ヨットオーナーの道 5th Year-1
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2005 年 4 月 2 日太陽系オデッセイ (書籍紹介)
この本は、原書が発行されたのが 1982年、日本に翻訳されたのも 1986年だからちょっと古い本になる。
内容は、SF界の大御所 A.C.クラークによるベスト短編集である。
「2001 年宇宙の旅」の原型になったと言われる「前哨」をはじめ、クラークの傑作「幼年期の終わり」へと発展した「守護天使」などの折り紙付きの傑作短編が入っている他、クラーク自身による解説も非常に興味深い短編集。……なのだが、ここで紹介する理由は「航海物」とも言えそうな一群の作品が掲載されているためである。
宇宙空間に巨大な「帆」を広げて太陽光をつかまえて帆走するソーラーセイル船についての話「太陽からの風」や、酸素漏れによって危機に陥った宇宙船を描く「ひずみの限界」、木星の大気圏を水素熱気球船で探査する「メデューサとの遭遇」など、こちらの分野でも粒よりの作品が載っている。最初のものはほとんどヨットレースと言っても良く、最後のものは木星の「コンチキ号漂流記」と言っても良い。そういえば、作中の探査船名も「コンチキ」でしたし。
どの作品も、正確な科学知識に裏打ちされ、安易な冒険ものに流されず、「宇宙時代の」航海がリアリティと驚きをもって迫ってくる傑作である。
次の記事(ソーラーセイルプロジェクト)つながりと、「航海」つながりということでご紹介させていただきました。
少々古い本なので、入手困難になっているかも知れませんが、機会があれば是非読んでみてください。

■詳細情報
書名:太陽系オデッセイ
文庫: 431 p ; サイズ(cm): 15 x 11
出版社: 新潮社 ;
ISBN: 4102235019 ; (1986/10)
著者:A.C.クラーク

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2005 年 3 月 27 日久々のレース参加
最近、久々にレースに参加できそうな感じで盛り上がっている。
レース名は kennosuke cup。
林 賢之輔デザインのフネばかり集まって催されるお祭りレースだそう。福丸の F さんからお声掛けいただいて、F さんのお知り合いの乗せていただけることになった。
林 賢之輔氏のデザインは、故・野本先生も認めていたという噂の、悪天候にも強い、スタビリティの高いデザイン。
そういった艇ばかりが集まるイベントということで、筆者としても結構楽しみになってきている。
自分で乗っていると、やれ船足がとか、やれ喫水がとかが気になってくるとしても、筆者は基本的に、復元力が高く、どこまででもクルージングしていけそうな艇が好きである。

来月中に、一度顔合わせを兼ねて乗せていただける予定。
艇の置き場所は伊豆だそうで、「泊まりがけ覚悟」のようですが、こちらのほうもなかなか楽しみな状況です。

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2005 年 3 月 23 日負けじ魂これぞ船乗り(書籍紹介)
筆者が住んでいる市の市立図書館では、古くなった本を時折放出しているのだが、その折りに目に留まったのがこの本である。
「放出」されてしまうくらいなので、発行も古く(1988年)、あまり借り手も多くなかったのだろう。
だが、読んでみると、船乗りの人たちの生活が活写されていて、意外におもしろい。

内容としては、新聞記者であるこの本の筆者が、様々な船に同乗取材した記録をまとめたもの。コンテナー船、巨大タンカー、自動車運搬船、練習帆船(旧日本丸)、捕鯨船への同乗記がそれぞれ掲載されている。
引き込まれたのは、ペルシャ湾を航行しているタンカーの話である。当時、イランとイラクの間で報復合戦をやっていた時期であり、タンカーがちょうどそのターゲットになっていた時の話だ。
灯火管制を敷きながら真っ黒になって航行していくタンカー達の巨体と、その中で操船している船員たちの緊張感が目に見えるようだった。
そのほか、当時禁止間近だった捕鯨船の話など、海への深い共感にあふれた文章で綴られている。

この本が書かれた当時、日本の海運業界は安価な外国船に押されつつあった時期であり、近代化の努力などが待ったなしの状況だったようだ。
それから20年近く経って、日本の海運業界は現在どうなっているのだろうか。この本に出てくる船乗り達の近代化の努力の行く末はどうなったのか……興味が沸いてきた。


■詳細情報
書名:負けじ魂これぞ船乗り
単行本: 256 p
出版社: 財団法人 日本海事広報協会
ISBN: 4-89021-030-X(1988/4)
著者:土井全二郎

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2005 年 3 月 21 日腰痛には勝てない……
これまでの整備の結果を受けて、今日、友人のT.T.氏を呼んで出港予定……だったのですが、筆者、突然の腰痛。急遽キャンセルさせていただきました (;_;) 代官殿、すみません。

昨日は一日中、布団で寝ていました。
……腰痛には勝てません。運動不足かなあ。
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2005 年 3 月 19 日世界一周記録ラッシュ
去年、単独世界一周記録をフランスのジュワイヨン(JOYON)氏が達成したと思ったら、早くも今年イギリスのエレン・マッカーサー女史に破られた(71日14時間)。
単独ではない世界一周記録に関しても、去年58日9時間32分45秒でアメリカのスティーブ・フォセット氏が新記録を打ち立てたと思ったら、今年はやくも、それ以前のレコードホルダーであったフランスのブルーノ・ペイロン氏が記録を7日も縮めて50日16時間20分4秒で3月16日にブルゴーニュにゴールした。驚異的なことである。
どうもヨット界は、ここのところ世界一周記録のラッシュ状態みたいです。

もちろん、こんな記録にはマルチハル艇が使われているのだが、ちょっとおもしろいのは、エレン・マッカーサー女史の単独世界一周にはトリマランが使われており、ブルーノ・ペイロン氏の世界一周にはカタマランが使われているということ。
どこかで「カタマランはマストをハルの上にたてられないため強度的に不利で、トリマランの方が良い」的な記事を読んだことがあるのだが、以前見たザ・レースでも、今回のブルーノ・ペイロン氏の世界一周でもカタマランが使われているところを見ると、そんなに致命的な欠点でもないらしい。
本当のところ、どちらの船形が有利なのか?
たぶん、船体が大きく、構造強度をしっかりととれる大型艇ではカタマランで、小型艇ではトリマランなのではないか、と漠然と思っているのだが、果たしてどうなのでしょう? まあ、この件に関しては、昔から有利不利の論争があって、なかなか決着がついていないみたいなのですが!!

■関連ページ
今回の世界一周記録の記事(http://www.cnn.co.jp/sports/CNN200503170011.html)
チームエレンの公式ホームページ(http://www.teamellen.com/)
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2005 年 3 月 13 日北側の日(整備月間 4 日目)
前日に続いて整備月間 4 日目、今日は北側の日です。
予定としては、北側(右舷側)のガンネル全て、それにコックピットサイドの木部の痛んだニスを剥がし、前日剥がしたハッチやマストステップとあわせてニス塗りを行う予定。
北側のニスはかなり痛みがはげしい。
何故こちらのニスの痛みが激しいかを考えると、やっぱり日の当たりが悪く、一度濡れたガンネルが乾きにくいせい? でも、日陰においている艇は、ニスなどの痛みがあまり来ないみたいですし……うーむ、何故なんでしょうね。

痛んでいるニスは、剥がすのは楽。下手をすると手でぺりぺりと剥がせるくらい。
……とはいえ、コックピットサイドの木部など面積の広い部分もあり、また、前日剥がした部分の仕上げなどもしていたので、結局剥がし終わったのは午後 2 時頃。
マスキングをして、キレイになった木部にニスを重ねてゆく。
4 回重ねて、ニス塗りは終了。
マスキングも綺麗にはがしました。
そのほか、舷側の汚れた部分を磨いたりしたため、少し時間はかかったが、かなり良い状態で作業終了。

ニス塗り(だいたい)完了!! これで今年のニス塗り作業は終了……のはずだったのだが、幾つか残った細かい部分もあり、また、停泊している時に岸壁で摺って舷側で塗装の剥げたところもいくつかあるため、そのあたりもやるかなあ……。それに、コックピットのすのこで割れた板が幾つかあるし……うーむ。もう一回かなあ……。

とまれ、一年ぶりにニスが綺麗になったちはやは、なかなか良い風情なのでした。
……他人がほめてくれないので、とりあえず自画自賛です (^^;; 。


■追伸
ちなみに、ここ二日くらいかなり花粉が飛んでいまして、結構きつい作業でした。ニスの削りくずと花粉の混合攻撃は控えめに言っても歓迎できません。
代官殿と二人で怪しげなマスク作業員と化しておりました。
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2005 年 3 月 12 日真ん中の日(整備月間 3 日目)
さて、ヨット「ちはや」整備月間の三日目です。
前回、南側(左舷側)のニス塗りを終わりましたので、今日は「真ん中の日」。
キャビンのハッチやマストステップ、それにキャビン上にあるハンドレールの作業。
作業開始が昼からだったので、メニューは少し軽め。ニス剥がしだけで、塗りは明日の予定。
作業そのものは、南側の日とさほど変わりません。

「今年の」新兵器たち さて、今日はフネに着いたら、新兵器が登場していました。
細かいところを整える用の各種やすりです。特に右の二つが「秘密兵器」です。
今まで、オービタルサンダー + 紙やすりでやっていたのですが、細かいところに手が届かないということで、新規調達とあいなりました。
素人がイロイロと試行錯誤するせいで、「ちはや」では毎年新兵器が沸いて出ては消えていく(^^;;のですが、今回はあたり!!
これはなかなか役に立ちました。

整備は翌日に続きます……。
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2005 年 3 月 3 日クルーザーヨットでもひっくり返るもの(FALCON 号海難審判結審)
2003 年 9 月、琵琶湖にて 12 人が乗った 21feet のヨットが沈没する事故が起こりました。
これに対し、このたび海難審判は事故原因として船長のミスを認めるカタチで結審しました。

この件については、当時、ヨット乗りの間でかなり議論があったところですので、いまさらここで述べる意義は無いかもしれませんが、これからクルーザーヨットに乗り始める方のために(?そして、自分への戒めとして)ここに書いておきたいと思います。

ヨットの世界では、「クルーザーヨットの復元性」を過信する文化がどこかにあります(ありました? 一部にあります?)。
クルーザーヨットの船底には、数百キロ(艇によっては数トン)を超える大きなキールが付いており、風圧に対して艇がひっくり返るのを防いでいます。そのため、モーターボートなどに比べると遥かに復元性が高く、一般論としていえば、なかなかひっくり返るものではありません。
自分も、どこかこの「ヨットの復元性」を信じていたところがあります。
ですが、実例ベースで言うと、特に軽量の小型ヨットは強風・乗員多数の場合、「ひっくり返るもの」らしいです。この琵琶湖の事故以外にも、浜名湖でレース中に 21feet 艇がひっくり返った実例を知っています。幸い、大事故には至らなかったそうですが。また、大阪湾の方でもこれも小型艇がひっくり返った実例があるそうです。

「クルーザーヨットはひっくり返らない」「ひっくり返っても復元する」は、これは長距離クルージング用に作られた復元性消失角が 140°もあるような艇での話だと割り切って、普通の艇の場合には、「ひっくり返らないような運用」をきちんと考える必要があるように思われます。
特にレース兼用で軽排水量に作られているような小型クルーザーの場合、何かの弾みでひっくり返ってしまうことは十分にあり得ます。たとえば、バラスト重量が 300kg 程度の軽量な艇の場合、バラスト重量としては人が 5〜6 人の重さしかありません。乗りすぎてしまった場合、または傾いたはずみにセールが水をすくったり、マストに人がつかまったりした場合、バラストの力だけではとても復元できないという事態に比較的容易になり得ます。

もしかしたら、この問題は特定の艇の問題(そもそもの定員過剰)に起因するのかも知れませんが、ひっくり返ってしまうと、船長責任になってしまいやすいのもフネの世界の一つのルール。
つくづく、気をつけたいものです。

……以上、もはや「初心者」が言い訳にならない、いちヨット乗りの自戒のつぶやきでした。


■参考情報
琵琶湖ヨット事故審判、死亡船長の操船ミス認定
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050303-00000303-yom-soci

海難審判庁のH.P.
http://www.mlit.go.jp/maia/
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2005 年 2 月 27 日南側の日(整備月間 2 日目)
朝起きてみると空は快晴……いい天気だなあと思って時計を見ると、もう 9:00。しまった、寝過ごしました……から始まる整備月間 2 日目です(^^;; フネで待っていた代官殿、すみません。
フネに行って前回塗ったところを確認。濃い目のニスで塗ったので、ところどころに滴の跡がありますが、まあまあいい感じになっています。よしよし。あとで仕上げ磨きをすれば、結構キレイになりそう。

代官殿と話し合って、今日の作業範囲は左舷側の残り全部と決定。
最初の工程は、去年の反省から、きっちり下地を作るところから。
ぼろぼろになっているニスをオービタルサンダーで落として、どうしても落ちない頑固なニスは紙やすりでごしごしと。作業 2 時間ほどで、結構キレイな状態に。よしよし、良い調子。


ニスは、いままでニス:シンナーを 1:1 で作っていたのが、少し濃い目にして 2:1 に。1:1 だと仕上がりは上品になるのですが、液垂れが出たり、重ね塗りの回数が増えたりで、我々にはちょっと荷が重かったことから。
マスキングテープを貼り、さっと塗って、しばらく待ち、またさっと塗る……を繰り返すこと 4 回。 なかなか良い色に仕上がりました。前回塗ったところも、ついでに 1 回重ね塗りをかけて、この領域に関しては 5 回塗りになりました。
今回は、マスキングテープもきっちりと剥がして終了。これを貼りっぱなしにしておくと剥がれなくなってしまうため。前オーナーの K さんに警告されていたにも関わらず、我々は何回か(毎回!?)失敗しておりまして、今回こそは失敗しない所存(^^;; 次第に風化して剥がれてはいくのですが、やっぱり、マスキングテープが付きっぱなしなのはどう考えても格好が悪いです。
艇はキレイにしていてこそ。快適に過ごせる艇とそうでない艇は、やはり愉しさに差が出ると思うようになってきた今日この頃。「帆走できれば良い」から少しは進歩したのか。

さて、今回何故「南側の日」だったのか?
実は、2 日前に降った雪が、デッキ北側にはまだ残っていて、ガンネルが湿ったまま。
日が当たるかあたらないかが、いかにデッキの状態に影響を及ぼしているかという好例。やはり、南側は日がよくあたるだけあって、乾きが早いようです。
ニス塗りをキレイに仕上げるための条件として、木地がキレイに乾いているか、というのがありますので、もしかすると、次回のニス塗りまでの間は、左右逆に艇を置いてもらうと良いのかも知れませんね(^^;;。


■追記
この日、昼食は「七右衛門」というおそばやさんで。
このお店はつくば近郊では有名なお店のようで、結構堪能いたしました。レポートは別途の予定。こういう店は、夜にお酒付きで試してみたいのですが、どうやっても車でしか行けない場所にあります。
かなわぬ夢か。うーむ。
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2005 年 2 月 27 日海を越えた縄文人(書籍紹介)
先日、F さん(福丸さん)と縄文文化について話をする機会がありました。
とかく鎖国的であると言われる日本は、中国や韓国、西欧から様々な文化が流入する文化のるつぼである一方で、海外に対して情報発信や交流をあまり行って来なかった印象を持っていました。
そういった日本観はどうにも息苦しく、その反動として、安土桃山時代に東南アジア方面と交易を行った冒険商人の物語などにはかなり惹かれていました。
そんな中、この本が提示しているビジョン(=実は縄文人は高度な海を渡る技術を持っていて、広くネシア(=メラネシア、ポリネシア、ミクロネシア)の人々と交流していたのではないか)に驚きと強い興味を感じています。

発端は、メラネシアのエファテ島から縄文式土器とほぼ断定される土器が出土したところから始まります。それに加えて、南米のインディオの化石から見つかった寄生虫は、実はアジア発祥のもので、ベーリング海峡を渡った陸続きの交流では説明できない(寒冷地帯では繁殖しないのだそうです)ことなどが示され、そこから、縄文人はもしかしたら、日本からペルーまでの大航海を行うことが出来たのではないか、という驚くべきビジョンが示されます。
本の内容自体は、TV 放映された「ネシアの旅人」の内容をまとめたもので、俳優の仲代達也氏が日本からペルーまで様々な島を訪ねながら、縄文人の形跡を訪ねるという内容であり、学術的な追求ではありません。ですから、この本の内容をもって、「縄文人はペルーまで行くことが出来た」と言い切ることは出来ませんが、少なくとも、ネシアの様々な文化に触れ、海への夢を掻き立ててくれるという意味では、私の好きな本の一つです。
そういえば近年、三内丸山遺跡の発掘にはじまり、与那国島の海底遺跡などが広く知られるようになるにつれ、縄文文化の見直しも進んでいるようです。
こちら方面の本も、色々と読んでみたいと考えています。

■詳細情報
書名:海を越えた縄文人
単行本: 236 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 祥伝社 ; ISBN: 4396610890 ; (1999/09)
編集:テレビ東京

Amazon での書籍ページ:
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396610890/qid%3D1109208679/250-2424166-7407408
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2005 年 2 月 22 日悩みのタネ
悩みのタネ……とはいっても、自分でばら撒いているようなものなのだが、試行中の blog の扱いがちょっと頭痛のタネになっている。
blog は、様々な記事を書き込んで整理するのには良い媒体なのだが、なにぶん、遅くて重い(追記:Yahoo! ブログのβ版は!! 他のブログはそんなでもないようです)。
ブロードバンドで使っていればそんなにストレスは無いと思うのだが、32kbps のパケット + IE 環境だとヒジョーーーーーーに遅い(別記事にもちょっと書きましたが。かなりの内容を読み込んでから一気に表示しようとしているようで、ダウンロード開始からしばらくは(タイトルバー以外には)何にも出てきません)。私は最近、ブラウザが FireFox なので、問題の半分はなんとか回避できるのですが(FireFox はうまく読み込んだところから表示してくれていますので、ダウンロード開始直後から記事が読めています)。

どうなんでしょう?
「航海日誌」を見に来てくださっている方(特に、ホームページ側からアクセスしていただいている方)で、同様の問題(遅くて読めない!!)でお困りの方はいらっしゃいますか?
もしそうであれば、下記のコメント欄または「航海日誌」の掲示板へ書き込んでいただくか、メール taichi_hiraoka@yahoo.co.jp までご連絡いただけないでしょうか?
対策を真剣に考えます。
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2005 年 2 月 13 日恒例の整備期間
今年もやってまいりました、恒例の冬の整備期間。毎年、ニスの塗り替えには泣かされております。
特に今年は昨年の塗り替えがあまりよくなかったため、かなりニスが痛んでしまっており、また全面的に剥がして塗りなおしたほうがよさそうな状況。
前回、コトを急ぎすぎて失敗した経験から、今年は範囲を絞って丁寧に進めていく予定。で、この日は左舷最前部のガンネル一本だけの塗りなおしと相成りました。
おかげで、ニスを4回重ね塗りするところまで行き、かなりしっかりと塗膜が出来た感じですが、このペースだと春までに整備が終わらない。

……中庸が大切ですね。
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2005 年 2 月 14 日(2 月 11 日)ボートショー見学
幕張メッセで開催されたボートショーに行って参りました。
現地で福丸さんと風丸さんにお会いできて、なかなか有意義な時間をすごすことが出来ました。
私的には、アテネオリンピックで銅メダルを獲得した関・轟組の 470 が展示してあったのが結構高ポイントでした。
……とはいえ、文字通りの「ボート」ショーで、ヨットの展示はほとんど無し。クルーザーでは、ヴェラシスが展示していたカーボンマストの C&C99 とファーストマリーンの2艇のみ。あとはディンギーがちょこちょこ、という感じでした。残念。
ちょっと前は、もっとヨットの出展があったそうですが……うーむ。
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2005 年 2 月 8 日飛行船日和
京成マリーナのある土浦市にツェッペリン飛行船が 76 年ぶりに飛来しました。

なんでも、土浦にはかつて、飛行船で有名なツェッペリン伯が、世界一周飛行中(1929年)に訪れたことがあるそうです。その際に、地元産のジャガイモを入れたカレーをふるまわれ、喜ばれたのだとか。
このたび、それにちなむ形で、土浦市でイベントが開催されたので行って参りました。

2 月 4 日土曜日の会場は、霞ヶ浦湖畔の霞ヶ浦総合公園。「ツェッペリンカレー」ののぼりの躍る会場では、カレーフェスティバルと歓迎式典が開催されましたが、あいにくの強風で肝心の飛行船は飛来できず(地上もかなりの風でしたが、上空は 40m(時速にして 150km/h) 近い強風が吹いた模様です)。翌日に持ち越されました。

ホバリング中 2 月 5 日、この日の会場は、陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地。
もし、前日と同様の強風であれば、この日も飛来できないところでしたが、風は一転して微風。空も晴れ、絶好の飛行船日和(?)。
飛行船は、午前 9 時に基地である桶川を飛び立ち、10時過ぎに土浦上空に飛来。
15 時くらいまでの間、霞ヶ浦駐屯地の上空や土浦駅上空を高く低く航行し、時折会場に降りてきては着陸/離陸やホバリング、その場旋回などのパフォーマンスを繰り返してくれました。
全長 75m もあるものが、ゆっくりと空から降りてきたり、その場で停止したり、かと思うと驚くほど機敏に加速したりするのを見るのは、飛行機を見慣れている身にとっては、かなり妙な感じでした。
時折、広告目的で上空を飛んでいるのを見かけることがありますが、低空に下りてきた飛行船には、かなり圧倒的な存在感があります。
着陸直前
余談ですが、ツェッペリンNTは、かつてのツェッペリン飛行船の復刻版ではなく、最新技術を盛り込んだ新しい時代の飛行船なのだそうで、「NT」は「New Technology」の意。
愛知万博で遊覧飛行を行うそうですので、乗ろうと思えば乗れるかも知れません。ただ、14人しか乗れないそうですので、乗船はたぶん抽選ですねえ……。


<追記>
ちょっと探してみたのですが、愛知万博での遊覧飛行は私の間違いのようです。
すみません。
</追記>

諸元は以下。その巨体と、それに比しての積載重量の小ささに驚きます。
つくづく、不思議な乗り物です。

全長76m
最大直径19.5m
高さ17.4m
最大重量8t
積載重量1.9t
最高速度125km/h
航続距離900km
購入費用11億円
耐用年数10年
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2005 年 2 月 2 日にわかカルデラマニア
1月末に鹿児島旅行に行ってきたのですが、その副作用(?)でにわかカルデラマニアと化しております。
調べてみて、巨大な規模の災害を引き起こす「カルデラ破局噴火」と呼ばれる噴火が、実はかなりの数発生していることがわかって驚いております。その頻度は 1万年に1回くらいのようですが、なかには、九州全土を焼き尽くしたと言われる「阿蘇4(7万年前)」のような超巨大噴火も含まれており、これが今もし発生するとしたら、日本で1000万人を超える死者が出るという試算もあったりします。
あまりの巨大規模に想像することも難しく、現在、ひたすら圧倒されているところでございます。

ちなみに、調査結果はこちら
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2005 年 1 月 16 日(2002 年 7 月 20 日)鳥羽レース回航
局所的な前線前回に続いて、過去写真の発掘中。
右は 2002 年に「Graces」号にて鳥羽レースの回航に参加させてもらった際の写真(すっかりご無沙汰しております……)。
伊豆半島西側からの出港だったのですが、ちょうど富士山の上には局所的な前線が出来ていて、強烈な吹き下ろしが来ている中での出港でした。駿河湾は晴天でも時折こういうことがあるそうです。
風速は強いときで 20m、波高は 2m というところでしょうか。ジブ一枚で帆走、遠州灘に出るまでは結構荒れた模様ですが、筆者は夜の部に備えて(船酔いという話もありますが)キャビン内で寝ていたので、最初の段階しか見ていません。

日が暮れて遠州灘は夜。
南方沖合いの航路を次々と本船の航海灯が通ってゆく中を、「Graces」は打って変わって微風の中を機走。衝突防止にメインセールを上げ、本船が接近しそうな気配があれば、セールを懐中電灯で照らして目立ちやすくしていました。
遠州灘の夜明け海面には、航跡にちらちらと夜光虫が幻想的な光を放ちます。
やがてぼんやりとあたりが明るくなってきて、東の空が赤く光ってきます。遠州灘上で迎える夜明けは、美しく、感動的でした。

このとき、結局目的地付近の悪天候が原因だったと思うのですが、鳥羽へ入港せずに三河湾へ入ってラグーナマリーナへ入港した記憶があります。
このときは回航だけでしたが、うまく休みを取って、鳥羽レース本戦も含め、いずれまた参加してみたいと考えております。
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2005 年 1 月 9 日デスマスト……
デスマスト最近、過去写真の整理をしているのですが、数年前にとある方(最近ご無沙汰しております。すみません……)からもらった写真が出てきました。公開するつもりが、ばたばたと忙しくなってしまって、そのままになってしまったものです。
レース中にデスマストしてしまった写真だそうです。
ダウンウィンドでスピンを上げていたときに、強風にあおられてマストが折れてしまった模様。もらった時、結構ショックを受けたのを覚えています。
「ちはや」も、マスト起倒のときにあやうくデスマストしかけたことがあります。
マストはヨットの要。気をつけなければとつくづく思います。
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2005 年 1 月 1 日あけましておめでとうございます
初日の出 あけましておめでとうございます。
今年は久々の年始出港をしたいと考えていたのですが、珍しく降った年末の雪と海上を通過していった低気圧で断念。羹に懲りて膾を吹いているのかも知れませんが、いつぞやのような年始早々の修羅場は避け、まずは自重から。もしかするとものぐさになっただけかも知れませんが(^^;;。
ともあれ、今年はもう少し積極的に動く年にしたいと思っております。
仕事を言い訳にして船を出さないと腐ります。

それでは今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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2004 年 12 月 19 日(2004 年 11 月 7 日)かつての避暑地を偲ぶ
別荘前桟橋少し前の話になりますが、日光の「旧イタリア大使館別荘」へ行って来ました。
あまり認識がなかったのですが、明治以降、日光は「夏は大使館が日光へ移る」と言われるほど、各国の大使の避暑地として盛んだったのだとか。
旧イタリア大使館別荘は、かなり老朽化していたのを最近再建したものらしいのですが、往年のおもかげを残して、落ち着いた雰囲気でただずんでいました。
別荘は中禅寺湖に面しており、別荘前からはかつてはディンギーを着けた桟橋が伸びています。まっすぐ湖に突き出してから、左に折れて L字型になっており、右の写真はその左に折れた先端部分にたっているところです。かつて避暑が盛んだった頃には、大使館対抗のヨットレースも開催されていたそうです。もちろん FRP のない時代ですので、写真で見る限りでは木造・ガフリグのかなりクラシックな艇でした。少し離れた町との往復も、ヨットでしたりしていたのだとか。
別荘が次々と閉鎖されるなか、そういった面影はもうありませんが、ついついこういった別荘に住む優雅な生活を思い浮かべてしまうのでした。暖房設備は、もちろん暖炉でした。

追伸:
我々は紅葉に少し遅れてしまいましたが、紅葉の頃はそれはもう見事な景色なのだそうです。ただし、渋滞は覚悟しなくてはならなさそうですが……。

追伸2:
容量の都合もあって、最近、「ヨットオーナーの道」に写真を掲載するのを避けていたのですが、Geocities の容量増加に伴って、また開始します。
ついでに、下記記事に写真を追加しました。興味がある方はごらんください。(大した写真ではありませんが……)
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2004 年 12 月 14 日なかなか売れないマルチハル?
KAZI 誌の「海の告知板」には個人売買のヨットなどがいろいろと出ているため、参考にさせてもらっています。
最近では、もちろんマルチハルの情報を参照しているのですが、三ヶ月前くらいから、Corsair F-24 とドラゴンフライが出たまんまになっています。マルチハル艇ってあまり売れないものなのでしょうか?
年式が新しいので、価格的に手が出るまいと思って見逃しにしていたのですが……。うーむ、どうなんだろう……???
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