ヨット/帆船用語集:船の種類
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[15世紀以前の地中海船]
長い船(ロングシップ)
15 世紀以降の全装帆船時代以前の地中海世界の船は、「長い船」と「丸い船」の二つに区分される。
起源は不明だが、エジプトやフェニキア、クレタなどの古い文明の持つ船が混交しつつ、次第に発展したものだろう。
このうち「長い船」は漕走を主とするガレー船であり、一本または二本のマストを持ち、初期には四角い横帆を掲げ、少なくとも 9 世紀頃にはラティーンスル(大三角帆:縦帆)を掲げるようになっていたと思われる。
櫂は一段のものだけでなく、二段(バイリーム)、三段(トライリーム)などがある。
舵は舷側舵。
主に軍船として使われていたが、ヴェネチアのように商船/軍船共用にしている場合もあった。
16 世紀にガレオン船と大砲の利用が一般的になると、ガレー船は軍船としての地位を失い、地中海世界では次第に使われなくなっていった(帆走化して「ジーベック」に発展)。
ヨーロッパでガレー船がもっとも遅くまで活躍したのは、バルト海だと思われる(18世紀まで使われていた)。
バルト海は、湾や島が複雑に入り組んでいるため、漕走することの出来る船が有利だったためである。

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丸い船(ラウンドシップ)
長い船(ガレー船)」に対して帆船を指す。
前後同型にちかい船首尾を持ち、舳、艫の双方とも高く持ち上がった船型。丸く、喫水が深い船だったように思われる。
一本マストか二本マストで、かつては横帆をあげていたと思われるが、残っている絵などからすると、少なくとも 9 世紀頃にはラティーンスル(大三角帆:縦帆)が使われるようになっていたと考えられる。
ラティーンスルは、横帆に比べて風に対する自由度が大きく、上り帆走の能力などは増したものと思われるが、風に向かって効率よく帆走するための深いキールや船尾舵などは、後の北方船との混交を待たなくてはならない(15 世紀以前の地中海船はまだ舷側舵が主流)。
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[15世紀以前の北方船]
バイキング船(ロングシップとも言う)
かつて、襲撃時代(10世紀前後)にノルマン人(バイキング)が用いた船。
コグスタ船、オーセベリー船をはじめとして、多くの船が発掘されているため、外見をはじめ、比較的多くの事が分かっている。
クリンカー造りの漕走、帆走の両用船で、起倒できる一本のマスト、横帆を特徴とする。
船体は前後ほぼ同型で、舵は舷側に舵オールを持つ舷側舵。
船体上にほとんど構造物は見当たらない。
やがて、襲撃された側のイギリス地方やドイツ地方に模倣され、北方船の原型になってゆく船。

※ここでの「北方」は、地中海世界からみた「北方」を指す。大雑把に、ノルウェーをはじめ、ドイツ地方、イギリス地方などの船を含む。西洋の帆船の発展は、古くは地中海船(「長い船(ガレー)」や「丸い船(帆船)」)とアジア方面から来た船(縦帆形式)との混交であり、さらに地中海船北方船との混交によって大航海時代を彩るような本格的な帆船へと発展してゆく。
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コグ/ネフ
バイキング船などから発展した北方船
大雑把に言って、12世紀から14世紀くらいまでの間に活躍した。
一本マスト、クリンカー造りが特徴。
船体上に「櫓」が見られるようになってくる。
舵の形式として、舷側舵か船尾舵かで「コグ」「ネフ」を区別したようだが、はっきりしない。
ともあれ、この船尾舵の発明と、バウスプリットの発明は、本格的な帆船時代の重要な要素になってくる。
やがて、「南方(地中海)」の船と混交し、本格的な帆船へと発展してゆくことになる。
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[15世紀-16世紀頃(帆船発展期・大航海時代)の船]
カラベル
ディズニーシーのカラベル船。これはラティーンスルのもの15世紀頃には出現していた形式の船。
商業用であるとともに、エンリケ航海王子の頃のポルトガル海軍の船でもある。 ラティーンスルのもの(カラベル・ラティーナ)と四角帆のもの(カラベル・レドンタ)が知られている。 船体は平張りが特徴で、四角い船尾を持っていたと言われる。舵は船尾舵に発展しており、北方船との混交を伺わせる。
船首楼、船尾楼の有無など、筆者の調べた範囲でははっきりとしないが、絵を見る限り船尾楼を持っていそうである。
コロンブスの第一回探検時に使われた三隻の船のうち、ピンタ号とニーニャ号がこの形式。
キャラックであるサンタ・マリアに比べて軽快な船であったらしく、ピンタ号はしょっ中先に進んでしまっていたらしい。
コロンブスは、サンタ・マリア号を気に入っておらず、アメリカ大陸沿岸での座礁を機に、嬉々としてニーニャ号に乗り換えてヨーロッパに帰還した。

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キャラック(もしくはナオ)
15世紀頃には使われていた帆船の形式。スペインではナオと呼ばれた。
少なくとも二本(通常は三本から四本)のマストを持ち、おそらくはスペイン・ポルトガルなどを発祥とするが、欧州全域で使われたと思われる。
フォアマスト・メーンマストは横帆帆装、ミズンマストは縦帆帆装(ラティーンスル)である。図像が残されているものについては、高い船首楼、船尾楼を持ち、バウスプリットは船首楼先端から出ているように見える。軍艦として使われる場合、この船首楼・船尾楼に多数の大砲を備えており、恐らくは高い城塞のように見えたことだろう。
ちなみに、船への大砲の装備は、この前後から始まっていたらしい。
当初は、小型砲が大半(それでも 300門 を超える搭載数が見られる)だったが、16世紀末には分厚い船体に穴を開けるような大型砲が搭載されるよう(搭載数は 80 門以下)になってゆく。

コロンブスが第一回の探検で使ったサンタ・マリアがこの形式の船。喫水が深く、上り帆走が苦手だったらしく、コロンブスは航海日誌にそのことを書き残しているそうである。
キャラックはかなりの大型船が作られたらしく、例えば『グレート・ミカエル』は全長240フィート(72メートル)だったという。
想像以上に大きな船が作られたらしく、15世紀には 500t、1000t といった大型船が知られているらしい。

コグ/ネフ、及び地中海の「丸い船」から、キャラックのような本格的な帆船への移行は、15世紀初頭前後、50 年程度の比較的短期間に比較的急激に行われたらしく、その詳細はあまりよく分かっていない。
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ガレオン
16世紀頃に出現したと思われる形式。軍艦、商船として幅広く使われた。
私掠船長ドレイクが乗り、スペインを散々悩ました「ゴールデン・ハインド」号がこの型式の船である。また、1588年にイギリスとスペインの無敵艦隊が戦ったアルマダの海戦において主役となった船でもあり、いわば、この時代の花形であると言える。
三本または四本のマストを持ち、フォアマスト・メインマストが横帆帆装、ミズンマストとボナベンチャー・ミズンマストがラティーンスルによって帆装されている。
船首楼・船尾楼を持つが、船首は低く尖っており、バウスプリットは船首楼の下から出ている。
ガレオンの形式の由来については、帆船にガレー船の形式を取り入れたもの、などの説があるがはっきりしないようだ。
ディズニーシーのガレオン船です船形としてはキャラックよりも細長く、より帆走性能が高かったようだ。
当初は高い船首楼・船尾楼を持っていたが、やがて帆走性能に影響を与えることが判明して、これらは次第に低くなってゆく。
また、帆船に積まれる大砲が進歩してゆく時代の船でもあり、船に積まれる大砲が次第に小口径のものから、大口径の効果的なものに移行してゆくに従い、それまで船首楼・船尾楼に積まれていた大砲は、次第に舷側に砲門を切って搭載される形に変わってゆく。

17世紀にかけて使われ、やがて『戦列艦』や『フリゲート』などに代わられてゆく。
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[17世紀-18世紀(帆船が成熟した時代)の船]
ジーベック
16世紀頃に出現し、19世紀まで使われた地中海の船。ガレー船から発展した帆船。
非常に多くの乗員を乗せて、私掠船(海賊船)として使われた。24砲門の船に 3-400人の乗員を乗せていたとも言われている。
マストは三本マストくらいまで。帆装は「風によって四角帆とラティーンスルを使い分けた」そう。
絵を見る限り、船首楼・船尾楼は低く、船型は軽快そうだ。恐らくはそれなりに優れた帆走性能を持っていたと思われる。
多分、乗員を満載して、島影などから身軽さに任せて商船を急襲し、乗員が乗り込んで乗っ取ってしまうような運用をされたのではないだろうか?
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戦列艦
16世紀末のアルマダの海戦からしばらくして、17世紀に入ってからようやくイギリスは常設海軍を創立することになる(アルマダの海戦を戦った「艦隊」は、ドレイクやホーキンズといった私掠船長、貴族、愛国者、船乗り、ならず者達の寄せ集めであった)が、このとき、舷側砲しか持たず、側面に対する攻撃しか出来ないという当時の帆走軍艦の特性を生かした戦法が考案された。つまり、船は一列の縦列を為して並ぶこと、各船は先頭の船に続いて秩序正しく行動すべきこと、などである。
この戦列に参加出来るのは、ある一定規模以上の船とされ、これらの船は「戦列艦」と呼ばれた。
イギリス海軍においては、この基準は 50 砲門以上であり、最大の戦列艦は三層の砲甲板を持ち、100 門程度の砲を搭載していた模様である。
戦列の思想は当初イギリスのオリジナルだったが、次第に他国の海軍にも取り入れられ、やがて海戦は戦列同士の叩き合いという様相を示すようになる。
戦列を形成するのは、50〜100砲門を搭載した船。同じ砲門数で比べると、イギリスの船は小さめで、フランスなどの船は大きめだったらしい。
この形式の軍艦として、トラファルガー海戦を戦ったネルソンの旗艦「H.M.S. ヴィクトリー」が有名。
以降、蒸気戦艦が登場するまでの長い間、海軍の主流となった船。
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フリゲート
17 世紀に現れた帆走軍艦の一型式。
戦列艦に比べて船足が軽く、巡洋艦的に使われたと思われる。
砲列は一列程度で横帆帆装。トラファルガー海戦時のネルソンの旗艦として有名な「H.M.S. ヴィクトリー」などの戦列艦に比べるとスマートな船型であり、帆走性能を重視していることがうかがえる。
ただし、他型式の船と同じく、フリゲート型式が厳密にどういった定義だったのかはそれほど明らかではない模様で、例えば、当時のイギリス最大の軍ネイスビーが「フリゲート」と呼ばれていたことから、必ずしも戦列艦よりも砲門の少ない軍艦をフリゲートと呼んでいた訳ではなさそうである。
とはいえ、おおむねフリゲートは戦列艦(50砲門以上)の一つ下のクラスと見なされており、代表的な砲門数は 24〜32門程度であったようである。初期のフリゲートは、漕走用の装備をもっていたが、次第に純粋な帆走軍艦となっていった。

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ブリガンティン
ブリガンティン型式の小型帆船二本マストの船の形式。
フォアマストは横帆帆装、メーンマストが縦帆帆装の船(トップスル以上の帆は横帆が多い)。日本では練習船「海星」がこの形式。
17世紀末に北方に出現した形式。
元々は、フォアマストに通常の横帆を、メーンマストには背の高い横帆(ブリガンティンスル)を掲げていた。このメーンマストの帆が、ガフスルに変わり発展した。

「ブリガンティン」は、近代的な船の分類としても、やはり二本マストで横帆・縦帆を組み合わせた型式を指す言葉として残っている。
右の写真は、比較的近代に入ってからの「ブリガンティン」型式の帆船(ディズニーシーにあったものですが……)。
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スノー
17〜18世紀頃の北方発祥の船。
二本マストで、フォアマスト・メーンマスト共に横帆帆装。ただし、メーンマストの直後に、『スノーマスト』と呼ばれる短いマストを持っており、そこに『トライスル』と呼ばれるガフスルを持っていることが特徴。
後にブリガンティンと組み合わされて、『ブリッグ』形式の船を生み出した。
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スクーナー
ディズニーシーのスクーナー船一本マストを除く縦帆船の呼び名。近代的な分類においてはより多檣のものも含むが、歴史的にはニ檣のものを「スクーナー」と呼ぶようである。
また、縦帆のニ檣帆船の中でも、メインマストとフォアマストを持つものは「スクーナー」と呼ばれるが、メインマストとミズンマストを持つものは「ヨール」または「ケッチ」と呼ばれて区別される。
どのマストがメインかは、主にマストの高さで区別されると思って良い。普通、スクーナーの場合には、前の帆の方が後ろの帆よりもやや小さいか、同程度の大きさになっている。
縦帆としては、一般的にガフスルが用いられる。
これ以外の帆が用いられる場合(例えば、ジャンク・リグやラティーンスル)には、縦帆・前檣・主檣の構成でもスクーナーとは呼ばれない場合が多いため、ガフまたはヨットのような三角帆を持つ縦帆船の呼び名であると考えた方が良いかも知れない。
発祥は、17 世紀末のアメリカ。
進水式の時に、だれかが「How she schoons!!(なんて速い!!)」と言ったことから名前がついた、というまことしやかな話がある。
輸送船や旅客船、商用船として利用されていた。
「海皇記」の影船八番艦は、三檣のスクーナーである。
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ブリッグ
18世紀に出現した船の形式。
ブリガンティンとスノーを組み合わせた形式で、二本マスト。
メインマスト(後マスト)にコース(横帆)とスパンカー(縦帆)の双方を持っており、風の状況により使い分けた。
小型船に多く、フォアマストの前に大口径の臼砲を置いて砲艦などにも使われた。
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スループ/カッター
歴史的には、かなり不明な点の多い型式の船。
知られている「スループ」の間でも、帆装・船の大きさなどが異なっていたようだ。
歴史上知られている「スループ」の一隻は、ブリガンティンであり、また、必ずしもブリガンティンを指すとも限らず、おそらく、砲門数の少ない小型快速船をスループと呼んだと思われる。
代表的には、18 砲門のブリッグまたはシップ型帆装の形式が知られている。これらの船は、フリゲートよりも一つ下のクラスとして扱われていたようである。
スループが歴史上に登場する例として、アメリカ独立戦争の折り、アメリカ独立を支援したフランスが英海軍に対抗するために、「浅いアメリカ近海で威力を発揮するように」スループを派遣している。
また、イギリスのアンソニー艦隊が世界周航を行った際には、乗員百名、砲八門を積んだ快速船「トライアル」を伴っており、この船もまた「スループ」であった。
少なくとも、大型船でなかったことは確かなようだ。

今日では、一本マスト二枚帆の縦帆船を指す。
より正確には、マストにメインセールとして縦帆があり、フォアステイからジブが張られている帆船の形式。ステイから張られる帆が二枚になった場合には、「カッター」と呼んで呼び分けている。
代表例として、多くのヨットを含む。小型船では一般的な帆装形式。

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シェベック
18世紀にバルト海で使われた形式。ジーベックのバルト海版。
バルト海では、湾や入り江が多く、入り組んだ地形のため、漕走軍艦が遅くまで使われた。
シェベックも状況に応じて帆と櫂を使い分けられるようになっており、機動性を重視したつくりになっている。
帆装はラティーンスルで、2〜3本マスト。
舷側から大砲を発射できるようになっており、10〜20門前後の砲を装備していたよう。
スマートですっきりとした外見を持ち、なかなか完成された雰囲気の船である。
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[19世紀以降(汽船との競争の時代)の船]
クリッパー
実用帆船としては最後の(そして最良の)形式。
1820年頃アメリカで登場し、やがてイギリスなどにも広まった。有名なカティ・サークがこの形式の船。
細長い船体、優美に尖った船首と船尾、三本または四本マストに数多くの帆を装備した。帆装形式としてはバーク(最後檣のみ縦帆帆装の横帆船)もしくはシップ(全檣横帆帆装)に、ステイスル、スタンスルなど各種の補助帆を掲げたもの。初期のボルチモア・クリッパーのみは、スクーナー形式の帆装だった。
中国からの紅茶や、オーストラリアからの羊毛などを運び、その速度を競い合った。中国からロンドンまで喜望峰を回って100日程度で荷を運び、多くの快速船が作られてその速力を競い合った(こういった航海はティー・レース、ウール・レースなどと呼ばれた)。
速力に関しても、次々に記録が打ち立てられた。1854年、『ライトニング』は一日436マイルを走破した。この速力は、平均18.5ノットにあたる。1856年、『ジェイムズ・ベインズ』は航海中21ノットの速力を出していたと言われる。近代のコンテナ船の速力が 15〜20ノットであることを考えると、当時の帆船の速度としては驚くほどのものである。
この最良の帆船の歴史は、蒸気船の発展との競争の歴史でもあった。
クリッパーは15〜16ノットの速力を持っていたが、蒸気船も次第に進歩を繰り返し、スエズ運河の開通(1869年)などもあって次第にその差を詰めていった(帆船はスエズ運河を通れなかった)。
やがて、第一次世界大戦の折り、多くの帆船が沈められたこともあり、クリッパーと共に長かった帆船時代の幕は下りた。

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[現代の帆船]
シップ
全檣が横帆のみで帆装されている三檣以上の帆船のこと。
こういった帆船でも、通常、最後檣の一番下の帆はガフ形式の縦帆(スパンカー)を持っているのが普通。
歴史的に、横帆の帆船でも、最後檣は縦帆帆装とされることが多いのだが、全檣横帆帆装の帆船も見られないことはない。
デンマークの帆船「ダンマルク」などがこの形式の代表例。

[歴史上の用語の意味]
16 世紀には、船首が低く、船首楼の下からバウスプリットが出ている「ガレオン」と、船首が高く、船首楼の上からバウスプリットが出ている「シップ」を区別して呼んでいたようである。
この時代の「シップ」は、最後檣はラティーン・スルで縦帆帆装されているので、近代的な分類で言えば「バーク」にあたる。

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バーク
近代的な分類では、三檣以上の、最後檣のみが縦帆帆装の横帆船のことを指す。最後檣の縦帆は、一般的にガフが用いられる。
日本の海洋練習船である「日本丸」や「海王丸」は四檣のバークである。
大型帆船を建造する場合に、今日では一般的な形式と言える。

[歴史上の用語の意味]
辞書で調べると、「bark」は詩の中で小舟を表す用語として使われることもあったようで、やはり近代的な意味と歴史的な意味は異なっているといえる。帆船の一般名称として使われることもあった。

[追記]
この型式の船は、アメリカでは「ジガー型帆船」と呼ばれる模様。

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バーゲンティン
近代的な帆船の分類の一つ。
前檣のみが横帆帆装の縦帆船。三檣以上の帆船を指す(ニ檣になると特別に「ブリガンティン」と呼ばれる)。
中型以上の帆船の帆装として用いられる。縦帆としては、一般にガフが利用される。ガフのヤードとマストの間に三角形のガフトップスルを張ることが多い。また、ガフトップスルの代わりに、横帆のトップを持っている場合もある。
チリの「エスメラルダ」がこの形式の帆船。

[歴史的な用語の意味]
型式的には、「カラベル」の遠い子孫にあたるが、歴史的なつながりは見られない。
近代になって現れた型式であると思われる。
特に、この型式の大型帆船は、海上に白い塔が林立したようで、とても美しい。


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