四国遍路の本
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(お経を唱えたことのない人も) 「四国遍路のはじめ方」

串間 洋(くしま ひろし)・明日香 出版社 ・2003年10月・初版。

会社勤めをしながら四国遍路のHP「掬水へんろ館」を主宰している串間さんによる、 四国遍路のための具体的かつ実践的な一冊です。

著者は、1950年熊本県生まれ。電機メーカーの管理職として在職中で、1996年から四国遍路を始め、2004年 5月から3巡目の区切り打ちに入り、2005年8月現在継続中です。


本の紹介に入る前に、「掬水へんろ館」への、個人的感想を 述べさせていただきます。

  私ごとですが、生まれて始めて四国の地を踏み、にわか遍路として徳島を歩いたのが、1998年7月の 7日間(プラス往復の2日間)です。

ここから夏休みを使っての「お四国歩き」が続いて3年目の2000年12月末に「まず、これを使え そうならば新しいのを、買えばいい」と、パソコン(windows 95)を譲ってもらったの を機に、ワープロ代わりに「遍路記のメモ」を打ち込み始めました。

その後、四苦八苦の(教えてもらいながらの)インターネット接続(2001年1月末)となり、 「四国遍路」の検索で出会ったのが「掬水へんろ館」だったのです。

その時私は「これだけ、毎日の情報を掲載し続けているのは、このHPを専門にやっている人なのだろう」 という印象でした。
(その後 windows 98に変えて、インターネットの青葉マークの発車となったのです)

ところが、HPを読みすすめていくうちに、串間さんの「遍路記」を一読して、著者が毎日会社勤め をしている人であることを知って、驚いたのです。

(一日は24時間、この限られた中で、一人のサラリーマンが、どうやって「掬水へんろ館」を続けて いけるのか、インターネットの端っこになんとかぶら下がっている私には、今でも驚きです)。

ともあれ、休日には「掬水へんろ館」に目をとおし、多くの資料と、<談話室> での貴重な体験を参考に、私の四国遍路との関わりは、続くことになり,2003年9月2日に、 88番「大窪寺」にたどりつくことができました。

自由で開かれた「掬水へんろ館」の面目躍如たるものは、 「談話室」でしょう。
この「談話室」には、毎日、現在進行形の遍路の方々からの報告と、様々な意見が掲載され、時には、 「・・ここまで掲載するには、悩んだろうな!」と思う場面がありますが、結果として、それが良いの だろうと思います。

最近、「談話室」で、私が興味を引かれたのは、2003年8月からの <遍路のありかた>、 さらに<白衣>をめぐる意見の交換でした。
2005年7月の四国遍路の<先達>をめぐる意見も、私には 参考になりました。

ところで、『掬水へんろ館』の<掬水>とは?
HPのネーミングとしては、ユニークな名称です。
2004年11月6日の談話室での「玉虫」さんの説明 がありますので、勝手に引用させていただきます。

<『ところで、このホームページの名称の「掬水」を説明しましょう。
「掬(キク)す」というのは「手ですくいとる」ことです。
「掬水」は水をすくい取ることまたはすくい取った水ということになります。』

まさに掬水へんろ館は、様々な遍路の在り方を掬い取り、水面に映すかのように紹介。
掬水月在手、手に掬った水には月が在る。しかし空に月があっての、手の月。
くしまさんは人の数だけある遍路の形をよく立ててる。
それはくしまさんのそれぞれのコメントを読めばよくわかると思う。
名称通り、水鏡としての役割に徹してる、そんな気がしました。>


「掬水月在手」の出典が何か,そしてこれ以上の意味は、私には分かりませんが、成るほどと思いました。
串間さんは「背中をそっと押す役割をしたい」とHPで言っていますので、そうした気持ちの表れとして、 私たちは『掬水へんろ館』を読みつづけていけるのだと思います。



前置きが長くなってしまいました、本の紹介にはいります。

1)阪神淡路大震災や、地下鉄サリン 事件で日本中が揺れてから 約1年後の1996年5月、入社20年目の「リフレッシュ休暇」制度を使い、仏教とも、四国とも縁の なかった著者(家は神道、小学校はカトリック系のミッションスクール)が、徳島県の23札所、 約160キロを徒歩で約1週間かけて巡拝したことから、四国遍路の魅力にとりつかれてしまうのです。

きっかけは<なぜか、「歩いて四国遍路をしよう」と思いついた> というものです。

(多くのサラリーマン遍路は、こうした漠然とした理由で歩き始めるのではないでしょうか。 これも又、<縁>というものかも知れません。)

(一旦、四国を歩き始めて、予想を越えたカルチャーショックを受けて、<ドップリと浸ってしまう>と いうのも、又、共通するものでもあります。)

2)著者は3年がかり、6回の区切り打ちで<結願>するのですが、 一番気にかかるのが、出発の準備と、当日です。

<前日、遍路の装備(衣類、キャラバンシューズなど)を会社に持っていく。
当日、ザック、笠はコインロッカーに入れ、ロッカーに入りきれない金剛杖は会社に持っていく。
・・・電話が鳴るたびに「連休中に急な仕事が入りませんように」念じながらも、なんとなくウキウキ しながら仕事をした。>


(この文章、伝わってきます。私の場合でも、車に遍路の装備を積んで出社、退社時間が近づくにつれ「定時に退社出来ない仕事が 入らないように」と願いつつ、終了のチャイムがなると、車から荷物を取り出し、逃げるように会社を 離れ、最寄の駅に向かったものです。
出発までの時間に余裕があるときでも、こうした気持ちは、変わることはありませんでした。)

3)共通する事
  イ)荷物は軽く=不要品を送り返す
  ロ)お接待への驚き
  ハ)足のマメ
  ニ)「お遍路モード」と「日常モード」(この落差はとても、とても大きいです)

4)区切り打ちは<分割払い>、あるいは<駅伝>
 現役のサラリーマンが休暇を使わず、40日溜め込んで、まるまる使って遍路にでて、出社したら自分 の席はなくなっていると著者が言うことは、残念ながら現実です。

(私は遍路宿で、通し打ちをするために、定年前に会社を辞める人がいるということを、聞いたことが ありますが、そこまでの決断は、殆どのサラリーマンには不可能であることも又現実です)

しかし区切り打ちなら、可能であり、著者はそれを<分割払い>、あるいは<駅伝>といいます。
自分自身がバトンタッチしていくというわけです。

5)「健康」「時間」「お金」は歩き遍路の3つの条件。
著者は続けます。

<「定年退職して時間がとれるようになったら歩こう」と思っていても、そのときには肉体的な条件が 整わないかもしれない。年齢を加えるにしたがって、健康や体力も徐じょに衰えるものだし、・・・。

以前から、歩き遍路には3つの条件が必要だといわれてきた。「健康」「時間」「お金」だ。
これらの条件を満たして「歩き遍路」ができる人は恵まれているともいえる。
それなら、今現在、幸いにもこれらの条件をなんとか満たしているのなら、歩けるうちに歩こう・・・ それが僕の考えだ。>


(私も「定年になったら・・」と、漠然と考えていたことと、6年かけて88番までなんとか辿り着いた こととを較べると、歩けるうちに歩いて良かったと感じることができます)。

6)著者の「遍路全データー」はとても参考になります。
著者の体験からくる、持ち物チェックなどのデーターは勿論、とりわけ 3年にわたる区切り打ちでの、筆者が泊まった宿の料金を全て記してくれているのは、とても役 にたちます。
これを見れば、1日1万円の金を捻出して、歩かねばならないということがわかります。

(時として「歩き遍路は贅沢である」と言われることがあります。
正直のところ、抵抗を感じる言葉です。
正味、一週間の区切り打ちですら、費用と時間の捻出にそれなりの苦労があるものです。
でも、私は、四国を歩き続ける中で、それでいいと思うようになりました。
「他人様から見れば贅沢だろう、しかし、この贅沢は、他のものには変え難い贅沢なのだ」と。
ある種の<開き直り>かもしれませんが。)

7)金剛杖、白衣、菅笠など、そして、靴、足のマメ等々、 著者の体験に基づく文章が簡潔にまとめられています。

<著者が手製の金剛杖を使っている>という文章を読むと、「成るほど」と思うかたもいることでしょう。

8)ということで、紹介したい個所は、まだまだあるのですが 最後に、犬嫌いの著者が、犬について書いてある文章があります。
私は、同情をしつつ、またおかしくもあったということを書いておきます。
遍路を先導してくれる<案内犬>の話を読むと、こういう犬なら会ってみたいと思います。

(詳細は本書を読んでいただくこととします)

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かく言う、私も(四国の)犬には、良い思い出はありません。

*最初の区切り打ち(徳島)で、泊まった宿に大きな黒犬がおり、 鎖に繋がれもせず、廊下を歩いていたのです。
水を飲もうと廊下に出ると、黒犬が寄って来ます。
宿の女将さんは、私が犬を怖がっているとみたのでしょう、「(犬が)遊びたがっているんですよ」と 言ってくれはしましたが、「遊びたいのは、犬の勝手。こちらは、そんな気持ちはありません」 と、口には出さず、ただ頷くだけでした。
とても親切な女将さんで、マメの水抜きに針と糸をもらったりしたのですが、犬にはまいりました。

(この宿には男手がいなかったように見受けられました。 きっと、防犯のために、役に立つ大きな犬を飼っていたのだろうと、後日判断できたのです)

*もう一つは香川でのことです。 札所に着いたら、セパードの親犬位の大きさの黒犬が「ハアハア」と赤い舌を出してお出迎え。
できるだけ側にこないように注意しても、こちらの気持ちは犬には伝わりません。
お参りをすませて、トイレにいったら、入り口でその黒犬が「ハアハア」と赤い舌を出して、座って こちらを見ています。

Uターンして、札所を後にしたのです。

きちんと躾られた犬であろうとは思いはすれど、なにせ足が犬から遠ざかろうとしてしまいます。 犬好きの方々からすれば、やはり、一笑に付されるでしょうか?

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本に戻ります。

著者は「遍路の形は様々である」とのべています。
確かに、10人いれば10の形が出来ると思います。
その中で、私は「四国遍路は心のダイエット」と著者がいう ところのものを感じながら、「自分はこの点が不足していたかな」と思ったり、「そうだ! そうなんだ」 と共感したりしながら読むことができました。

著者も 引用し、共感をしている、へんろみち保存協力会代表の宮崎建樹さん のいう

「遍路とは、安全、快適、効率という現代的価値観の全く逆を求めるもの、 すなわち、危険、不快、非効率 な体験を通じて、現代人が忘れていた畏敬の念、感謝の心を取り戻すものだ」


という言葉の意味を、今からでも、少しづつでも噛みしめていけたらと思っています

現役のサラリーマンによって書かれた、四国遍路を身近に感じられる、中身が一杯詰まった本です。
是非、一読を。

更新。2005年8月14日・記

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