■クミコ■クミコの唄会
2001年9月1日(土)
いちかわ西洋館倶楽部




千葉県へ向かう電車に揺られる。
秋らしく、少し肌寒いと感じる陽気に「9月になったんだよね・・・。」なんて
心の中でつぶやく。車窓から見る空は少し雲が多いけど雨は大丈夫みたい。
市川駅でお友達ご夫婦と合流。
西洋館から送って頂いた地図を見ながら、初めて歩く街にきょろきょろ。
そんなに遠くない距離に、西洋館倶楽部はありました。
その建物は、細い路地を進んだ中にそっと置いてあるように建っていました。
もともと館長さんのお爺さまが、日本屋敷の母屋に隣接する応接室として
日本人の大工さんに発注して建てさせたのだとか。
どことなく、生活していた人が居たという温度を感じさせる木造建築。
ツタが壁面にサワサワとそよぎ、懐かしい様な佇(たたず)まい。
しばし足を止め見入ってしまいました。

入り口の受け付けで予約券と代金を渡し、さぁ、中に入ろう・・・
と思ったらここは土足厳禁の場所。
玄関で靴を脱ぎ、係りの人に渡されたビニール袋に靴を入れて
スリッパに履き替える。
「誰かの家におじゃまする感じ」がした。
入ってすぐテーブルと椅子が置かれた6畳ほどのスペースが。
テーブルの上には梨が沢山盛られていました。
その応接スペースを通り、後から増設されたと言う音楽ホールに進む。
5〜60人が定員と言うだけあって適度にこじんまりした空間。
お客さんの数だけパイプの椅子が並べられていた。
何人かのお客さんがすでに着席し、おしゃべりしたりそれぞれにくつろいでいる。

正面奥のステージ部分は、見上げるとそこだけ更に天井が高くなっていて、
ステージまで椅子を分けまっすぐ伸びた通路と共に、教会をイメージさせた。
グランドピアノの黒い色、レトロな電気スタンド、壁に点在する絵画・・・。
気持ちがフワフワと現実から解き放たれていく気がした。

開演時間の五時を迎えた。
ピアノの上條泉さんが先に登場し、ピアノを奏でる。
客席後ろから真ん中の通路を通ってクミコさんが拍手の中ステージへ。

◆第1部◆

■1曲目「青空」
白いロングの袖無しのストンとした形のワンピース姿のクミコさん。
靴は白いハイヒール。
すぅっと伸びた雲の色の様。「青空」と言う曲によく似合う。
西洋館倶楽部の構造のせいでしょうか、それともクミコさんの
コンディションによるものなのか、声が高く高く気持ちよく抜けていきます。

☆MC
「ここでコンサートをするのは4回目だけど、初めて晴れたので
西洋館の色が初めて分かった。」と言うお話をした後、
「青空」と言う曲の説明をしてくれました。
この曲は井上ひさしさん作のお芝居「きらめく星座」の中で
テーマ曲の様にして使われていて、今回の歌もその時に歌われた
歌詞とセリフのままに歌ったとの事。
そして、「今日は大正時代や昔の曲を多く歌うので、皆さんをその時代に
連れて行くつもりで歌ます。」と、タイムトラベルのご案内も。

■2曲目「南の島から」
台湾の歌で、レコーディングされたけれど非売品となってしまった曲。
つい先日、クミコさんが別の場所で歌った時に「台湾で聞いたことがある。」と
教えて下さったお客様がいたのだとか。
広がる様な歌声、戦時中の唄らしい歌詞。
歯切れの良いピアノ。上條さんのフィニッシュのポーズがなにげに格好良い!

■3曲目「蕃山(やま)の唄」
こちらも台湾の曲。
日本とは少し違う感じのメロディーが、見たことのない風景を
自然と想像させてくれました。

☆MC
クミコさんは台湾へ行った事が無いそうですが、上條さんは行った事がある
と言うお話や、クミコさんもどこか歌に歌った場所に行きたいというお話。
そして、次に歌う大正時代の歌3曲についての説明がありました。

■4曲目「カチューシャの唄」
日本初の新劇女優である松井須磨子さんが『復活』という
トルストイ原作のお芝居の中で 歌った劇中歌。
松井須磨子さんは、一緒に劇団を作った島村抱月さんを熱愛していた様で
彼が肺炎で亡くなった後、34才の若さで後追い自殺をしてしまいました。
大変情熱的で、当時としては革新的な強い主張を持った女性だったのでは?
インターネットで検索してみたら、平成11年 9月22日(水)に発行された
20世紀の切手シリーズ第2集の中にこの二人の絵とカチューシャの唄の
レコードジャケットの絵が一枚の切手の中にデザインされていました。
こんな風に結ばれるというか、世に残る事が出来るなんて凄いなぁって思いました。
おっと、話が脱線してしまいましたね。(笑)

クミコさんが歌ってくれたカチューシャの歌は、優しくふんわりと歌う
「別れの辛さ」がじんわり、しんみりと胸に降る雪の様でした。

■5曲目「船頭小唄」
クミコさん曰く「わびしい、寂しい、悲しい」がみんな入っている歌。
なんだか、泣きながら眠ってしまった時の様な悲しさに似てる曲。
視線を斜め下に落としてじっくり聞いていました。

■6曲目「ゴンドラの歌」
恋愛を謳歌する事を煽る歌詞は当時としてはきっと革新的な歌詞だったのでは?
そんな説明がクミコさんからありました。
この歌も松井須磨子さんが唄ってらした様です。
力強い歌声。声につつまれゴンドラに乗っている様にゆらりゆらりと
心地よい声の揺れに身を任せていました。

☆MC
館長さんが手作りしてくれた木製のステージ用の台がちょっと小さくて、
マイクが乗るとクミコさんの動く範囲がとても狭くなってしまう様子。
マイクスタンドの位置をちょっとずらそうとしたらなかなか位置が決まらなくて
困ってらっしゃいました。
そして、ステージで言わなきゃよかった発言について話していて、
上條さんに「言い過ぎ!」と、ピアノを鳴らして注意される(つっこまれる?)一幕も。(笑)

■7曲目「茶目子の一日」
大正末期の曲で、クミコさんの「世紀末の円舞曲」というCDの収録曲でもある。
原曲の歌詞の中に差別用語が含まれていたので、
CDではその部分の歌詞を変更しての録音。
でも、今回は原曲のままの歌詞で歌ってくださるとの事。
私はCDを買わせて頂きましたが、生で聞くのは初めて。

歌い出したクミコさんは茶目子さんとその母、学校の先生、はては太陽、
納豆売り等をくるくると表情や声の雰囲気を変えて表現してゆく。
ステージには茶目子さんの家の中が見えたり、教室の中が見えたりしました。
とても楽しくて、とてもびっくりして、そしてとても感動しました。
ピアノと歌でこんなにも鮮やかに歌詞の中の世界を表現出来るなんて
ホントに凄い。

☆MC
「茶目子の一日」にまつわるお話を少ししてくれた後、
次の曲の説明をしてくれました。

■8曲目「おけいの唄」
正確な楽譜が無くて、この唄を知っている人から口づてで受け継いだ唄。
時の権力に対して反抗していた左翼の人達の間で歌われていた歌だそうで、
アカペラ(伴奏無し)で唄ってくれました。

☆MC
本日の会場内でのCD販売と、南青山MANDARAでのライブチケット販売の告知。
「市川は梨の産地だから市場でたくさん買ったので食べてください。」
と、館長さんのご厚意で用意された梨の事について説明がありました。

■9曲目「織田一枝」(-織田作之助の小説「競馬」のヒロイン- 君だけに)
「アドバルーン」と言う言葉がとても印象的な唄。
何度も出てくるその言葉の歌い方がシーンに合わせてそれぞれ違っていて
唄の中に出てくる登場人物の心情を細かく表現している様。
ラストはなんだか私もその唄の中の人物の気持ちに触れた気がして
もらい泣きしてしまった。
もらい泣きって言ういい方だと、まるでクミコさんが泣いているみたいに
思われてしまうかもしれませんが、そうではなくて泣いていたのは
あくまでも歌の中の人物達。
その人達の気持ちまでもが(もらい泣き出来る程に)伝わってくるのが
クミコさんの素晴らしい所だと思う。

□□□ ここで休憩が入りました。
館長さんのご厚意の梨でおもてなしされ、美味しいジュースも頂きました。


◆第2部◆
ピアノの伴奏が始まり、ルルル〜♪と歌いながらクミコさん登場。
衣装は赤い ノースリーブとロングスカートの上下セット。
ちょっとチャイナテイストの刺繍入り。足元は黒のパンプ風ミュール。

■1曲目「リリー・マルレーン」
第二次大戦中に歌われていた歌だそうで、途中にドイツ語で歌っている部分が
ありました。力強く広がるような歌。

☆MC
「ドイツ語ってアジテーション(人々を扇動し煽る事)に向いていますね。
ヒットラーがもしもフランス語をしゃべっていたら・・・。」と言うお話が
なんだかおかしかったなぁ。
1曲目と2曲目は共にドイツで生まれ、アメリカで女優&歌手として活躍した
マレーネ・ディートリヒが歌っていた曲。

■2曲目「嘆きの天使」
昭和3年に淡のり子さんがレコードを出した当時の歌詞で歌ってくれました。

■3曲目「UNO(誰が悲しみのバンドネオン)」
ピアノとの息が絶妙。歌とピアノの旋律が絡み合う様に奏でられる。
ため息が出る程ステキな二重奏。
ドキドキと、そしてうっとりと、パリの大博覧会の空に浮かんでみる。
クミコさんと上條さんの操るタイムマシンはなめらかに私を飛ばしてくれた。
上條さんがピアノのペダルを踏んでいない方の足で、床をタタンッて叩いて
調子をとっていたのが時折会場に響いて良い感じでした。

☆MC
次の曲「かみかくし」についての説明をしてくれました。
この曲のモデルになったお葉さんは、美人画で有名な竹久夢二と
緊縛画を描いていた 伊藤晴雨という画家のモデルをしていたのだと聞き、
あぁ、それで歌の中で束ねた縄が出てくるのかぁ〜と納得しました。
ちなみにお葉さんは、他にも油絵画家の藤島武二のモデルもしていました。
夢二とは愛人関係であるとも言われていたけれど、ある時から忽然と姿を消したという。
どのような生涯を後に送ったのかは不明。そうか、それで「かみかくし」なのね。

■4曲目「かみかくし」
歯切れの良いピアノの前奏。
クミコさんが歌い始めると柔らかい演奏になり、時を刻む様な音達。
間奏部分では、緊張感を盛り上げる様な気合いのこもった音。
お葉さんがどんな人なのか歌からいろいろ想像してしまった。
3人の画家に多大なインスピレーションを与え続けていたのだから
彼女の中にはきっといろんなものが渦巻いていたのだろうなぁ。
クミコさんの歌を聴いていると、お葉さんが血が通った人として
私の中でちょっと切なげな顔で動き出す様だった。

■5曲目「最後のダンスステップ」
首を右の方に向け、セリフ部分を語り終わる時に正面をすぅっと見て
歌が始りました。
間奏の所では、クミコさんがダンスを踊っている様な動きをして
雰囲気を更に歌の中に近づけてくれてました。

☆MC
次の曲「さとうきび畑」は、渋谷のジァンジァンで歌った時にとても評判が良くて
11番まである長い歌ですが、 それ以来ずっと歌っている歌なんだとか。

■6曲目「さとうきび畑」
思い出の風景をそっとなぞる様な、柔らかい優しい歌。
でも、歌詞の内容はとても悲しい。
戦争で父親を亡くした悲しみがそこにある。
青い空、揺れるさとうきびの葉、吹き抜ける暖かい風、むせかえる緑のニオイ。
夏の日差しにくっきりと輪郭を浮き上がらせ、網膜に焼き付いた夏の風景が、
時間とともに 思い出へと滲んでいくのを体感しているみたい。
ニオイ・色・切ない思い。 人の感覚を刺激する季節。
どの季節よりも思い出が多く残るのは、あの日差しのせいなのか。
故郷の風景は、すべて包んでくれるやさしいもの達。
ざわわ・ざわわ・ざわわ。
クミコさんの口からその言葉が流れると、さとうきび畑がわぁ〜と広がる。
私も、しばしさとうきび畑に紛れ込ませてもらった。

☆MC
次の曲は、茨木のり子さんの詩に曲を付けたもの。
この方は、凛とした姿勢で生きている女性。
書かれている詩に 気持ちよい強さを感じる。
この人の青春時代は戦争中でした。

■7曲目「わたしがいちばんきれいだった時」
間奏の時のクミコさんの表情がとても切なげで、引き込まれてしまう。
ラストのセリフの様な言葉はホロホロと泣けてしまった。
生きる事を諦めかけている人達に聞かせたい・・・と、思った。
きっと、「長生きしてみようかな?」って思ってくれるって思った。
そういう力がある言葉だった。

☆MC
「次の曲でラストなので、是非皆さんで歌ってください。」と、クミコさん。

■8曲目「東京の屋根の下」
希望に満ちた歌というだけあって、軽快なテンポで歌われた。
配られていたクミコさんのプロフィールと本日の曲順が印刷された紙を見つつ
(そこに歌詞の一部が載っていた)最後の繰り返しの部分はみんなで歌いました。

沢山の拍手に送られクミコさん一旦退場。
鳴りやまぬ拍手の中、再び現れ歌い出します。

■9曲目「世紀末の円舞曲」
少し悲しいメロディー、そしてラストに向けて強くうたいあげる感じ。
しっとりとした悲しげな感じがCD版とはまた違った雰囲気。
さらに大きな拍手が鳴り響きました。

☆MC
次回のライブの告知をされていました。

■10曲目「接吻」
お客様に頂いたピンクとオレンジのバラの花束がピアノの上に置かれ
そのセロファンに反射する光がユラユラと揺れる。
歌い出しから歌に引き込まれてしまった。じーっと耳を集中させていた。
お客さんは全員静かに動かずに聞き入っていました。

☆MC
本当はココで終わりだったそうですが、本日9/1が防災の日
(関東大震災のあった日 )にあたるので急遽次の曲を一曲増やしたとの事。

■「復興節」
マイクがあると手拍子しづらいので・・・と、言って
アカペラで歌ってくれました。
マイクが無くても、綺麗に響く声がとても心に残りました。

演奏が終わると、上條さんもピアノから離れてクミコさんの横に並び
ふたりで片手をそれぞれ斜め上にあげてキメのポーズ。
和やかな笑いが会場に溢れます。

今回はクミコさんと上條さんのコンビネーションの凄さというか
息のピッタリ合う所を十分堪能させて頂いた気がします。
とても気持ちの良いライブでした。

<2001年09月17日・とーやま>