始まったばかりだ。君が気づいた時がそうだ」と。しかし『旅』はもともと予定調和なものでは決してない。しかしながらそこにこそ『旅』の本当の意味があるのだと歌うサニーデイ・サービス=曽我部くんは、まさに『旅人』である。そして『恋』なんていう儚く、一瞬で消え去ってしまう『夢』みたいなものをこそ探しに行こうじゃないかと歌うサニーデイ・サービス=曽我部くんの宣戦布告であり、所信表明演説であり、出師の表であるこの曲をやはりOUTSIDERS' ROCK 以外の形容が見当たらなく、そしてこのOREが何よりも惹かれる『旅』のモチーフがこの曲をここに取り上げさせる動機となっているのだ。いつも『行き先違いの列車に』乗って知らない土地へ連れて行かれてしまうOREにとって分かっていても『それならそれで言い』と明言してくれるサニーデイ・サービス=曽我部くんは(たとえ気休めであっても)OUTSIDERSの宝みたいな存在なのだ。『旅』とはもともと目的も目的地も持たぬものである。『行き先違い』でもそこに自分の見たかった『風景』と出会えたなら、『旅』は実を結ぶのだ。つまり、『全てのイキトシイケル者たち』にその命は価値があるのだとそっと囁くように教えてくれるのがこの『baby blue』であり、曽我部くん=『サニーデイ・サービス』の本当の『旅』もここから始まったのだとOREは思う。

by ORE

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